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03話「出兵と留学」

 朝支度に戦支度が加わって村中が忙しい。そのくせ寝坊してる連中の家の扉には年寄り連中の蹴りが打ち込まれ、耳が痛くなるくらいの怒鳴りが響く。窓から見ても馬を持ってない家に貸しにいく人が馬引いて回ってるせいで、いつもより多く道端に馬の糞が湯気上げて転がってる。

 朝食は鍋に入れた宴会の残り物。火傷で斑模様になって爪が足りない手に、クソボロの名にふさわしい革手袋をはめて安全にし、魔法の光で加熱する。

 家畜は世話してくれた人に譲った。本来ならもう半年くらいは村にいる予定だったが、戦争でこの先どうなるか分からないと直ぐに出発することになった。

 残り物を食べてると、近所の姐さんが松明を持ってくる。

「釜戸の火消しちまったからいいかい」

「うん」

 若い奴ならともかく、結構歳いってる人が間違って消すなんて珍しいと思いながら魔法で着火する。しけっていたのか白煙が天井に向かう。

「あんた、戦争行けないんだろ?」

「うん」

 シーシャは魔法が使えるので女でも兵士として従軍するのだが、今回はそうせずに川と海を越えた先のルファーラン共和国へ留学することになっている。学費、旅費、滞在費は全て銀行に振り込んであるので今更行かないという話はないのだが、皆が戦争しにいく時に一人だけ逃げ出してる気分で複雑だ。

「女なんだからそんなことで気にするんじゃないよ。野郎なんて死んだら産めばいいんだから」

「子沢山は言うこと違うねぇ」

「孫入れておっ死んだの引いても二五人いるからね」

 シーシャの頬を軽くつねり、笑って出て行く。その時、入れ替わりにタルバジンが入ってきて姐さんの尻撫でて、「こら不良ジジイ!」とお返しに背中叩かれる。

「まだ飯食ってんのか。迷ってんのか?」

「ねぇジジ、そっち行ったら駄目?」

 上目遣いをしてみる。大きくて固い手で頭なでられる。

「おめぇみたいなのは村の子供に収まんねぇ、軍の宝だ。期待に応える義務がある」

「従軍するのも義務でしょ?」

「そういう屁理屈は」

 頬を軽くつねられる。

「一人前になってから言え。まあ、一人前になったらそんな口利けねぇが」

「んー……分かんない」

「その歳で分かったら年寄りはいらねぇよ」

 タルバジンが頭におでこを当てる。

「母ちゃんに挨拶させてくれ」

「うん」

 三つ編みにした遺髪を巻いたお母ちゃんの頭蓋骨。見るとホっとする。タルバジンが頭蓋骨に手を当ててブツブツ喋る。

「皆無事に帰ってくる?」

「男は戦場でくたばるもんだ。死んだ分は残った女が産んで足しゃ済む話だ。気にすんな」

「姐さん方もそう言うけどさ」

「小難しく考えるな、放っといてもどうせそうなる」

「うん……」

「おめぇはそんなこといいから勉強しろよ」

 返事が出ない。

「ワシの若い頃は三○まで生きてるザルハルの男は糞っ垂れって言われてたもんだ。年がら年中戦争でな、あっちがやった仕返しだ、その仕返しだってな。誰殺して誰死んだなんて当たり前でな。イシュラにクロキエ、タハルにザルグラド、ギランにマンゼアって周り相手全部とそうやってた。おめぇぐらいの娘掻っ攫ってきて嫁にしたり、逆に攫われたりもしてた。ワシのお袋なんてのはそうだ、ギランで親父に誘拐されたんだ。わざと攫われて寝首掻いて金目のもんやら子供盗ってきて売っ払ってた女もいたな。そんなことやり合ってたんだ。今は帝国んとこの傘借りてるからそんなこともなくなった。相手のマンゼアなんざアルーマン中でも木っ端も木っ端の雑魚だ。最初勢いよくたってあとが続くもんじゃねぇさ。あそこなんかマンゼア人が親戚同士でぶっ殺し合ってた時代から痩せっぽっちの百姓以外に獲るもんがねぇような薄暗ぇとこだ。強ぇアルーマン人だって空きっ腹じゃ戦えねぇし頭数も揃えれねぇ。金がねぇから武器だって買えねぇしな。ここ十年くらいで羽振りは段々よくなってきたみてぇだが……」

