表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/21

19話「ウルヴィニィの戦い」

 配置によるが、中でもお飾り元帥の場合は包囲中、暇である。ウルヴィニィの旧式の防壁と新式の防塁を相手に大砲をぶっ放す砲兵、魔法や使い魔で守備兵に嫌がらせをしている魔法使い、雪が降り積もる寒い中でも食事を作って配る炊事班あたりは忙しい。

 攻撃は別に防壁防塁を破壊するためではなく、相手からの攻撃を防ぐ目的で行っている。大砲は攻城用の大型砲ではないし、魔法使いのほとんどは集団魔法に集中している。攻城に使えるような大型砲は艦隊が使っていて、港の方から砲撃している音が聞こえる。こちらが突入する時、港側からは海兵隊が突入するのでその準備のための地ならしだ。

 火の点いた石炭缶の近くで、毛皮の防寒具に包まれていつもの数倍は可愛く見えるアウリュディアが体をさすっている。昔から寒いのが苦手だった。

「体で暖めてやろうか?」

 毛皮の外套を広げ、中に入ってこいと暗に言ってみる。准将の時は派手な格好をさせられていたが今は地味に、勲章を取った軍服に左腕に小手を付けただけだ。感度は抜群。

「うるさい、変温だからって馬鹿にするな」

 フラれる。そんな心温まる会話が出来てるのはこのあたりぐらいなもので「雪が降ってる中包囲とか頭おかしいんじゃねえか?」「こっちが包囲されてるのと同じだぜ」という至極もっともな声も見回り中に聞かれた。まだ包囲から一日経つか経たないかだ。ザフカーク川遡上、陸軍上陸、部隊展開、突撃準備、陸海軍突撃、市街制圧、和平交渉と七段階の内、四つ目まで順調にきている。

 アウリュディアが無言で指差す先、集団魔法の指導者がルンルン気分でケツ振りながら、ウルヴィニィの一番脆くて重要な箇所、城門に小銃で狙いを付けたり、止めたりを繰り返し始める。その背後では魔法使い達が適切な間隔を取って陣を組み始めた。指導者はこちらに向けて投げキスをして、指先を城門に向ける。準備完了のようだ。

 リーレスは陸軍長官の肩を叩く。陸軍長官は頷いてから突撃縦隊に陣形を変更させる命令を出す。ラッパ手が突撃縦隊に移るように吹奏。今までダラダラしていた陸軍が跳ね起きたように動き、旗手はザルグラド大公国旗を掲げ、訓練で何度もやった突撃縦隊に並ぶ。アウリュディアとともに、リーレスはその隊形の先頭に立つ。若い頃から何度も修理して愛用し続けている十字槍を掲げる。背後から雄たけびが次々と上がり、音だけで前のめりになって走り出したくなる。足の遅い砲兵の整列も完了したと告げるラッパの吹奏が終わる。

 指導者がこちらを向いていることを確認し、手を顔の高さに上げ、前に振る。指導者が城門に向けて小銃を発砲。そして振り返り、魔法使い達の陣に加わる。そして突撃を前にした陸軍将兵の荒い呼吸だけ雪の中で響く。防壁と防塁の上の守備兵達は何事かと見下ろしている。指導者が号笛をとにかく強く甲高く吹く。訓練通り、皆は目を閉じて耳を塞ぐ。そして号笛が止み、一つ間を置き、目を閉じているのに視界が赤白の光に塗り固められ、強烈過ぎる爆音で耳を塞いでいるのかどうかも分からなくなる。

 爆音から意識が戻り、恐る恐る目を開けると、城門は無傷。守備兵達の姿はほとんどが消え、あの音と光に失神したのか落下している者がいる。そしてあの足のない竜、ルガスドールが尻尾を空に向け全身から湯気を立て、周囲の雪を溶かし地面を焦がして佇んでいる。光と音が凄すぎて確認しようがないが、とんでもない規模の雷だと話には聞いている。それを受けて平気な面をしてやがる。表情が分かるほど見慣れた生物じゃないが。

 指導者がスゲェ顔で意味不明に怒鳴りながら小銃で地面をほじくり返し始める。近寄ると殺されそうだが、ここは自分の出番だろう。

「次はどうするんだ?」

「何が次がどうよ! 魔法使い何だと思ってんのよ。やってやりたきゃ専門の神に頼めこの野郎」

「何だ専門の神って」

「神に専門も肛門もないわよこのアホ! 突っ込んでみて確かめた? 具合はどうだった? ああん?」

 アウリュディアが腰を叩いてくる。

「そのアホはしばらく使い物にならん。あの白い竜を先に倒すぞ」

「そうしよう。擲弾兵、最前列で横隊整列! 他の部隊は私が負けるまで待機!」

 動くのに邪魔な毛皮の外套に帽子を捨て、十字槍を構える。アウリュディアは雪に手を突っ込み、その下の地面に手を当てる。こっちにだって化物くらいいるさ。擲弾兵の整列が終わる前に飛び出す。

 ルガスドールの長い尾がしなり、気付いたら十字槍の柄で受け流していて、尾先が地面に突き刺さる。尾が引き戻されるに合わせ、戻す方向に逆らうように十字槍で刺す、尾が曲がって外れる。尾が遠ざかり、代わりに上半身の方が近づいてくる。真っ向から反撃するように刺してもそれからの反撃でくたばる予感、横方向へ全力で走って叫ぶ。

「擲弾兵撃て!」

 しゃがんで、屈んで、立っての三段、横に七○、二一○丁の一斉射撃。ルガスドールの体から石を撃ったみたいに粉と、生物らしく血が飛び散りまくる。

 ルガスドールの目が擲弾兵に向く。そしてこっそり戻っていたリーレスは撃たれた傷のある所へ十字槍を突き刺し、抉りながら抜き、振り払う巨大な腕を左の小手で受け、流れに逆らわないで吹き飛ばされる。空中で十字槍を手放し、受身に専念して成功。十字槍を手に取る間もなく尾が振り下ろされ、転がって避ける。片手剣を抜く。左腕がもげてないか、ルガスドールから目を離さずに確かめるため、太股を叩く。感触がある。あの腕と尾に対して片手剣だと短すぎて攻撃時の危険が高い。攻撃するフリでしかも見破られないようにしないと。

「擲弾兵、任意で撃て!」

 装填作業は全員終わっていないが、込めるのが早い奴がいくらか撃つ。ルガスドールは学習して体を不規則に動かして狙いを付けさせない。散発的な射撃になる。リーレスはルガスドールと味方の銃弾を恐れずに突っ込む。銃撃から逃れるために踊っていたルガスドールはリーレスを殺すことを優先したようで、撃たれながらそれを迎え撃つ。

 尾の横薙ぎ、地に這って避ける。ルガスドールは尾を使う時は足がないので動きが鈍るか止る。立ってまた突っ込む。突き出される右手、後ろに転がって避けて勢いのまま立ち、片手剣をルガスドールの顔に投げる。身を低くして避けられる。次には避けられないようにと両手を突き出すように構えてルガスドールが迫る。あえて正面から突っ込んで、突き出す位置を誤らせ、前に飛び込んで突き出した腕の上を転がって落ち、ルガスドールの懐に入る。短剣を抜く暇もなさそうなので傷口を殴る。意識が真下に向いたルガスドールは体で押しつぶすように倒れる、横に転がって避ける。これくらい一箇所に留めればいいだろう。

 土と雪を吹き上げて、巨大な百足が、触覚に顎に足をワシャワシャ鳴らして現れ、体勢が崩れているルガスドールにあっさり絡み付く。大百足の顎が頭を齧ろうとすると両手で防ぐ。拮抗状態かと思いきや口からもう一つ口が伸びて頭を突き破り、脳みそを思いっきり啜る音が聞こえてくる。ルガスドールはグッタリして動かなくなり、大百足は自らが出てきた穴に引きずり込んで消える。

 起き上がり、擲弾兵に隊列に戻るよう指示してから帽子に片手剣と十字槍を回収して隊列の先頭に戻る。陸軍からは喝采が上がる。「伝説は本当だったんだ!」と言う声には小躍りしそうになる。パルドノヴォの乱を鎮圧したという話は信じても、化物相手の話は半信半疑なもんだ。そして一番の勝因はアウリュディアなのだが、賛美する声は少ない。

「流石婆さまだ、無駄に歳食ってないな。惚れ直した」

「うるさい」

 化物の照れ隠しを堪能してから、錯乱から立ち直った指導者に手を上げ、視線が向いたところで城門に指差す。

 先程と同じ手順で集団魔法は行われ、号笛が鳴って目を閉じて耳を塞ぎ、轟音と閃光を味わい、舞い上がった粉塵から粉砕された城門跡が姿を現し始める。破片や残骸は全て市内側へ吹っ飛んだ様子でこちらは無傷。安堵の笑いが混じって可愛げが感じられる喚声が上がる。これは大砲屋がいらなくなる。

 腕を上げる。ラッパ手が突撃準備を報せ、士官連中が怒鳴って姿勢を正させる。艦隊への合図に信号弾が放たれる。

 前に振り下ろす。行進曲”火と剣を恐れず”を軍楽隊が演奏し聖歌隊が歌う。軍と教会の音楽家が我等の聖人を題材にして航海中に作り上げたものだ。聖歌を基に行進曲に改変し、歌詞も勇壮で歌いやすいようになっている。突撃縦隊を率いて、小太鼓に合わせて行進し、瓦礫になった城門跡、そして市内を目指す。ザルグラド大公国旗が雪と風に吹かれてなびく。

 刀や槍、弓に小銃に大砲、油と松明で待ち構えている守備隊がこの先にいる。我等の聖人のように火と剣を恐れぬならば、この規模の都市とはいえ勝てる兵力と装備と士気がある。だがルガスドールが門の前にいた。あのシャイテル、底の知れない魔法使いもいるはずだ。火と剣と魔法、全てを恐れないことは出来るのか?


