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17話「覚悟の和解」

 流石にクリスティアの部屋で酔っ払ったまま寝るのは気が引けて食堂で寝た。暖炉があるとはいえ寒かったが、アファーズ山脈よりマシだ。こう思うと全てが楽だ。

 クリスティアが一人で作った朝食食って、土産のお菓子をクリスティアに託して会社へ向かう。背中を刺されそうなので部屋は開けなかったが、ドア越しにシーシャに行ってくると声は掛けておいた。反応はない。昔からあの程度の喧嘩はしてたから平気だと思っていたが、いつにない拗ねようだ。飯だって部屋で食ってるみたいだ。

 外を歩いていると、小さいが雪がチラチラ降り始めている。ザルハルの方じゃもう少し多く降ってるだろう。

 いつものように会社前の面接会場の警備。サイにはシーシャを見付けたら教えてくれと頼んでおく。

 最初はもの珍しかったが、最近ではもう手馴れてきた応募者の列。服装が徐々に冬物へと変わっている。代表も、昨日と違って頭に黒い毛皮帽子を被っている。出会った頃は涼しい格好だったのに、もう季節が変わったと実感する。

 代表が面接相手に微笑のまま沈黙、合わせた手のひら、指を小刻みにくっつけたり離したりをして「私が不勉強でした。申し訳ありません、以後気を付けます」と相手に謝る。代表が間違ったのではなく、その相手の喋る内容が意味不明過ぎて理解出来なかったのだ。不合格。

 次に、見た目からしてよく出来た感じで、完璧人間の気配を振りまく美しくもたくましい青年が代表と楽しげに会話する。合格。

 よく合格出来たと自分に感心してしまう。中大洋社の一般職員の所で合格をもらう者は、既に外見からして賢そうでたくましそう。人に見た目の段階で分からせるような連中ばかりだ。

 朝から始まり、昼食休憩の時間に近くなる。他の面接官も警備員も交代交代でやっているが、代表だけは笑顔のまま、時には表情も愛想よく変えて喋り続けている。疲れた様子が一つもない。

「よく疲れねぇな」

 ノルトバルがぼやくと、サイがいつもより声にドスを効かせてそれに答える。

「あれは黙ってる方が疲れる性質なのよ。部屋前に立直してればペチャクチャやかましい。あのにやけ面には反吐が出る」

 牙を剥き出しにした不機嫌なサイには近寄りたくないし、見てるだけでとばっちりを食いそうだ。

 早く飯にならないかと安全な方へ目を向けていると、悲鳴が時折聞こえて、子供を庇うようにして逃げ出す親がチラっと見える。何事かと見ていれば、フワフワ浮く長い髪を緑に光らせ、直ぐに消える光の粒のような物を撒き散らす化物、魔法使い。一瞬、緑に光る目と目が合い、確かな恐怖を感じた。

 その魔法使いは、面接会場の魔法使いの列へ進み、前へ並んでいる連中を無視して一番前まで行く。やる気なさそうに煙草を吹かしていた魔法使いの面接官が机を蹴っ飛ばし、足元の小銃を蹴り上げて構える。睨み合う両者。その近くいる人々は一斉に距離を取る。

 サイは手の合図で抜刀を命じ、ノルトバルにも手の合図で狙撃の用意を命じる。手早く火縄に火を点けて、小銃に備え付けて、火蓋も開けて発射の準備を整える。

 緑色の光の粒が、空に向かって音もなく細い線になって飛んでいく。射止められたカモメが落ちてくる。そして両者の間に、緑と虹色の火花のような何かが散り始め、面接官が小銃を下ろすと同時に火花も消える。

「もう分かった、そいつは付け焼刃にしては上物だ、学生。合格だ」

 面接官が言うと、魔法使いは緑の光を弱くして拳を突き上げて喜ぶ。

「戦闘用意解除」

 サイの命令で戦闘班は用意を解く。他の警備も安堵して武器を収める。

 一体何だったんだと思いながら火縄を消そうすると、緑の光が火縄の火が点いた部分だけを切り落とす。刀に手を掛けようとし、それをサイが手で止める。昨日と状況が違うだろと睨み付けて抗議し、魔法使いの方を見れば、昨日と同じだった。

