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神様、暇人です。~俺が神話になってやるよ!!~  作者: からん


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娼婦のマウリ


始まりの巫女、と言われているマウリは娼婦であったと書物にある。

彼女はかの神ヒュマージの御前で初めて踊り、聖域へ入ることを許された人間である。


彼女の情報は少ないものの、彼女は持ち出した果物を同じ娼婦たちに配られ、その見返りとして神の果物たちを栽培することに協力させたという。それらは未亡人たちの仕事として定着し、彼女は女性の権利拡大に貢献した女性として近年再評価されている。



煌々とした太陽は人を焼いて殺すもので、いつだってマウリは土壁の影に隠れていた。強い光は影を濃くするばかりで、マウリは太陽が昇る度にさっさと夜になることを祈った。


だが夜になればなったで寒くて冷たくて、悲しくなる。


マウリは生まれたこの村を出たことないが、外にだって何も期待が持てなかった。この村はきっと外と比べたって貧しいから、飛び出せばどこかに希望があるのかもしれないと思っていたことがある。だが想像ができなかった。


この村にたどり着くのはキャラバンの商人か隣村のやつらぐらい。あとの旅人は大体砂漠の熱に焼かれて途中で死んでいる。そんな死体から衣服を奪っていると、少しばかり裕福でも、砂まみれでなんにもないのは変わらないと絶望した。


なんにもない世界だ。

少なくともマウリの生きる世界には優しさも希望もない世界だ。


サボテンの皮を齧ってぼぅっとする日々。

普通のサボテンは果肉に水分が入っているが、このサボテンはよくわからない真っ黒いサボテンで、乾燥していて本来は需要がない。ただ齧ってしゃぶっていると気分がよくなるのだ。ここらの貧民は皆齧っている。喉が乾いても水がないなら齧って、お腹がすいて食べるものがないなら齧る。何も考えずに死を待っている。


マウリのような独りぼっちの人間は探せばいる。娼婦になってる女は大体未亡人で、子供もいない。だからといって娼婦同士身を寄せ合って生きて行けるかと言うとそうでもないのが現実だった。キャラバンの商人が客になることが多いが、こんなところにくる商人など大した金など持っていないし、人数も少ない。客の取り合いだ。


酒場で働けている娼婦はいいが、それ以外はこうしてマウリのようにサボテンを齧って蹲っている。


「・・・おい、なんか変なことになってる」


大して人のいない昼間の時間に、何故かいろんな人間が一か所へ走っていく。何があったんだとマウリも好奇心で日陰から出て行った。


そうして目を疑う光景が広がっていた。

この砂ばかりの世界で、チカチカと目がくらむような色彩だった。

緑色の葉っぱ、太い木、透き通る美しい水面、艶艶とした実。見たこともない植物、豊富な水、世界を切り取って張り付けたような異空間が突如として広がっていた。


皆が遠巻きにしている中心へ視線をやると堂々とした態度の人間がいた。この辺りの人間でないことは肌や顔立ちからしてわかった。


「嘘だろ、あの男があのオアシスを出したってのか」


「おかしいだろ、そんなの」


「バケモンか?」


「何か見世物をしろってよ、誰かいねぇのか」


「馬鹿いえ、殺されるかもしれんぞ」


聞き耳を立てていたマウリに気づいた一人の男が、嫌な笑みを浮かべた。


「丁度いい、お前なんかやれよ」


「何?女か、腰振ってサービスしてやれよ」


嫌だ、と思った。だがマウリの頭から被っていたスカーフも髪の毛ごと引っ張られ、痛みに耐えて流された。容赦なく前へ突き出されて、呼吸が浅くなるのが解る。倒れ込んで手足を擦ったが、痛みは気にならなかった。それよりも得体の知れない男の前に差し出される自分の価値のなさに心臓が痛かった。


「・・・お、踊るわ」


肺が痛い。周囲の視線が痛い。だが目の前の男からの視線が、下品さも粗暴さも、嗜虐性さえ感じなかったから、耐えられた。震える脚でぐっと立ち上がって、昔酒場で少しばかり覚えた踊りとリズムで身体を動かした。