 士官以上に代表がこう訓示垂れたらしい。「今回はお客さまがご乗船され、多くの荷物を積んでいるので多くの日雇いさん方を積む余裕がありません。積極果敢なお客さまの補助をするのが海兵隊さん方のお仕事になりますので、どうかその点ではいつものように経済的な作業をするようお願い申し上げます。また金品人畜の略奪、作戦に関係のない放火、非戦闘員の無用な殺生は禁じられていますのでどうかよろしくお願いします」と。変な噂にならないよう、ザルグラド大公国軍が全て下船するまで黙っていたが、今では社員全ての耳に入っている。その経済的な作業の一つに、港に艦砲射撃をたっぷりくれてやることも入る。ザルグラド大公国軍が陸から市内に突入するまで延々と撃っていた。夜も交代で撃っていた。

 そして今、背後から味方も粉砕しかねない最後の砲弾が放たれ、燃えて砕けて屑だらけになった港を更に痛め付ける。港を守るための防御塔は既に崩れ、その脇の防壁も以前は大砲も守備兵もあったが今はない。

 小型艇は木屑や薄い氷の欠片が浮かぶ川を進む。向かう港には船が半分沈んで見えている。中大洋社所属の三つの戦闘班が乗る小型艇はウルヴィニィ守備隊の抵抗も受けず、沈んだ船の帆柱に船腹をこすりながら着岸。他の小型艇も着岸する。遠くからはザルグラド大公国軍の賑やかな軍楽隊の演奏に合唱も聞こえてきて、まるで祭りかなにかみたいだ。

 サイが率いる第一一戦闘班は先陣を切るべく真っ先に下船、他の戦闘班も続く。砲弾を受けて木箱と荷物と凍った死体が転がる階段を上って港を進む。執拗なくらいな破壊された建物の間を進む。

 ノルトバルは火縄を二本用意する。持っている火縄銃に火縄を付け、予備は手首に巻く。腰を据えて撃ちまくる時以外は火縄銃を二丁ともノルトバルが持つことになったのでもう一丁は背負ってる。そしてシーシャに火縄に光の魔法で火を点けてもらう。アウリュディアが言うにはあの緑の光を使わなければとりあえず大丈夫らしい。

 この辺りでよく使われる言葉、マンゼア語、アルーマン語、ザルハル語で「一般市民は外に出るな、出たら無警告で殺す」と拡声器を使って叫ぶ声が響く。

 サイが先頭に立ち、地図で確認しながら予定進路を進む。通りは石畳で整備されていて、レンガ造りの頑丈そうな建物が並ぶ。その建物の窓、角の陰、通りの曲がり角に気を付けながらいつでも撃てるようにして進む。

 建物から住民のひそひそ声が聞こえ、犬が時折吠える程度で妙に静か。遠くから、ザルグラド大公国軍側からは派手な発砲音に叫び声が響いてはいるが、まるで対岸の騒ぎに聞こえる。

 近くの建物のドアが開き、白髪の婆さまが出てくる。手を振って中に戻れと促すが、何も言わないでゆっくり出てくる。銃口を向けると、手を上げるが出てくる。婆さまは怯えている。

 髭に小さいつららを生やしたバレイが小声で戦闘班の皆に「待ち伏せだ」と触れて回る。背を壁側にして、婆さまの後ろを狙う。

 シーシャがザルハル語で「ばっちゃん隠れて!」と言ってみる。アルーマン語と似てるところもあるから、ある程度は伝わるかもしれないが。

 サイが手の合図で戦闘班各員に指示を与え、迎撃準備を済ます。

 雪が降リ続ける。火縄に白い息を吹き掛けて火種を確かめる。婆さまが積もった雪を踏み、前のめりに転ぶ。その白髪の向こう側に何かを持った人影。白髪を撃つ。人影が上に向けて発砲しながら倒れる。怒鳴り声、周囲の建物の窓が跳ね開けられ、銃口が突き出て次々と発砲を始める。火縄銃を壁に立て掛けながら刀を抜いて拳銃も手に取る。拳銃の撃鉄を上げながら、発砲したての窓へ行き、次の弾薬を装填しようとしている敵の首を刀で刺す。準備が出来ていた他の仲間も手順よく対処、窓の中へ撃ち返す、引きずり出して一発で殴り殺す、蛮刀を抜いてドアを蹴破って入り、斬り殺す。

 ノルトバルは刀の血を払ってから納め、火縄銃を持ってドアが蹴破られた建物に入る。拳銃で直ぐに対応出来るよう構えて、一階にある死体と、血塗れた蛮刀を持ってニヤつく仲間を確認し、二階へ進み、小銃を抱えたまま声を殺して泣いて座り込んでいる敵の頭を拳銃で撃つ。

 火縄銃に弾薬を装填し、二階の窓を開ける。見晴らしはさほどよくないが、見付けた敵を撃ち殺す。火縄銃の負い紐を咥え、窓から屋根によじ登る。弾薬を装填、また見付けた敵を撃ち殺す。煙突があって屋根の傾斜がゆるい三階建てへ移動。見晴らしがいい。他の戦闘班も戦闘をしながら進んでいる。弾薬を装填しなが、仲間達が着々と周囲の建物を制圧している。

 シーシャは外の通りにいて、建物から出てきた敵を光の魔法で顔面丸焦げにし、それでも歩いたので「おげっ」と下品な声出して顔面ぶん殴って倒した。皮や脂が付いたらしく、雪でこすり落とす。そして、その建物に手をかざして何やら魔法の準備らしきことをしてから距離を取って手をピカっと光らすと、その建物が炎を上げて爆発する。敵も味方も、やったシーシャもビックリして時が止る。そして場慣れしている仲間達がいち早く行動を再開して敵を掃討する。シーシャは跳ねて喜んでる。学校であんなの教えてんのかよ。

 遠くからこちら側に向かっている敵集団が見える、少し遠い。拳銃にも弾薬を装填して準備を整える。サイに手の合図で、遠くに敵集団を発見と伝えると隣に、通りから跳躍して壁を蹴って屋根に手を掛けて跳ね上がってきた。軽業師でも出来るかどうか。サイが皆に手の合図で、屋根に上がって迎撃と伝える。シーシャも抱きかかえられて屋根にやってくる。サイは背中の火縄銃を取って軽く手で叩いてくる。腰を据えて撃ちまくるということだ。予備の火縄を渡す。

 構えて狙う。敵集団は長槍と小銃で武装していて、先頭にいる奴は馬に乗り、刀を掲げている。馬は可哀想なので騎手を撃つ、落馬。火縄銃を受け取る。動揺してないような肝っ玉が座ってそうな奴を撃つ、倒れる。火縄銃を受け取る。手を上げて指揮を変わろうとしている奴を撃つ、膝を折る。火縄銃を受け取る。そいつに駆け寄って介抱しようしている奴を撃つ、倒れて暴れ始める。火縄銃を受け取る。進むぞと言わんばかりに前を指差す奴を撃つ、その体勢のまま倒れる。火縄銃を受け取る。敵集団は逃げ始める、逃げろ逃げろと騒ぎ立てている奴は生かし、それを止めさせようとしている奴を撃つ、堪える。火縄銃を受け取る。堪えた奴をもう一度撃つ、倒れる。敵集団は逃げ出した。

 シーシャが笑顔で肩をバッチンバッチン叩いて「火遁牛の糞には敵わないけどスゲェじゃん」と褒めてくれる。

 屋根から通りに下り、サイの先導に従って街に進む。先程までの所は比較的裕福な区画だったようで、段々と木造でボロくて道も土が剥き出しになってくる。通りや脇道には乱雑に物が置かれているので神経を使う。何も言う資格はないが、ここはとっとと抜け出したい。シーシャの言う”火遁牛の糞”で時折怪しい建物は爆破する。爆破しなくても敵や住人が耐え切れずに窒息寸前で建物から逃げ出してくる。その度に凄ぇうんこ臭くなる。

