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八丁念仏団子刺し

「ハーパライネン中尉!ハーパライネン中尉!」


ドイツ国首都ベルリン アーネンエルベ特殊実行部隊「スピアー」基地応接間のソファーの上。


ボーラーハットを顔に被せて、すやすやと寝息を立てている人物に、一人の少女が大量の書類を抱えて駆け寄ってきた。

名を樋野 陽子。黒い髪に黒い瞳、平坦な顔付きに眼鏡をかけた、生粋の東洋人の少女だった。

軍装でも無いワンピースを身に纏い、年相応の幼さ故の賑やかさを撒き散らす軍隊に相応しくない彼女は、事実軍人では無い。

其処で眠りこけている一人の人物の、お世話係として、特別に認可された、少し特殊な立場にある。


「起きてくださいハーパライネン中尉!お仕事です!任務が来ましたよー、わっとぉ!!」


そう駆けていた彼女の足下に、何かが引っかかって、そのまま彼女はバランスを崩し、前のめりに転んでしまった。

抱えていた大量の書類はその人物の顔の上へとバサッと広がり、顎を床に打ち付けて、彼女の動作は漸く静止した。


「んへへ、お姉ちゃん良い身体して……んへ!?」


暢気な寝言を言いながら、夢心地だったその人は、顔面に結構な質量を持った紙の束が落ちたことでその意識を一気に浮上させられた。

顔を覆う何枚かの書類を右手でどけて、ゆっくりと其の身体を持ち上げて、ソファへと上体を沈めた。

あーあーあー!と忙しなく動き回りながら書類を一枚一枚回収していく彼女を、寝ぼけ眼でじっと見つめ。


「……ぐぅ。」


「寝ないでくださーい!!!」


そう叫ばれたその人は、不本意そうに目元を擦って、大きく伸びをして一度は深く沈めていた上体をまた上げて、頬杖をつく。

粗方書類を集め終えた少女が、その眼前に何か言いたげな顔でトコトコと歩いてくる。

悪びれた様子も無く、欠伸交じりに彼女へと声をかける。


「おはよう、ヨーコちゃん。」


「おはようじゃないです!ここは応接室でしょう!お昼寝は自室でしてください!」


「別にいーじゃない、今日は使わないんだし……勿体無いよ使わなきゃ。」


ボサボサと寝癖がついた髪を掻き、能天気にヘラヘラ笑いながら彼女の言の葉の数々をのらりくらり、と受け流す。

樋野陽子は呆れ果てた様に深い溜め息をつくと、注目!と暗に言う様に人差し指を立てて、お説教を始めようとした。


「はぁ……いいですか中尉!中尉はアーネンエルベ特殊実行部隊「スピアー」の一員なんです!

 ですから礼節と威厳を持った姿をですね……。」


「ん、かれこれ二時間は眠ったのか……今日は夜更かしできるなぁ。」


「聞いてくださーい!」


然し取り出した懐中時計を眺めてそう呟くその姿に対して、全くの無意味で。虚しくそう叫ぶばかりが彼女に出来る事だった。


「全くもう。それに中尉は……。」


抱えていた書類を木製の机の上に置いて、少女は懐から一つ、木製の櫛を取り出して、彼女の後ろに回り込んだ。

ソファーの上から飛び出したボサボサの髪に櫛を入れて、丁寧に解いていく。寝癖の一つ一つを解し終えれば。


「それでも女の子なんですか?もっと身嗜みをしっかりしてください!」


「ん~?どうだろうね~、男の子かもしれない。」


飄々とした態度に、鋭い眼差しに高い身長等、男性的な記号を多分に含んだ、ボーイッシュとでも言うべき金髪の麗人。

男物である親衛隊制服をだらしなく着た彼女は、ナチス・ドイツ第三帝国武装親衛隊上級中隊指導者、エッリ・ハーパライネン。

コネで男性として武装親衛隊に入隊し、類稀なる実力を示した事で、この「スピアー」の隊長にスカウトされ中尉へと成りあがり、特例として女性として振る舞う事を許された、少し特殊な経歴を持つ。

また、その性格等にも特殊な問題を抱えている。が、それはまた、別としておこう。


「はい、いいですよ。」


「ん、ありがとう。」


髪を整えられた彼女は、軽くお礼を言って、机の上に置かれた書類の束の内の一枚を引っ張って、連なる文字に目を通す。

相変わらず、頭が痛くなりそうな程の非科学っぷりだが、それが事実だと言う事は、その身がしっかりと理解している。

そう考えれば、今回のこれは、まだ、現実的な方か。一目見た感想としては、そんな物だった。


「…はっちょ……何?何だこりゃ。」


「八丁念仏団子刺し。日本の刀ですね。

 日本のサムライ、雑賀孫一の持っていたと言われる刀です。とっても切れ味が良かったとか。」


「へぇ、サムライか。しかし流石に詳しいね、ヨーコちゃん。」


「えへへ、日本にいるときは本ばっかり読んでましたから。」


そう言ってハーパライネンは、興味深そうに顎に指を当てて、二枚目、三枚目と多くの書類に次々に目を通した。

聖遺物。とは言っても、一般的にキリスト教に関連した物、と言う物だけでは無い。

単に"異能"。人智を超えた力を所持する道具自体を、アーネンエルベでは"聖遺物"と呼んでいる。

例えば、この"八丁念仏団子刺し"と言う刀。戦国時代の武将雑賀孫一の所持していたと言われる刀だが。

その逸話として、雑賀孫一が僧を斬った際、八里歩いて漸く身体が真っ二つになった。

そして杖の様に刀をついていて歩いた孫一がそれを見ると、石が団子の如く刀に串刺しになっていたという物が残されている。

この"八丁念仏団子刺し"が逸話通りの、常軌を逸した存在ならば、これは晴れて、"聖遺物"として仲間入りする事が出来る。


「この刀は関東大震災で紛失したって聞きましたが…見つかったんですね。」


「…日本軍にバレないように手に入れろ、か。いやー、難しいねぇ、戦争って。」


ハーパライネンは他人事のように薄ら笑いを浮かべながら、ソファーから「よっ」なんて掛け声と共に立ち上がった。

胸元の軍装のボタンを閉めて、腕章の位置を整えて、腰元に手を添えた所で、彼女の頭上にハテナが浮かび上がった。

キョロキョロと辺りを見回し始めた彼女に、樋野陽子が首を傾げる。そうしてハーパライネンが陽子の近くの床を見て、安堵の表情を見せる。



「ヨーコちゃん。それ取って。」


「え?それって……あー!!SS長剣じゃないですか!こんな大切な物を床に放っておくなんて!私足引っ掛けちゃったじゃないですかー!」




一九四四年 七月 エッリ・ハーパライネン上級中隊指導者 日本へと渡る。

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