 緑の光が段々と消えていき、灰色の髪を見せる魔法使いが、スカーフを頭に巻きながらこちらにくる。頭に気を取られていたが、服は彼女そのものだったことが記憶に甦る。そして、落ちたカモメを拾い始めて間違いないと確信する。

 呆然としていると目の前まできたシーシャが、カモメをぶら下げた手の人差し指を鼻先に突き付けてくる。

「どうだ、参ったか! 参ったー。ちなみに今日の飯はこれだ!」

「何やったんだおめぇ?」

「へっへーん、スゲェでしょ。どう、誰かと思った? そう私、いつも心に糞っ垂れ、シーシャちゃんでしたー」

「おめぇ頭の毛どうしたんだ?」

 髪の毛を手に取って太陽で透かすと、灰色にほんのわずかだが緑色を帯びている。

「それは秘密です」

「魔法は知らねぇけどよ、こんなん一晩なんて変だろ! 部屋に篭って何してやがった」

「私は強くなったの。そこらのヘッポコのケツに隠れてピーヒャラ鼻で笛吹くような糞っ垂れじゃもうないの」

 次は何て怒鳴ってやろうかと怒りを腹に溜めていると、サイがノルトバルとシーシャの肩を掴みながら間に入る。

「”矢は放たれた”って格言が、似たようなものも合わせれば世界中にあるの。だからやれることやりましょ」

「やれることって何だよ」

 サイがノルトバルの頭撫で始める。ノルトバルは払い退ける。

「止めろ、ケジラミの巣のクセしてアホンダラ」

 次は耳をザリザリ引っかき回し始める。

「止めろ削れる」

 払い退けると、口に指突っ込まれて持ち上げられる。噛んでも硬い指には通じていない。

「今日は三人で美味しい物でも食べにいきましょ」

「三人で?」

「そ。二人は仲直りしないといけないっていうのは分かる?」

「分かる」

 ノルトバルは声が出ないが、賛成とも反対とも言えないので困る。とりあえずサイを蹴っ飛ばす。

「ねえねえ、不安ならさ、私とノルくん一緒の所にいればいいと思うよ」

「軍隊に私情を挟む余地はない」

「えー、ケチくせぇ」

 ノルトバルは声が出ないが、賛成とも反対とも言えないので困る。とりあえずサイを蹴っ飛ばす。

「だから我々は軍隊じゃないから、目に余る私情でなければ何とかなるから、私が申請すれば問題ないわよ」

 ようやく解放されたノルトバルは、サイの指の味と感触がなくなるまで唾を吐き出す。

 シーシャがサイとノルトバルの腕を取る。

「ふふん、仲よし」

 機嫌のいいシーシャに素直に喜べないまま昼食休憩に入り、仲間に冷やかされて小突かれて殴られて殴り返したりする。

 シーシャは下宿に帰った。早めに夕食の支度をして、ノルトバルがサイと一緒に下宿に帰ったらそのまま外食だ。乗り気ではないが、打開策がないのでサイに感謝しなければならない。しかし素直に感謝出来ない。

 午後の仕事も終えて帰宅。門前で待ちかえるシーシャには化物のような力に裏打ちされた自信があった。何年もの修行の結果なら納得するし喜べるが、一日二日でこうなられたのでは不安しかない。シーシャは感謝か挨拶か何なのか、サイの手を両手で握ってブンブン振る。

