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13話「武器は体を奪う」

 後ろを向けばマリエン川とザフカーク川が注ぐアモラタト海、前方には神さまみたいな大工が作ったとしか思えない大橋が跨っているルファーラン海峡、その向こう側には中大洋が広がっている。あの大橋を潜ったらどこへ行けるのか? メサリアに見せてもらった様々な種類の世界地図を思い浮かべる。それだけでも広すぎるのに、そこに描かれている以上に世界は広いというのだから理解出来ない。

 中大洋社艦隊並びにザルグラド大公国艦隊はルファーラン共和国の港に入港しようとしている。青地に割銀円のルファーラン共和国国旗が見えてくる。

 入港準備作業に追われて士官は声を出し、水夫達は縄や帆を操作して大忙しである。ここでは他の船にも影響が出るので魔法の風でちょちょいと入港、というわけにはいかないらしく、また前例にないくらいの大規模なものなので非常に動きが遅いらしい。幸いこちらの旗艦は中大洋社が保有している岸壁に着岸するので、あちらさんの大渋滞には巻き込まれない。

 戦時中の船が相手なので、警戒中のルファーラン海軍艦艇が他の船の移動管制をやりながら、攻撃が加えられないか警戒している。ザルグラドの旗艦の甲板上では人々が整列し、ルファーラン海軍の偉いさんが乗ってるらしい船も甲板上で整列、喇叭を鳴らしながら敬礼そして答礼をする。港の砲台から空砲が発射され、ザルグラドの旗艦も空砲を発射する。あんな儀式しなきゃケツの座りが悪いとは都会の軍人ってのは面倒くさいものだ。

 会社の船は儀式もせずに入港。代表は手荷物抱えた秘書と一緒に、号笛の吹奏が一つあっただけであっさり下船。そして岸壁で待ち構えていた馬車に乗って去る。

 海兵や水夫達は一旦船上で整列させられて、猫艦長から一言頂く。

「諸君ご苦労。大きな被害もなく、多大な戦果を挙げて我々はザルグラド大公国艦隊の護衛任務を成功させた。これより我等がバスマンの嵐の他、全艦は整備作業に入る。それまでの間、各員には休暇が許可される」

 全員から喚声が上がり、口笛も飛ぶ。猫艦長が手振りで静かにさせる。

「ただし、未だ我々はザルグラド大公国と行動をともにしており、戦時体制下にある。よって予備人員にも作業が割り当てられ、交代は取り止めになる。またルファーラン共和国都市部内からは勤務上の理由以外で出ることは許されない。加えて航海中と同じ四直交代で一日ごとに船に戻って昼までに点呼をしてもらう。明日より第一直から始める。何か臨時の作業がある場合はその時に伝える。以上だが、何かあるか?」

 士官までもそんな素振りは見せないにしても気落ちし、海兵や水夫達は納得するには少々努力がいる顔をする。そして奥から猫提督が出て来る。

「皆いいかな? ここルファーランは世界一の都だ。食べ物も遊ぶ所も山程ある。ここにないなら他にはない。給料についてだが、休暇中は半分になるんだが今回は全額出る。使いすぎないように遊んでこい」

 猫提督は奥に引っ込む。そして猫艦長は左右を見回してから「解散」と声を掛ける。

 皆が一斉に船の中に戻って荷造りを始める。かなりの混雑を予想してしばらく外で待つ。下船した人数が三、四○○人になった所で船内に入る。相変わらず薄暗くて狭くて、嗅ぎなれた変な臭いが漂っている。

 ノルトバルはハンモックが片付けられて広々とした部屋にある、自分の箱の鍵を開ける。貴重品は全て持ち歩いているのでかさ張るような物だけが入っている。メサリアの分もあって箱に入りきらず、第一一戦闘班の皆に余った物はあげた。服を着替え、頭に綺麗に布を巻く。貴重品は改めて落とさないよう、盗まれにくいようにする。刀を帯に差し、短剣も差す。直ぐに使うことはないだろうから火縄銃の負い紐は固くして背負う。拳銃を探すと、見当たらない。

 私物の武器は海兵特権で武器庫の一部を借りることが出来るので、そちらにないか見に行ってもない。まさか盗まれたかと思って焦る気持ちが募ってくると、サイがその目当ての拳銃を持って現れる。

