詐欺師のランプ
噺家のランプという陰謀論で有名な伝説の人物がいる。
かの娯楽の街サーカスにて長らく噺家としてあちこちでその弁舌を振るっていた男で、その始まりは神の楽園時代に遡る。
彼はちゃちな詐欺師としてサーカスの地(当時はただの東の村)へ流れつき、なんとその口八丁一つで聖域たるオアシスへ入る許可が出たのだ。神ヒュマージのお墨付きを受けた彼はその口一つであちこちを渡り歩き、あらゆる話を創作し、時に探偵のようにふるまい、時に道化師のようにふるまった。
その口の上手さ故に情報屋としての側面を持ったものだから、国に抱え込まれ、各国で民衆を扇動したといわれている。これには根拠はないものの、スパイとしての振る舞いもきっと上手かっただろうと、後世には彼自身があらゆる話に登場することとなった。
◇
ランプは兄弟が大勢いた。兄もいたし弟もいた。たぶん姉や妹もいたが、女は顔を覚える暇もなく嫁に出されて、いないも同然だった。あちこち移動して、集落を転々と移動して寝床を間借りする。定住地がないものだから、兄弟はいつもバラバラで、馬やラクダのほうがよっぽど家族だった。
寂しいとは思わなかった。寝床を貸してくれた人やあらゆる集落の人の話をたくさん聞いた。各地にちょっとした文化や風習があって、食べ物や考え方も少し違う。
「砂漠トカゲの皮を肉にしてくれないか?」
「ダメダメ!皮なんかで羊はつぶせないよ!」
羊飼いはランプの言葉を一蹴する。それは砂漠トカゲの価値をわかっていないからだろう。ランプが懇切丁寧に加工法を教えてやれば、羊飼いは理解したような素振りで悩みだす。ランプな内心で絶対理解できてないな、と思うが表面上は当然価値をわかりますよね?という前提で話を進める。
「仕方ないな、羊はつぶせないけど干した肉と交換してやる」
ランプはそこそこうまくいったな、と思いながら快く握手をした。価値あるものだと思っている人間が持っていればそれは価値あるものなのだ。
本格的な商人というほどではない、ただの根無し草。だがランプは自分が余程上等な人間だと思っていた。
移動をして、話を聞いて、知識を蓄えると移動をしない人々が愚かで可哀そうな人に見えた。まったくもって思い上がりも甚だしいが、ランプには彼らが物を知らないしょうもない人間に思えたのだった。
砂漠は死の大地のようであるが、地中はひんやり冷たくて、そこには動物も植物もある。知識があればなんてことはない。死の大地を踏破できる自分はえらい、ランプはそんな考えが捨てられず、ある日ついにラクダ一頭を盗んで家族の元を離れた。
のぼせ上っていた万能感が打ち砕かれたのは、すぐだった。
父が夜に盗賊の警戒をしていてくれたこと、母が料理を用意してくれていたこと、兄が荷物を運んでくれていたこと、そんな出来事に野営一つで気づいた。
知識だけでも口だけでも生きていけない!
