俺が勇者で? 君が魔王?
――開いた口が塞がらない。
クソ、予想外だ。 完全に予想外の出来事。 ふざけんなよクソが。
出来れば今すぐにこんな”大魔界”なんて馬鹿げた名前がついた国から去りたい。
心地よい温かさに潮風香るケセドへ帰りたい。
柔らかな日差しに照らされながら、小さな漁船に乗って釣りをしていたい。
そしてその魚を売ってスローライフを楽しんでいたい!! 一刻も早く、だ!
「あの、アルフレド様? どうしたんですか?」 仲間のプリーストが、動かぬ俺を遠慮がちに小突いた。
その瞳に映るのはいつもとは違い、険しい顔をしている自分の顔だった。
「ああ、いやなんていうか、その……」 「勇者様! こんな時に何をしているんですか!!」 隣に並んでいたウィザードの男が俺を叱咤する。
「呆けている場合では無いぞ、勇者アルフレド。 まさか、魔王を前に腰でも抜かしたか?」 剣を構えなおした壮年のソードマンが、俺に向かって軽口を叩いた。
分かってるよクソが。 別に俺だって呆けたくて呆けている訳じゃない。 あまりにも唐突な出来事に頭がついていっていないだけだクソが。
――だって、だってよお!!
「ルーナ!!」
俺は眼前の”魔王”の名を呼んだ。 すると、玉座に腰掛けていた魔王は、瞳を大きく開き、それに応えた。
「……その声は”魔王”アルフレドか」
「やはり、”勇者”ルーナか!!」
両者のちぐはぐな台詞が、謁見の間に大きく響いた。
------
――魔王アルフレド。
人の生き血を啜り、臓物を喰らい尽くす。 悪逆無道な振る舞いを好み、数多くの人間を己がままに屠ったとされる魔王の一人で、彼の者の通った後には草一本残らないとまで云われている。
だが、実際の所は血を見れば貧血を起こし、臓物を見れば気を失う。
悪逆無道とは程遠く、温厚で礼儀正しい。 実に魔族らしからぬ魔王だ。
いやほんと、自他ともにそう思ってる。
あの噂も魔王城の近くに住む人間は誰一人として信じていない。
むしろ「あの魔王様がそんな事する訳ないじゃない」といってくれるほどだ。
じゃあ、何故そんな謂れをされていたのか。
――それは、魔族と人間の間で密かに結ばれた協定のせいだ。
――俺の曾々々々々々……まあいいや、かなり昔の世代では魔族と人族は常に争い続けていたんだ。
理由は簡単なもので、人族は魔族の土地にある金や銀などの鉱石を欲しがり、魔族は人族の実り豊かな緑を妬んだからだ。 いやあ欲とか妬みとかって怖いよね。
んで、長年のにらみ合いを経て、人族と魔族は私利私欲のままに戦争を引き起こした。
両軍の全てを投入した大戦は多くの命を奪い、大地を枯らした。
そりゃあもう酷かったらしい。 何せ両軍の人口が半分も減ってしまったんだからね。
しかし、甚大な被害が出たからといって、そう易々と長年に渡って続けられてきた大戦を終わらせる訳にはいかない。
じゃあどうしたらいいか。
そこで先々々々…………昔の魔王が立ち上がった。
「ならば、表では戦は続いていることにすればよい」 と。
つまり、表では冷戦が続いているフリをして、裏では互いの生活を豊かに出来るように協定を結ぼうといったものだった。
それが、ええと何年前だっけな……まあいいか。
俺の先祖様がそうやって停戦へと漕ぎ着けたワケ。
んで、裏でこそこそしながら平穏を保ち、戦の数も徐々に減らしてよーやく安心出来るかなって所で、魔王が俺の番にきたわけよ。 あ、俺の世界の魔王は世襲制ね。
それがもう何年前だっけな……確か五百くらいまでは年齢数えてたんだけど途中で飽きちゃった。
いやあ、まったく暇でしょうがなかったからね。 大した争いもないし、内紛もない。
このまま魔生を謳歌するのかなー、なんだ俺イージーモードじゃーんなんて思ってたら、すっげえ面倒な事件が起きた。
クソ、今思い出しても腹が立つ。
……来たんだよ、勇者とやらがな。
何処に?
ってそりゃああれだ、何故か知らんが俺のとこにだよ。
もうね、意味が分からない。 今は勇者が来る様な時代じゃないんですよ。
なんで勇者来たの? あ、女の勇者なんだ珍しいね、どうも。 いや違うよなんで来たの?
思わず頭にクエスチョンマーク浮かべながら勇者に尋ねちゃったよ。
「え、何おまえ。 何しにきたの?」って。
そしたら相手なんて言ったと思う?
「司祭の命により、魔王アルフレドを倒しに来た」
もうねマジ意味分からない。
思わず「はっ?」って言っちゃった。 そしたら物凄く睨まれた。 もうマジこえーの、女勇者のくせに。
んで話を聞いてみたら、どうやら俺の悪行も恙無く(つつがな)広まっているらしい。
良かったね、それ大事な戦略だし。 脅しかけておけば人間も無理に魔境に攻めようと思わないからね!
