大酒呑みのルチビ
酒を常備するようになったのは護衛対象である雇い主を守り切れずに死んだときだった。
別に特別好意を寄せるような人間ではなかったし、金払いがいいとか、そんな良い雇い主という話ではない。ただ、護りきれなかったという結果が死につながるということの重責に耐えきれなかったのだ。即死だったのは、その時が初めてであった。
もちろん水より酒のほうが手に入る環境だ、酒をそれまで一滴も飲まなかったとは言わない。だが、酩酊という結果が好きでなかったから、常飲を避けていた。ぼんやりとしてふわふわとして、自分の身体が自分から離れるような状態は、いつだって思いもしない結果をもたらす。
酒を飲んではいつの間にか意識を飛ばし、起きたら牢屋であることが増えた。
意識がない間になにをしていたのか、よく怪我もしていたし、なけなしの服が汚れていたり、散々だ。だというのに釈放されてもルチビは、すぐに酒を飲みに行った。何もやることがなかったから、何も考えたくなくて酒を求めた。
護衛の仕事はもうしない。
そうなるとルチビができる仕事は荷運びぐらいだった。身体が大きく力も強い。それなりにやっていけたが、こうも度々問題を起こしているとすぐに噂は広がる。
結局、ルチビは村や街を転々とすることを繰り返した。
「お前、酒を飲まずに我慢できるんなら用心棒にしてやったんだがねぇ」
「・・・向いてねぇよ」
「身体が大きいだけで向いてんだよ」
酒場の爺さんはグラスを置いて、べらべらと喋る。暇なのか、いつもそうだ。いらないお節介で働き手を募集してるぞ、なんて色々教えてくれたりする。ルチビが一番この店を利用しているからかもしれない。
やたらと強いのに、とか剣は使わんのか、と持ち上げてくれるが、ルチビは別に強くもないし、取柄があるわけじゃない。
出されたグラスに口をつけると、少し薄かった。水を混ぜやがったな、と眉間に皺がよる。だが以前酒に酔いすぎて意識を失った時、どうやらこの店に散々迷惑をかけたらしいから、ぐっと我慢した。どうせ喧嘩でもしたのだ。
「そうだ、ここの地主が、護衛を募集してるぞ」
「護衛はしねぇよ」
「そうか?護衛だけじゃなくて、荷運びも一緒に募集しているらしい」
「護衛と荷運び・・・移動すんのか」
「らしいな、噂によると端のほうまで行くらしい」
ルチビは妙な顔をして、金持ちの道楽かと思った。どちらにしろ金を貰って移動できるならありがたいと、爺の勧めを前向きに考えた。
砂漠を越えるのに毛布やら食料やら水やら運ぶものは多い。もちろんラクダもいるが、それだって世話が必要だ。そしてラクダより人間のほうが安い。ルチビは狙い通り荷運びの仕事についた。
「おい、聞いたか髭のおっさん」
「前向けよ、砂が目に入るぞ」
太陽に焼かれながら歩いていると、隣の男が声をかけてきた。余程の情報を仕入れてきたのだろう。誰かに言いたくて仕方がない、と言った感じだ。酒が切れてイライラしているルチビは向かい風を嫌って男の方を見ずに口元の布を引き上げた。
「この一行は東の最果て村に向かってんだと」
「はぁ・・・?何しに」
「それが、今その村にゃ一発芸を見せるとこの世のものとも思えん褒美をくれる男がいるんだと!奇跡の人だって」
「俺も聞いたぜ。旅の貴族じゃねぇかとか、神様じゃねぇかって」
勝手に地上げや食料の取り立てなんていう目的だと考えていたが、どうやらそうではないようだった。確かにそれなら大地主本人が行く必要はないのだから、もっと何か理由があるのだろう。それこそ褒美をくれる男とやらとの顔をつなげたいとか、そんな理由だ。
ルチビは神様だとか話半分に聞き流しながら、酒が欲しいなと頭の奥がしびれるような感覚を我慢した。さらさらとした砂の地面はよく沈み、体力を二倍奪う。身体が大きく体重の重いルチビはなおさらだった。
