表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/21

06話「アウリュディア先生」

 目が覚める。仰向けで体を丸め、頭を振った反動を利用して立ち上がる。布団整え、カーテンを開ける。まだ外は暗い。

 しみったれ修道服を改造した服に着替える。元は一つに繋がってたそれをバラし、黒いスカーフ、袖なし胴衣、スカートの三点にした。縁取りの刺繍に、左胸には”獣の母”を縫い、スカーフにはヒマワリを縫った。あとは白い長袖シャツに赤い腰帯、いつものクソボロ革手袋とボロくない革の長靴。

 お母ちゃんの頭蓋骨に手を当てて、言葉のない挨拶。

 腰帯に短剣を差してから自室のドアを開けると、下宿の管理人で学校の先生でもあるアウリュディア先生が下宿生を起こさないよう、静かに廊下を掃布で拭き掃除中。使い魔の蛍が先生の周りを飛び、汚れがないか光で照らす。ルノロジャ卿と先生は古い友人で、曰く、信頼出来るらしい。このルファーランでは正装とされる軍服から発展した服を着て、興行やってる魔法使いみたいな装飾の短い外套を付けている。顔付き肉付きは脂の乗った中年ぐらいだが、髪の毛は艶がなくて真っ白で死んだ年寄りみたいなのが妙ちくりん。

 かすれるまで声を潜めて「先生おはよ」。そして「うむ」の一言。

 魔法使いは本名を明かさないもので、通名を持つのが当たり前。本名が分かれば一定の実力を持つ魔法使いなら好き放題にやり込めれる、らしい。そう、一番初めの授業で自己紹介がてらに教えてくれた。先生は、体の本来の持ち主の通名であるアウリュディアを使っている。何じゃそりゃ?

 シーシャはザルハルではよくある女性の名前であり、”お嬢ちゃん”という意味もあって本名と関係がない。母からは身内でもうっかり口を滑らせる危険があるので教えるなと言われていて、今でも守ってる。他の同級生には代々魔法使い家業で、先祖伝来の通名で何代目なんとかと名乗ったり、あとは好き勝手に名乗ってる。

 隣の部屋のドアをこっそり開ける。その子は身長が高くて手足も長く、備え付けの寝台からは足がはみ出してる。足の裏をくすぐる。軽く呻りながらもぞもぞ動き出す。顔を確認、乱れた長い赤毛に埋もれて見えないがスヤスヤ寝息を立ててる。寝台に座り、髪の中に手を突っ込んで、手探りで高くて長い鼻を見付けて摘む。寝息が止まる。次に布団を寝台の隅に追いやり始める。そして次に呻りだす。そうして手足が動き始め、シーシャの体を押して退けてようとする。

「ふぁッ!?」

 その子は目と口を大きく開いて目が覚める。鼻から手を離す。

「おーら、お寝坊クリちゃん。日ぃ昇る前って昨日言ったでしょ」

「え、あ、うん」

 顔をさすりながらクリちゃんが上体を起こす。もうこの時点で頭一つ背が高い。彼女の通名はクリスティア、母方の祖母の氏族名を女性形にした上でシェテル語でも発音し易いように変えたものらしい。わけが分からない。

 座ったまま足をパタパタさせ、クリちゃんが男物の狩猟服に着替えるのを待つ。女物の服は特注じゃないとないそうだ。

 二人で台所へ向かう。料理上手で早起きのシーシャが寝ぼ助ぐうたらお母ちゃんのおっぱい状態の下宿生達の飯をまとめて作っている。これの代償は食費が掛からないことだ。

 台所にある下宿生全員が座って食べれる席を確認し、今日朝食を作ってもらいたい人数を確認する。食卓には希望する人のお椀が伏せて置かれている。

 台所の壁に掛かってる前掛けを着て仕込み作業を始める。まずは野菜洗い。籠に適当に人数分ぐらい野菜放り込んで、勝手口から下宿の裏庭にある水場に向かう。水場は綺麗に整えられた石で作られ、常時川のように水が流れ込んで排出されている。都会でも専用に水を引けるぐらいここは上流階級の人々が住んでいる地区だ。

 干してある洗濯物から二人は自分の手ぬぐいを取る。髪の毛を手に巻き付けて頭ごと水に突っ込んで頭を掻き回して洗い、顔をバシャバシャ洗って顔叩き、口をゆすいでうがいして芝生に吐き出し、手鼻かんで手を洗う。クリちゃんはこれよりお上品にやる。

 そうしてから葉っぱ物や果実物は手で洗い、根っこ物をたわしで洗う。最近になって殊勝にも手伝いたいと言い出したクリちゃんは半分寝た顔で野菜を洗う。故郷じゃ正神教テムル派が国教で魔法使いは迫害対象、生かすも殺すもされずに軟禁生活が続いていたせいで日が昇るころに起きて沈んだら寝るという生活に慣れていないらしい。