 皆が足音に息を殺して進む中、ノルトバルは曲がり角で敵と鉢合わせ。動くに動けない。火縄銃で格闘して歪みが出来ると嫌だから、火縄銃を置く。何故か敵もホっとしたような顔で小銃を置く。あれ? スキありだ。刀を抜きざまに根元で相手の首に斬り込む、左手で刀の峰を殴って刃をめり込ませ、蹴飛ばす。傷口を押さえて苦しむ敵は目で、どうして? と言ってくる。腹を刺して抉る。

 木造のボロい区画を抜け、今度は坊さんが出てきそうな教会や墓がある区画に入り、集合住宅のような、異なる四件の家が小洒落た庭を挟んで向かい合っている所に入る。今まで無駄な言葉を使わないで手だけで先導してきたサイが声を出す。

「この先の聖ヴァルキリカ大聖堂を制圧する。ザルグラド大公国軍との合流地点であり、市街戦で混乱した部隊を再編するのに便利な広場や墓地がある。そこを見渡せる有意で堅牢な拠点になる。他の戦闘班が到着するまでここで待機。交代で休みなさい」

 庭には長椅子が――雪が積もっているが――置いてあるので各自そこに座る。警戒はしないといけないので数名が屋根に上る。

 ノルトバルは地面の雪を掃って座り、火縄銃の整備をする。掃除と動作点検、部品のゆるみの再調整。バレイが向かいに座り、蛮刀にこびり付いた血を始末してから砥石で研ぎ始める。

「やけに殺し慣れてるよな、若ぇのに」

「狩りしてたからかもしんねぇ。初めて敵殺した時は馬ん乗って一発で首はねた。思ったより簡単だった」

「そりゃ格好いいなノルくんや」

 二丁目の火縄銃の整備を始める。ケツが冷たい。

「しかし冬期攻勢って何考えてるんだろうな。さぶくて鼻もげてチンポ腐るぞ」

「偉いさんは偉いんだ。聞けば道理だという理由はあるもんだ。もの凄ぇ馬鹿だと思えることでも筋道は通ってる。ようは成功したかしないかで評価が変わる。成功すりゃどんな馬鹿真似こいてもいいんだ。後始末が面倒くさいけどな」

「そうか?」

 納得いかず首を傾げる。鼻からも溜息をついでにすると、お茶のいい香りがしてくる。これにも首を傾げてみると、家の中からシーシャがもうもうと湯気の立つ鍋を持って出てくる。綺麗な服をきた女の子は、怯えた顔でお盆に人数分のお椀を重ねて運んでくる。

「はいはい皆さん、お茶に蜂蜜やら塩やら胡椒やら混ぜたもんですよー。酒はちびっと混ぜてるよ。お金はサイちゃんが払ってるから遠慮しないでねー」

 思わず全員が「おお」と声上げる。慣れてる程度の寒さでも、温かい飲み物はいつでも最高だ。皆がお椀に茶を入れて飲み始め、警戒中の仲間にも配る。シーシャはお椀にお茶入れて、頬にくっつけてくる、熱い。受け取って啜る。そういえば下宿で飲んだことのある味だ、村ではなかった。たまたま近くにいるだけで、皆遠くに行ってしまった気がしてくる。

 お茶を飲みながら刀にこびり付いた血を処理し、冷めたケツをさすって暖める。警戒を交代し、手伝ってもらって屋根に上がる。さっきまでのんびりしていたのが嘘みたいにザルグラド大公国軍側からは火の手が上がり、銃声に砲声までも混じっている。街中でぶっ放したらどうなるのか、凄まじそうだ。制圧した場所を知らせるようにザルグラド大公国旗が点々と建物に掲げられている。海兵隊の方も同じように中大洋社旗を掲げている。

 その中グツグツと、食い物でも煮立ててるようなのん気な音が鳴り始める。まさかと思いながら、小便をしてチンコが凍る思いをする。もちろんちゃんと警戒はしている。海兵隊の銃声が近づいてくる。ザルグラド大公国軍側には敵の主力が集中しているようで、こっちはまだまだこれでものんびりしている気がする。

「はーいご飯出来たよー。消化に負担かからないような柔らかいもんだからね」

 配られたお椀の中には柔らかい具が混ざったお粥でダシが効いてる。作るのが早かったから食べ残しを調整した物だろう。しかし美味い。バレイが屋根に上ってきて銃床でケツを突いてくる。

「何だよ」

「お前随分いい嫁さんもらったな。ここのオヤジが何か色々言いながら泣いてこの飯食ってたぞ」

「結婚してねぇよ」

「じゃあよ、あの聖ヴァルキリカ大聖堂でやれよ。坊主もいるだろうし、祝砲と生贄だけならたんまりあるぞ」

「うるせぇ」

 味方の戦闘班が合流し始める。いい匂いがするようで、鼻をスンスン鳴らしたり羨ましがったりしてる。

 各班の海兵士官が話し合って作戦を決めたようで、サイが手の合図で先導する。後ろをついていく。マメに掃除がされた墓や花壇に街路樹の道を進む。一際大きくて壮麗な、何千何万本もの朽ちたり錆びたり、鈍かったり鏡のように光を反射する剣が山と刺された土台の上に、聖ヴァルキリカらしき彫像が立っているのが見えてきて凄ぇもんだと見とれてしまう。思わず声が漏れる仲間もいて、集中力が乱れた空気になる。

「これは万剣墓と呼ばれる名もなき戦士のための墓で、聖ヴァルキリカはその守護聖人。戦いが終わったら見物しなさい、ここに入りたくなきゃ今は止めなさい」

 それをサイが切り替えるが、進行方向にあるもんだから困る。せめて自分だけでもと周囲を警戒する。するとバルメーク派の坊主が手を振りながら、訛りが強くてほとんど聞き取れないシェテル語で叫びながら走ってくる。サイが手の合図で、停止と警戒を呼び掛ける。反対側の道を進んでいた他の戦闘班も状況を察して動きを止める。

 どう動く? と、坊主に火縄銃で狙いを定めておくと、一瞬視界が白く潰れ、赤い炎が見えたと思ったらそれが緑色に染まり「伏せろ」という叫びと爆発音が混じって、砕けた剣が風を切って四方八方に弾け飛ぶ。墓石や鉄柵に破片がぶつかって騒音を掻き鳴らす。

 緑が消える。シーシャがあの緑の光で壁を作って皆を守った。こちらの周囲を除き、そこら中に剣の破片が突き刺さり、あの坊主はズタボロに切り裂かれ、反対側の道の戦闘班は負傷者の手当てで大騒ぎを始めている。

「フス、グリゲ、ゼシュカ、スティガー、あっちの戦闘班の手伝い。いらないなら戻ってきなさい」

「了解!」

 四人がサイの指示で救援に向かう。

「では前進、慎重に。人数が減ったから側面から回った連中に頑張ってもらうから」

 素早い指示を出したサイに続く。シーシャの背中に手を当てる。反応がないから顔を覗くと辛そうな顔になってる。アウリュディアがあの緑の光は使うなと言ってたはずだ。

「おい大丈夫か?」

「うん……やっぱ駄目かも」

 シーシャはヨロヨロと花壇に座り込んでしまう。サイの足が止る。

「バレイ、彼女を後送。ノルトバル、あなたは大聖堂の上で狙撃やってもらうからついてきなさい」

 バレイがシーシャを抱え上げる。シーシャの膝を掴んで揺すってみるが、もう呻るだけで返事をしてるかしていないか分からない。

「任せろ。名付け親は俺だな」

 ニヤっと笑ってバレイは走り去る。人一人抱えて走るのであれば頑強なダルクハイド人に任せるのが正解だ。だが……仲間の一人に背中をぶっ叩かれる。悩めるだけ贅沢だと、先に進み始めたサイに続く。万剣墓を吹っ飛ばした連中がこの先にいる。

 大聖堂入り口の広場に到着する。長椅子や背の高い石の花壇、彫像の陰に隠れながら進む。入り口正面には僧兵が馬の首でも落とせそうな三日月斧を持って整列している。側面に回った戦闘班の、マンゼア語を話せる奴が投降を呼び掛ける。しかし僧兵は動かず、掛かってこいという雰囲気が伝わる言葉を隊長らしき敵が叫ぶ。

 サイは手榴弾を取り出し、導火線を半分以下に齧り取り、ノルトバルの火縄を使って着火。そして剛速球、その隊長の頭に命中、昏倒、爆発、僧兵の整列が崩れ、何人か倒れる。それを合図に一斉射撃を加える。銃撃でバタバタと倒れながらも、雄たけびを上げ、三日月斧を振り上げて突撃してくる。

 側面にいた戦闘班が左から射撃、かなり倒れる。右から射撃、ほとんど倒れる。その生き残りを装填が早い仲間が射撃、一人残して倒れる。最後一人になっても突っ込んでくる奴はサイが蛮刀で兜ごと頭から胸まで断ち斬る。一発しか撃たず、次の弾薬を今装填し終わったノルトバルは大聖堂入り口に銃口を向ける。外の様子を覗きにきた剃り上げ頭が一瞬見える。撃つ、血が飛び散った、殺した。