でも、どうやらそれを良しとしない宗教があるらしく、いつまでも終わらぬ戦争に業を煮やして勇者を嗾けた――ということらしい。
いやいやいや、何やってんだよ人間!!
「いやそれはウソだから」 裏では協定結んじゃったりしてるから!!
そう説明をしても勇者は退くどころか剣を構えた。
「いやまって、まじで待って!!」 やばい、剣なんてここ数百年持った覚えが無い。 そもそもどこに置いてあったっけ俺の魔剣!!
「あ、ちょ、ほんとに待って!!」
――懇願空しく、勇者はこちらに向かって飛び込んでくる。
どうする、どうする俺エエエエエエエエ!!!
慌てて防御魔法を張ると、タイミングよく勇者の刀を弾き返す事が出来た。 よしよしよしよしよしいける、このまま話を――そう思ったら、勇者はあろうことか禁忌魔法を唱え始めた。
「魔王アルフレド!! 覚悟しろ――」
それは対象者を異世界に飛ばすという魔法だった。
俺は慌てた、物凄く慌てた。 母上にSM系のエロ本が発見されたときくらい慌てた。
「待て、勇者!!」 「――我が名は勇者ルーナ!! 冥土の土産に覚えておくが良い!!」 「クソッ!!」
――咄嗟だった。
禁忌魔法をどうにかしようと、俺は防御魔法を勇者の魔法自体に掛けて封じ込めようとした。 が、発動は一歩遅れ、辺りは眩い光に包まれてしまった――。
――のが大体一年位前。
いやあそれからは驚きの連続です。
まず、俺は光に包まれて死を覚悟していた。
走馬灯のように駆け巡る記憶に思わず涙をほろりとさせ、襲い来る死を待っていた――筈なのだが、どうにも死とやらは一向に訪れない。
不安になって目を開くと、そこは名も知らぬ異世界の土地だった。
どうやら、俺が飛ばされたのは十の国が存在しているセフィロトという世界らしい。
多種多様な種族が暮らすそこは、俺みたいな魔族も生きやすい楽園のような世界だった。
俺の飛ばされた国はケセドと呼ばれ、水の都と謳われている。
人魚や魚人が数多く生息しており、一年を通して暖かい。 のんびりとした所だ。
行く当ての無い俺を拾ってくれたのは、寺院で働いている壮年の司祭だった。
どうやら、異世界からの訪れ人というのは珍しいものではないらしく、突如現れた俺に驚きながらも住む所と仕事を手配してくれた。
それどころか、実の息子のように世話を焼いてくれるものだから頭が上がらない。 いやあねえ、もうこの人すっごい良い人なんですよ!!
もうね、俺は人の優しさに心から感動したよ。 人族も捨てたもんじゃねーなと思った。
出来る事ならば、いつの日かこの人に恩返しをしよう。 そう心に決め、仕事に励んだ。
――いつしか、俺は魔王ではなく釣り人となっていた。
朝から釣りをして魚を売り、午後は手が空いたら誰かしらの手伝いをする。 そして仕事が終わった後は飲み屋なんかに出向いちゃったりして。
いやあ、なんていうの? こういう人族の生活って中々楽しいもんだね!! 俺感動しちゃったよ。 帰ったら父上にそう伝えてみよう。
そう考えながら帰路につくと、途中で困り顔の司祭に出会った。
憂いを帯びた顔に、不安そうな仕草――何か悩んでいるようだ。
そして俺は軽い気持ちで声を掛けた。
「何があったんですか?」 「えぇ実は――」
聞けば大魔界ダァトという国に居る魔王が、ケセドを侵略しようとしているらしい。
……なんてことだ、俺の楽園を侵攻しようだなんてふざけた輩もいるものだ。 ……そうだな、幸いな事に魔力は沢山余っている。 この力を少しくらい、この司祭に使ってもバチはあたらないだろう。
「司祭さん、その話を詳しく聞かせて」
それが、つい先日の事だった。
------
そして、俺は魔法の扱いに長けた勇者として大魔界ダァト――その魔王の根城にやってきた。
お供として付けられた、プリースト、ウィザード、ソードマンの四人で。
ここに至るまでには笑いあり、涙ありの旅があったのだが割愛しよう。 いまはそれどころでは無い。 そうだよ、どうしてこうなった。
「なあ、本当に勇者ルーナか?」
俺の根城で禁忌魔法をぶっぱなした、あの――。
「そうだ、久しいな。 魔王アルフレド」
尊厳たっぷりにそう言い放つルーナは、どこからどう見ても魔王そのものだった。
俺はますます混乱した。
俺の居た世界で”勇者”と名乗っていたルーナが、何故かここの世界では”魔王”をやっている。
なんなの、どういう事なの。 混乱する俺を他所に、ルーナは話を進めた。
「貴様とて、今は”勇者”アルフレドだろう?」
「いやいやいや、そうなんだけど。 いや、ていうか。 うん」
魔王。
魔王。
「いやいやいや、だからってなんで勇者様が魔王なんかやってんのォオオオ!!!」
俺の仲間達が明らかに困惑した顔をする。 そりゃそうだ。 彼らにとっての”勇者”は俺で、”魔王”はあいつ。
だが、俺にとって俺は”元魔王”で奴は”元勇者なのだ。” ええい、説明する間もめんどくさい。
「説明する間もめんどくさいから簡単に言おう」
あっなんかおんなじこと考えてた。
「こんな世界があるだなんて思わなかった」
しみじみと感慨深いセリフに俺もうなずく。
「奇遇だな、俺もだ」こんなにあったかく受け入れてもらえる世界があるだなんて。
「まさか元々居た世界みたいな場所がな」
――…。
ハイ?