「もういいよジジ、分かったから。心配すんなってんでしょ、はいはい」

「広場に集結しろ!」と馬に乗った伝令が走り回り始める。

「行ってくる。偉そうなこと言ってる奴が遅れちゃ格好が付かん」

「うん」

 一緒に家を出て、広場の兵士だけが入れる所まで一緒についていく。

「行ってらっしゃい」

「おう」

 広場に面した家の藁葺き屋根に、先客に引っ張り上げてもらって登る。ルノロジャ全体から集まった兵士達、ルノロジャ連隊が集結している。

 ノルトバルを探す。皆服装が同じだからよく分からない。年寄りほど胸に勲章が多いからなにも付けてない奴がそうなのだが……。

 ルノロジャ卿がザルハル方面軍旗とルノロジャ連隊旗が掲げられた演台で声を上げる。

「マンゼア王国からの降伏勧告を我々は拒否した」

 喚声が上がる。

「戦闘は避けられない。よって出征式を執り行う」

 シェテル語を話すバルメーク派の坊さんが戦勝祈願のお祈りをする。

「あれ三角耳のヘンテコベロベロ語でしょ、何て言ってるの?」と隣の女の子に聞かれる。

「聖戦に赴く汝等に祝福あれ、共同体に害成す敵に災いあれ。我等同胞は生まれ育ちは違えど肩を並べて死ぬものである。行く先に勝利を、行く先に栄光を、行く先に神の慈愛を。神の代行者たる皇帝陛下の、神の軍隊は不敗である。汝等よ不敗たれ」

「ねえそれどこの言葉?」

 女の子を抱き上げて膝に乗せる。

「ザルハルの言葉」

「難しいね」

 連隊長選びが始まる。皆口々に名前を挙げ、理由を述べて騒がしい。色々やった結果、前回も連隊長をやった奴が推されて半数以上が喚声を上げて賛成。指揮杖の譲渡式が行われ、形式的に二回断って三回目で受ける。そして就任した連隊長が手を連隊にかざして静まるのを待ち、声を上げる。

「我等誇り高きマリエン軍のルノロジャ連隊は、シェテル帝国ザルハル方面軍元帥にしてザルグラド大公との盟約により共闘する。我等は死を恐れず進み、故郷の友と女のために戦い、敵に鉄と恐怖を叩き付け、その血肉を大地と川に捧げ、歴史に勝利を刻み付ける者である」

 賛同の喚声が上がる。

「立ちはだかる者がいたらどうする?」

『殺せ!』

「友を手に掛けんとする者がいたら?」

『殺せ!』

「逃げる者がいたら?」

『殺せ!』

「命乞いされても?」

『殺せ!』

「我々に仇成す意味を思い報せろ。敵は殺せ、大地に鋤き込め、川に飲ませろ。世界の支配者達よ、我等に祝福を!」

 連隊の兵士達が好き好きに刀を振りかざし、空に銃を撃って喚声を上げる。旗手が旗を持って隊列に加わり、軍楽隊の演奏を合図に連隊が出発する。見送りの歓声が上がる。

 ようやくノルトバルを発見する。女の子を下ろして、屋根から飛び降り、ノルトバルに駆け寄る。これだけじゃ気付いてくれない。

「ノール! ノルトバル! 糞っ垂れ! アホンダラのド間抜け小便垂らしの甲斐性なし! くる病! 梅毒! 猩紅熱!」

 振り向いたノルトバルは隊列から外れ、馬に乗ったまま出来るだけ体を屈めて顔を近付けてくる。

「んな言わなくても聞こえてらい。どした?」

「これ」

 頭に巻いてたスカーフを外し、ノルトバルの首にに掛けて両端を襟元に突っ込む。

「いいのかこれ? おめぇの母ちゃん針入れたやつじゃねぇかよ」

「いいの」

 ノルトバルの肩を手のひらでぶっ叩く。

「行ってこい!」

 お返しとばかりに手荒く、頭を固い手に掴まれて揺さぶられる。

「おめぇは真面目に勉強しろよ。偉い先生の言うことはちゃんと聞けよ」

「うっせぇ糞っ垂れ」

 一つ鼻で笑い、ノルトバルは馬を早足で進ませて振り返りもせずに連隊の中に消えていく。

 今度は自分が出発をしないといけない。家に戻って準備をしようとすると、自分が手を出す前に姐さん方にいじられ、色んな物をやたらめったら背嚢や風呂敷に詰められ、腰帯に袋をいくつもぶら下げられる。湿気吸った牧草の束担ぐよりは軽いが、重い物は重い。

 船にもどんどん荷物が積まれていく。豚と鶏持ってきたばっちゃんは姐さん方に怒られてしょんぼりしてる。どうせ船に乗せるならこんなに担ぐ必要ないのに、と文句を言うのを我慢して船で荷物を下ろす。

「やるねこの」と、姐さん方の中で一番腕っ節が強い人に頭叩かれる。

「なにが?」

「すっとぼけんじゃないよ。頭んスカーフ誰に渡してきたのよ。ああ?」

「んー内緒」

「ノルトバルでしょこの」

 もう一発叩かれる。

「これで効き目なかったらあいつ、チンポ付いてないから諦めなさい」

 女友達が涙と鼻水と涎垂らしながら抱きついてくる。なにか喋ってるが全然聞き取れない。優しく引き剥がそうとし、踏ん張りやがるので後ろ髪掴んでから拳骨食らわしてようやく離す。

「いらない物は遠慮なく売ったり、向こうで出来た友達にくれてやるんだよ!」

「はーい!」

 係留索が外され、船が桟橋から離れてマリエン川の流れに乗る。手やスカーフを振る女達が霞むまで見つめ続ける。

 もう戻れないかもしれない。

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