「ね、クリクリは今日なに食べたい?」

「うーん、シーシャ作るの何でも美味しいからね」

 クリちゃんの膝に膝をこすり付ける。

「ほほう、おにゃんにゃんのくせに朝っぱらから口説いてくるとはいい度胸ですな」

「なぁに、おにゃんにゃんって」

 眠そうな顔をしながらもクリちゃんが笑う。

 野菜を洗い終わって台所へ戻り、献立を考えながら朝食に必要な材料を並べる。刃物を扱うにはまだまだ不器用なクリちゃんにも野菜を切らせる。指切るのも勉強だ。

 その内にシーシャは籠を持って外へ行き、家畜小屋へ行く。家畜を飼うことは下宿では禁止されているが、しめる前だったら生かしたまま一日程度は置いてもいいことになっている。昨日買った鶏を小屋から出す。捕まえようとしたら逃げたので、ボロ手袋を手にはめて指先で狙い、物を焼く光の魔法で頭を焼いて仕留める。とっとと羽を毟って、生ゴミの箱に捨てる。捌いて内臓を取り出したら籠に入れて持って、家庭菜園の隅にある堆肥の中に埋めて”獣の母”に祈りを捧げる。それから水場に行って、先に焼けた頭を切り落として口に入れて食いながら解体。頭蓋骨が砕けた時に出る脳みそがまた美味い。解体が終わる頃には日が昇り、街が若干ざわめきだす。

 台所に戻り、不揃いに切られた野菜の出来をからかってから調理に時間がかかる物に手を付ける。まず芋。今日は蒸かしてから潰す。

 薪を持ってきて魔法で火を点け、釜戸に火を入れる。クリちゃんがその間に水を汲んできて鍋に入れる。アレしてる時にコレをするという連携は取れるぐらいになってきた。

 学校の魔法学部は朝が早いので、この季節だと朝日に橙色が混じっている時間帯には食事を終えたい。朝の挨拶を口にしながら下宿生達が朝支度にうろうろし始める。その頃合になったらようやく調理に時間がかからない物に手を付ける。

 女と違ってとっとと支度を済ませて席に座りだす野郎のために、釜戸の火と魔法の光両方を使って肉に野菜を焼き上げる。その間にクリちゃんがパンとチーズを棚から出して人数分切り分ける。愛想よく「どうぞ」なんて言いながら配るもんだから一部の野郎はデレデレだ。

 焼いた物は大皿に持って食卓に置く。

「ほいほら食えこら!」

 塩加減を調節した汁物を食卓に置く。

「おら汁だ!」

 さくっと切るだけで終わる果実物を切って深さがある皿に入れて食卓に置く。

「そーら食え!」

 男達は食べ始めたり食前のお祈りを始め、女達もようやく席に座り始める。足元には勉強道具が入った鞄が並ぶ。

 二人は自分達の皿や椀に入れて台所の隅に置いてから、潰した芋を丸めて焼き始める。昼食時になる前に腹が空く人のために芋餅を作っている。小食ならこれを昼食代わりにすればいい。食べ終わった順から芋餅を受け取って下宿生が自分の食器を持って出て行く。水場で洗って食器棚に戻したら真っ直ぐ学校だ。

 二人は調理器具を流し台で洗いながら食事を取る。下宿生が出払ったあたりで食事も食器洗いも終わり、芋餅をポケットに突っ込んで部屋に戻って勉強道具を鞄に詰める。シーシャはスカーフを巻き直し、水面に比べればデコボコな鏡で綺麗に巻けてるか確認する。ザルハルじゃスカーフが外れたら下着丸出し同然で、それで髪なんて切ってたら股座丸出しのようなものだ。

 クリちゃんは男でも女でも被れる三角帽を被って、故郷では兵士が使ってるという革の頑丈そうな背嚢を背負って部屋から出て来る。シーシャは刺繍の入った風呂敷を斜めに背負って胸の前で結ぶ。

 下宿から学校までは歩いていける距離で、門を出てその方角を向けば学校の屋根が見える。その学校の建物自体がこの国で一番大きいから思ったよりは距離がある。学校から直ぐ近く、というのがこの下宿の売りだ。

 上流階級の住宅街を抜け、火あぶり公園を通り過ぎ、官庁街に入ったら学校がある。

 朝の住宅街の道路沿いには各社の新聞を揃えた屋台が出て来る。この辺りは字が読めて、情報を活用するのが当たり前のような人が住む地区なのでよく売れてる。呼び子が新聞の見出しや注目記事の内容を拾って大声を出して客を集めようとしている。買ってその場で立ち読みして考え事をしている会社の偉いさんのような人をよく見掛ける。内容は主に、シェテル帝国崩壊か? ザルハル方面軍完全敗北、ザルグラド陥落寸前? 銀行の取り付け騒ぎ相次ぐ、株式市場の大混乱などなど。

 クリちゃんが心配顔で肩寄せてくる。ザルハル出身であることは喋ってある。

「大して関係ないクリちゃんが私より青い顔してどっすんのよ?」

 腰を横に振ってぶつける。

「うん……」

「田舎の年寄り連中なんか、三○まで生きてる男は糞野郎で死んだら産めばいいとか言ってるから気にしない気にしない」

 と言っても気になるが、気にしてもしょうがない、と頭消そうとしても消えない。上っ面だけはそうしよう。何と返事していいか分からなそうなクリちゃんの肩をバシっと叩く。

「ほい! 気ぃ遣おうとした相手に気ぃ遣われてどうするこら」

 火あぶり広場に通りかかる。よくここで公開処刑が行われたり、何とか団体の集会や、野外劇場が組まれたりと何かと賑やかな場所だ。朝の内は出勤、登校する人目当ての食べ物屋台が所狭しと出店している。いい匂いがして飯食ったばかりなのに腹が減りそう。公園周りで散歩をしている人もいて、犬やら口に拘束具付けてる猛獣を連れている人もいる。そして当然ながらある。看板にも持ち帰れと何ヶ国語もの表記で書かれていて、専用のゴミ箱というような物すらあるのに。

