大工のアッツ
娯楽の街サーカスの魅力は出し物や衣装はもちろんだが、その建築にもある。華やかな家具に不思議な造形の建物。そんなおもちゃ箱とも称される街のほとんどを最初にデザインしたと言われているのが、大工のアッツと呼ばれる男である。
彼はあの神ヒュマージの座る椅子を作った男であり、同時に神ヒュマージの前で一芸を披露せずに聖域入りが許された唯一の存在だと言われている。
それだけ素晴らしい椅子だったのかというと、その評価は分かれるところだ。今も広場に鎮座するその椅子は華美さもないシンプルで粗末な椅子に見える。だが確かにヒュマージ様はこの椅子は私の席だ、と宣言して去っていったという。
この椅子がある限り再びヒュマージ様は降臨なされるという伝説は、今も信じられており、空席の椅子の前で芸を披露することは芸人たちの誉れである。
◇
大工として弟子入りはしたものの、実際のところは何でも屋だ。
大きな木材はないから、貴重な木材は大体家具に回る。石切り場は遠いから、こんなところまで運んでくれない。アッツがやってる仕事は殆ど泥を運んで乾かすとか、土壁を削るとか、そんなことばっかりだ。
「おい、向こうの村まで行くぞ」
「へい」
そもそも、こんな小さな村で新しく一から家を建てることなどないし、丁寧に修理をお願いされることもない。みんな壊れたら壊れたまま使う。
やりがい、という話ならば家具を作っている時が一番楽しいかもしれなかった。
それでも自分はマシだとアッツはいつも親方に感謝していた。
両親を同時に亡くしたアッツは本来砂漠の真ん中で野垂れ死ぬのが運命だっただろうに、親方が住み込みの弟子入りなんて待遇を許してくれてなんとか生きている。
厳しいし大雑把だし、大工って肩書だけでたいした技術はないけれど、こんな村では貴重な人情をもった男だと、アッツは尊敬している。
「お、どこ行くの」
「スナ、隣村まで」
「あ~あっち竜巻きてたもんなぁ」
ごろごろと荷車を引きずって馬に装着していると声をかけてきたのは友人。スナは両腕がないので遠くの街まで行って見世物をしているらしい。そのせいか割と周辺の村事情に詳しい。こんな村では誰も金なんて出さないから仕方なく街まで行っている、と言っていた。アッツはそうだろうな、と納得した。
両腕がないのは生まれつきなのか後天的なのかは知らない。家族のような村ではなくて、ここは掃きだめのような村だから、大半の人間は流れ者なのだ。
スナとの出会いだって両親が亡くなった頃に出会っただけ。その時から器用になんでも足でこなす。手なんかなくても平気ですって様子で、アッツにはスナが不便そうに見えたことはなかった。
なんなら見世物だって足の指だけでリボン結びができます、とかにしたらいいのにと思っている。街では目立たない、布一枚でできる蛇一択だと本人は言うが、そんなものかとアッツは惜しい気持ちになる。
「じゃあな、干からびて死ぬなよ」
「うるせぇ~、前に脱水で死にかけたのお前だろ」
邪魔だと言って頭に日除けの布を被りたがらないのはお互い様。無精故に甕に貯めた水を腐らせることもままあった。二人は適当に笑いあって別れた。
隣村の仕事は大したものではなくて、一週間もしない内に村へ帰れることとなった。
家族がいる親方は嬉しそうだったし、アッツも居心地の悪い他人の村よりは、自室のほうが落ち着く。
「なんだ、騒がしいな」
「なんかあったんすか」
村に人影が妙に少なくて、不思議に思っていると家から女性が顔を出していたので聞いてみた。だがイマイチ要領を得なかった。
神様がおられるってなんだ?と二人で顔を見合わせて、女性が言う広場まで足を運んでみた。
ざわざわと人混みになっていて、村の人間ほぼ全員がいるんじゃないかと思った。建物に上って覗いている奴らもいて、アッツも真似してみた。他人の家だが誰も気にするやつはいない。
「スナ・・・!」
事情はわからなかったが、人だかりの中心に押し出されていたのはスナだった。
いつもは飄々とひねくれた表情をしているスナが異様に緊張している姿に、アッツは衝撃を受けた。周囲の人間の怯えも見えた。
彼らの視線の先の珍妙な恰好をした男はなんだというのか。
アッツはハラハラと見守るしかないことに足踏みをした。