「また魔王をやるとは思わなんだ」
また!?
「ハイ!?」
ま、まてよ、元居た世界はお前が”勇者”で、俺が”魔王”で――。
元――元!? 元×2?
「元いた世界からはじかれて、素敵な世界もあると思ったらコレだ。 もう飽いた。 もう嫌だ。」
――そうか俺は気付くべきだったのだ。
人間とはいえ、どうして勇者が禁忌魔法なんて使えたのかを。 だってあれ、すっげー疲れる。 元魔王の俺でさえ、ちょっとドキっとするぐらい疲れる。
魔王でさえそうなんだ――ただの人間が、使えるわけない。
自爆覚悟の必死程度で出せる力で使える技じゃないのだ。
そうじゃなかった。
そうじゃなかったのだ。
奴もまた、”魔王”だったのだ。
「『まおうのもとまでたどりついたのだ、かくごはいいだろうな』」
むなしいくらい棒読みの台詞。
そのくせ調子は滑らかで自然だ。
言ったことがあるのだ。
仲間たちが身構える――身構えざるをえない。
棒読みでやる気が無くて目が死んでいても、その殺気と威圧感は本物だ。
――これがあの勇者だっていうのか。 ちょっとばかし冷や汗。
「『きさまらにはむなしくここでしんでもらおう』」
かったるそうに剣を引きずる。 めんどくさそうだがそのくせ隙が無い。
相手は元魔王・元勇者の現魔王。
俺は元魔王の現勇者。
倒すことはまあ、できなくもないだろう。
だが――
――それでいいのか?
俺はやつの気持ちがなんとなーくわかる。
殺してトドメを刺して、ハイ安心ハイおしまいでいいのだろうか。
元魔王の勇者は、本当に”勇者”になって平和な暮らしに戻っていいのだろうか。
そーゆーハッピーエンドでいいのだろうか。
「――――下がれ!!」
俺は怒鳴った。
いいわけがない。
あいつはおれだ。
めんどくさくってバカバカしいと呆れながら魔王をやってた、あの時の俺なのだ。
「ゆ、勇者様!?」 「巻き込まれたくなきゃ下がれ!!」 「アルフレド!! 何をするつもりなんですか!!」 「いいから黙って下がれ!!」
そんなことは決まっている。
剣をすんでのところで交わす。 司祭が俺の袖につけたワッペンがなくなる。 ウオオオ何これあれお守りじゃねーのかよ!
そして襟元を掴む。
「しゃあねえ”魔王”様だ」
集中して詠唱を始める。 「!? 貴様、その呪文は」 さっすが、二回も喰らってると気付くらしい。
「そうとも、あんたも俺も知ってる呪文さ」
「――っこれが、これがそんな解決に! なるものか! 離せやめろ! 魔王は勇者を倒すか、勇者は魔王を倒せばおしまいだ! それでいいじゃないか!」
暴れる彼女を必死で抑える。
ちょ、さすが元魔王・元勇者・現魔王。 ちょ、あばれんなドキッとする肘やめろあてるならその豊満な乳をあててくれ!
「もーやだ! わたしはもーやなんだ! ついた場所で立場が決まって――世界なんかに振り回されて――!」
「ハイハイ泣き言乙」
「やだ! やだったらヤダ! もう嫌だ! どんな世界だって一緒だ畜生!」
詠唱が終了する。
手を離せば彼女は異世界へ旅立つだろう。 「あーー」 意外とおっきい眼がしばたいて、泣きそうに潤む。
――だから俺は、手を離さなかった。
「一緒にいってやんよ」
「は―――?」
光が俺たちを包む。
「元魔王同士、仲良くやろうぜ」
風に吹き上げられてルーナの冠がどっかいく。
「え、あ?」 戸惑った顔、意外と、イイ。
「気持ちはわかるし――、決着つけっと寝覚めわりーし、ほら、なんつーの?」
カッコよく言いたいのだがうーむ、出てこんな。
本もちっと読んどくべきだったか。
「ひとりが駄目だったんなら二人ならなんとかなる、かも?」
自信がなくて疑問形。
それにルーナがちょっと笑った。
「なんだお前」
「勇者様」
「ばか」
「勇者さま!」 ようやく仲間たちが俺の意図を察したらしい。
そうだな、退場はカッコイイのがいいよな。
俺はできるだけ決め顔を心がけてつくって仲間に魅せる。
「世界の未来、託したぜ!」
俺たちは自分の未来を探しにいくんで!