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12話「円座会議」

 広大で、地面の高低のうねりがなければどこまで地平線が見れるようなグラデクの草原。そこには長大な石壁が現れる。基本的に中には何もなく、普段は家畜が入らないので草が長い程度。中に入り、中心部に行けばようやく石壁が八角形の囲いであると分かる。八は人の両腕両脚に馬の四本脚を足した数であり、星座”彷徨う者”の星の数でもある。アルーマンの完全数だ。

 ここは次代の大帝を決めるような、全勢力の代表を集める必要があるほど重要なことを決める円座会議が開かれる場所だ。過去に都市で開催したことがあるらしいが、道の譲る譲らない程度から始め、馬の頭数が合わない、宿が狭いと勝手に壁をぶち抜いて隣の家に繋げる、物価が上がって略奪が起き、会議の決定に不服な連中が暴動を起こし、都市の太守が軍で鎮圧して人死にがでたぐらい混乱した記録がある。

 石壁の中の一角に、マンゼア王に割り当てられた区画に宮幕が設営された。王の所在を示す七本の飾り尾付きの馬印が掲げられ、柵が厳重に張り巡らされて従者や護衛の数だけ幕舎があり、帰路に十分な量の家畜が入れられる。

 メラシジンはこれより円座会議に出席するために身支度を整えている。帽子や靴は儀礼用にし、カルマイ王とイディマ王から貰った宝刀に服と帯は着用していく。鏡で確認する度、両王に大帝になれと言われているような気がする。勘違いであれば安心出来る気がしてくる。大帝になれなくても、友好関係が築ける誰かがなってもらわないと困る。ジッティン王だけは阻止、ジッティン王の後ろ盾をあてにするようなところもだ。

 シャイテルは自分のやり方でやれば大帝の座も不可能ではないと言っていたが、不確かな友好関係にある者と、よく分からない者、気まぐれに期待するしかない者に、明確な敵に囲まれている。

 既に小事なってしまったが、ザルグラドは陥落して主力軍は海の向こう、手が出ないルファーラン共和国へ撤退。望まぬ時期に”無礼”を働いたタハル王国は、何の幸運かブリバク人の寝返りやバルジェレクス朝シェテル帝国の簡単な協力のおかげで快勝し、塩漬けにされたタハル王もここに到着する道中に確認出来たほどだ。向こうの処理をシャイテルに一任しても問題ないと確信している。あそこまで優秀で信頼出来る奴は他に知らない。

 奴隷は連れず、石壁の中心部にある大帝の宮幕へ一人で向かう。

 宮幕の前には大帝の八本の飾り尾付きの馬印が掲げられている。この先へ立ち入ることは冥府への一歩のような威圧感がある。自分の馬印と一本違うだけなのに全く違う。

 故ギルシンの正妻の従者に案内されて中へ入り、アルーマン諸王が集結する宮幕の中で円座を組む。円座会議に関係する親族の同行は許可されているので人は多い。マンゼア王として連れて行く親族はいない。地方に権力が分散しているほど連れくる人数が多いのだ。その中に本土を継承したグラデク王の三女がいて、メラシジンがジッティン王に譲った装飾品を付けている。母があの装飾品を付けていた時期を知っている者は少ないだろうが、こちらとの関係が勘違いされそうだ。

 故ギルシンの正妻が上座に座り、全員揃ったところで挨拶を始める。そして王位が創設された順番に名前が呼ばれる。

「カラグル王アマルバルダ、グラデク王イオレベイ、クーアン王ナブケ、バズボリト王エレンダユク、カルマイ王イェルトゥ、ジッティン王ウルグダイ、イディマ王シャーラン、ギラン王エリグチャル、マンゼア王メラシジン」

 そして王位にはなく六本の飾り尾付きの馬印を持ち、大帝になる権利はないが推挙する権利はある、王位に準じる格を持った者の名が呼ばれる。

「ウリャントイ部長ドラテグル、チェバン部長ベルタシュ、白天教総主マグンダルキン」

 第一回の推薦が始まる。

「故ギルシンの意志を継ぎ、アルーマンの大帝国も継いで今代に名誉、次代に富をもたらす志を持つ者は手を上げよ」

 真っ先にジッティン王が手を上げ、次々に手を上げていく。最後にカルマイ王だけが手を上げない状況になる。ここはとりあえず全員上げてからまた再考するというのが通例である。