始まりも終わりも決めていない、誰かに習ったものでもない踊りだが、何も考えずに身体を動かすのは気分が良かった。久しぶりの太陽の下、肌は焼かれて痛いが案外悪くない。元々肌の色は濃いのだから、ちょっとくらい平気だ。


ぱちぱちぱち、そんな音が響いた。マウリは勢いよく下げていた頭を上げた。

座り込んだ得体の知れない男は拍手をしてから立ち上がって、オアシスに入っていいと言った。


「・・・涼しい」


殺されずに済んだ、と飛び上がって喜んだのもつかの間、結界という謎の空間へ、少しばかりの恐怖が湧いた。恐る恐る、戸惑いながらも促されるままに足を踏み入れると、空気が変わった。ひんやりとして、優しく澄んだ空気。


惹きつけられるように池のふちへと座り込めば、ほとんど初めて自分の顔を見たかもしれなかった。


黒い髪、汚れた浅黒い肌、目の下の隈、まったく酷い顔だと思った。

だが、水面に映ったその酷い顔は笑っていた。今の私は安らいでいた。


「あ、あぁ・・・」


視界が揺らぐ。

まだ池の水面に触れていないのに、顔は涙でぐちゃぐちゃに濡れて、自分はこんなにも生きているのだと思った。


神様だ、神様に認められたんだ。


私は生きていていいのだと、許されたのだと、そう思った。

何もしていないのにずっと何かに罰されているような気分だった。それが晴れた。

のどを潤してくれる池の水は冷たく美味しくて、全てが流される。


本当ならば全身池に浸かりたい気持ちだったが、結界があるといえど衆人環視の上に、この水を汚すわけにはいかなかった。どうにかして持って帰りたかったが、革袋もないし甕ももっていない。持ち出せるものと言うと、畑の謎の食べ物だろう。


まずはもぎりやすい近くの木の赤い実を一口齧ってみれば、極上の甘味、みずみずしさ、不思議な触感。まさしく神の食べ物だ!


マウリは全ての果物をなんとか運び出したくなった。スカーフを外して包み、スカートをたくし上げて転がしていく。こんなにも美味しいものを食べられるのは今、自分しかいないのだと思うと優越感が募った。


「畑の植物は・・・!どうしよう、でも」


ふと結界の外を見れば待ち構える男たちの群れ。女もいるだろうが、遠巻きにしているだろう。できるならば娼婦仲間たちに果物をあげたかったが、男たちに奪われる予感しかしない。そうだとすれば、頑張って持ち出す必要もない。


マウリはため息を一つして諦めた。満足だった。

美味しい水と美味しい果物、精一杯の踊りが神様に認められたこと、十分すぎると思った。


覚悟を決めて結界の外へ出れば、案の定マウリからかすめ取ろうとする輩が近づいてきた。だがそれを神は許さなかった。


まるで透明な壁があるかのように、マウリへ近づけない男たちに感動した。その上、マウリへ荷物を持ってあげよう、などずっと声をかけてくる男たちには雷が落とされたのだ。


轟音だった。間違いなく神の鉄槌であった。

一瞬の出来事に驚いている間に、男たちが黒焦げになって倒れていた。その容赦のなさに、マウリはなんてことはない普通の男に見えた神へとできるだけ深くお辞儀をして、感謝を伝えた。


「あ、あの・・・あなたの名前は」


「ん、えーと、俺はただの・・・暇人?」


「ヒュマージ様・・・」


神が俺の名前ってなんだったけなぁ、なんて考えているとも知らずマウリは自称暇人の肩書をそのまま名前として受け取って涙ぐんだ。

大事にその名前を口の中で転がしながら、ゆっくりと前を向いて歩きだす。


マウリの周囲に人は近寄らず、マウリはおそらく人生で初めて堂々と道の真ん中を歩いた。


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