「何のつもりだよ」

「刀はいいから火縄銃は置いていきなさい。邪魔なだけよ」

 サイが指差す先、メサリアの火縄銃が立て掛けられている場所だ。脳みそが焦げてくるような感触を我慢しながら火縄銃をそこへ収め、倒れないように金具で固定する。

 拳銃をサイが差し出す。勝手に荷物を漁られたことに抗議するように乱暴に奪い……取ろうとしたが、岩盤に固定されているかのように微動だにしない。自分の腕の力で自分が引き寄せられる。

「私の田舎じゃ意志は頭だけなく、内臓にも手足にも道具にも宿ると言われている。そして頭から離れるほどに思慮がなくなるとも言われている」

「意味分かんねぇよ」

「私の田舎の格言”武器は体を奪う”頭の隅にでも入れときなさい」

 拳銃を受け取る。

「意味分かんねぇよ」

 それから船を降りて、倉庫ばかりが並ぶ港を出て街中に入る。

 初めての大都市は森より迷いそうだ。建物だらけで見通しが利かない。人ごみに混じって歩き始めれば酔いが回ってきて気持ち悪い。大きい道を外れて小道に入って隅っこの方でゲロを吐く。涙が出て来る。

 その辺の階段で休んでいれば、近くで遊んでいた子供がこちらに気付いて急に泣き始める。親が怖いような怯えたような顔で睨んでくるから場所を移す。

 小さい噴水を見付けて、水は多少汚いが、そこで口を濯ぐとその噴水の近くで会話していた若い男女が信じられないものを見るように逃げ出す。何にもしてねぇじゃねぇか。

 途中、民家の窓にはめられたガラスに目がいく。ガラス越しに民家の住人と目が近くで合う。髭面で、目が血走っていて、怒ってる? いや自分だった。舌打ちして唾を吐く。

 腹が減ったので飯屋を探す。金は持ってきた分が結構ある。給料は経理から受け取っていないが、少しは入っているはずだ。

 看板からして飯が美味そうで綺麗な店に行こうとしたら、入店を拒否される。丁寧な対応で、武器を持っていると駄目だと分かりやすかった。しょうがない。次の店も店員が震えだして駄目だった。その次は、どこの国か知らないがそこのお国の人が入るような店で言葉が通じなかった。その次の店は武器を預かると言ってきたので断った。拳銃はともかく、刀も短剣も持つななんて理解出来ない。

 次は若干汚い酒場。うさんくさそうな顔はされたが、店の親父は「いらっしゃい」と言う。適当に金出して飯とビールを頼むと、黙って金を取って厨房に引っ込む。店の中は色がくすんでいて、店の親父と客に似合って小汚くて古臭い。

 端の席では元傭兵らしい酔っ払いで歯が欠けた爺さまが、爺さま仲間で昔ザルハル方面軍で戦っていたという話をしている。何十年前かは分からないが、具体的に何をしたかとはほとんど喋らない。「勇敢にも」「閃いた」「何度死ぬと思ったか分からない」という台詞が半分くらい。故郷のジジイ連中はもっと具体的で何をやったか自慢してもんだが都会は違うのかと思っていたら、マリエン軍と戦った話をし始めた。酔って口が回っていなかったが確かに「弱くて一発で逃げやがったし、女も頂戴した」と笑い始めた。他の客も最近のマリエン軍の敗北の話を出して笑い始める。

 ノルトバルは席を立って、歯が欠けたジジイの口を蹴っ飛ばして倒す。立ち上がったその仲間に抜いた刀を向けて、立ち上がろうとした他の客に拳銃を向ける。

「ほんとに弱ぇか試すか?」

 時間が止ったように店の中が静まり返る。時を動かしたのは店の親父、小銃をノルトバルに向けて構えている。

「帰ってくれ」

 刀を収めて拳銃も収める。

「金返せ」

 しばらく小銃を構えたまま店の親父は動かず、こちらから視線を反らさないようにして金を取り出す。受け取って店を出ると、出たところで背中を蹴られて顔から地面に突っ込む。

 頭に上がった血がそこを通り越し、全身が一気に冷める。そして全員殺そうと思って刀に手を掛けながら立ち上がると、気配を察した、制服を着た兵士みたいな二人が声を掛けようと近づいてくる。