 サイは他の戦闘班と手の合図で意志を確認し、正面入り口から突入するようにその脇へ移動。ノルトバルと仲間のもう一人には入り口を見張っていろと指示。側面の戦闘班が他の入り口から大聖堂に踏み込む音が聞こえてくる。しかし銃声はなく、悲鳴やドアを蹴っ飛ばす音にガラスが割れる音ぐらいなものだ。

 サイが正面から突入する。それでも銃声や争うような声は聞こえない。正面入り口に移動し、今度は外を警戒するが敵の気配はない。バレイが戻ってくる。

「お前の嫁は野戦診療所に置いてきたから大丈夫だ。こっちはもう終わりか?」

「たぶん。中に入って誰も一発も撃ってない」

「そりゃ面倒が省けていいもんだ。首揃えても金もくれないし褒めてもくれないからな」

 バレイがノルトバルが最後に撃ち殺した剃り上げ頭の首根っこを掴んで持ち上げる。顔が見える、間違いなくザフカーク人だ。脇へ放り投げられる。もう一人の仲間に肩を叩かれる。

「大聖堂の天辺で得意技披露するんだろ? 行けよ」

「おう」

 大聖堂に入る。入り口から正面の演壇まで絨毯が続き、両脇には長椅子が延々と並ぶ。一番奥には外の吹っ飛ばされた彫像より小奇麗な聖ヴァルキリカ像があり、ピカピカの三重円が両脇に天井と地面から伸びる鎖に吊るされている。

 近隣から非難してきた住民や、戦えなさそうな坊さんと尼さんが震えて固まっている。他の戦闘班が暴れないように見張っているが心配なさそうだ。

 二階への階段を上り、廊下を進む。大聖堂の五階までは中央が吹き抜けになっている。壁にはよく分からないが上手な絵が並んでいる。部屋という部屋は全てドアが開けられ、中に隠れていた人達は追い出されて一階に集められている。赤子の鳴き声も混じる。三階、四階、五階と上る。我等の第一一戦闘班が五階の部屋中から人を追い出して並ばせている最中だ。

 サイは六階に行くための上り梯子を指差して教えてくれる。頷いて梯子に向かおうとした時、一人の剃り上げ頭が目に入る。顎下まで伸びてる口髭で、高い鷲鼻が何度か骨折したようで鼻筋が複雑に曲がってる男。その男の方へ近寄る。目を合わせると、若干怯えながらも意志はハッキリしてる視線で返される。ザルハル語で話し掛ける。

「おめぇザフカーク軍だよな」

「そうだけどよ、何だ、ザルハル語喋れんのかよ。お仲間連中何言ってんだかサッパリだぜ」

 安心したように笑いやがる。

「なあ、ジジイはどうした?」

「あ? ジジイって誰のジジイだよ。俺とおめぇの知り合いか? 俺は知らねぇぞ」

「イギルスツカヤの戦いのあと、川沿いの村、大雨」

 男の顔が青ざめていくのが分かる。サイがこっちを訝しげに見る。

「あん時のガキか! しょうがねぇだろ、ガキの遊びじゃねぇんだ、戦争だ、仕方ねぇじゃねぇかよ。それにあの野郎、大暴れして六人も道連れにしやがったんだぞ。それに俺はおめぇだったらそのまま誤魔化してこっちに入れてやってもよかったんだぞ。台なしにしたのあの野郎じゃねぇか。恨むならお門違いだぜ、今更も今更だ!」

 少し悩んで、短剣を振りぬいて喉を掻っ捌き、血を垂らしながら苦しんでるそいつの服を掴んで手摺にぶつけ、前のめりに吹き抜けへ上体を倒したところで腰帯を掴んで一階に落とす。落ちてぶつかった音が大聖堂によく響く。下を見れば長椅子の背もたれに落ちて体が奇妙に曲がっている。一間隔置いて悲鳴が上がる。何事かと上を見上げる仲間達に声を掛ける。

「仇討ちだ! 気にすんな」

「何だそりゃ?」と声が返ってくる。サイは手を振って、さっさと行け、か。

 梯子を上り、引っ張って鐘を鳴らす縄を触りながらもう一つの梯子を上り、市内中が見渡せる、脇にハト小屋がある所に出る。椅子があったからそれを引っ張ってきて座る。

 ザルグラド大公国軍は着実に占領範囲を広げ、火と煙を上げまくっている。銃声と砲声は相変わらず鳴り止まず、時折化物みたいな声が聞こえてくる。

『神と聖人と共同体のために!』と聞き覚えのある、バルメーク派の坊さんやら神学生やらの喚声が特によく響いてくる。軍楽隊の演奏や合唱もよく聞こえてくる。

「この糞寒ぃ中で何であのイカれ坊主どもはあんな元気なんだよ」

 ハトに目を向ける。

「ちょっと聞いてこいよ」

 我関せずとポッポコ鳴いて糞垂らすだけ。梯子を上ってくる気配に音。気にせず周囲を眺め、海兵隊が集結しつつあるのを見る。背後にきて、「ふぅー」と息を漏らすサイ。

「思ったよりいい眺めね」

「うん」

「次あんな風に殺す時は許可取ってからにしなさい。この会社そこまで厳しくないのは分かるでしょ」

「うん」

 頭をグリグリ撫でられる。

「さて、くたばるのと占領を仕上げるのは連中の仕事。あとはチョロチョロ動いたりするけど、基本的にはゆっくり後ろで見物。気が向いたら敵でも空でも撃てばいいわ」

 サイは中大洋社旗を大聖堂の天辺に揚げ、戻ってきて壁に寄りかかる。椅子を譲ろうとすると拒否される。遠慮なく座って眺める。一部のザルグラド大公国軍がこちらに進んできている。


 ”火と剣を恐れず”が演奏されて合唱される中、死体だらけで血塗れで、砕けた木や石の欠片が転がっている上に、抑えるように命令してあるのだが一部の建物から火の手が上がっている大通りを進む。略奪に虐殺に強姦に夢中になって戦闘しないなんて状況にはなく、我等の聖人の絶大な影響で誰も彼もが死を厭わず戦ってくれる。その上で自分のように死なずに勝てるようになれれば一人前だ。勇敢さと臆病さを併せ持たないといけない。

 自分達の街に攻め入られ、決死で戦うはずの敵の守備兵や民兵達――軍服がないから見分けるには雰囲気で判断するしかないが――は気圧されている。かち合って白兵戦になれば化物でも相手をしているかのようになって怯えて逃げる。しかしそんな人間の兵士の他に、黒くてツルツルした皮膚の化物が混ざっている。人型で革の防具を身に付けている。

 大通りを跨いで戦列を組む銃兵が一斉射撃、黒い化物は痛そうにはするがこれだけでは倒れない。お返しに魔法で次々と銃兵は発火して電撃を受けて燃えやすい冬服が火達磨になり、火薬が暴発して銃弾を飛び散らせて更に死傷者を出し、ぶち切れた連隊長が魔法使い連中の魔法妨害も待たずに喚声を上げて銃剣突撃に移る。魔法だけではなく白兵戦も得意なようで、黒い化物は速やかに肩を並べて戦列を組み、一斉に振り下ろした長槍で銃兵をぶっ叩き、そして槍衾で突き殺し始める。槍衾の間から石弓で射撃してくる。長槍の下を潜ろうとしてもそこには短剣と丸盾を持った黒い化物がいて撃退される。

 ただこちらもただで兵士を殺しているわけではない。大砲の用意が整い、魔法使い連中から魔法妨害を行っていることを確認し、銃兵を後退させ、旗手が死んで落とした連隊旗の回収を待って、そして砲兵士官が剣を振り下ろして号令を出し、ぶどう弾が黒い化物の戦列に撃ち込まれる。銃弾では痛がるだけだったが、拳大の砲弾を複数撃ち出すぶどう弾は長槍を圧し折りながら体に大穴を開け、手足を引き千切って頭を叩き潰す。槍衾をこしらえて動きが鈍い黒い化物は何とか大砲に向かって前進してくるが、次のぶどう弾、また次のぶどう弾を受けて次々と倒れていく。

 返り血が凍って兜みたいになった毛皮の帽子をコツコツ叩きながら、兵士達の何とはない気が揃うの待って、リーレスは十字槍を掲げて、突撃準備に移った槍兵に命令を下す。ラッパ手が突撃開始を吹奏する。

 走る。リーレスを突こうとしている長槍を打ち払って滑るように腹を刺して抉る。

 小太鼓の連弾と喚声が混じりながら兜に胸甲をガチャつかせた槍兵が到着、隙間だらけで連携が取れていない黒い化物の槍衾に、槍兵の槍衾を叩き付ける。長槍の柄と柄がぶつかってガチガチ鳴り、殴られて倒れ、突かれて倒れて呻き声を上げる。黒い化物の隙間を人間の兵士が埋めてくる。こちらも倒れた兵士の隙間は後ろの兵士が埋める。隙間から白煙と銃弾が飛び交って敵や味方を撃つ。長槍の下では短剣を持った兵士達の苦悶の声が聞こえる戦いが続く。