(貴族だとか神様だとか、どうせ地主が勝手に名乗ってんだろ)
ルチビは不本意ながらあちこちを回っているせいで、その土地の有力者がただの村長以上に権力を持っている場合も知っている。勝手に尊い人間であるとか、神の子であると名乗ったり、長らく大きな街を牛耳った一族が貴族を名乗っているのも増えた。
いつか貴族同士で争いが起こりそうだな、と考えて、すぐに思考を止める。難しいことは考えたくなかった。そんなことより今は目の前の砂漠を越えないといけない。
「ほほぉ!噂よりすごいじゃないかっ」
「すげぇ、見ろよ!バケモンだぜ」
「カラフルすぎて目がいてぇよ・・・!」
街というほどではないが、決して村という規模ではない。計画的に大きくしたわけではない、歪に広がる建築物の数々、壁やら地面に奇妙なデザインが施されていたり、歩く人の衣装は彩り豊かで目に痛い。
ルチビは初めて見る光景だと思った。どこもかしこも砂色で陰鬱な人間たちがちらほらと存在するだけ、それが世界というものだというのに、ここはまるで楽園のようだった。たどり着いた全員が呆気に取られて鳥のようにあちこちへ首を向けた。
この村の長へ話を付けに向かったらしい地主の男は何故か貴族として歓待されてご機嫌に戻ってきた。どうやら噂の一芸とやらを見るようだった。そして、誰でも一芸を披露できるので、引き連れてきたルチビたちにも参加するように言い含めてきた。
ルチビたちが評価されたら自分の名前があがるとか、褒美を横取りできるとか、そういう流れだろうか。わいわいとどんな芸を披露するか相談している奴らを横目にルチビは冷めた目で地主の男をみた。
「おっと、やりすぎたか?」
翌朝、既にある粗末な椅子の隣に豪華な椅子を突貫で作らせている時だった。その場に一瞬で姿を見せた男は、なんてことない様子で和やかにそう言葉を漏らした。ちょっと酒をこぼしてしまったみたいな言い方だった。
ルチビの雇い主である地主のための椅子を、雷で焦がして灰にして、炎の蛇を空へ飛ばした後の発言である。
その時ルチビたちはようやく男が正しく人外であることに気づいた。誰もがどうせこの辺の有力者だとか、占い師を自称してる人間だろうと思っていた。だが、雷は確かに空から落ちて、炎は高くあがり椅子を一瞬で炭にして、燃えカスと炎は渦を巻いて自由にルチビたちの頭の上を蠢き、とぐろを巻いて消えていった。
それは一発芸とかそう言ったものではない。神秘の御業だった。
この街に比べて、存外地味な男だというのにひょいと指を振っただけでそれをなした。無機質なその瞳が余計に恐怖を煽る。腰を抜かして震えている雇い主にはまるで興味もないようだった。すぐに椅子に腰かけて、周囲を見回す。さぁ誰が何をするんだと言わんばかりだ。
誰も動かないことに焦れたのはルチビだった。押しのけて前へでる。でかい酒樽を二つ持ってきて、どんっと置いた。この酒は一芸の道具として雇い主に勝手にツケといた。
「・・・・一番手行くぜ、大酒飲みのルチビだぁ」
出来ることなど酒を飲むことだけ、ルチビは樽に頭を突っ込んで呼吸が苦しくなっても飲んでいく。失敗したっていいなら、こんな芸でもいいだろう。樽を持ち上げ浴びるように飲み、久々のアルコールが一気に回っていくのがわかる。
蟀谷がどくどくと波打って、ルチビの意識もどんどん靄がかかっていく。
何も考えたくない。
煩わしいことばっかりだ。
殴って終わるなら簡単なのに、と空になった樽を殴った。
「てめぇっこの野郎!」
「こいつ、強ぇ!」