砂漠という死の大地を踏破できていたのは家族と言う集団だったからだ。
ラクダに縋り付いている哀れでちっぽけなランプとなってようやく実感した。
ランプは潔く諦めて、どこかの集団に属しようと街や村をうろうろとした。だがそこにあったのはよそ者を決して入れることのない共同体の強い絆だった。
どれだけ口が上手くても、厚遇されようと、結局はお客様であり長くはいられなかった。家族という共同体を抜けたことは後悔していないが、あれは貴重なものだったのかもしれないとランプは、結局根無し草でうろうろとしながら思った。
「そういえば東の村が凄いらしいぜ」
「凄いって何がだい?」
満ち足りていない人は人から奪う。そんな貧民たちに対抗するため騙される前に騙すという行為を繰り返していれば、今やすっかり詐欺師となっていたランプ。
途中からはすっかり完璧に人を騙しきった快感がたまらなくて続けているのだから、自分はずっとこのまま生きていくのだと思っていた。
「神さまに一芸をお披露目するんだと」
「お祭りってことか?」
目の前の男はランプを貴族の小間使いだと思って一宿一飯を提供してくれた。もちろんランプはそう思わせただけで、この後はまたどこかの街へ移動しようと思っていた。
「詳しくは知らねぇ、でもかなり人が集まってるみてぇ」
「ほぉ・・・情報感謝するよ。上にも報告しておこう」
それらしいことを言ってランプは行ってみよう、とラクダへ飛び乗った。ここからそう遠くないはずだが、ランプの記憶ではこれ以上先の村には本当に何もないという印象だった。行くだけ無駄、水も食料もない上、植物もないから動物もいないような、そんな場所。
「ヒュマージ様の林檎ジュースだ!今なら買えるよ!」
「聖域入りした三人娘が着てた衣装はこれだよ!綺麗だろ!」
「挑戦者いるかー?!今日はまだ誰も聖域入りしてねぇぞ!」
がやがやとやかましい活気に、ランプは呆気にとられた。
人が多い。絶対に村の人間ではない人間がたくさんいて、やたらめったら派手な場所になっていた。煌びやかな女の衣装、見たこともない飲み物や食べ物の店、そこらじゅうで見世物があった。大きな街のカーニバルでもこんな光景はない。ましてやこんな寒村である規模ではなかった。
「ど、どうなってるんだ?」
「お、あんた何も知らんと来たんか?」
「不思議な噂を聞いて来たんだ」
「ははぁ、お前さん何か特技は?」
「と、特技?なんだろうな・・・話すのは得意だが」
「お、いいじゃねぇかヒュマージ様の前で何か話してきな、なぁに失敗しても死なんよ!」
キラキラとした派手な衣装を売っている店主がそんな風に行ってランプの背中を叩いた。こんな豪華な布をこんな場所で売れるのか?という疑問は近くで何やら芸をしている男を見れば納得した。あからさまにこの店で買った衣装を着て、何やら三つも四つも空中へ物を投げては落とさずにお手玉をしている。
「聖域入りしたジャグラーだよ!」
「すごーい、ヒュマージ様が彼をジャグラーと命名したんでしょう?」
「そうだよ、彼ももうジャグラーと名乗ってる。最近弟子を取ったって話さ」
そんな初めて見る芸があっちでもこっちでも見れた。ランプは凄い、と感心した。
異様であるが、興奮が収まらない。
「な、なぁ挑戦ってどこでするんだ」
「あっちの広場だ!ちょうどヒュマージ様が現れたぞ!」
不思議な光景だった。広場の奥には無味乾燥な砂漠ではなく青々と木が茂り、果実を実らせていて、大きく澄んだ池、その周囲には見たこともない肥沃な土が畝を作って植物を大きく綺麗にはやしていた。
周囲の人間がいうには、その聖域にはヒュマージ様が気に入る一芸を披露したものが一度だけ入ることが許され、そこにあるものは全て持ち出すことが出来るらしい。
「そんなおとぎ話みたいなことがあるってのか」
「そうさ、もし中に入れたら是非果物はジュース屋に、野菜は料理屋に売ってほしいね」
「水も飲んだら不老不死ってのは嘘だけど、なんか良いって話だからよ。高く買うぜ」
参加者が並ぶ列で、左右の男どもはそれぞれ店をやっているらしく、そんなことを言ってくる。それぞれどんな芸をするのかは恰好からはわからなかった。
目の前では小汚い男がやたらと美しい型で剣を振って踊っていた。落ちぶれた元武官とかだろうか?とランプはだんだんと自分が披露するのは一芸でいいのか、と不安になってきた。口の上手さに自信はあったがそれはあくまで会話をすることが前提だ。一方的に話すならば面白いストーリーが必要。
剣舞の男は聖域入りが許可され、周囲はワッと盛り上がった。確かにあの舞は凄かった。そう思えば比較してしまって、自分の順番が近づくたびに胃が痛くなる。
ちらりと視線をやれば、小さな椅子とそこに座っている平凡な男。
ヒュマージ様と呼ばれている神様は存外普通の人間に見えた。
貫禄とか威厳とか、そんなものはない。だが、この異様な空間で普通であることが殊更奇妙に思えて、これこそが神の威光かと思った。
彼が少年のように楽しそうに笑って頷き、指をふると、挑戦者たちは身体がパッと輝き聖域へと足を踏み入れることが可能になる。
ランプは頭がクラクラとして、今までの自分の価値観が崩れ落ちていく感覚がした。何にも持たない矮小な人間が、その身一つ、技芸一つで、神という存在に承認される瞬間を目の当たりにしているのだ。
(奇跡!奇跡の光景のはずなんだ!)