「おおデッケェ。木こりのジジイよりデカいじゃん。カチカチだ、硬ぇ」

 サイはシーシャにさせたいままにさせ、行動予定を発表する。

「まずは公衆浴場に行きましょ。ナシード通りにあるアマンハドの泉が距離と質を考えると最適。お金は私が出すから気にしないで」

「いやっほう!」

 素直にシーシャは喜ぶが、やっぱりまだ納得出来ない。しかし無料なら拒否しない。

 公衆浴場アマンハドの泉に到着する。ノルトバルとシーシャは、まるで金持ってる宗教屋が建てた神殿みたいな建造物の前で閉口する。

「ここで間違いない。金は気にするな」

 サイに促されて入り、慣れない高級感にそわそわしながらサイが受付で会計し、諸権利を獲得したと二重確認をしてから男湯の方へ向かう。サイが一緒のシーシャは余裕の表情、バイバーイなんて手振ってやがる。

 鍵付きの戸棚に服を入れ、裸になって大風呂へ。高そうな石造りの浴槽は落ち着かない。金持ちそうな連中が金の話をしていたりするのが似合っている。

 人気のない所を選んで暖まったあと、おっかなびっくりに、浴室内にある按摩と垢すりの所に行く。盲の按摩師がいて「緊張しなさんな」直ぐに見破られる。そのあとは当たり障りはないものの、気が楽になるような雑談が続き、体も凝りが解れてクニャクニャになった。変に悩んでいるのが馬鹿らしくなったぐらいだ。

 次に垢すり。眼光鋭いおばさんで「お客さんこういうの初めて?」と言われながら、体をこすられる。時々ちょっと痛いが妙にヒヤっとした感じが気持ちいい。

 そして蒸し風呂。何でもわざわざ汗を流すために入るとか何とかで、よく理解が出来なかったので直ぐに出る。妙に声音の優しいおっさんが話し掛けてきてうるさかったし。

 最後に薬が入った風呂に入る。垢をこすられたせいか体にピリピリ染みる。と思ったらチンコとケツの穴にも染み出すが、平気な面で入っているおっさんがいるので入り続ける。

 何だかんだでサッパリして風呂場を出て着替え、受付で女二人を待つ。風呂のせいか顔が紅潮したシーシャが元気よく走ってくる。走るな危ない、と言おうと思ったら先に向こうが前転してから捲くし立てる。

「サイちゃんの筋肉スッゲェの! もうバリッバリのガッチンゴッチンで、もう皮剥いだみてぇにビッキビキの血管ビビーンなの。手もスゲェけど足の皮もう何か鉄みてぇになってて釘打てんじゃねぇかってくらいで、爪なんて刃ぁ立てても欠けねんじゃねぇのってもんだよ。それに毛がスゲェのよ、毛よ毛、お毛毛。上から下まで腋の毛脛の毛言うに及ばず、男顔負け股の毛ケツの毛もっさもさ! 半分犬かと思ったもんマジで!」

「やめろ」

 といつの間にかやってきたサイはシーシャの足首掴んで逆さに吊り上げる。床にかすらせることもなくそれは行われた。

「うおっほほぅ!? 何じゃあ、世界がさっかさまだぁ!」

 スカートが捲れそうなので手で押さえてやり、雑に下ろされたシーシャは頭を床でゴチンと鳴らすが意に介さず。

 ノルトバルとサイはシーシャに腕を取られながら外に出る。面倒だからこのまま何も言わないで仲直りしたことにしようかと考える。

「次はご飯ね。ガルガリオス記念大学通りにあるオリーラは内容もいいし店も静か。騒いだらぶん殴るからね」

 サイに引っ張られるシーシャに引っ張られて進む。

「それ自分で刺繍したの? 綺麗ね」

 サイが突然シーシャの刺繍を褒めだす。気分がいい上に褒められたのでシーシャは刺繍の解説までしだす。スカーフには川に囲まれたヒマワリ畑。胴衣にはルノロジャ連隊旗。スカートにはマリエン川だそうだ。そう言われればその通りに綺麗に縫われている。そしてサイが肘でつついてきて何か言えと急かしてくる。シーシャも何か期待してる目をしている。