 故ギルシンの正妻が手を下げろと仕草で示す。全員が手を下げる。

「カルマイ王にその意志はないのか?」

「私にはありません。今一番勢いのあるザルハルの雷光に期待する」

 故ギルシンの正妻の許可がなければ発言は許されないので誰も口は開かないが、それぞれの息遣いが途端に荒くなる。ジッティン王など今に飛び掛ってきそうなほど睨み付けてくる。

「ではもう一度。故ギルシンの意志を継ぎ、アルーマンの大帝国も継いで今代に名誉、次代に富をもたらす志を持つ者は手を上げよ」

 カラグル王、バズボリト王、カルマイ王が手を上げない。

「カラグル王、手を上げない理由は?」

「我々はヘジャンとの争いで忙しい。大帝の責務まで負ったら何も出来なくなる」

 実利を取った発言だ。支援を約束してくれれば支持に回るという意味だ。

「バズボリト王、手を上げない理由は?」

「全ての王の中で今一番強力であるジッティン王を推挙する」

 カルマイ王の発言の時よりは周囲の動揺が少ない。予想通りではあるが、望ましくない。

「ではもう一度。故ギルシンの意志を継ぎ、アルーマンの大帝国も継いで今代に名誉、次代に富をもたらす志を持つ者は手を上げよ」

 カラグル王、グラデク王、バズボリト王、カルマイ王が手を上げない。

「グラデク王……手を上げない理由は?」

 グラデク王の母である故ギルシンの正妻が苦い顔を一瞬作る。そしてグラデク王は後ろに控えさせている、母の装飾品を付けた三女を側に置く。

「この場を借りて、我が三女イリドビキとジッティン王の婚約を発表する。嫁入りの贈り物にジッティン王を推挙する」

 やはりそうきたか。他の王は嘆息を吐いて諦め顔になり始める。ここでそれを引っ繰り返すために口を開こうとしたら、イディマ王が不敵に笑う。これを見た瞬間に、いざとなれば彼を守れるように腰を若干浮かして宝刀を直ぐに抜ける体勢に変える。

「ジッティン王がグラデク王の三女を娶る? あまりにも近縁過ぎるじゃないか。イリドビキちゃんだったかな? 君の母上は生まれて直ぐに養子縁組して、そこから人質に出された先で結婚、子が生まれないとして離婚し、そして再婚という経緯で複雑になってるがジッティン王の同じ腹の姉に当たる。血を濁すなと始祖アルーマンのお言葉を守る気はおありかな?」

 このような場に慣れていないのか、イリドビキが顔を赤くして顔を俯ける。グラデク王は頭を抱え、そしてクーアン王が荒い息を吐き始める。イディマ王がそれを見て更に挑発的に笑った顔をジッティン王に向ける。借りが出来たようだ。

「今の正妻、クーアン王の娘はどうするのかジッティン王? グラデク王は自分の娘が正妻ではなくていいのか? まあいい機会だ。取り止めにすれば傷口は浅いし、ここは世間に何かを発表する場でもない。口を噤むという約束を取ればいいではないか」

 ジッティン王が堪えきれず立って怒鳴り、聞き取れない言葉でイディマ王に捲くし立てる。イディマ王は懐から煎り豆を取り出してポリポリ食い始める。手を出させる気かと期待に胸が膨らんだ時、バズボリト王がジッティン王を抑えて座らせる。

 そして突然、カルマイ王がこちらに顔を寄せてきて、内緒話にしては大きな声で喋る。

「アルーマンとザルハルの馬の配合は非常に上手くいっているようだな」

「ありがとうございます。ご存知でしたか?」

「ジッティン王からたくさん貰ってね。いいものだからどう作ったか聞いてもよく教えてもらえなかったんだ。そうしたらマンゼア王の方からきた者の馬がまさにそれじゃないか。何をどうしたらあの馬を貰えるのかな?」

