父と息子の転生小説(ライトノベル)
息子は、五年も部屋から出てこない。
高校をやめて以来、働きもせず、昼夜が逆転した泥濘のような生活を送っている。
唯一の楽しみは、いわゆるラノベというものらしく、薄暗い部屋には極彩色の本が積み上がっていた。
それは、異世界に行く話。
死んで、生まれ変わり、特別な力を得て、最後には全肯定される。
異世界転生——そう呼ばれる類の物語らしい。
「現実なんてクソだよ。あっちの世界に行きたい」
そう溢す息子の目は、冗談を言っているようには見えなかった。
私はそれを、単なる逃避ではなく、彼の希望だと受け取った。
私は考えた。
父親として、何ができるだろうか。
無理に引きずり出すことも、説得も、叱責も、長く停滞したものにはもう意味はなかった。
ならば、息子の好きな世界へ送ってやろう。
父親として、私はそう結論づけた。
方法は簡単だった。
息子を異世界に送る装置を用意する。
医療と金と書類を揃え、事故という形を整え、必要な手続きを済ませる。
周囲に迷惑がかからないよう、段取りは慎重に選んだ。
息子には「転生だ」と説明した。
「お前は世界を救い、皆に感謝される。ラノベとは、そういうものなのだろう?」
彼は、久しぶりに笑った。
息子は装置に横たわり、静かに目を閉じた。
私は迷わず、ただスイッチを入れた。
装置が起動し、息子の身体は、やがて完全に動かなくなった。
私は、あの手の小説をまるで読んだことがなかった。
冗長なタイトルを見かけただけ、お決まりのストーリーがあると聞いただけだ。
異世界があるかどうかは、どうでもいい。
息子は、自分の望んだ形で世界を救うのだろう。
そして私は、私自身の世界を救ったのだ。
それで、父親としての役目は果たしたつもりだ。
その後の処理は、滞りなく済んだ。
私は装置の電源を落とし、部屋を片付け、役所に死亡届を出した。




