魔王の誘惑
とある国王から魔王討伐の依頼を受け、テンプレート的な展開で依頼を引き受けてしまった勇者。
数々の難敵やボスを倒し、行く村行く町の厄介ごとを片付けながら、剣士、賢者、魔法使いといったテンプレート的な仲間を加え、ようやく魔王が住む城、魔王城に到着した。
魔王城の中にも護衛モンスターが多数おり、ちぎっては投げちぎっては投げる快投により、勇者パーティーはとうとう魔王城の最上階、魔王が居座る魔王の玉座に到達した。
最終護衛モンスターを倒し扉を開くと、まるで勇者を待ちわびていたかのように、魔王はその玉座で笑っていた。
「よく来たな勇者よ。だがその快進撃もここまでだ」
テンプレセリフを勇者に言い放つ魔王。
「ついに追いつめたぞ魔王! お前の野望もここまでだ!」
これまたテンプレセリフで返す勇者。
そして剣を構え、魔王に攻撃的な視線を送る。
「ところで勇者よ、一つ提案なのだが、私と手を組まないか? 私と勇者、二人の力があれば、世界を支配することなどたやすい。何もただとは言わん。私と手を組んだあかつきには、世界の半分をやろう」
お決まりの魔王の誘惑。しかし、勇者の返答は一つしかない。
「……ちょっと考えさせてくれ」
まさかの返答に、パーティーのメンバーはきょとんとする。
そして数秒後、
「わかった、魔王よ、お前と手を組もう」
とんでもない返事をしやがったこの勇者。
「ゆ、勇者よ、お前は何を言っているのかわかっているのか?」
「魔王と組むなんて、とんでもない!」
剣士と魔法使いがなんとか説得に応じてみる。
「は、はっはっは、賢明な判断だ」
まさか本当に手を組むバカ勇者がいるとは思わず、失笑に近い魔王の笑い声が室内に広がる。
「しかし、条件が一つある」
「条件?」
なんだ、と魔王は勇者に尋ねる。
「俺にも守るべき家族がいる。それを魔王の支配下に置かれ、不自由な生活を送らせるのは我慢ならない。そこで、支配地域だけは俺が決めさせてもらおう」
「なるほど、面倒なやつめ。よかろう。ならばこれで契約成立だ!」
魔王が手を差し伸べると、勇者もあっさりとその手を取る。
その次の瞬間、室内に眩しい光が降り注いだ。アニメ化とかすると、おそらく視聴者は気分が悪くなるので、サングラスでもかけておいたほうがいいだろう。
「な、勇者が乱心した! これは我々の手で止めるしかあるまい!」
賢者がほかの二人に指示を出し、戦闘態勢をとる。
「ふははは、私と勇者の契約は成立したのだ。よってほかの者には退場してもらおう。魔獄の火流炎!」
「うわぁぁぁぁ!」
魔王が中二病呪文を唱えると、鉄をも蒸発させん勢いの炎の川のエフェクトが現れ、剣士、魔法使い、賢者を飲み込んでいった。
「さて、邪魔ものが消えたところで、まずは祝杯と行こうか」
魔王が指をパチン、と鳴らすと、何もなかった部屋に豪勢な食事が並べられたテーブルとイスが出現した。
「今夜は宴だ。勇者よ、遠慮なく食すがいい」
魔王が言うが早いか、勇者は魔王の対面の席に着くや否や、ものすごい勢いで料理を食べ始めた。
「はっはっは、そんなに慌てずともよいではないか」
勇者の見事な食べっぷりに驚きながら、魔王の手下が勇者のワイングラスに紫色の液体を注ぎ込む。
「ところで、支配地域の件だが」
魔王がそういうと、勇者はいったん食べる手を休めた。そして、ワイングラスに注がれたブドウジュースで、口の中の食べ物を流し込む。
「どこを支配地域にしたいというのだ?」
勇者はワイングラスを置くと、骨付き肉片手に立ち上がり、魔王のもとに歩み寄った。
「その話だが」
魔王のわずか数メートル手前で立ち止ると、そこにあった果物を手に取り続ける。
「この世界の陸地すべてと、主要国の領海を俺の支配地域としてもらおう」
思わぬ提案に、魔王はイスを倒しそうになった。
「な、何を言うか。私は世界の半分をお前に与えると言ったのだぞ。陸地すべてなど、何の冗談だ」
「この世界は陸地が三割、海が七割だ。だが陸地三割では世界の半分に満たない。よって、可能な限りの領海を支配地域に置く。これで世界の半分だが、どこに冗談の要素があるというのだ?」
そういうと、勇者は手に持った骨付き肉にかぶりついた。