「クリちゃん、あれなーんだ?」

「あれって……」

 指差す先の糞。

「ほらほら、別に誰だってさ、するんだからさ」

「なに私がしたみたいに言ってるの!?」

「あれぇ? 別に私そったこと言ってねぇよ」

「もう」

 口だけ咎めるようで、顔は楽しげ。その面を歪ませたい。首から皮ひもで下げてるクソボロ革手袋をはめ、クリちゃんに手のひらを見せる。クリちゃんはそれに注目、首を傾げる。

「これでうんこ掴んだことあるよ!」

 触ろうとする。

「イヤッ!」

 両手首を掴まれ、ばんざいした体勢になる。

「こら」

 イヤッ! と叫んだ時には見えた顔の皺がもうない。くそ、このいい子ちゃんめ。

「まあまあ嘘言ってないけど大丈夫だよ」

 クリちゃんが手を離す。離してから、ん? と表情を固める。

「これで牛の糞、籠に集めてたりしてたんだよ。牛の糞は燃料になるからね」

「あっ、そういうこと」

「むっふっふ、修行が足りんな、おクリクリ」

「もう、嫌いっ」

 少しも嫌そうな顔をしないで言う。こうなればあれしかあるまい。革手袋を外し、クリちゃんの両の尻を掴む。

「キャッ!?」

 シーシャには到底出せなさそうな黄色い声を出しやがる。手を開いて握ってを繰り返す。

「その根性叩き直してくれるわ!」

「わ、シーシャ、馬鹿!」

 クリちゃんは髪を棚引かせて逃げる。走って追う。

「おらケツ振って走ってんじゃねぇよ!」

「振ってないー!」

 綺麗な走り方で逃げるので追い付くのがやっと。動きやすいようにスカートをよく広がるように調整してなかったらあっという間に距離を離されていただろう。

「そうだ、先に校門抜けた方が勝ちね!」

「ぬぁに!?」

 クリちゃんが腕の振りを大きくし、膝の上げ方を激しくして増速。こちらも全力疾走に入る。

 胸ポケットを触り、入れっぱなしの学生証を確認。校門には武装した警備員が配置されているが、入るだけなら学生証は必要ない。官庁街に入り、役人っぽい人にぶつかりそうになりながら校門に迫る。遅刻しそうになって駆け込む学生がよくいることからそう珍しい光景ではない。クリちゃんの速度が落ちることはない、背中が小さくなってくる。笑顔で余裕たっぷり、後ろを向いて「ほらこっち!」とを挑発するぐらいだ。

 ここで必殺技。

「クリちゃん、学生証落としたよ!」

 胸ポケットから学生証を出して掲げて見せる。しまった! と驚愕の表情でクリちゃんが足を止め、急に申し訳なさそうな顔をしてこっちに戻ってくる。

「ごめんごめん! 私馬鹿だぁー」

 そしてクリちゃんとはすれ違い、勢いを殺さず抜き去る。

「あれ?」

「ほんとにバーカ! これ私のー!」

 呆気に取られて自分の学生証が上着のポケットにあることを確認するクリちゃん。胸ポケットに学生証を入れながら校門を走り抜け、勢いを殺すために一度跳ね、

「大!」

 二度跳ね、

「勝!」

 三度目で止まって両腕を振り上げる。

「利!」

 息を弾ませながら、足を開いて腰に手を当てて待つ。気落ち顔でクリちゃんが歩いて到着する。

「ずるいよシーシャ」

「ま、これが実力の差ってやつですわい」

 クリちゃんの肩を叩きながら、一般学部と魔法学部の敷地を分ける門をくぐる。門の脇には目が三つある不気味な人物が学生証の有無を確認している。持っていれば提示しなくても指摘されずに通ることが出来て、持っていないのが分かると止められる。

 校舎に入り、アウリュディア先生の教室に入る。教室は一人の先生に一つ与えられている。先に教室にいる同級生達に手を振りケツを振ったりして挨拶しながら最前席に座る。席は自由なのでクリちゃんは直ぐ隣。教室は後ろの席でも前が見えるように階段状になっていて、机は四人がけ。

 風呂敷を開いてノートと鉛筆を出す。この鉛筆は田舎では見たことがなかったが大層便利な物だ。短剣を抜いて鉛筆を削る。クリちゃんは羽根ペンにインク壷など用意して優雅なことである。削ったゴミを捨て、隣の席の子に芋餅見せ「食べたい?」「食べる」「あげなーい」「ケチー」と遊んでいると先生が教室に入ってくる。好き好きに遊んでいた同級生達が一斉に席についてざわめきを抑える。