「未婚の私へジッティン王が雄羊一頭をくれたので、お礼に百頭の混血馬を渡したんですよ」

「でたらめで関係ない話をするな!」

 ジッティン王が怒鳴るが、あれはお前の所の馬じゃないのかと他の王から声が出る。

「我がジッティンの草を食んだ馬は自分の物だ。管理も出来ずに我が草原に侵入してきた不届き者の分際で偉そうに」

 それに対してイディマ王がまた笑う、鼻水が出るくらい。

「それはどこの草原かな? マンゼア王国と隣接している所はオロムンドだが、間違いないか?」

「そうだ、何か文句があるのかイディマ王!」

「ふざけるな、オロムンドは我々の土地だぞ!」

 ギラン王が急に怒鳴り、ジッティン王の動きが止る。

「貴様の父がセシュトロ帝国との争いで困窮していた時に一時的にオロムンドの草を貸していたのだ。くれてやるつもりでいたが、どこかの馬鹿息子は親の遺産で自分の物と勘違いして挨拶も礼もないときている。もう我慢ならんぞ!」

 ギラン王が刀に手を掛ける。ジッティン王が立ち上がる。

「黙らっしゃいッ!」

 故ギルシンの正室が一喝する。彼女には一時的とはいえ大帝と、同じ権力はないが権威がある。逆らう者はアルーマンの地にいる資格がない。

「第二回は時間を空けてから冷静に行います。各人思うところはあるでしょうが、あくまでも帝国全体の行方を慮るのが大帝の本分です。個々の利益を捨ててもう一度考えてください。解散します。再集合は私がいいと思った時に行います」

 立っていた者も席に戻り、故ギルシンの正室へ頭を下げて閉会とした。

 それからの数日で動きはあった。

 カルマイ王とギラン王は明確に支援を約束してくれた。約束はないものの支援をしてくれたイディマ王にはどう返礼をしてやればいいか分からないぐらいだ。

 クーアン王が反発心からこちらになびく可能性があると思っていたが、ジッティン王のとこで大っぴらに口喧嘩したあとにこちらにきて、笑顔で「一緒に奴を殺そう」と持ち掛けられた。やんわりと否定はしておいた。

 意外にもグラデク王からはお誘いがあって、出向くと母の装飾品を返された。そして愚かさを恥じる気概はある様子でイディマ王には感謝の言葉を述べていた。

 大帝から所領を継いだグラデク王の所にはウリャントイ部長が頻繁に出入りをしていた。彼等は伝統的に大帝に忠誠を誓うので、グラデク王に追随する以上の言葉は聞けなかった。

 ジッティン王と仲がいいと言われるバズボリト王とはすれ違った時に挨拶をしたが無視された。あれと同列なのか、領地を接する以上仲よく見せる必要があるのかは分からなかったが、狂犬の鎖にはなっている。

 チェバン部長の方はまるでジッティン王の召使いで、馬のくつわを引いたりしていて話し掛けるどころではなかった。国境が接している勢力は奴の圧力に弱いか。

 カラグル王は終始昼間から酒を飲んで楽しく騒いでいただけだった。飲むフリをして参加したが、歌が踊りがあの戦いと政治の話が全くない。

 白天教総主とその連れの生臭坊主どもは説法垂れて金を集めている。アルーマンの西部と中部の宗教とは係わり合いはないが、始祖アルーマンが保護したということで未だに力を持っている。賄賂を贈る余裕はない。代わりに占領地の安定のために宗教は有効かという話を聞きに行くと、有効かもしれないと言う。ジッティン王の賄賂は確実だろうが、彼等は目先の金と新たな放牧地とどちらを取りにくるのだろうか。