「俺よくそれわかんねぇんだよ」

 サイが拳骨。

「いってぇ糞」

 頭をさすっていると、シーシャが首のスカーフをちょんちょんつつく。

「それには ”獣の母””彷徨う者””天の目””冥府の門”が刺繍されてんだよ」

「あん? ああ」

 改めてスカーフを取って広げて見る。”冥府の門”だけが下手に縫われている気がしなくもない。これは確か親子合作だったか。

「この時より成長したってか?」

「あったり前よ。何年経ったと思ってるの」

「数えてねぇ」

 料理店オリーラに到着する。通りに面しているとはいえ、玄関が引っ込んだ所にあって目立たない。看板が道沿いにはないので更に目立たない。店に入り、サイは何も言わないで店主に指を三本立てただけでカウンター席に座る。

「ねぇねぇ、お品書きは?」

「ない。お任せの方がいいわよ」

「なあ、量はあんのか?」

「足りないなら食べたあとで頼みなさい」

 サイを挟んでノルトバルとシーシャは席に座り、ただ飯を待つのみとなった。店主が食前酒を持ってくる。時間がどの程度かかる分からないのでゆっくり飲む。女二人はコップをぶつけて乾杯して、こちらに視線がくる。何も非難せずに飲み干しやがる。

 会話が途切れ、何か言えよと待っていたら、サイがやおら小噺を始める。

「ダルハン人とダルクハイド人の狩人が一日でどれだけ多くの獲物を仕留めることが出来るか勝負をすることになった。真面目なダルハン人は森へ入り谷へ下り、たくさんの獲物を仕留めた。一方のダルクハイド人は何もせずに集合地点で小銃の手入れをしている。当然ダルハン人は俺の勝ちだと言った。ダルクハイド人は言う。弾は全部使ったのか? ダルハン人は答える、もちろん撃ち尽くすまで獲ってきたよ」

 ノルトバルとシーシャは首を傾げる。サイは一人でクツクツ笑ってる。そのあと十以上もご披露されたが全て笑うところや感心するところが分からない。

 料理が出てくる。量は少ないが種類が多く、三人には同じ物が出てこない。出来立ての味に匂いに熱さだというのに、何て早さだ。

 肉をサイが食ってる魚の煮付けの汁に突っ込んで食って、魚の内臓の塩漬け食ってしょっぺぇと騒ぐシーシャの食い掛けをサイが受け取って正しい食い方を指導して、粉っぽいの口に入れてむせてから強い酒を一気に飲んで更にむせたり。そうして次々と食べて、腹も膨れてきて、のんびり酒を飲む段階に入る。今日は風呂から飯から酒から金かかってそうなのばかりだ。給料が違うということか。

「なあサイ、士官ってどうやったらなれんだ?」

「士官任用試験を受けて合格したら身分が士官候補生になる。それで現場で適正が認められたら晴れて士官になれる」

「試験かぁ。難しいよな、たぶん」

「まずシェテル語と他の主要言語の一つか二つを高度に読み書きして多少の訛りがあっても聞き取れる能力が必要ね。命令書を読んで、報告書上げたり、現地人と自己判断で契約書に調印したりなんてこともするからね。戦闘技能については問題ないと思うけど、最低でも部下が指揮官の態度を見て逃げ出さない程度に堂々と出来るか確かめられるわね。ここは大丈夫そうね。とにかく一つの部隊を任せられ、一つの仕事を成し遂げ、無事に生還する能力が求められている。士官にはね、貴族や士族に金持ちが多い。何故か分かる?」

「特権あるわけじゃねぇよな。金あってもしょうがねぇし……」

「子供の頃から教育を受けているから。あなたに足りないのは勉強だけ。今からでも試験に合格出来るよう勉強しときなさい。今みたいな一般職員ならある程度解答出来なくても問題ないけど、士官となればそうはいかない。知らぬは恥よ」

「分かった。あ、給料ってどれくらい違うんだ?」

「七倍」

 飲んでた酒でむせる。鼻や気道に入って呼吸困難気味になって背を丸める。サイがデカい手で背中を撫でる。シーシャがサイの陰から首を曲げてこちら見る。

「んだよ」

「まだ怒ってんの?」

「ああ」

「何で?」

「うるせぇ」

 サイがシーシャの頭を脇に抱える。

「いい? ザルハルは征服され、故郷の人々の安否は知れないそんな中、唯一見知った人が目の前にいて、死地に飛び込んでいこうして何の感慨も覚えない人はいない。そしてその見知った人のために財産を捧げる覚悟を決めている」