 先生は足が悪いわけでもないのに常に脇の下程度の長さの棒を持っている。下宿じゃ箒や掃布がそれに変わるから必需品ではない。

「おはよう。さて、魔法使いとは何なのか初めの授業でもやったが今一度、多少は魔法の勉強をして理解しやすくなったところでもう一度話をする。こちらの生活にも慣れ、一部理解不能だった言葉に慣れてきた者もいるだろう。自分が何なのかを知るということ、確認するということは大事なことだ。世界的に見て我々は極々少数で、多大な力を持っていたとしても弱い立場なのは変わらない。魔法使いの究極形として神や魔王に世界の支配者と呼ばれた者達がいる。私も憧れて、今では中途半端な者になってしまった。そんな魔法使いの中で、ルファーラン共和国の終身国家元首という立場にいる化物がいる。ああいった建国の母と呼べる存在にまでならないと魔法使いというのは白い目で見られる」

 先生は同級生の一人を指名して立たせる。

「なにもしないからそのまま待て」と言って、机の中から短剣を取り出し、刃先を相手に向けてツカツカと歩み寄る。立たされた同級生は腰砕けになりそうになる。

「これで世間一般が魔法使いをどう見てるかこれで分かっただろう。ちょっとした手品が出来ますと言える程度なのがお前等だが、少なくともこの短剣程度の恐ろしさを持っている。お前等は魔法使いがどう世間に見られているかを知り、相応に振舞う必要がある。世捨て人になる気になっていても身を守るためには必要な知識だ」

 先生は黒板にチョークで書き始める。まずはテムル派の象徴、二列柱。

「主だった宗教別に魔法使いの見られ方を教える。魔法使いに対して最も過激に反応しているのが西大洋に面した文化圏、西大洋世界に広まっている正神教テムル派だ。魔法使いを悪魔と呼び、根絶の対象と見ている。見付け次第殺すということだ。節度を弁えている者も中には当然いるが、テムル派を国教としている国には絶対近付くな。いかに強力な魔法使いといえど個人で軍隊には絶対勝てない。テムル派圏外でも力は過信するな。魔法使いだろうが何だろうが、斬られれば肉が裂けて血が出る、殴られれば骨が砕け、銃弾をぶち込まれればまず死が待ってる。毒を盛られたら苦しんで死ぬ」

 次にバルメーク派の象徴、三重円。

「次にこのルファーラン共和国を含め、シェテル文化圏とも中大洋世界とも呼べる広大な地域に広まっている正神教バルメーク派だ。ここにいる以上は最も接する機会が多い宗教だ。この宗教では世界を三元論で考え、天界、常界、魔界という三つの世界が重なっていると考えている。常界というのは普通の人間等が住む世界だ。これはあまり説明のしようがないな。我々は魔界の住人ということになる。世界の違いは、住んでる世界や常識が違うというような意味だな。精神的に隔絶されているわけで、勿論物理的ではない。テムル派と兄弟関係にあるこの宗教では魔法使いの存在を認めている。正確な解釈では諦めていると言った方が近いか。森に住んでる狼だとか、そんな認識だ。天界とは彼らが崇める唯一の神とその僕達の世界だ。彼らと天界の話はしない方がいいな。私もよく分からんし、本人達も正しい論理を求めていない」

 次にウジャニ教の象徴、火の坂。

「その次に接することが多いのは東方世界の南部側に広まっているウジャニ教だな。かれらは魔法使い達を、魔界の住人と区別するのに近いが、火の坂の導き手と考える。この火の坂というのは神々の世界と地上を繋ぐ道で、火というのはなにかが燃える火ではなく霊的な物で、解説すると相当長くなるが、誤解しかねる要約をすると意志の力だ。正しく知りたいなら図書館へ行ってくれ。彼等は基本的には魔法使いを尊敬している。ただ、導き手に足らないと見られれば一般人同様だ。判断基準は一つ、自分に益するかどうか。導き手とは火の坂を上る手助けをしくれる者のことだ」

 最後に東大洋沿岸をざっと地図にして描く。

「そして東大洋に面した文化圏、東大洋世界だ。宗教は雑多で個別紹介は省くが、魔法使いに対する見解はおおよそ同じだ。その見解とは魔法を、目的が善であるか悪であるかによって仙術と妖術と言い分ける。使い方が重要であるという認識の表れだ。魔法の倫理学では主に東大洋世界の善なる魔法使いである仙術使い、中でも尊称であり高徳者であり実力者でもある仙人が持つべきとされる徳について勉強する。詳しい内容は別の機会になる。西大洋世界は言うに及ばず、ここ中大洋世界でも魔法使いが世間一般に受け入れられるための倫理教育というものを軽視している。力に過信して傲慢になれば敵が生まれるということを軽視している。普通の人間でも傲慢になれば敵が生まれるが、魔法使いの場合は恐怖も異常に煽ってしまう。恐怖を覚えると人間は逃げるか、排除しようとする。こいつはなにをしでかすか分からない、なにかする前に殺してしまえとな。それらは魔法が使えない弱い敵かもしれないが、その弱い敵は背中を刺してくるということを覚えておけ。東大洋ではある人物、有名人が多いが、その人物の実話や逸話を基にした教訓を紹介する形で道徳教育を行っている。つまらないと感じることが多いだろうが、私はこれが一番重要だと思っている。魔術の一発で岩盤吹き飛ばしたと大喜びする前に、力を向ける方向を考えろ。文化によるが普通の人間は魔法使いを、凶器を持った物狂い程度に見ている。背中を刺されないためにも徳を身に付けろ。また一つ、善人被れし過ぎて己を滅ぼす必要は全くない。特別な力があるからといって何でも人々のためにと身を削る必要はない。自分が幸せになるための道具の一つとして考えろ。他人なんかよりまずは自分のために出来る事、自分のためになるよう魔法を使え。自分のためにといっても他人に危害を加えるよう好き勝手振舞えば、しつこいようだが背中を刺されることになる。いくら絶対的な力を持っているように錯覚しようとも所詮は人間。斬れば死ぬし撃てば死ぬ。腹は減るしちゃんとした寝床は必要。その点節度を弁えて行動しろ。よく学んで考え、自分の最適解を導き出せ」