皆が次々に挑戦していくが、剣舞の男以降は聖域入りできていない。それが少しばかりランプの緊張を解きほぐした。
「お初御目にかかります、わたくし先ほどこの村へ来る前に奇妙な噂を耳にしまして、神様がおわする娯楽の地があると言われたのです。そしてここへたどり着き、噂通りの賑やかな光景に吃驚した次第でして・・・」
これだけの観衆の中心に立つのは初めてで、ちょっと気合のはいった長広舌を披露して、喋りつつ頭を全力で回転していく。本来話をしようと思っていた感動物語は吹っ飛んだ。いつの間にかランプの口はぺらぺらと糞をぶちまいた悪戯の話をしていた。
周囲は笑ってくれたが、ヒュマージ様の反応はいまいち。
やってしまった、と思いつつお辞儀をしたが、なんとも言い難い表情をしたヒュマージ様はひょいと指を振った。
まさか聖域入り?と思ったがピカッと光ってランプの手元に落ちてきたのは丸い玉。宝玉だろうか、と不思議そうに日に透かしていると周囲にいた子供たちが食べるんだよ、とかいらないなら欲しいとか言い出す。
やるもんか、と思い口に放り込むと舌を転がした瞬間からねっとりとした深い甘み。なんの味かはわからない。だが確かに美味い。初めて食べる強烈な味に感動していると、聖域入りできなかったというのにランプにはあちこちから声がかかった。
「お前、面白いなぁ~うちの店の宣伝とかしねぇか」
「もちろん、もちろんですとも!」
よくわからないが、なんと初めて仕事を依頼されたのだと気づいてランプは浮かれた。後から聞くと、あの玉・・・飴玉と言うらしいが、あれは時折ヒュマージ様の気まぐれで贈られるもので、演者に与えられる場合は聖域入りには相応しくないが一見の価値を認めるものだと言われた。
「俺は演劇やってんだけどよぉ、組まないか?」
「それより俺のとこで呼び込みやってくれよ」
「もっと面白い話あるか?」
聖域入りまで行かないが、神様からのお墨付きをもらった人間として、詐欺を働く必要もなくランプには飛び入りの仕事が入った。フラフラと移動している根無し草は変わらないが、呼ばれて移動することが増えた。
相変わらず共同体の一員とはなっていない。だが自分は一人の人間として神様に認められたのだという自負を得た。その上時折ヒュマージ様に挑戦した仲間たちと話をする機会もあった。
ランプはどうしようもない充足感に包まれていて、自分というろくでもない人間が綺麗に生まれ変わったような感覚を覚えていた。
「ヒュマージ様の話をしてくれよ、ランプ」
「もちろん、もちろんだとも。まずは私がヒュマージ様の前でつまらん与太話をした時だが」
ランプは求められればいくらでもヒュマージ様という存在について語った。
求められなくても酒に酔えば、まくし立てた。
知らぬものにも教え、知っている者にはより詳細に。
その存在の奇跡を装飾過多な脚色で広めていった。
ヒュマージ様という存在がこの村を超えてあちこちで定着したのは、まずもってこの男の影響が強いだろう。
ちなみにランプが本当に国の諜報機関へ所属したかはヒュマージ様さえ知らん話である。