「馬鹿を言うな。そんなに陸地を渡せるものか」
「陸地がほしいのか? なら南極大陸だけは手放そう」
「そうではない。人間どもが住む地域がなければ意味がないだろうが」
思わず魔王は立ち上がり、怒鳴り散らした。
「支配地域を俺に決めさせてくれると言ったのは魔王ではないか。その条件で、俺と魔王は手を組むという契約をしたはずだ」
「ダメだ! そんな配分、だれが認めるか! そのような契約は無効だ!」
いら立つ魔王に対し、勇者はにやりと笑みを浮かべた。
「ほう、お前が契約しておきながら、破棄をするというのか?」
くっくっく、と勇者は手に取った果物にかじりついた。
「私は、そのようなつもりで契約をした覚えはない! 破棄云々以前の問題だ!」
ダンッ、と魔王はテーブルを叩く。その勢いで、魔王のカップが倒れ、中に入っていたリンゴジュースがこぼれた。
「ほう。なるほど。お前がその気なら、契約破棄でもいい」
手に持った果物を最後まで食べ終えると、勇者は自分の席に戻り、イスにかけていた剣を手に取る。
「だが、それならそれで考えがある。魔王よ。本来この冒険はお前を倒せば、それで終わりだった。人間たちには平和が訪れ、強大な支配権力を失った魔王の手下たちやモンスターは、人間たちの目の届かないところで誰とも干渉せず、ひっそりと暮らす。それが、この冒険の結末だった」
食べ終えた骨付き肉を皿に置き、勇者は続ける。
「しかし、その魔王が、俺と交わした契約を破棄するというのならば、魔王の手下たちの暮らしは散々なものとなるだろう。まず、お前は完全には倒されず、人間どもの観衆にみじめな姿をさらされる。そしてお前の手下たちは、人間たちの支配下に置かれ、奴隷となって死ぬまで人間のために働き続ける。もちろん、本来なら野生に帰っているモンスターたちは、美味であれば食肉とされるだろうな。それでも魔王が生きている限りは、いつかは時代がやってくる。そうして、お前の手下たちは、架空の希望を抱きながら、絶望して死んでいくのだ」
勇者の笑みは、傍目に見ればまるで悪魔である。どちらが魔王なのか、まったくわからない。
「ば、馬鹿な、そんなことできるはずが……」
「できるさ。俺自身も、そして俺のパーティーも全員LV99なのだからな。手順さえ踏めば、魔王ですら1ターンキルが可能なのだ。どこかに存在するであろう隠しボスも、楽勝だろうな。当然、お前たちから受けるダメージは軽微なもの。そして、王国の兵士たちも、いざ俺たち勇者パーティーが全滅した時のことを考え、トレーニングを積んでいる。この城最強の護衛兵、アークデーモンあたりなら一人で何とかなるだろうな。そんな兵士が一万もいるのだ。魔王の手下を配下に置くことなど、造作もない」
笑っていない勇者の目をみて、魔王はおびえて腰を抜かしている。そばにいた手下は身動きすら取れない。
「ああそうだ、魔王よ。お前にはかわいい娘がいたな。人間から見ても、あれはかなりのレベルだ。もし契約破棄をしたあかつきには、お前の目の前で娘を凌辱してやろうか。勇者にぼろぼろにされ、封印の術式をかけられて何もできない魔王に対し、パパ、助けてと泣き叫ぶ魔王の娘。最高のシチュエーションではないか」
勇者の高笑いが、室内に響き渡る。
こいつには悪魔の血が流れている。むしろこいつ自身が悪魔だ! いや、私の子供ではないのだがと、無意味な矛盾に苛まされながら、魔王は勇者の高笑いを聞いていた。
「くっ、仕方ない、お前の提案を受け入れよう……」
魔王はがっくりとうなだれ、そのまま立ち上がることができなかった。
こうして世界は勇者の手によって守られ、再び魔王が現れる前の平和な世界が戻った。
魔王の手下たちは勇者の手はずにより、人間たちが住まない地域に住居を移され、そこでひっそりと暮らすことになった。
魔王軍との戦いが終わり、人々に安息の日々が訪れる。もっとも、少しでも魔王の領海に入ってしまえば、魔王砲が飛んでくるので、海路や空路が面倒なことになっているのだが。
そして帰還した勇者は、剣士、魔法使い、賢者にフルボッコにされたのは、言うまでもない。
逆に、世界の半分をやろうとか言われて、海ばかり渡されても困りますよね。
魔王と契約する際は、契約内容をよく確認しましょう。