 前置きが終わり、具体的に歴史上の魔法使い達の失敗、成功談に移ってくる。先生の喋り方は堅苦しくて、シェテル語が母語じゃないので時折意味不明だが面白い話が続く。シーシャは話を聞いているだけだが、クリちゃんは話の一部を要約してノートに取っている。あとで見せてもらおう。

 死体遣いベルリアの、妹の死体を使って復讐する話辺りから気分が乗って相槌打つように鼻息フンフン鳴らしていたら棒で殴られる。

「痛ぇ!?」

「授業に相槌打つな」

「面白いから鼻息も荒くなろうってもんですよ!」

 突き出し固めた拳が意志の固さ。

 シーシャの鼻に先生が指突っ込む。

「はうッ!?」

「なるな」

「ふがっ」

 先生が話に戻る。内容が今生きている魔法使いの話に移る。今生きていると言っても、何百歳という連中もいるので歴史上の人物という感じがする。

 先生に指突っ込まれた鼻がムズムズしだし、先生の知り合いが、徳の高い魔法使いを続けようとして精神病んで麻薬中毒になった話の時にくしゃみが出る。

「ぶぇっくしょいクッソァい!」

 時間が止まる。

「構わん、続けたまえ」

 鼻下をこする。棒で殴られる。

「痛っ! 面白かったからいいでしょ」

 もう一回殴られる。そしてなにもなかったように話が続く。クリちゃんが心配そうに、「大丈夫?」と頭を撫でてくる。

「ふふん、手加減する分お母ちゃんより大したことないね」

「そうなの?」

「そう、だってお母ちゃんね、思いっきり振りかぶって、ふんっ! とか鼻息鳴らしてぶん殴ってくるんだもん。顎外された時はマジ焦ったね」

「うわぁ」

 その後何人もの魔法使い達の話が小休憩を挟みながら続く。全く知らないが有名だというあの人物は人のために尽くし、ちょっとした失敗で殺されたとか。都市一つ洗脳して独立国家を立ち上げようとして、住民のほとんどを犠牲にして失敗したから逃げてきて、今もこの国でいい待遇で暮らしている人物だとか。とにかく善悪よりもまず自分が死なないことを強調するような話が多かった。

 午前の授業の終了するという合図の鐘が鳴る。単に授業終了の目安なので先生は最後の人物の話を途中では切り上げずに続け、建物ごと自爆して死んだところで終わる。

「まだまだあるがこんなところだな。昼休憩だ、頭が鈍るまで食うなよ」

 その言葉を合図に一部の同級生は勢いよく立ち上がり、走って教室を出始める。そこまでしなくても足早な者が多い。そんなにガっついてまで競争する気はないシーシャにクリちゃんはゆっくり立って教室を出る。他の教室からも走って出てくる者が多い。人の流れにそって魔法学部の門をくぐって一般学部の方へ入り、大広場を目指す。そこには学生や教師に関係者がごった返している。昼食を作っている屋台の行列だ。急いでいる人が多いのは、ある程度好き勝手やっていい公園とは違って学校内には持ち込む量が制限されているので人気店はあっという間に完売してしまうのだ。作りたての匂いと人の群れの臭いで祭りをやってる時のような雰囲気になって、おこぼれ狙いのカラスやハト、カモメも集まってくる。

「さてさて今日の残飯はなにかなぁ?」

「それはちょっと失礼かな」

「残った飯、余った飯、売れ残った飯、食べる意欲が沸かない飯、人気がないのにはわけがある飯」

「もうそんなこと言って」

 我々は人混みにつっこんでもみくちゃにされるのが好きなほど都会人になりきれてないので、潮が引くのを待っている状態。

 クセの強い味に香りの郷土料理系統はよく残っており、虫や馴染みの薄いような海の生物料理も好き嫌いが激しいせいで新しく出店しても直ぐに消える。中でもそれを生で食わす気なのかという部類の屋台は全く売れないことも多いし珍しい。