 槍衾の隙間を縫って前に進み、十字槍は捨てて短剣を抜く。黒い化物の首を刺す、まだ死んでなさそうなので抉って横に広げる、噴水みたいに血が出る。長槍を両手で操るのに忙しい敵槍兵の首を刺す、黒い化物の目に親指を入れて掴んで引っ張り出して首を刺して抉って横に広げる。敵の戦列に穴を開けに掛かる。後ろに兵士が続いて短剣など、密着しても殺しやすい武器に持ち替えてついてくる。殺しながら間を縫って、敵の戦列の後ろに回る。片手剣を抜いて、後ろにいるリーレスに困惑している敵をサクサクと刺し殺す。布や毛皮の服に――時々鎧を着ている敵もいるが――黒い化物の革の防具相手なので思ったより楽に殺せる。後続の兵士も後ろから刺す作業に移って、しばらくするとほとんど敵を逃がさず撃破出来た。

 気の利く兵士から自分の十字槍を受け取り、隊列を整えさせてから前進。散発的な抵抗を受け、両脇の建物に兵士が突入しては出てくるを繰り返す。

 市内に運河が引かれ、それが敵の強固な防御線になっている。そこに掛かる橋を巡っては激烈な攻防が待ち受けているはずだ。用水路の橋をまたぐだけでも大きな被害が出たし、散々死体の山を築いた挙句に橋が爆破されたと別の進路を取る軍から報告が上がっている。

 目の前に現れたのは運河の真ん中に橋脚がある大型の橋で、貨物船なら十隻は並んで通れそうなほど大きい。川にある船で橋を作って多方面から仕掛けることを考えていたが、調査をさせると向こう岸に移動させられたり、焼かれたり沈められたりして不可能である。

 降る雪の向こう、運河の対岸には敵の大軍が大砲も構えて待ち受けている。予想通り。

 向こう岸から歩み出て橋のまん前に現れた、斧槍を担ぎ、前時代的な全身を守る甲冑を着た巨体のトカゲ頭。他には目もくれず、四つもある目でリーレスだけを睨み付けている。

「銃兵と砲兵は対岸の敵を減らせ! それから突撃部隊を編成して待機。この敵は私が討ち取る、休憩でもしてろ!」

 命令通りに軍は動き、四つ目はそれを無視。そして運河を挟んで銃撃と砲撃が交わされる。

 使いすぎて一日で刃がボロボロになってきた十字槍の穂先を四つ目に向け、クイクイと動かすと頷いてから斧槍で斬りかかってくる。避けれると思ったら早すぎて、十字槍をつっかえ棒にして防ぐのがやっと。穂先が折れ、金属製の柄も曲がる。

 片手剣を抜いて、短剣を投げ付けてから斬り込む。短剣は兜に弾かれ、想像を超える素早い蹴りに片手剣が弾き飛ばされ、ついでとばかりの尻尾に打たれそうになり、両腕を交差して頭で支え、受けた瞬間に後ろへ跳んで威力を殺して地面を転がる。ルガスドールより威力は低いだろうが、十分死ねる威力だった。

 アウリュディアが投げた愛用の棒を受け取る。握りやすい六角棒、これであのゴツいのに致命傷は与えられるわけはないが――突き出される斧槍の柄を打ち払って受け流す、足元に振動――その必要はない。

 あの大百足が土と雪と石を吹き上げて道路を突き破ってくる。四つ目に食らいつこうとすると避けられ、斧槍で頭を叩き割れてあっさり倒れる。その隙に、棒に仕込んである剣を抜いて四つ目の目に一突き、素早く抜く。三つの目で睨んでニヤりと笑う。こちらも笑い返す。迂回して背後に回った大蟷螂が四つ目の両腕を後ろから拘束、頭を齧るが兜に歯が立たない、と思ったら頭に口から泡を吐き始める。流石に嫌がって四つ目は暴れるが、ガッチリ捕らえられて拘束を解けない。悠々と目玉を刺そうと思ったら、小蟷螂が泡から産まれて甲冑の隙間へ入り始める。流石に気持ち悪くて近寄りたくない。

 四つ目はついに痛そうな声を上げ始め、斧槍を捨て、大蟷螂を背負って運河に飛び込む。あの重装備じゃ浮いてこれないと思うが。

 アウリュディアに棒を返し、次に何かを斬ったら折れそうな片手剣を諦め、短剣を回収。そして戦利品の斧槍を得る。

 両岸を挟んだ射撃合戦、互いに死人を出し合っているが、いかんせん距離があって決定打になっていない。ただこれは牽制目的なのでこれでいい。

 リーレスが先頭に立つ。銃剣の装着を確かめ、剣や斧に金棒まで持って荒い息を吐く突撃部隊は、僧服姿の僧兵や聖職者や神学生ばかりの民兵だ。それが旗代わりに三重円を吊るした竿を掲げ、縦隊を組んで今か今かと待っている。総主教の奴に見せたら卒倒するだろう。

 斧槍を掲げる。ラッパ手が派手に突撃開始を吹奏。喚声を上げて突撃部隊が走って橋を揺らす。両岸で撃ち合っているせいで少し遅れるが、気付いた敵の撃った横薙ぎの銃弾の雨が、降る雪を掻き回してやってくる。橋の手摺や柱に当たって火花を散らし、民兵に当たって血も散らす。橋の正面に据え付けられた大砲が轟音を鳴らす。リーレスは砲弾を避け、そんな技能もない民兵は胴体を引き千切られる。もう一度横薙ぎの銃弾の雨を掻い潜る。斧槍に当たって持っていかれそうになる。後ろの民兵はまたバタバタ倒れ、三重円の竿を持った民兵が倒れてその後ろの民兵が竿を代わりに持つ。二度目の砲撃か、と思ったら臆した敵が逃げ始める。勇気を振り絞って銃剣で迎撃しようとする敵は斧槍の一振りで殺してやると、他の生き残りは逃げ腰になる。更に近づいて吼えてやると逃げた。その背中を刺して倒す。

 突撃部隊を左右に分け、運河を挟んだ撃ち合いを止めさせる。

 橋を確保し、成功を神に感謝しだす連中をどうにか誘導させ、全部隊を整列させる。

 そして前進、まもなく見えてきた中央広場では民兵も大勢含んだような敵の大軍が戦列を組んで、馬鹿みたいに待ち構えている。戦う勇気はわずかにあるが、攻撃に出る勇気がない気配が濃厚にしている。

「砲兵前へ。いい的があるぞ」

 砲兵が準備している間も敵は待ち構えているだけ。誰かが当たるような距離でもないのに発砲し、つられて何人かが撃ち始めて敵士官に止められる。そして口論が始まり、士官の間でも口論、命令を無視して突撃してくる敵が若干名。

 砲兵が準備を完了し、撃ち始める。普通の砲弾、ぶどう弾、散弾、海軍から融通された鎖弾と色々撃ち出す。命令無視の若干名を筆頭に敵は切り裂かれて撃ち抜かれて引き千切れて血の海に肉を浮かべてボロボロになり、逃げ始める。そして手を振って全部隊を突入させればあっさりと中央広場を制圧してしまう。これでウルヴィニィの主要道路が制御出来る。別働隊への援護も合流もやりやすくなった。

 小休止を取っていると海兵隊との合流が出来たと報告もきて、重要拠点の聖ヴァルキリカ大聖堂に中大洋社旗が揚げられた。我がザルグラド大公国旗も着実に制圧した場所に揚げられていく。我々本隊や別働隊が制圧した地区の管理は予備軍を率いる陸軍長官が何とかしてくれているだろう。あとは大通りを真っ直ぐ進んで宮殿を制圧。その前に太守が賢明なら降伏するはずだ。既に市内中心部の中央広場まで余力を残したまま進撃してきた我々に、逃げ腰な守備隊でもって勝ち目があると思うわけがない。

 中央広場回りの建物の制圧も終わり、遺体が並べられて死の祈りが捧げられ、別働隊と連絡をしていると奇妙な歌声が響き始め、化物だとか天使さまだとか兵士が騒ぎ始める。色々懐かしい響きがあったのでアウリュディアに目配せし、向こうも察したようた。手招きで擲弾兵隊長を呼び寄せる。

「半透明の髪が乱れたような歌姫みたいな化物がいたら、アー! と声を出しながら歌を打ち消してひたすら撃て。以上だ探せ!」

 擲弾兵隊長が敬礼して応える。

 残りの化物と天使さまを探す。見覚えのある、家くらいの背丈の熊頭の巨人が兵士を拳で潰しまくっている。

 近くにいた弓兵を呼び寄せて、指差して「アレを射ろ」と命令。足止めのために突っ込む。建物の中にいる兵士を何とかしようと窓に腕を突っ込んでジタバタしているところを、足首の腱を狙って斧槍を振る。両断は出来ないが、半分は斬れた。驚いた熊頭がこっちに拳を振り下ろす。昔戦った通りに微妙に鈍くてあっさりと避けれる。熊頭に矢が何十本もほぼ一度に刺さり、ビックリしたのか暴れだす。暴れているところでもう一発、足首の腱を狙って斧槍を振り両断、熊頭は転ぶ。あとは腕に気を付けながら、腕の筋を断ち切り、抵抗が弱ったところで頭を何度も叩いて頭蓋骨を割り、そこに斧槍を突っ込んで脳みそ掻き回して殺す。

