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08話「ザルハルの雷光」

 少し仕事から離れ、宮殿から天気のいい外に出る。年のいった猟犬を指笛で呼ぶ。

 夏営地でありマンゼア王国一の都市であるウルヴィニィの宮殿にある大広場。内向きには独立君主マンゼア王、外向きにはシェテル帝国マンゼア方面軍元帥にしてウルヴィニィ大公、と名乗っていた者のかつての居城。粛清を繰り返して中央集権化を進めた曽祖父と、改革した軍事制度が機能する前にアルーマンの大帝国に敗れた祖父の銅像が並立して見下ろしていた台座跡の丁度真ん中、そこに折りたたみ椅子を広げて座る。銅像は今でも軍の大砲となって活躍している。素材の質がいいので性能もよく、砲兵も気に入って二人の名前を付けて可愛がっているらしい。

 シャイテルが、くれてやった使い道のない捕虜を拘束した状態で広場に集めて何かやってる。奴は自身を社会学者と称している。

 ここは父の寝首を掻こうとした母が、処刑と埋葬を兼ねて礼装させたあとに何度も馬で踏み潰されて鋤きこまれた所でもある。今はもう芝や小さい花でその痕跡もない。暗殺騒ぎが続いて人間不信になり、政治的に無能になった父を決闘で退位させて辺境に送ったのもここだ。

 奴隷が椅子と組になった折りたたみ机を広げ、茶器を一式並べる。既に作ってある茶を受け取って飲む。猟犬が足元に寝そべる。

 アルーマン貴族は地位を追われても困窮しないように手に職を持つのが慣例になっており、父は家具作りをやっていた。退位をしてようやく暇になって作ったこの椅子も机も実用性に問題はなく、彫刻も伝統に則して精巧で華美に過ぎない。

 シャイテルが、捕虜の頭を薪割りの斧でカチ割り、中身を掻き出し始める。恐怖に駆られた絶叫、悲鳴。屠殺という言葉に暖かさが感じられるような処理の仕方だ。

 奴隷には伝統の髪型になるよう頭頂部回りを剃らせる。仕事を忘れて休みたい時はここで茶を飲むのが一番だ。小高くなっており、地平線まで続く草原やザフカーク川の大きな流れが城壁越しに見える。勿論宮殿の塔からの眺めのような、まさに一望といった景観ではないがこちらの方が好みだ。

 普段は無感情に従順に働くだけの奴隷が剃る手を止めて口を開く。

「いかがしましょう?」

「一言言えば十倍にして返してくる。放っておけ」

 頭を剃り始める。

 シャイテルがこちらをチラチラ見てくる。ワザと体を反らして顔を向けてくる。手を振ってくる。手招きし始める。まだ殺してない捕虜の手を持って振ってくる。その捕虜を殺す。

 兵士達が白くてデカい化物のズタズタになった死体を、牛を使って広場に運び込む。そして穴を掘り始める。シャイテルが大きさを指導し始め、兵士達の広がり具合から化物を入れるのに丁度いいぐらいにするようだ。作業がひと段落したらしく、こなくていいのにこちらにくる。猟犬が立ち上がる。命令すれば喉笛を噛み千切ってくれるだろう。

「やあメラシジン、いい天気だな。腹が減ったから料理を作ってくれ、手料理がいい。勿論君のだ。定住民と違って王族でもそのくらい出来るだろう」

 何も言わずに黙っていると、日差しが暑いとばかりにつば広帽子で顔を扇ぎ始める。何か言って欲しいらしい。奴隷が頭を剃り終え、羽根の束で頭や肩の毛を払う。掘って積み上げた土が若干山になってくる。帽子を被って茶を一口飲む。

「騒がしいぞ」

「厳密に言えば私は騒がしくない。それにこれは不可抗力とも言える。一歩引いて見ても君は馬鹿などではないのでもう既に理解してもらえただろう。魔法使いではなくてもこれらの行為が無意味ではないと理解するのにそれほど知恵も経験も要らない。そう今行っているのは数多の魔法使い達が目指してきた死者の復活だ。流石に転生を待つ冥府にいる者、再利用に耐えなくなった魂があつまる混沌に溶けた者、転生してしまった者まで復活させることは出来ないがね。複雑且つ長大な説明になるので割愛するが、魂と肉体の情報を保存する処理を行った者、情報生物化した者ならば何度でも復活させられるぞ。欠点と言えば処理を行った者の魂は転生が出来なくなったりすることか。そうだメラシジン、魂と肉体の情報を保存する処理を行う予約でもしておくか? これは死んだ時にしか出来ないから今行うのは止めた方がいいな。どうする?」

「喧しいぞ」

「それは失礼した。儀式――少々呼び名が仰々しいかな――それはまだ終わらないので我慢してくれ。復活のための素体に不自由が少ないルガスドールのおかげで儀式は直ぐに終わる。迷惑は掛けない」

「それは冗談か?」

「誤解があるようだな」

「構わんがその聞いてて理解が出来ない説明は止めてくれ。分かりやすく言えとも言ってないからな。必要があれば聞くから静かにやれ」

「おっと、そこまで言われると悲しくなるが、分かった」

 心なしか肩を落としてシャイテルは儀式に戻る。血生臭くて茶が楽しめないので手が進まない。猟犬が寝そべる。

 空を流れる雲を眺めていると報告書がまとめられて上がってくる。

 我が軍の死傷者、行方不明者の人数ではマンゼア人が圧倒的だ。これは予定通りである。徴兵したのは死んでもいい余剰人口であり、マンゼア地域の土地問題の解決に寄与するぐらいだ。一方的な侵略でこちらの領地に負担はないので経済にも痛手はない。