男のスナの出し物への反応は悪く、その場の緊張感が一気に高まることに耐えられず、アッツは屋上から飛び降りた。足場にしたデコボコとした土壁が崩れたが、それは大工として責任もって直そう。
人混みから這い出てくるスナに、アッツは駆けつけて肩を貸した。
「スナ、平気か?」
「あぁ・・・よかった、殺されなかった」
「なんなんだよ、あの男」
「・・・何かはわからんが人じゃない」
今更冷や汗をかいているスナから、オアシスを出現させたことや娼婦の女がオアシスへ入ることが許されたことなどをアッツがいない間の話を聞いた。まったく信じられない話だが、確かに目に痛い楽園のようなオアシスが突如として出現しているのだ。神妙に頷くしかない。
「アッツ、お前は挑戦しねぇのかよ」
「俺、見せれる芸なんてないよ」
目の前で大人も子供も我先にと謎の芸を見せつけている滑稽な光景に、ため息がでる。何やら親方まで腹踊りのようなことをしていた。楽しそうで結構なことだ。なんとなく納得いかない気持ちで、そんなバカ騒ぎを睨んでいると、スナがようやくいつもの調子を取り戻したのか鼻で笑った。
「お前は大工だしな、目の前で家でも建てりゃいい」
「大工ったってなぁ・・・」
「お、ハマンが縄抜けするぞ」
問題を起こす度縄で縛られるもいつの間にか脱走する厄介者ハマンがドヤ顔で一芸として披露するらしい。スナは興味深そうに前の方へ見に行った。アッツもいつもどうやって姿を晦ますのか気になっていたのでスナの後を追った。
「うん、すげぇや。入っていいよ」
男の声は何故かよく通った。
動物の鳴きまねをした男に続いてハマンまでオアシスへ入っていった。周囲は一気に湧いた。確かに縄抜けは凄かった。スナなど俺よりよっぽど蛇だった、と悔しそうにしていたぐらいだ。
「はははっ見ろよこれ、美味い!」
問題児のハマンはオアシスから大量の果物を持って帰ってきて一気に英雄だ。
その上お調子者だから限りある果物を仲間内で配っていた。アッツは友達でもないから恩恵にはあずかれなかったが、食べた人間が大げさに感動していたのが印象的だった。
バカ騒ぎになりつつあったが、そんな彼らを尻目に、地べたに座り込んでいた男は立ち上がった。それをみていたアッツは男が指をふったのを見た。小さな輝きが掌に落ちてきたのは瞬きの後だった。なんだこれ、と小さな石ころのような宝石のような玉はその場の全員に与えられたようだった。
「飴玉だ、食べていい」
誰もが戸惑っていると男はそう言った。食べ物か、と思って口へ放り込むと口の中には芳醇な香りと甘味が広がった。まるで自分に相応しくない味だと思った。
「凄いんだな・・・神様かぁ」
「昨日今日と来てるんだ、明日も来るかもな」
「そうだなぁ、神様なら地べたに座らせるのもなんだ」
子供も大人も飴玉に夢中になっている間に、いつの間にか男は消えていた。
唐突な非日常にふつふつと興奮が沸き上がって来る。
アッツは初めて何か作りたいな、と思った。すぐに手を動かして、誰かに見てもらいたかった。
親方に黙って貴重な木材を使って椅子を切り出していく。いつもみたいに雑なものではなく、丁寧に磨いて座面などもきちんと作る。ガタつかないように、すぐに壊れないように、今ほとばしる情熱のままに作った。
寒さも空腹も感じず、ただ目の前の作品を完成させることに集中していた。いつの間にか日も暮れて、外は真っ暗。いつの間に蝋燭に火を灯してくれたのだろう。きっと親方か、その奥方だろう。
手足が冷たくなっていることに気づいて、ようやく腐食防止液を塗る手を止めた。最高の傑作ができる気がしたのに、いざ立ち上がって椅子の全体像を見るとなんとも貧相なものに見えた。
自分で腰かけてみて、座り心地は悪くなかった。高さも大丈夫だ。ガタつきもなく、壊れることはないだろう。丈夫さだけは自信がある。
「・・・座ってもらえるかわからないよな」
とりあえず、黙って置いておこう。
無視されても邪魔だと壊されても傷つかないように、必死に自分に言い聞かせて朝日が昇る前に、アッツは静かに広場へ椅子を設置した。
昼も過ぎた頃から、普段村で見る以外の人間が増えた。小さな広場は初めて見るほどの大勢が詰めかけていて、その中心にアッツの置いた椅子が静かに鎮座していて、アッツは急に恥ずかしくなった。あの椅子はなんだ?と首を傾げいる奴もいたが、大半は興味がなさそうだった。