 潮が引いた頃、売れ残りの屋台を吟味する。

 その場で生きたミミズを刻んで丸めて焼いてくれる屋台。目を閉じてクリちゃんが首を振るので次。

 生きた毛虫をそのまま紙の入れ物に突っ込んでくれる屋台。こいつはシーシャでもキツい次。

 形がまんまの内臓の漬物を各種取り揃えた屋台。クリちゃんが口に手を当てて目を背けたので次。

 各種変り種チーズが置いてある屋台。あまりの臭さに涙目でクリちゃんがえずき始めたので次。

 油ベチャベチャの魚の揚げ物屋台。これが一番マシそうなので保留。クリちゃんが一瞬目を輝かせたのが府に落ちない。

 酸っぱい臭いを放つ焼き飯のようななにかの屋台。店主と似たような面した連中が喜んでたむろしている。次。

 なにも用意せず椅子に座り、なんでも魔法で用意出来ると看板に書いてある魔法使い。次。

 次々と屋台を見て回るが、いくら持ち込み量が制限されているからと言ってこれはあんまりじゃないかという物しか残っていない。しょうがないので今日は油ベチャベチャの魚の揚げ物に決定。調味料が選べるのでシーシャは無難に塩、クリちゃんはそれが礼儀だと言わんばかりに包装紙からこぼれる寸前まで酢を掛けて塩。

 大広場の人気の少ない場所へ移動。

「よっこらへっ」

 木陰に座る。

「シーシャ、おじさんみたい」

 クリちゃんは隣に座り、テムル派式に食前のお祈りをやり始める。シーシャはバルメーク派の修道学校でさんざんやったけれども屁ほども信じてないので食べ始める。

 まず魚の揚げ物、油も栄養と考えればそれほど拒否する必要はないか。芋餅は信頼が置ける安定した美味さ。交互に食べる。儀式が終わったクリちゃんも食べ始める。魚の揚げ物にかじり付く度に地面に酢と油がこぼれる。そしてそんなものを心底美味そうに食ってるのが解せない。

「ねえ、シーシャ」

「どしたの? なしたの!? なにしたの!?」

 とクリちゃんの頬に頭押し付ける。

「あの、シーシャはどれ選ぶの?」

 取り出したのは次の学期から始まる選択科目の案内書きの写し。クリちゃんは筆まめである。科目は基本的に生徒が自由に選択するが、教師の許可が必要。こいつにはこれが足りないと判断されたら逆らえないらしい、という但し書きがある。

 一、魔法の緊急発動。暴発の危険性を孕む緊急発動を可能な限り安全に行う訓練。

 二、使い魔術。対象の生物、情報生物、無生物を使役する技術。

 三、超人術。人でありながら人外になる方法。寿命を延ばす、強靭な生命力を得る、身体の器官を増設する。

 四、魔法機械学。魔法を動力にした機械、魔法を発動する道具を作成する技術。

 五、錬金術。物質の性質、変化の法則を学ぶ。ある種の魔法を発動させる場合には錬金術の知識が必要である。

 六、倫理学。一般社会に適合出来る魔法使いが持つべき常識や立ち振る舞いとはなにか?

 七、言語学。古今東西、魔法について書かれた学術書を読み解く方法。

「一から三? いや一、二のどっちかかなぁ」

「他難しそうだし、超人ってこれなんかおっかないよね」

「ねークリちゃんは?」

「私は倫理学かな? 先生に相談してからまた考えるけどね」

「おへ? まったそったら地味糞臭ぇの選ぶね。下の毛みたらそんなこと言えなくなるよ」

「うん、やっぱり倫理学だね。無駄かもしれないけど故郷の一部でもいいから魔法使いのこと理解してくれる人がいたらいいなって思うの。それに一番近いかなって」

 真顔で冗談を無視して立派なことを吐きやがる。クリちゃんの頭を腕で締め上げる。

「痛い痛い痛い痛い!」

「なにが痛ぇだこの妖怪赤股毛め! エロい声して聖女ぶってんじゃねぇよ。おめぇはその白くて長ぇ足とそれにくっついてるケツで野郎誑かしついでに魔法で脅して金巻き上げんのが仕事の糞魔女だろうがッ!」

「降参降参! 痛い痛い」

 頭を離す。クリちゃんは手櫛で乱れた髪を整える。

「そんなことしないよぉ。あー痛い、もう力強いんだから」

「糞っ垂れ、ここまで挑発してるのに何だそのカワユさ爽やかさは? もっと生理交じりの下痢糞みてぇな憎悪を見せろや。私を追い出しくさったハゲ腐れどもの臓物が腐り落ちるのを拝むまで死んでたまるか、とかさ」

「うーん、恨んではいないよ」

「かぁっ、ほんとにクリちゃんは血塗れの股座から這い出たナマモンなのでしょうか? 妙に清潔くさいお寺でお母ちゃんが拝んでたらひょっこり転がってきたんじゃないでしょうね」

「私そんなに変かな?」

「わったしだったら、恨む恨むぶっ殺す。今ここ警察やらあんたらいるし勉強するから抑えてるけどさ、今この辺にアルーマンとマンゼアとザフカークとかその連中がいたら灰にして道に、夜に寝れると思うな糞っ垂れって書くよ」

「うん、抑えてね、とりあえず、ね」

 午後の授業の始業予鈴が鳴るまでクソボロ手袋はめて木に張り手を入れる。クリちゃんは膝を抱えて目を閉じてうつらうつら。

 時間前に教室に戻り、午後の授業が始まる。先生が持ってきた箱には人数分の大き目のロウソクが用意され、各自が自分の席の机の上に立てる。今日はこれらしい。先生得意の前置きが始まる。