 次は何がいるかと中央広場を探す。奇妙な歌声が強くなり、その周辺では味方同士で殺しあい、変な笑い声を上げて暴れてたりと凄い光景。擲弾兵がなんとかあの、海の悪霊とパルドノヴォで呼ばれていた歌姫へ発砲を続けている。しかし小銃で撃たれても水の固まりに撃ったみたいに波紋が広がって弾が突き抜けるだけ。あれで倒せるのだが、自信をなくしたのか『アー!』と声を出して歌声を誤魔化すことに気が向いている。

 しょうがない奴等に見本を見せるため「アー!」と声を出し続けながら、ヘンテコな踊りをしている兵士から小銃を奪い取り、擲弾兵に向かって手を振って注目を集めてから歌姫に撃つ。そして擲弾兵もやっと射撃を集中させ、体中波紋だけになった歌姫は崩れ落ちる。

 あとは天使さまがどこにいるかと見回ると、魔法使い達が変な格好のおっさんを笑いながら追い掛け回している。あれはパルドノヴォの地下墓地に古代より、何故か封印されていた魔法使いだ。何度も逃げながら魔法使い達に向かって手のひらを突き出しいることから、得意の古代魔法で何とかしようと足掻いているらしい。魔法を妨害されて何も現象は起こっていないが。

 見かねたアウリュディアが古代の魔法使いを棒で転ばせ、胸を踏ん付けてから頭を棒で何度も突いて撲殺する。封印されし古の魔法使いと銘打たれると凄いものを想像するが、人口も競争相手も少ない古代の魔法使いがどの程度のものかを証明する。

 おもちゃを取り上げられて文句を垂れる魔法使い達を解散させたアウリュディアの所にリーレスは向かう。

「これはどういうことだ? パルドノヴォの再現か?」

「情報世界に生まれた情報が固着することがある。それを取り出す技術があればあり得る状況だ。しかし心血注ぐような手駒達ではないから遊び感覚だな。お前と仲よくしたいらしい。あの魔法使い、あの期待させた挙句に学生以下だったあの古代人、あの哀れな奴を呼び出すなんて本気で殺そうとしているとは思えない」

「天使は見たか?」

「いや。それが一番気になって使い魔も飛ばして周囲を見てるが、空は飛んでないようだ」

「建物の中か?」

「ふむ。兵どもに聞いて回ろう」

 二人で中央広場を回る。中央広場は当然のように広くて、公園も備えているので見通しがそれほどよくない。公園周りの建物の間を進めばまた小さい公園があったりと少々複雑だ。その中、民兵が武器を置いて跪いている小さな教会がある。二列柱の象徴があるからテムル派だ。我々はバルメーク派だが、という疑問は置いておく。

「そこの君、何をしている?」

 その中の素直そうな神学生に聞いてみる。こちらに向けたのは、清々しい泣き顔。

「はい、大公閣下。中に天使さまが降臨されたとのことです。まだ拝謁賜ってはおりませんが、ここにいてもその神聖さが身に染みてくるようです」

 これは話にならないと思い、彼らの背中を跨いで教会の中へ進むと、見覚えのある天使がいた。パルドノヴォの中心部に降り立ち、救いを求める市民に救いとして虐殺をくれてやった天使だ。当時は血塗れで、剣を振りすぎて腕が一本千切れ、翼も折れて瀕死の形だったが、今は完璧に美しい姿でいる。当時と違って武器も甲冑もなく、簡素な白い服一枚で教壇の上に座り、男女ともつかない美しい顔は穏やか。

「久しぶりだな、覚えているか?」

「見ろこの有様、ただの見世物だ。教会とやらがいい加減なことを教えているせいで足の踏み場もない」

 天使の声に動揺が走る。教会から出てけと手を振って追い出す。名残惜しそうに民兵達が出て行く。アウリュディアが扉を閉める。

「誰に呼ばれた?」

「シャイテル。彼には君等を倒せと命令されたが、我々は命令されて動くわけじゃないから断った」

「じゃあ、今回は敵じゃないんだな?」

「今回もだ。パルドノヴォでは餓えや疫病、恐怖の中痛め付けられて死ぬはずだった彼らを救っただけだ。君とその情報生物には邪魔をされたから反撃しただけだ」

「今回は誰かを救うつもりは?」

「ないな。的外れな召喚をされて大層困ってしまった。彼らには帰りたいからこの仮の肉体を破壊してくれと頼んでみたが、さっきの有様だ。やってくれ」

 斧槍を振り上げる、窓から覗いている連中が声を上げる。アウリュディアが舌打ちして飛蝗を窓中に這わせて見えなくする。斧槍を振り下ろし、頭をカチ割る。頭から血を噴出しながら、どこからか取り出したか剣が一本差し出され、受け取る。

「礼だ。その剣、あと一日は姿を留める」

 と言って、空気に溶けるように天使は消えた。教会を出ると無用に騒ぐ連中に、借りた剣を見せる。

「天使さまが勝利の剣を貸して下さったぞ!」

 と適当に叫ぶと大歓声が上がる。単純で素晴らしい。

 中央広場に戻り、混乱の収拾を待つ。迅速に対応出来たお陰か、死傷者の後送程度で収まりそうだ。天使の剣について騒いでいる連中には、職務に専念しろと一喝しておいた。

 部隊の先頭に立ち、力持ちそうな奴に斧槍は持たせて天使の剣を振り上げ、感嘆の声も上がり、前に進もうとしたら、ワザとらしくゆっくり拍手する音が響く。そして正面からシャイテルがその拍手をしながらやってくる。興を削がれた感があるが、一応剣を収める。あの左上半身を覆う外套はあるから油断はしない。

「懐かしい相手だったろう? 出来ればあの場に現れた化物全てを召喚しようと思ったのだが、別の仕事が忙しくて中途半端になってしまった。まあ、召喚したら私でも困るようなのがいたから止めておいたがね。あと、街にあまり傷を付けるなよ。復興に時間が掛かって迷惑だ」

「ウルヴィニィの太守を任されているのか?」

「こう見えて私は意外に几帳面でね、こんな事態になってもこの通りに正装は乱していないぐらいだ。つまりはウルヴィニィ太守でもあり、代行の用意もしてあるということだ。アルーマン大帝メラシジンの相談役という事実上の宰相の地位もある。この場に持ってきてはいないが、六本の飾り尾付きの馬印、王に準ずる者の証も貰った。それで立場に不足はあるかな?」

「そうか。よし、用件を言うぞ。降伏すれば略奪に破壊、虐殺はしない。そのあとにザルグラド大公国とアルーマンとの和平交渉を行いたい」

「話は聞いていたが国の名前はそれにしたんだな。いい選択だ、意固地になってるアルドカリスの三男坊を相手にして話し合いをするなぞ座興にもならんからこちらも助かる。あれで冗談の一つ皮肉の二つ三つも言えるんならまだからかいようがあるんだがな。ま、あれは不幸な男だ。長男が馬鹿で次男が輪を掛けて馬鹿で身内に殺され、ルファーランで農学について勉強している時に引っ張りだされたんだからな。成績は優秀で勤勉だったらしい。悪く言えばそれだけだ。さて、和平交渉については何れしなければいけないことだから、終わり次第そうすることにしよう。文明あり形ありの国家が成すべき儀式だ。降伏についてだが、私という最大戦力を撃破しないままにするという選択肢はないと答えよう。堪え切れずに兵が後退したからと言って早々に諦めて身を投げ出す小心者はおるまい」

 少し沈黙。シャイテルが何を言ったか思い出そうとする、失敗する。

「すまん、途中までしか聞いてなかった」

 さしものシャイテルも、表情は変えないが心なしか困り顔。つば広帽子を取り、頭を少し冷やしてからまた被る。

「私が倒れない限り降伏することはない」

 天使の剣を抜く。シャイテルの首を太守の代行に見せればいいわけだ。

「おっとその前に、英雄リーレス=ザルンゲレンに相応しい、いやそれよりも凄い相手と戦わせてあげよう。今この言葉はあまり使いたくないが、君より数段格上の英雄だ」

 建物の陰から巨体の兵士、というより騎士が現れる。黒の甲冑に白いスカート、波打つ刃の矛槍。身の丈は、大柄なリーレスと比べても一人半分以上はある。体は細身の印象を受けるが、比べればこちらなんかよりかなり太い。

「聞いて驚け、ルスカ帝国の伝説”アルテリ峠の騎士”セリダエンだ」

 何か凄そうだと思ってアウリュディアに小声で聞いてみる。

「セリダエンって?」

「馬より早く走った。ほぼ一人で救世騎士団の大軍を押し留めた。悪竜テオルドとその子供達を狩った。地方軍閥の反乱が起きて準備してたらセリダエンが先に潰してた。何よりアルテリ峠の怪物を飼いならした。凄い奴だ」