うるせぇうるせぇ、黙れよ、殴っても殴られても案外人は死なねぇくせに、あの時はなんであっという間に死んだんだ。殺した奴が悪いだろ。俺は悪くねぇだろ。
どぼんっ
胃が浮いたと思ったらそんな音とともに全身の体温が奪われる。
呼吸が苦しくて、ぼんやりしていた頭が一気に叩き起こされる。バタバタと暴れてなんとか立ち上がれば、池の中だった。かろうじて頭だけは出せて、犬みたいに短く何度も酸素を取り込んだ。
「な、んだ?」
混乱した頭のままきょろきょろとすれば、自分がオアシスの池にいるのがわかった。椅子に座った男がルチビを見て笑っていた。その向こうには空になった樽が転がっていて、一つは割れていた。
自分が酔って暴れたのは明白だが、何故か男には認められたようだった。
ルチビは息を整えて、陸へ這い上がった。口に入った水は、確かに水のくせにえぐみも苦味もなくて、なんだか舌ざわりさえよかった。自分が全身浸かってなければ追加で飲んでいただろう。
「・・・頭がすっきりしてんな」
こんなにも視界も意識もはっきりしているのは久々かもしれない。溜まっていた澱みのようなものが消えて、あらゆる記憶がはっきりする。あれだけ大量に飲んだ酒が全部抜けた。
「何やってんだか・・・」
今までの己の所業が一気に襲い掛かってきた気分だ。
たった一度の失敗で失った誇りをいつまでもウジウジと気にして、蹲っていた情けない男の行動をはっきり認識してしまう。
自分の現状から目を背けてしまいたくて、猛烈に酒が飲みたい。
だが、流石にこの妙なオアシスからすぐさま逃げるのは勿体ないのだろう。オアシスの中は砂漠とは違う土で、色も粒の大きさも違った。乾いたものではなく、砂以外にも混ざっている。不思議だった。
木もそうだ、サボテンと枯れ木レベルしかないこの辺りと違って、樹皮の色さえ違う木が横並びになっている。とてもではないが自然ではない。等間隔に一種類ずつ、実っている果実が違うらしい。
「はは、こんな食いもんあんのか・・・」
黄色かったり赤かったり、夕日みたいな色に、緑色に、見たことないものばかりだった。一気にいろんな情報が入ってきて、疲れてきた。
十分に堪能してからオアシスから外へ出れば、売ってくれと交渉されたり凄い強いなと言われたり、とにかく人に囲まれた。それもまた慣れないことで、なんと返答したらいいのかもわからない。
オアシスと比べると砂色の世界が広がっているが、それでもこの街は鮮やかな色彩で美しいと思えた。それに加えて、この街の人間は、皆笑っていた。酒の入っていない今、久々にちゃんと見た人の顔というのは、新鮮で、記憶に残る。
「その時の光景が忘れられない、それだけですね」
ルチビは最近オアシス以外での植樹が成功したと聞くリンゴのジュースを飲みながらそう言った。
「あれから何年かなぁ、そろそろヒュマージ様を知らん人も増えたな」
「北のほうでヒュマージ様が降臨されたって噂ありますけど」
「あー、どうなんだろうな。別の神様なんじゃない?カラクリの街とか言われてるとこだろ」
確認に行こうかなぁ、なんてただの地主からここら一体を街として整えた大貴族となった男は、そんな風に言った。ヒュマージ様がいなくなっても、この街はサーカスだし、演者が減ることもなかった。ヒュマージ様が残したオアシスという遺産を大切に次へ紡ぐために目先のことしか考えない人間から守ったこの男は、今ヒュマージ様を次世代へ伝えるための書物を編纂している。
その書物にはどうやらルチビも載せたいということだが、ルチビは断った。ただの酔っ払いがご立派な神話に混ざってはよくない。椅子を燃やされた貴族自身のことを長々と書いておいてくれればいい。
「どちらにしても私の護衛なのだから名前は載るぞ」
「護衛のルチビなら、まぁ許します」




