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父と息子の転生小説(ライトノベル)

掲載日:2026/03/26

 息子は、五年も部屋から出てこない。


 高校をやめて以来、働きもせず、昼夜が逆転した泥濘のような生活を送っている。

 唯一の楽しみは、いわゆるラノベというものらしく、薄暗い部屋には極彩色の本が積み上がっていた。


 それは、異世界に行く話。

 死んで、生まれ変わり、特別な力を得て、最後には全肯定される。

 異世界転生——そう呼ばれる類の物語らしい。


「現実なんてクソだよ。あっちの世界に行きたい」


 そう溢す息子の目は、冗談を言っているようには見えなかった。

 私はそれを、単なる逃避ではなく、彼の希望だと受け取った。



 私は考えた。

 父親として、何ができるだろうか。


 無理に引きずり出すことも、説得も、叱責も、長く停滞したものにはもう意味はなかった。


 ならば、息子の好きな世界へ送ってやろう。

 父親として、私はそう結論づけた。


 方法は簡単だった。

 息子を異世界に送る装置を用意する。


 医療と金と書類を揃え、事故という形を整え、必要な手続きを済ませる。

 周囲に迷惑がかからないよう、段取りは慎重に選んだ。


 息子には「転生だ」と説明した。

「お前は世界を救い、皆に感謝される。ラノベとは、そういうものなのだろう?」

 彼は、久しぶりに笑った。



 息子は装置に横たわり、静かに目を閉じた。

 私は迷わず、ただスイッチを入れた。

 装置が起動し、息子の身体は、やがて完全に動かなくなった。



 私は、あの手の小説をまるで読んだことがなかった。

 冗長なタイトルを見かけただけ、お決まりのストーリーがあると聞いただけだ。

 異世界があるかどうかは、どうでもいい。


 息子は、自分の望んだ形で世界を救うのだろう。

 そして私は、私自身の世界を救ったのだ。


 それで、父親としての役目は果たしたつもりだ。



 その後の処理は、滞りなく済んだ。

 私は装置の電源を落とし、部屋を片付け、役所に死亡届を出した。

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