「安心しろリーレスくん。その竜骨斬りと呼ばれた魔法の武器は力を失って久しく、相棒のアルテリ峠の怪物は故郷で余生を送っている。全盛期よりは弱いよ。ああ失礼セリダエン、君が弱いという意味ではない」

「分かってる。いちいち言うな」

 見ただけで天使の剣なんかじゃ勝ち目がない相手だと分かる。そういう相手はよくいる。一人じゃどうにもならないので、勇猛果敢な兵士達の人海戦術で戦うしかない。

「全隊、目標は前方の巨人。戦列を組みつつ撃てェ!」

 小銃の一斉射撃、そして戦列を組みながらの発砲が始まる。しかしセリダエンは銃弾が甲冑へ届く前に何かで弾き返す。弾き返すのに余裕がなくなったか左右に動き始め、矢が混じっても弾き、広い中央広場にまだ留まっていたおかげで砲兵も素早く展開して砲弾を浴びせても弾く。アウリュディアが耳打ちしてくる。

「集団魔法で今のを妨害させる。こっちに矛先向けさせるなよ」

 アウリュディアは魔法使い達の所へ行く。矢玉が効かないのは魔法だったらしい。

 このまま蜂の巣になってくれればと見守っていると、やはりそういかずセリダエンは跳び上がり、兵士を跳び蹴りで潰してから矛槍をぶん回して冗談みたいに何十人も切り裂きながら弾き飛ばす。頭に一撃を食らったように全体が一瞬思考停止になる。そうはせない。

「ザルグラドの勇者達よ、あの巨人を見ろ! 奴を倒せば我々の勝利だ! 突撃に移れェ! これが最後の戦いだ!」

 そして喚声を上げて誰も彼も命を捨てて突撃していく。

「いかに巨体を守る甲冑とはいえ、所詮は前時代の鉄屑だ! 銃弾を撃ちこめ、隙間を狙え、銃剣で刺せ、数で圧倒して押しつぶせ! 我等の聖人が勇気ある魂を持つか見守っているぞ!」

 槍捌きの早いこと早いこと、あっという間に何十人も貫かれて斬り飛ばされて、足捌きついでに蹴って踏まれて死ぬ。しかしそれがどうした。死を恐れず、撃って突っ込んで死ぬことを繰り返す。

「まだ行け行け! 友、家族、未来の子供達の勝利のために、自らの死体を階段にする覚悟がある者は行け!」

 セリダエンが持ち上げるような仕草をすると、周囲の百人を超える兵士が宙に浮いて、そのまま雪を巻き込んでかき回されて悲鳴を上げながら互いにぶつかり合って血や持ち物を周囲に撒き散らして広場中に吹っ飛んでいく。こんな相手、何万も軍がいて勝てるのか? と頭に不吉な考えが過ぎる。リーレスに過ぎって他に過ぎらないわけがない。そしてここで勝利の芽を摘ませるわけにはいかない。天使の剣を振りかざす。

「見よ! 知っている者はいるか!? これは今日天使より当たられた勝利の剣である! 信仰篤き者はこれを見てどうする! 攻撃あるのみだ!」

 民兵が真っ先に神と聖人の名を叫んで、怒りの天使の軍団のように突撃する。怒りの天使など見たこともないが。

 それでも相変わらず石臼に入れられた麦のように彼らはセリダエンに磨り潰されて死んでいく。いつの間にやってきた海兵隊が高所から銃撃を加え始め、上手なことに頭に何発も命中させている。先程の魔法をもう一度使う素振りが見えない。妨害に成功したのだろう。

 さしものセリダエンとやらもこのような熱狂的な突撃を受け続けたことはないのだろうか、動きが鈍ってくる。

「よし擲弾兵。お前等の仕事を見せてみろ!」

 先頭の擲弾兵が手榴弾を投げる、矛槍に弾かれて見当違いの所で爆発し、味方を殺す。それを見て、次の擲弾兵は手榴弾を抱えて体当たり、自爆攻撃を敢行する。次々と肉と鉄片散る自爆攻撃を受けてセリダエンも動きが更に鈍る。

「大砲で狙え! 我等の聖人の教えを覚えている者はいるか!?」

 雄たけび、皆こぞってセリダエンに群がって抑えに入る。まるで獲物に集る蟻だ。蟻はいくら殺されても恐怖で逃げずに目標へ向かって動き続ける。兵士の鑑だ。兵士ごと、大砲がセリダエンを砲撃する。布が付いた肉や骨が冗談みたいに、思い切り潰した果物みたいに飛び散る。そしてその飛び散ったあとに兵士が群がって抑えに入る。何発もの砲弾が命中し、死体と破片の山が積み重なる。

 下がれ下がれと怒鳴り声。大量の爆薬を積んだ荷馬車を押す兵士達が現れてセリダエンに突っ込む……そんな指示出した覚えはないぞ。しかし最期は見届ける。近くの死体を持ち上げて盾にする。閃光、爆音、赤い炎が吹き荒れて肉から服から鉄から木からその残骸が広場中に飛び散る。

 目や耳がやられ、元に戻るのに時間がかかる。戻った時には、どんな戦場でも見たことのないような死体の海が出来上がっていた。まだ無事だった連中も爆発の破片を食らって苦しみもがいている。

 成果を確認しにいく。セリダエンの巨体はどこが彼でどこが兵士だったのか分からないくらい死体の海に同化しつつあった。そして何と言うことか、焼けてほとんど潰れているようなセリダエンの頭、そしてその口からは白い息が吐き出されている。天使の剣を振り上げ、トドメを刺す。そして声を出来る限り張り上げる。

「倒したぞ!」

 悲鳴交じりに喚声があがる。若干弱々しいが、それは副次効果のせいだ。仕方がない。

「準王殿、降伏するか?」

 シャイテルが頭を振りながら溜息を何度かついてこちらまでくる。

「リーレスくん、君は酷い奴だな。私がどれだけ君とセリダエンの一騎打ちを見たがっていたか分かるか?」

「言わせてもらえば、これが私の力だ。他に出来る奴を知っているのか?」

「いや、いやいやいや、納得したくても何故か出来ないぞ。人間を相手にして戦った気がしない。勝ち負けという言葉じゃない気がするんだ」

「お前が言うな」

「それは一本取られたな。そうそう、今更な言い訳だが私は社会学者のつもりでね、魔法も大した得意ではないし、剣もそれなりの相手を想定した上での護身程度だ。それでも言おう。降伏する者には寛大にしようとメラシジンと話を付けることは可能だ。ザルグラドに帰ることも出来るだろう。今なら多少の譲歩はするつもりだ、降伏しろ」

「もう少し欲しいな。そっちが降伏しろ」


 住民を押し退けて民家の屋根へ行き、第一一戦闘班はあの巨人にずっと銃撃をぶち込んでいたが、ほとんど弾き返されて戦意が失せるところだった。しかしそのあとの果敢過ぎる突撃で巨人は倒れた。最後の自爆攻撃なんか、伝説も形なしだった。

 手当てされ運ばれているが、まだまだこの中央広場に残る負傷者の呻き声が合唱みたいになっている。その中、大公と敵の太守らしき人物が話し合いを続けている。

 太守の頭に狙いをつけながら待っていると交渉が決裂したようで、太守が剣を抜く。向かいの民家の屋根にいる海兵が一斉射撃で太守を撃つ。大公は隙を見て胴体を袈裟斬り、刃を返して下から顔を半分に斬る。三の太刀を浴びせようとした時、あの緑の光の壁が太守を守る。大公は後ろに跳んで避ける。シーシャと同じ魔法が使えるのなら、降参しないぐらい強気なのも納得してしまった。

 先程の熱気が冷め止まない兵士達が緑の光の壁に突っ込み、触れると分解されて消滅する。勢いが消えるまで突っ込み、かなり死ぬ。足を止めて太守に銃撃を始めるが弾が通らず、大砲を死体の海から掘り返して砲撃しても無駄。

 どうなるのかと、くたばるのは連中の仕事だから眺めているとシーシャがフラフラと軍勢の中から出てきて、急に走り出したと思ったら髪が緑の光を放ち、壁をすり抜け、そして苦しそうに膝を突いている太守をかばうように立つ。意味は分からなかったが、事実だけは認められた。サイが肩を掴んで「抑えなさい」と言ってくる。

 緑の光の壁は正面のみならず側面、後背も守っている。さしもの大軍も立ち往生し、魔法使い連中は近寄ろうともしない。アウリュディアが出てきて何とかしようと考えている。

 それから一斉射撃と一斉砲撃、集団魔法が撃ち込まれる。全て防がれるが、その時、緑の光の壁は縮まって正面以外が薄くなる。何が出来るか分からないが考える。撃ってからじゃ銃弾、砲弾の速度に間に合わないので、防御の魔法は常時展開する必要があると思う。真正面からの集中攻撃に対応するために、上部と側面と後背の守りが薄い。