「物質世界と情報世界という世界がある。実際に存在する物質世界、つまり今我々が見聞きしているこの世界だ。情報世界とは、物質が存在せずに情報のみで構成される世界だ。情報と呼べるほど形になっていないという解釈もある。これの説明は何というかな、君達は頭の中で存在しない物質を想像することが出来るだろう。この物質世界には存在しない物質が想像された時、それが収められる世界のことだ。普通、そんなものの存在は実証出来るものではなく、空想に留まる。普通ならばだ。我々は普通ではない、魔法使いだ。我々は物質世界と情報世界の壁を取り払い、情報世界より実在するはずのないなにかを取り出す。それが魔法だ。情報世界には距離や大きさというものはなく、物質世界のどこにいても取り出すことに不自由はしない。さてどうやって魔法使いは無限のような情報世界より魔法を取り出すのか? 魔力と呼ばれる我々だけが感知出来る力を使う。これは手のようなもので、情報世界にねじ込み、実在するはずのないなにかを取り出してこれる。取り出したいものは何なのか自分の頭で想像するんだ。想像した時それが情報世界に発生し、自分で把握している内に取り出す。把握というのは想像した物をまた同じように想像し返すことが出来る間のことだ。個人差があるだろう。取り出したあとは魔力という手で動かす。ただ、例えれば魔力は砂のように崩れ続けるから好き放題とはいかない。ちなみに実在する物質そのものを操る魔法というのは実はない。見掛け上そのように振舞わせることが出来るだけだ。水を操るとしよう。その水をなにかで包み、魔力でそのなにかを振り回すということだ」

 先生が棒で床を突き鳴らして注目を更に集める。

「注意、いや警告することがある。自分で想像していないものを魔力で誤って取り出してしまうことがある。また想像通りの現象の規模とそれを操る魔力の量を釣り合わせないと構成が歪になって奇形の魔法になることがある。これ等は暴発と呼ばれ、大抵の場合は死にいたる重傷を負う。行き場を失った魔力に当たると、低温火傷を知っているかな? そんな風になる。寒い地域での話で指が鼻がもげたってやつだ。あとはわけのわからない物体を呼び出してしまって、最悪融合することもある。これは学校の博物館にあるが覚悟して見ろ。夢に出てきそうな、とはあれのことだ。気味の悪い姿ばかりだ。まだ生きているのか死んでいるのか分からないという者までいる。増殖を続けるから一部をガラスに閉じ込めて見れるようにした者だっている。この学校で倫理に次いで二番目に教えたいことは魔法の制御だ。少なくとも魔法で自滅しない程度にすることが目標だ。役に立つ魔法使いになるかどうかは二の次だ。いいか、一番重要なことを教える。死ぬな、変なものにはなるな」

 午後は眠い、大あくびと伸び。

「ふぁああーあーあ糞っ垂れおーうぅーうぇ――痛ェ糞!」

 可能な限り声を抑えていたにも関わらず、先生に頭を殴られた、と思ったら赤くてデカい虫が跳んで羽ばたいてその場から動いた様子のない先生の顔にとまり、口の中へもぞもぞ入っていく。となりの子から小さい悲鳴が聞こえる。クリちゃんすら「えっ?」と間抜けな声を出す。

「私が諸君らの魔力の扱いを監視しているので、気を楽にし、暴発には注意を払わないでもいいから机に置いたロウソクに静かに火を点せ。点したら消してまた点けろ」

 何事もなかったように話を進めだす。

「単純な魔法を静かに慎重に繰り返すという訓練は熟練者でもよく行う。家でやる時は火事にならないよう、そして自分が死なないように気を付けろ。魔法の操作を誤ってもいいように周りに燃える物を置かない、屋外でやる等工夫しろ。それと人前ではやるな。少なくとも理解がある者の前以外でやるな。今私がそこの馬鹿にやったようなことを魔法をほとんど知らない、魔法に嫌悪を持っている、魔法使いを殺したい者の目の前でやったらどうなるか、考えなくても分かるな」

 先生がロウソクを机に立てる。

「情報世界から引き出した火で着火」

 ロウソクに突如火が点る。

「一番単純、しかしこれが苦手ならば他にも方法がある」

 指につば付けてからロウソクの火を掴んで消す。

「凝集光を発生させて着火」

 ピカっと光り、ロウソクに火が点る。

「日の光にあたると暖かいだろう? あれがいきすぎると燃える」

 指につば付けてからロウソクの火を掴んで消す。

「強力な摩擦で着火」

 光りもなにもしないが、ロウソクの芯がブレたような感じになって火が点る

「木と木をこすり合わせて火を熾した経験がある奴はいるか? そういうことだ。物質の圧縮で着火というのもあるが、私はちょっと出来ないな。これは他の魔法使いからの受け売りだが、物質には熱があって、それを凝縮すると熱も凝縮されて高温になるそうだ。具体的な現象を想像する力を広げることも重要だが、自分が扱える魔法をどのように応用するか想像する力も重要だ。これについて詳しく勉強出来るのが錬金術だ。普通の人間の専門分野だという先入観は持つな。では始めろ。危険だからまだ教えないが、魔力の流れに介入して邪魔するという技術がある。それでお前等の安全を私が保障する」