「何でおめぇがんなこと知ってんだよ」

「初めて船に戻ってきた時、行く時にチャラチャラ鳴らしてた音が消えた。盗まれてたらあんないい顔で帰ってこない」

 今やもう完全にサイの手のひらの上だと思えてきた。

「さて、あまり金を触ったことがない奴には分かりづらいかもしれないけど、金は額によっては命に値する。ノルトバルからかなりの額を受け取ったでしょ。その耳飾りには見覚えがある。何故それを渡したか考えた?」

 シーシャは呻る。

「そして選んだ仕事が傭兵、これは最悪の選択。あんなもの食い詰めた守るものが何もない奴がする仕事。明日を目指す学生が今にすら目を閉じる傭兵をやるなんてことは馬鹿丸出し。そして男が、守るべき女と見た相手にそんなことをされては面子が立たない。誰に見せる面子でなくても、自分が許さない。どう思う?」

「今の私は強い。奴等は絶対に殺す」

 そりゃないだろ、と間抜けな顔をサイがする。こいつは珍しい。

 シーシャは脇から頭を抜いて、バタバタと忙しくノルトバルの隣の席に移る。何も言わないでジっと上目遣い。

「今度は何だよ?」

 返事代わりに、コップになみなみと酒を注ぐ。シーシャも自分のコップに同じぐらい注ぐ。乾杯と、無言でコップをぶつける。一気に飲み干しやがるので、同じく飲み干しにかかると、シーシャの目に半透明の薄黒い目蓋が下りる。

「うぶっ!?」

 ビックリついでに酒噴出しそうになって殴りそうになった腕をサイが止める。そして目蓋と半透明目蓋を順番に閉じて開けて見せてくる。

「これがほんとの二重目蓋! 何と二倍増量中。これやれば太陽直に見てもへっちゃらなのよ」

 人差し指と中指で目潰し、またサイに止められる。シーシャは二つの目蓋をパチクリする。

「んなもん自慢すんじゃねぇよ気持ち悪ぃ」

「えぇぅ? だってスゲェじゃんこれ、普通の人間出来ねぇんだよ?」

「スゲェかどうか知らねぇけどよ、見せもんにするようなあれじゃねぇだろ」

「見せもんに出来ないようなの見せてるのよぉ」

「うるせぇケツ出してみろアホ」

 シーシャがぶーたれる。

 ぶーじゃねぇ、と拳骨食らわせようとしたら、拳がスカーフを跳ね退けた髪の毛に絡まれて止る。

「あ?」

 シーシャの髪の毛がウニョウニョ動き始める。

「ほれほれほれ、髪型自由自在」

 髪の毛でノルトバルのコップ持って口に運んで飲む。

「三本目の腕」

 髪の毛の束を増やして、それぞれを別々に動かして見せて床に落ちたスカーフを拾う。かなり髪が伸びてないか?

「四本目、五本目! 便利でしょう、いいでしょう」

「お、それいいな」

 頬杖突いて見ていたサイの顔が下に滑る。

「まだスゲェのあるの」

 髪の毛を一本一本バラバラにするよう立たせ、その毛先全てに淡い緑の光が灯る。

「お、変な光キノコみてぇだな」

「これなんか手よりよっぽど神経集中しやすくてね、一辺に魔法バラッバラに発動出来ると思ってやったら出来ちゃった」

「お、何だこれ、おえーへー」

 ノルトバルはシーシャの髪の毛を触って遊ぶ。手で下ろしても直ぐに上を向く、引っ張ってもかなりの力で引っ張り返される。

「おうおう触りたまえ」

 サイの大きい溜息が聞こえる。

 夜も遅くなって、これ以上酒を飲むと明日が辛くなる寸前にきたので店を出る。もうシーシャを連れて行かなきゃならないのは確定した。サイのおかげで手元に置けそうなのは幸い。それを察しているのか、シーシャは酔いも手伝ってご機嫌。