「サイ、あそこの建物、あー四階建てで煙突が二本ある家のとこまで運んでくれ」

 サイは考える顔をしてから、手の合図で待機と任意避難を命じ、ノルトバルを担いで移動する。そこは緑の光の壁の隙を狙って狙撃出来る角度だ。酷くて雑かもしれないが、作戦を思い付いた。魔法使いとは所詮人間で、例外はいるがシーシャは違うだろう。そう願う。

 屋根を剥がして木材部分を削る。上手くいかないのでサイが蛮刀であっさり削り取る。それを、銃弾を見ながら短剣で削って木の弾を作る。これで火薬の量を減らした狙撃で頭を狙って気絶させる。タルバジンの無駄話が役に立つかもしれない。それで相手を殴って気絶させる程度の威力の火薬量を探り当てないといけない。一斉攻撃が中止されるか壁が突破されるか、その前に。

「シーシャが死なねぇ威力の弾撃てるように調節するからサイ、弾受けてくれ。こんなことおめぇにしか頼めねぇ」

「任せなさい」

 即答。メサリアといいサイといい、何でこんないい女が隣にいてくれるんだ。信じられない。

「私の手を狙いなさい。大体一発で殴り倒すような威力にするわよ」

「ああ」

 サイが建物から降り、大体シーシャがいるぐらいの距離まで離れる。火薬の量減らして、手を狙って撃つ。外れる。火薬の量が少なくて弾道が下向きで手前で落ちた。

 木の弾を作って、今度はやや上を狙う。焦ってはいけないが、トロトロしていたら全てが台なしになる。いつも通りに当たるように撃つと当たる。火薬の量が多いせいか出血する。嫌な顔一つせずサイは手を出したまま首を振る。

 無駄弾撃ってるんじゃねぇぞバカタレ、いや、自責する時間も惜しい。止め、次。木の弾を作って、火薬を減らした分照準を調整する。いつも通りに当たるように撃つ、当たった? サイが手に刺さった木片をほじくり出しながら戻ってくる。

「今の分量は覚えてるね」

「ああ」

 実験成功。二丁の火縄銃に、同じ木の弾で同じ火薬量で装填して準備を整える。

「サイは緑の壁の薄い後ろに回って、俺が撃って気絶させれたら他の奴に殺される前に回収してくれ。失敗したら巻き添え食う前に諦めてくれ」

「ふうん」

「成功しても、何かあったらシーシャは殺してくれ。俺にゃ出来ねぇ、頼んだ」

 サイは鼻で笑って返事をし、シーシャと太守の後ろの方へ回りにいく。

 雪が風に舞う方角をみて風向風速を確かめる。今回は向かって左に調整が必要。シーシャの頭までの、減らした火薬量、サイの手を撃った感覚を思い出して調整。息を止めるか止めないかぐらいにゆっくり吐きながら頭を狙う……メサリア!? あの頭が吹き飛んだ姿が脳裏に浮かぶ。

 鼓動が強くなる。心臓の動きに合わせて目玉が動いてるような気さえしてくる。実際、わずかに動いているかもしれない。こんな所で失敗なんかしてられるか。メサリアに知られたら殴られる、スゲェおっかねぇ顔をするはずだ。

 極めてゆっくり呼吸、メサリアに胸を押さえてもらう感触を思い出す、動揺が収まってくる。もう一度照準を合わせ、丁度いいところで息を止め、火縄銃を揺らさないようにゆっくりゆっくり引き金を絞り、気付いたら銃声が鳴ったぐらいで引き始める。不安定に伸び縮みする壁の隙間を狙い続け、常に頭に照準を合わせる。引き金が絞りきる、発砲、シーシャが頭を押さえる! 命中、しかし倒れない。緑の光の壁も形が不安定になるが健在だ。

 もう一発、予備の火縄銃を構える。焦らずに頭を狙う。構えも照準も引き金を引く早さも一緒だ。緑に光った目と目が合う。あいつがあんな目付きをしたことあるか? 関係ない、とりあえず寝てろバカタレ。撃つ、緑の光が一瞬濃くなる。シーシャはもうこっちを見ていない、頭を手で押さえているが立ったままだ。

「あ、外れた?」

 呆けてしまう。緑の光の壁が弱っていくが、このままでは銃弾と砲弾に引き裂かれる。もうシーシャと話も出来ない、触れない?

 全身から力が抜けていく中、サイがシーシャをぶん殴っていた。

 そして飛蝗の群れが緑の光の壁の代わりに銃弾と砲弾を受けてグチャグチャになり、大公が銃声と砲声に負けない声で攻撃中止を命令。いても立ってもいられず、屋根から一階低い屋根に飛び降り、それから重なった死体に飛び降りて衝撃を和らげて地面に転がり、シーシャを抱えたサイに駆け寄る、体当たりのように抱き付く。

 何か礼か何でも言いから言おうとしても息が引っかかって出てこない。サイに頭をグリグリ撫でられる。第一一戦闘班も降りてきて、庇うように背中を向けてくる。

「一応きました。大公の命令がなきゃ突っ込んでこないとは思いますが」

「そうね。ま、何かあっても逃げれるでしょ」

 シーシャの髪はもう元の灰色だ。念のため目蓋をめくってみると、元の灰色だ。顔に顔をこすり付ける。

 誰かが頭をつついてくる。顔を上げればアウリュディアだ。

「よくあんなやり方で成功させた。褒めてやる」

 ノルトバルとシーシャの頭を両手で一緒に撫でる。そして一匹の飛蝗を袖から出す。

「気色悪いとは思うが、シーシャが安全かどうか確認出来るまでこれを体に寄生させる。害はない」

 そう言ってシーシャの口の中に飛蝗が入る。

 喜びを味わっていると、あの太守が立ち上がって剣を収め、両手を上げて近寄ってくる。見れば体は無傷、服さえも無傷だ。大公が行く手を塞ぎ、剣を突き付ける。

「いやいや思いもよらなんだ。そこのダルクハイド人、”冥府の門”が大口開けてるところへ踏み込んだ勇気に敬意を表する。それとそこのブリバク人? かな。いやいや、マリエン軍の少年か。素晴らしい火遊びの技術だった。あともう少し時間があれば私の力で彼女、マハンリの全力が引き出せるところだったのだ。惜しかったよ。ここで復讐したいところだろうが、悪いが私はほぼ不死を実現している。いくら殴ろうと斬ろうと、煮ても焼いても干しても、磨り潰しても無駄だ。テムル派のような徹底した魔法使いの処刑に学んでも駄目だ。私の存在、情報は肉体に拠ってない。そして安心したまえ、まだ完全に彼女はマハンリと入れ替わっていない。交じり合ってはいるがね。あの日から今まで抗っていたとは称賛に値する。一時的な素体になれば御の字程度と思っていたが、見縊っていたようだ。謝罪する。仮初の力ではなく、本物をくれてやる気になってきた。目が覚めたら教えてくれないか?」

 意味は分からないが、シーシャをこんなにしたのがこいつだと分かる。金槌を手に取り、奴を殴る。目玉を弾いて眼窩に引っかかり、そのまま引きずり倒し、顔面滅多打ち。破れた皮、千切れた肉、砕けた骨が混ざり合ってぐちゃぐちゃになる。そうしたらゆっくり大公に止められる。

「とりあえず今はそのくらいにしてくれ」

 蹴っ飛ばして唾を掛けて離れると、元気に起き上がる。顎を調節してから発音し辛そうに喋る。

「色んな人物に色んな理由で殴打されてきたが、金槌は酷いじゃないか。いくら心を込めてもそれは残酷になってしまう。それにリーレスくん、直ぐに止めてくれなかったね、悲しいよ。公的ならいざしらず、私的な恨みを買った覚えはないはずだ」

「公私混同してるんだ。謝らない」

「それでは専制君主のごときだ。国家は個人ではない」

「よく分からん」

「何ということだ」

 そして奴の顔が元に戻り始め、目が復活する。

「降伏を要求する。あと和平交渉に移りたいのだが?」

「話し合いで解決出来るのは文明社会の素晴らしい長所だな。至急メラシジンに相談してこよう」

「その前にウルヴィニィの守備隊に降伏命令を出せ」

「悪戯な殺生を避けるのも文明社会の素晴らしい長所だ。雪は白い方が美しい、応じよう。あぁ、そうそう、降伏する時には剣を差し出すんだが……一応形式的には出すが直ぐ返してくれないか? これはもう一つ作れるというような代物じゃないんだ。口は持たないがこれも私の友人なんだ、分かってくれ。これを承諾してくれないと降伏の儀式は出来ん。あ、そうだ、省略しようじゃないか。両者が合意すれば問題ない。そう、儀式の時に帯剣しなきゃいいんだ」

 大公は剣を納めて首を振る。こんな奴に酷い目に合わされたのか思うと立つ気力もなくなってきて、近くの死体の上に座る。

「では皆待っていてくれたまえ。性急に終わらせようじゃないか。待ちに待った平和がくる、喜べ!」

 拳銃で奴を撃つ。

「おや、祝砲かね? では連絡を回さねばな。そちらも同様にお願いするよ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