 ロウソクに火を点けては消す訓練を、クソボロ手袋をはめて始める。普段から光で焼くことを得意にしているので難なくやるが、静かに繰り返すとなると息苦しさを感じてくる。

 となりの子を見ると、うーんと呻り「なんで燃えないのー」とイライラしている。クリちゃんを見ると、静かにロウソクの芯を見つめて集中している。そして全然火が点かない。ぐるっと教室を見回すと火を点けている者はわずかで、そのわずかな者も大概は一回一回に四苦八苦している。教室を歩いて回る先生が声を出す。

「皆得意不得意があるだろう。自分の得意なら出来て当たり前だが、不得意なら難しいはずだ。その不得意でもある程度のことが出来るようではないと魔法使いとしての成長には限界が表れる。火というだけでも色々ある。大きいか小さいか、広がる早さに方向はどうなのか。温度は紙がやっと燃やせるくらいか? 鉄も溶かすくらいか? 水の中でも燃えるようにするにはどうしようか。色々なことが出来ると使える魔法の幅が無限の組み合わせで広がる。火を燃やすだけでも一つ以上のやりようがあるはずだ。火自体を取り出す、燃やせるほどの光を取り出す、何度かやって見せた違う火の点け方をやってみろ」

 先生の声で工夫が付いたのか、火が点き始めた同級生が見え始める。

「最初から出来てる奴も、違う方法で火を点けてみろ。難しいはずだ。それを交互にやってみろ、今のお前等に出来るか?」

 先生がシーシャの肩にそっと手を置いて通り過ぎる。先生は生徒達にこういった意味深げなことを時々する。

 ロウソクの芯に火だけを取り出す想像をし、把握している内に魔力と呼ばれる感覚的ななにかで取り出す。火が点かない。想像の仕方や規模、魔力の動かし方に工夫を凝らしたが点かない。そして頭が痛くなってくる。脳みそがその不毛な作業を止めろと言ってきているようだ。それを察したかどうなのか先生が声を出す。

「頭が痛くなってきただろう。難しいことで思うようにいかないとそうなる。別に魔法の暴発の兆候でも何でもないから気にせず続けろ。難しい本を読んで悩むようなものだ」

 発想を変える。燃える物ってなに? そう牛の糞。糞の中でも牛の糞じゃないとよく燃えない。あまり考えたことはないが、臭いなにかに秘密があるのか。とりあえず牛の糞の燃える何かを想像から魔力で取り出し、火を点けよう、とすると取り出す魔力が妨害されるということを感覚が告げた。先生が近寄ってきて頭に手を置く。

「へあ?」

「発想の転換はいいがお前、成功したら今爆発するところだったぞ。吹っ飛ばせとは言っていない、燃やせ。正しく発動しても暴発同様に死んだら元も子もない。いいな」

「うん、はい」

 気を取り直して別の発想の転換。牛の糞は吹っ飛ぶらしいから別……考え付かないからいつもの光で火を点ける。点いたから消す。疲れてきて溜息が出る。そしてようやくクリちゃんはロウソクの芯に火を点けた。「よしっ」と小さく呟いて嬉しそうに拳を握るのが可愛くてニヤけてくる。クリちゃんに出来て私に出来ないことがあろうか? んなこた知らないが、諦めずに光以外の方法を繰り返す。

 午後の授業終了の鐘が鳴るまで繰り返し、駄目だったの疲れて机に顔を付ける。クリちゃんに出来て私には無理でした。

「だみだこりゃー」

「お疲れさま」

 クリちゃんが背中をさすってくれる。

「今日は終わりだ。ロウソクは持ち帰って好きに使え。以上、解散」

 疲れたような声を出しながら同級生達は席を立って別れの挨拶しながら教室を出始める。

 先生の机に顎を乗せる。一息吐いたとばかりに椅子に座った先生と見つめ合う。

「何だ」

「先生一緒に帰ろ」

「先に帰れ」

 しっしっと手で払われた。無視して構えていると、あちらもこちらを無視して手紙を読み始める。

「誰からのお手紙?」

「リーレス」

 一瞬誰かと思ったが、さんざん世話になったルノロジャ卿ではないか。

「おお、何て書いてんの?」

「まあ色々あるが相変わらずだ。あの馬鹿者め」

「ふーん、恋文?」

「半分正解だ」

「へー、いいなぁ。クリちゃん貰ったことある?」

「お見合い相手からなら一回だけ。シーシャは?」

「おらの村にゃ読み書き出来る若ぇのなんてほとんどいねぇ」

「そっか」

「先生、次私」

 催促するように机を指でペタペタ叩いていると棒で額を突かれる。

「痛ぇ糞っ垂れ!」

 先生は手紙に目を落としながら無言の教室のドアを指差す。つまり出てけ。

「はいシーシャ帰ろ。アウリュディア先生さようなら」

「ああ、気を付けて帰れ」

 クリちゃんに肩を抱かれながら教室をしぶしぶ出る。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