 怒りも通り越して殺意に塗れていたが、冷めているので生き残るという意味では冷静だった。その二人にはこちらから先に声を掛ける。

「なあ、兄さん方。原っぱみてぇなの近くにねぇか?」

 二人は顔を見合わせ、歳のいった方が声を掛けてくる。

「教えてやるよ。ついてこい」

 歳のいった方に肩を叩かれ、素直についていく。名前はよく知らないが、この国の治安維持組織なのは間違いない。逆らえば勝てない。

 一緒に歩いていると、察して貰えたのか屋台で異様に柔らかいパンに野菜やら肉やら変な味のタレがかかった物を買ってくれる。船の雑な飯が糞と同じ――いや糞より流石にマシだったが――だと理解出来るほど美味い。

 食いながら――歳のいった方は巡査長という階級らしいが――その巡査長と会話をする。

「兄ちゃんいい体してんな、力仕事やってる手してるしな。頭のそれ、タハルからきたのか?」

「んあ、そこにもいたけどマリエンからきた」

「あーザルハルの連中か。何か知らんけどゴツい体してるよな。こっち生まれで他のと同じ生活しててもなんかそんな感じだもんな」

「そうか?」

「ああ。戦争のことは聞いてるぞ。言わなくてもその様子じゃエラい目に遭ったみたいだな。生きてるだけマシだって考えな。生きたくても生きられなかった連中なんて聞いてるだけでも一万じゃ足りないだろ?」

「うん」

「ああそうそう、あの酒場で酔っ払いのクズ野朗とやったどうのなんて忘れろよ。あれだ、虻に噛まれたみたいなもんだって考えときな。あんなのいちいち相手してぶった斬ってたらその刀十本百本じゃ足りないぞ。しかも俺達警察な、あんな糞っ垂れどもでも守る義務があんだよ。正直あんなのくたばっちまえばいいと思ってるけどよ、仕事だからそうもいかないんだよ。従軍経験あるか?」

「ある」

「兵隊やったことあるならなんつーかな、嫌でもやんなきゃなんない義務って分かるだろ? 分かってくれ、な? 俺この辺り担当で巡回してるからよ、暇な時だけだぞ? 簡単な相談ぐらいだったら乗ってやるからよ」

 そして原っぱみたいな、というか人の手が入っていない所はないような奇妙な林に到着する。人と石だらけの所が嫌で、原っぱとかいい加減なことを言ったら、それよりはいい場所にきた。

「ご所望の原っぱがある所だ。ここは火あぶり公園って言ってな、ルファーランじゃ一番デカくて立派な公園だ」

「この林がか?」

「林じゃない、公園だ。んんー、まあ言いようによっちゃ林かもしれんが、そんなこと言ってると田舎者だからな。公園だ、いいな?」

「うん、公園」

「よし。じゃあ仕事あるからいくけどよ、街中は刀に拳銃振り回していい場所じゃないからな。お前さんなんてとっ捕まえたくないからな、大人しくしてろよ」

「うん」

 巡査長は苦笑いをしながら首を振って、背を向けて去る。相方の一人はひそひそ耳打ちで何か喋っているが大した内容じゃないだろう。

 公園に入り、出来るだけ人から街の喧騒から遠そうな場所を探す。人の多いところには花がたくさんある。石の道沿いは長椅子もあって人が多い。奇妙に平らな地面に草に地味な花が生えた中を進み、木の多い場所を目指す。こんな所を森だと思おうとして歩いていると頭がイカれそうになる。面倒くさくなって適当に木を見繕って寄りかかる。

 意味もなく息を殺して座り続ける。見慣れない草花から疎外されてる気分になる。

 何をしているんだ? 何をしたらいい? 何もしたくない。時間が止まって静かなまま終わればいいのに。

 下っ端役人らしき人が公園を回り、妙な鉄塔に火を入れ始める。馬鹿デカいロウソクみたいなものか? 日が暮れても多少の明りがある。ボーっと眺めていたが、全然面白くない。

 これからどうする? 死んじまった方がよくないか? いや、メサリアが助けてくれたんだ。捨てるわけにはいかねぇよな。でも、どうやって生きればいい? 目標やら何にもかんにもが吹っ飛んじまったのに。

 仕事の仲間はいい連中だとは思うが、何かが大きく違う。言葉に出来ない何かが違う。大きく溜息を吐く。忙しくて吐き気がきてドンパチするような船旅で気が紛れてたみたいだが、正直疲れてしまった。このままずっと座って、木に同化したいと思えてくる。

 拳銃を手にとって銃身を撫でて、口に咥える。思った以上に銃身は太い。撃鉄を起こし、溜息、薄笑いがもれる。

 引き金をゆっくり、気付いたら引かさるように。

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