 第二回の推薦が始まる。歴代最長記録は六回だ。

 故ギルシンの正妻から開催が告げられ、皆が大帝の宮幕に集まり、円座を組む。少しは頭が冷えたのか、少なくとも目が合うなり飛び掛るということはないようだ。

 故ギルシンの正妻が口を開く前に、カルマイ王が立つ。

「今から私が言う言葉は、カルマイ王ととしてではなくギルシンの単なる息子としての言葉だ。所詮我等もアルーマンの大帝国の歴史の一部を担うだけで、自分の物にすることは許されない。単純な世襲はせず、絶対権力を与えずにきたのもそのためだ。役職には然るべき適材をあてるのが道理だ。構成国の中から一番強い国を選んでそこの王を、というのは思考が停止している。常識のように考えている者もいるだろうが、これはあまり例があることでもない。ギルシンもそうである。強いだけなら当時のジッティン王、今のウルグダイの祖父だな。彼がなるべきだった。次代は国の強さより君主の才覚や将来性に加えて運のよさも考慮するべきで、強さは下から数えた方が早いと思われてきた者が推挙された。それが当時のグラデク王ギルシンだ。今のマンゼア王と、色々何だか状況が似ていたな」

 発言中に口を挟むのは無礼なので誰も言葉を発しようとしないが、諸王の呼吸の音が乱れるのが直ぐに分かる。

「結束することを知って、先代達が簡単に征服した時とは違い、今や本来の力を発揮しているマンゼア。穀倉地帯に加えて良馬を育てる草原を持つザルハル。世界八大貿易港に数えられ、巨大な収益が見込めるザルグラド。東西の陸上交通の要衝になっていて商業が活発なタハル。例えアルーマンの大帝国から分離したとしても帝国を名乗れるだけの地力がある。今は戦中で混乱もあろうが、時期にそうなる。彼は今一番勢いがあり、それも”彷徨う者”に道を示されたが如くに神懸かっている。そして若く、今より成長する可能性を秘めている。私は後世、数百数千年に渡って歴史に目を通す者の胸に火を点ける人物になると信じる」

 ゆっくりとお辞儀をしてカルマイ王が座る。そうして故ギルシンの正妻が口を開く。

「故ギルシンの意志を継ぎ、アルーマンの大帝国も継いで今代に名誉、次代に富をもたらす志を持つ者は手を上げよ」

 ジッティン王、そしてマンゼア王のメラシジンが手を上げる。ジッティン王のギラついた目がこちらを射抜くのを横目で確認する。こいつのためにいちいち反応してやるのは面倒くさい。

「では、ジッティン王とマンゼア王以外に問う。ジッティン王を推挙する者を手を上げよ」

 バズボリト王、チェバン部長、白天総主だけが手を上げる。

 これだけではまだ決まらない。まだまだ続きがあるのだが、ジッティン王が地面を殴ってこちらに歯軋りする歯を見せてくる。

「マンゼア王を推挙する者を手を上げよ」

 グラデク王、クーアン王、カルマイ王、ギラン王、ウリャントイ部長が手を上げる。これで勝ったわけではない。まだ推挙する者は容易に変更出来る。

「カラグル王はいかがする?」

「お隣はクーアンにグラデク、嫌われたくない。マンゼア王だな」

 イディマ王はいかがする?

「マンゼア王は大帝になった時、我々を守ってくれるかな」

「勿論です。アルーマンの大帝国とはそういうものです」

「結構。ではマンゼア王に」

 ジッティン王は目を見開いて全員の顔を順番に見ている。内乱が起こるとしたらやはりそこからか。

 チェバン部長が手を上げ、故ギルシンの正妻が促す。

「ジッティン王……ウルグダイ! お前にはウンザリだったんだ。人質がなんだ、十人だろうが百人だろうが今直ぐ首をはねろと伝令を出せばいい。私はマンゼア王を推挙する」

 故ギルシンの正妻が「他にあるか?」と問えば返事がない。

「マンゼア王メラシジンをアルーマンの守護者である大帝の地位に就けることに異議ある者は?」

 ジッティン王が地面を鳴らして立ち上がり、宮幕を出て行く。続いてバズボリト王が溜息をついて、深々と一礼をしてから出て行く。残る白天教総主は白い髭をしばらく撫でてから一言。

「イジメ過ぎたのう」

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