「あー食いすぎた。まー食いすぎちゃった。ひっさしぶりに食いすぎた。明日の糞デケぇぞこれ。参っためぇったうんここデカくて参りました。うんこデカくてごめんなさい」

 通りすがりの酔っ払いに「うんこー!」と挨拶。「うんこー!」と返され、『うぇーい!』と声を合わせて手を打ち鳴らせ合い、通り過ぎる。

「知り合いか?」

「んにゃー、ぜぇーぜん知らにぁー」

 とはしゃぐものの、シーシャはもうおねむ状態で、帰り道をのんびり歩いてると半目でフラフラし始める。危ないのでノルトバルが負ぶる。サイもでついてきてくれる。店仕舞したあとだが、普段は服を売っている小路に入る。マリエン軍の外套を仕入れた古着屋もここにある。

「シーシャ、今度おめぇの軍装揃えないと駄目だな。そのスカートベラベラの娘の格好は駄目だ」

「うーん?」

 シーシャが寝ぼけ半分で返事も適当。ムニャムニャ聞き取れない何事かを呟きながらいつの間にか寝てしまう。

 下宿に到着し、サイに礼を言って別れる。食堂ではロウソクに火を点けて本を読むクリスティアがいる。舌打ち二回で帰ってきたことを報せ、シーシャの寝顔を確認させると本にしおりを挟んで閉じる。

 部屋に入って、シーシャの着替えは面倒くさいから靴と靴下とスカーフだけ取って寝かせる。

 明日どうしようかと思い、頭蓋骨を手にとって正面から睨めっこ。何度頭の中で問い掛けても、好きにやって勝手にくたばれ、と答えが返ってくる。どうして? と聞き返しても聞く耳持ってくれない。頭蓋骨を元の場所に戻して寝る

 次の日、仕事が終わってから大事な物を船から下宿へ持ち帰る。サイに事情を話して早めに帰して貰った。

 下宿ではシーシャが学校から帰ってくる前に、その大事な物を整備する。それが終わったら部屋で床に、絨毯がないので風呂敷を広げてその上に姿勢を正して座って待つ。帰ってきたシーシャは部屋に先ノルトバルがいて、ただならぬ表情で待っているのを見てビックリし、そして躊躇しながら荷物を置き、覚悟を決めた顔になって対面に座る。

 ノルトバルはシーシャの前にメサリアの刀、短剣、革帯を置く。

「今まで話すかどうか迷ってたけどよ、今話す。これは俺が愛した女、タハル王国のブリバク人メサリアが使ってた物だ。中大洋社に入るよう取り計らってくれたのも、シェテル語の読み書きを教えてくれて、刀の使い方に火縄銃の正しい撃ち方、他にもあるが、今の俺になくてはならねぇものを教えてくれた人だ。いくら言っても言い尽くせねぇが、俺にとって師匠であって恋人であって母親だった。俺は結婚する気だったが死んだ。頭吹っ飛ばされて目の前で死んだ。今付けてる耳飾り、あのスゲェ首飾りも彼女が付けてたやつだ。おめぇはたぶん嫌だとか思うかもしんねぇが、俺は女じゃねぇからそういうの正直分からねぇ、けどメサリアの物渡すならおめぇしかいねぇ。サイにもよ、メサリアの銃は戦闘の時だけ、あの言って分かるかな、班での銃の使い方の関係で貸してるけどよ、くれたやったわけじゃねぇんだ。誰にだって触らせるもんじゃねぇし、くれてやるなんて考えねぇ。こんなもんいらねぇならいらねぇって言ってくれ」

 シーシャは姿勢を正して刀を両手で持ち、少しだけ抜いて刃を見る。そして刀を納めて、床に静かに置く。

「確かに受け取りました」

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