「あ?これは・・・誰が作った?」
「こ、コイツです!大工のアッツ」
突如として姿を現した男は置かれた椅子をまじまじと見てそう言った。アッツは改めて人でないと理解して声が出なかったが、親方が背中をバンッと叩いて返事をしてくれた。
「うん、入っていいぞ」
「えっ、お、俺がですか・・・!感謝を・・・!」
オアシスへの立ち入りが許可され、アッツは実感が湧かぬまま反射で返事をした。
親方や周囲の人間にやんややんやと背中を押されて足を踏み入れたオアシスは、静寂の世界だった。
まず匂いが違った。
少しひんやりとした空気が肌を撫で、乾いた砂ではない湿気た草木の香りがした。
呆気に取られてぼんやりしていると、自分の椅子より向こうの世界では昨日と同じく一芸を披露する光景が広がっていた。賑やかであろうその音は聞こえず、別世界に思えた。
アッツは自分が作った椅子に座り、リラックスして背もたれに身体を預けている男・・・ヒュマージと名乗ったらしい神の背中を見つめる。
「ん、うん?・・・あぁー・・・はい」
見つめすぎていたか、親方や顔見知りの男たちが向こう側で何やらパントマイムをしている。果実を取ってこいってことだろう。アッツはしぶしぶと初めて見る艶艶とした美しい食べ物を確保しだした。適当に摘んでみた丸い果実は柔らかく、握りつぶせてしまいそうだった。たっぷりの水分が詰まっているのがわかった。
「俺の椅子・・・」
こんな食べ物をもらえるほどの価値があったのだろうか。
きっとそんなことはない。こんな村の、ありふれた木材の椅子だ。
(・・・もっと相応しいものを作りたい)
アッツは今更粗末な椅子を取り上げてしまいたい羞恥と確かに自分の腕が認められたのだという誇らしさを持て余して、涙がでそうだった。
もっと、誰もが認める、まさしく神のために捧げるものが必要な気がした。
いま両腕いっぱいに抱えている食べ物は、計り知れない価値あるものなのだから、そうしなければいけないと思った。
オアシスを出たアッツは嬉しそうな親方に腕の中の全てを押し付けて、すぐに工房へ走った。親方は驚いていたが、別によかった。アッツが欲しいのは食べ物ではなかった。
もっと豪華なのがいいのか、もっと格式高いのがいいのか、もっと美しいのがいいのか、何を使えばいいのか、どんな形がいいのか、頭の中が忙しくて纏まらなかった。
もっと見て欲しい。もっと目立ってほしい。誰もがそれは神のためだと気づくものにしたい。エゴが溢れてアッツは家具だけでは足りない、と思った。
村は、日に日に人が溢れていった。
同時に物も、金も動いた。
環境という環境が急激に変化していく。
アッツは正しく大工としての仕事で忙しくなった。
土地を整備するのも、家や店を建てるのも、その中の家具も、途切れることのない注文に親方もアッツ以外の弟子をたくさんとっていく。
「親方、色付きのタイルが手に入ったら使いたい」
「おめぇはまた、よくわからん屋根にするのか」
「そうだ、もっと大きくて高い建物にしたい」
「変な外観ばっかりにしやがって、お前の仕事はすっかり名物だ」
塗装屋が笑ってたぞ、と親方は苦笑いをする。この村、いや街はすっかり変人がたくさん集まる場所になってしまった。当初は反対されていたアッツ考案の派手な建物も今では面白がって許可してくれる人が多い。
なんならわざわざアッツを指名してくることも多くなった。親方は何も言わずに手伝ってくれるけど、そろそろアッツは独立したほうがいいのかもしれない。
「・・・そんなにしてもよぉ、ヒュマージ様は戻ってこんかもしれん」
「・・・違うんだよ親方」
親方はすっかりと皺だらけになった顔を歪ませてそう言ったが、アッツは否定する。親方は誤解している。アッツはオアシスを残してこの街から消えた神に戻ってきてほしいわけではない。
「あの椅子が空でもさ、どっからでも見える建物があればいいだろ」
座る者がいなくなった椅子はわびしいものだが、悲しくはないのだ。
だってかの神は、この椅子は俺のものだと宣言していった。
「この街を、見てるだけで楽しいって言ってほしいんだよ」




