BLADE・BRAVE
ハーパライネンの頬を冷や汗がゆるりと伝う。
エッリ・ハーパライネンは歴戦の戦士だ。そしてそれに驕るタイプの人間では無い。確りと彼我の実力を見極めて、最大限考えた結論を下す事が出来る。
「逃げろ、ヨーコちゃん。」
「然し、ハーパライネン中尉…!」
肩を抱く手を離すと、樋野陽子に向けてそう言った。
彼の実力。何人分かも分からぬ死体を見た時点で、その実力は並大抵の物では無い事は分かっていたが、実際に相対してみて分かる。
この男、この刀に対して相応しい力を持ち合わせている。ハーパライネンが下した結論は、正攻法では先ず勝てない、だった。
樋野陽子もまた、ハーパライネンの思考を察した。ならば彼女一人をここに残すのは危険極まりないが、しかし、自分に出来る事も無い。
「一度退いて考える、荷物の所で待っててくれ。僕もすぐに行く。」
樋野陽子は物分りの良い少女だ。故に、力強く頷いて、彼等へと背を向けて、リュックサックを揺らしながら、全力を以ってして走り出した。
目前の鎧武者……雑賀孫市重定と名乗った男が、それを追おうと足を踏み出した。だがハーパライネンは腰の長剣を抜き、彼に切っ先を突きつける事で、その場に押し留めた。
睨み付けるその双眸を、嘲笑するかのように、挑発の様にボーラーハットに左手を当てて、目元を隠す。
「さぁサムライ。黒いナイトが相手だ、覚悟しなよ?」
金属音が鳴り響いた。振り下ろされた妖刀の一撃を、握った長剣で受け止める音。骨が軋む、腕が痺れる。ともすればそのまま腕がへし折られ兼ねない程の強烈な一撃。
鈴木孫市重定の、面頬に覆われた表情が微かに疑問の色に歪められた。
「この刃を受け切るとは、只の剣では無いな。」
八丁念仏団子刺し。この刀の異能の力は、単純に『鋭利』だと言う事。
八里を歩くまで斬られた事に気が付かない程に、どうしようもない程に鋭利なそれは「斬鉄すらも容易な現実」として実行してしまう。
ならば通常の刀剣でこの鈴木孫市重定の刃を受け止めている事は「非現実的」である事になってしまう。
「ハインリヒ・ヒムラー長官から賜わった騎士の剣、そう簡単に折れる物かよ。」
鍔迫り合いの向こう側の鎧武者の顔にそう吐き捨てて、その鎧の胸元を蹴っ飛ばす。
二、三歩、体勢を崩して後退した鎧武者を見ると、エッリ・ハーパライネンは何の迷いも無く背を向けて走り出していった。
「怖気づいたか、何が騎士だ、お話にもならん。」
鈴木孫市重定も失望の色濃くそう言って追跡を開始する。鎧を着込み、足場の悪い森の中でありながら、ただの軍装のエッリ・ハーパライネンへと追いすがる。
その身体能力に驚愕しながらも、軍装の懐から一つ、ポテトマッシャーの様な手榴弾を取り出して、口の端で紐を引き抜いた。
「これでも喰らってなイエローモンキー!」
身体を捻って後方を走る鎧武者へとそれを放り投げる。
手榴弾への対応を余儀なくされた鈴木孫市重定は、籠手に覆われた両腕を顔の前に構え、後方へと下がる事で被る事を回避。
その間に、エッリ・ハーパライネンは既にその場から煙の様に消えていた。
「逃げ足の速い…クソッ!!次は殺す!!!」
―
「やぁー、待った?ヨーコちゃん!」
「中尉!」
火を起こし、テントを張っただけの簡易拠点、一人待ち続けていた樋野陽子の下に、ようやくエッリ・ハーパライネンが帰還する。
立ち上がり駆け出して、飛び付く彼女を確りと抱き止める。
「心配してくれてたんだねー、よしよし。」
「も、もう……当然じゃないですか!」
腕の中できゅっと服を掴む彼女の頭をよしよしと撫でてやると、恥ずかしそうにハーパライネンの胸に顔を埋める。
柔らかく笑いながらしばらくそうしていると、彼女の方からバツの悪そうな顔で離れていった。
その様子を見て、小さく笑い声を漏らすハーパライネンは不満そうに軽く睨み付けられて、笑いながら両手を挙げて降伏のポーズをとった。
起こした火の近くに座る。
「……さてヨーコちゃん!物資の確認と準備は出来てるかな!」
「もちろんです!じゃーん!」
ズラリと並ぶのは、幾つもの地雷、手榴弾、拳銃、果ては対戦車擲弾筒に二丁の軽機関銃、現代兵器の数々である。
自信満々にそう言った彼女に、大きく満足気な頷きで応えてやると、地雷を一つ手に取って。
「さぁ、今日は夜更かしするぞ。明日に反撃の火を灯す為に。」
不敵に笑ってそう言った。