 ザルハル地域に関してはザフカーク軍に占領後の安定を任せているので順調に進んでいる。アルーマン人、マンゼア人が接するよりはずっと穏健に進んでいる。

 この素晴らしいザフカーク軍が交渉次第で寝返ることを確信し、その交渉に臨んだのがあの、死体の服を剥がして穴に入れてるシャイテルだ。”慈悲なくば慈悲をなく”という彼等の流儀に従えば簡単だそうだ。寝返りの理由にもなった共通の敵ジッティン王国を撃滅するまでは友好関係が維持出来る。その内に飲み込むつもりだ。

 首都ザルグラドの陥落は未だならず、目下包囲中。流石は世界最強の一角に数えられる要塞。陸の防衛は堅固、海はザルハル方面軍が優勢で兵糧攻めは通用せず、兵站線の確保はしてあるとはいえ、こちらが餓えつつあると言っても過言ではない。降伏勧告には応じない。出来るだけ綺麗なまま手に入れたいが叶いそうにない。

 同盟国であるウィーバル方面軍がシェテル帝国に名を改めた。アルドカリス王朝は既に実行力を失い、バルジェレクス王朝が取って代わったという宣言だ。そしてその宣言に実行力が伴っていないという調査結果が付随している。このウィーバル方面軍の反乱の兆候を掴み、こちらがザルハル方面軍、向こうが帝都に進撃することによってお互いの目標に援軍を遅らせないという策を披露して同盟交渉を成功させたのがあの、穴の中で大暴れしている白い化物に声援を送っているシャイテルだ。

 周辺国へ使者を出す必要がある。イシュラ、クロキエ王国、タハル王国だ。奴隷に道具を用意させ、それぞれへの親書の草案を書く。数日中には使者を出発させたい。内容はそれぞれのお国柄に合わせ、平和を望む主旨にする。望むと言っても、タハル王国に関してはいずれ連絡通路になってもらうが。

 草案を書き、化物の大騒ぎが落ち着いた頃になってアルーマンの大帝国内からお祝いが届く。

 叔父のカルマイ王から宝刀、自ら仕留めたという海獣の毛皮が届く。そして手紙に書かれた”ザルハルの雷光”というあだ名だ。以前より情報員がカルマイ王がそのあだ名を意図的に広げていると報告があった。そして奇妙なことにほぼ同時刻にイディマ王の娘が針を入れたという刺繍の外套と揃いの帯まで届いた。作りが細緻で、早速着てみたが着心地もいい。

 猟犬が立ち上がり、手の合図で伏せさせる。いつの間にか近付いてきたシャイテルは一目見て「花婿衣装だな」と言った。状況が進めばその話も出てくる可能性がある。情報が流れてから作っていたのではとても間に合わない精巧さでいて、まるで測ったようにメラシジンの体格に丁度よく作ってある。周到に準備していたのは間違いない。一番親しいカルマイ王の贈り物に合わせて、王の体の寸法にあわせた物を贈るということは、知らないところはないという囁きでもある。メラシジンのためだけにこういった代物を用意しているわけじゃないだろう。その情報収集能力は称賛して恐れよう。

 宝刀を佩き、刺繍の外套を着た姿を奴隷が持ってきた鏡で確認する。偶然か故意か、色調から何からよく合っている。

「メラシジン、お前美しいな」

 シャイテルが真面目な声で冗談めかして言う。自己陶酔は戒めているがそれを否定する気もない。お洒落は止めて普段の服に着替えていると、伝令が乗馬したまま大広場まで走ってくる。到着して足を止めた途端に汗まみれの馬は泡を吹いて倒れる。息を切らせて伝令が跪く、息を整える前に喋りだす。

「報告します! 我等が偉大なるアルーマンの大帝国の父であるギルシン大帝が崩御されました。また奥方さまより円座会議召集の令が下りました。近いうちに正式な使者が到着するものと思われます」

 近い近いという噂はあったが、こんな時期にくるとは幸運か不運か。

「ご苦労、大儀であった」

「我が王、もう一つあります。ギルシン大帝より所領を引き継いで即位したグラデク王の、三女が我が王の母君の装飾品を身に付けていることが確認されています。以上です」

 ジッティン王国の領土は広大で軍事力も強い。周辺民族も吸収して人口が多い。豊かな地は効率的に開発されて、砂漠地帯にもオアシス都市群を整備していて経済にも隙がない。先代は偉大で、それらをほぼ完成させた。その統治を真似させてもらうことがしばしばだ。加えて宿敵セシュトロ帝国と国境を接するので元から多くの戸数を与えられて優遇されている。そんな所の王がギルシン大帝直轄領だったグラデクを引き継いだ王の、未婚の三女へこの時期に贈り物とは出来すぎている。

「分かった、下がってゆっくり休め」

 伝令が下がる。

「さてメラシジン、家系図は頭に入っているか?」

「馬鹿にするな、一緒にするな」

 大笑いするシャイテル。

「世界の支配者達に祝福でもされた気分だ」

「あー……そうともメラシジン。何故私がお前に目を付けたか分かったか?」

 反乱したくても出来なかったウィーバル方面軍、ザルハル方面軍に見切りを付けたがっていたザフカーク軍、機能不全状態のシェテル帝国、前進しないと衰亡する運命にあった我がマンゼア王国、ギルシン大帝の崩御、ジッティン王の暴走、時代を動かす歯車が合わさった瞬間を見逃さなかったのはシャイテルだ。奴は自分を魔法使いである以前に社会学者だと言っていた。少なくとも、今この状況を考えるかぎりでは間違いなく学者としては優秀だ。

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