暇人の話。
まず指を一振りした。澄んだ湖が現れた。
次に反対へ一振り。艶艶とした美しい見たこともない果物が数多現れた。それは林檎、梨、西瓜、蜜柑と名付けられた。
そして最後に柏手を打ち、おっしゃられた。
「暇だからなんかしろ」
◇
ドラマティックなエピソードは何も持ち合わせない。
トラックにも遭遇していないし、死んだ覚えもない。だが、肉体を失ったことは理解した。思考する以外の感覚が薄く、手足を動かそうという意識が働かない。
それが誰のせいであるとか、因果関係はさっぱりわからず首を傾げた。
失った肉体は人間のものであり、今の俺は霊体のようだった。ちらりと足元をみて、素足の形が見えた。地面はどこだ、と再び首を反対側へ傾けた。
「お、おぉ?!」
ジェットコースターに乗って落下する、胃が浮くような浮遊感。思わず声も出た。つま先から形作られるように触覚が生まれ、冷たい空気がまとわりつくような感覚に何度も瞬きをしていた。その何回目かの瞬きの後、真っ白な世界は景色が変化してグラデーションを滑っていく。
「俺は、落ちた・・・?」
着地したという抵抗もないまま突っ立って、呆然とした。手指を意識して動かして、身体的な感覚を取り戻したことを確認し、ぐるっと周囲を見渡す。足の指が土を掴んで、わずかな湿り気を感じた。背後に水場、だが吹き抜ける風は妙に乾燥していて、俺を取り囲む木々の向こうが砂漠なのだと気づいた。
「砂漠のオアシス・・・?どこのだよ」
日本から飛び出たことなど一度か二度、しかも極一般的なヨーロッパへの旅行しかない俺には、はじめましての砂漠がどの国のものかなどさっぱりわからない。世界地理は苦手だ。名前はサハラ砂漠しか出てこない。この砂だって火傷しそうなほどに熱い・・・。
「いや、熱くない、温かい?」
こんなものなのだろうか。裸足の足で何度か砂を蹴りあげるが、あまりダメージが受けない。そもそもよく考えると俺は現在素っ裸である。素肌が灼熱の太陽に晒されているという前に変態である。ここがヌーディストビーチでなければ犯罪だ。急に羞恥心と危機感を覚えて、周囲に誰もいないか確認して、服!と思った。
「おお?」
いつのまにか服を着ていた。
極普通の上下ジャージである。足元はサンダルで、元々着用しておりましたよ、と言わんばかりの違和感のなさに俺は先ほどの全裸は幻覚だったか?と首を傾げた。
先ほどから傾げすぎて首がとれてもおかしくない。
「誰かなにか説明してくれぇ~」
創作ならば必ず解説役は不可欠なはずだ、マスコットキャラでも召喚した王様でもなんでもいい、ご都合主義の神様でも構わない。なにか欲しい。なにか。
ひらり、と何かが視界をかすめた。
「砂漠に、蝶?」
どこから来たのか、美しい揚羽蝶が飛んできて、なんとも優雅に俺の周囲を飛ぶ。きらきらと鱗粉を撒き散らしていて、呆然と見つめていれば俺はいつのまにか理解をしてしまった。
この蝶は、俺が求めたから解説役マスコットとして現れたらしい。役目を果たしたと蝶は俺の指先に止まって砂のように崩れていった。
「・・・この世界が俺のエリアってことか」
先ほどとは違い急激にこの世界を認識した俺は至極落ち着いたままに、ぐるっとオアシスを見つめた。この砂漠の果てはなにもないし、これから作り上げていくのだと俺は知っている。
俺は極普通の人間で特別な技能もなければ人に褒められる優秀さや人格でもなかった。
だがどうしてか、俺は神様見習いとして世界をひとつ与えられてしまったらしい。
壮大すぎて意味わかんねぇ~、と凡人の感想を漏らして俺は世界の構築にとりあえず砂漠を歩くことにした。
◇
チート能力というのはすでに舞台がなにもかも整っていて、周囲に人間がいて、わぁ凄い!と拍手喝采でちやほや褒められてこそなのである。
とどのつまり人間がまともに存在しない上に世界を今から手作りするのという、自給自足では全く意味がない。
「つまんねぇ~」
この肉体は老いず、疲れず、それでも人間の形をしている。
世界はそれなりに勝手に動いていて、人間も動物も前世の知識通り、というには少しズレがあるが・・・わざわざ自分が手を出す必要もなさそうだった。
ただ、文明のレベルでいえば、昭和平成の日本に生きた自分にはもはや古代では?と言いたくなる程度。
具体的にいうと軽く歩いて遭遇した人間はオアシスの水を巡って村同士で戦っていて、半分死んでいた。なんと貴重な現地人が・・・、と思ったが割って入る気はしなかった。彼らは槍と剣が武器のようで、鉄か青銅かは遠目にはわからない。人種だってわかりやすい特徴はなく、かといって日本人っぽさもない。
砂漠だし大陸かなぁと前世の地図を思い浮かべていたが、何年かかけて地道に世界を歩いてみた感じ、本当に異世界のようだった。
砂漠は途切れず、海はなく、国家という規模の集団はないようだった。
「まぁ結晶の森とか、腐海の森みたいなのは面白かったけど」
そんなの生物がいなけりゃ一瞬で飽きるというものである。冒険心はそのあたりで堪能はした。
「はぁ~つまんねぇ~」
何度だって同じことを言う。最近の口癖だ。
なんといったって娯楽がない。当然だ。食べるために働き、生き抜いていく生活であり、誰もかれにも余裕がない。
(うまい食い物もないし)
可哀そうな美少女を救うとか、悪人を始末してザマァをするなんていう展開は今更望むべくもなかった。そんな行為は俺にとって一匹ずつぷちぷち蟻を潰していくようなもので最早面倒くさいというのが理由の一つ。
もう一つはこの世界はいまだに国家の発展がなく、法律以前に規則や道徳、宗教さえないのである。つまるところどいつもこいつも人間性が終わっている。
心優しい美少女なんてどこにもおらんのや。
「はぁ~はやくイエスでもブッダでもいいから宗教広めてくれんかなぁ」
今のレベルは毛のないお猿さんみたいなもので、まーったく優しくしてあげようなんて思えない人間ばかりだ。いっそ俺の神としての力?チート?で人間を作り変えるとかできないだろうか、と良くない方向へ思考が寄ることもしばしば。だが当事者たちが一つずつ解決していかなければ、世界は発展していかないだろう。巨大すぎる力とハリボテの正義感はひっこめることにした。
でもやっぱり暇なのである。
「・・・逆にこの文明レベルなら神ですって言って登場もありか?」
最近でき始めた集落をぼんやり観察しながら、俺は一つの思いつきを実行することにした。
「俺は!神話になる!」
◇
ばんっと結界をはり、どんっと池をだし、どりゃっと畑を出した。
集落の真ん中で、である。
「暇だからなんかやれ」
結界の前に座り込み、俺は簡潔にそう言った。言葉は通じるはずだ。
だが、なんだなんだと騒めきたつ群衆は俺を遠巻きにしている。
結界内のオアシスと豊かな食糧に目を奪われているらしい。近づこうとして結界に阻まれている者もいる。
「はい、注目~~~!!!!」
こっちを見ろ、と手を打ちながら大声を出すと珍妙な動物をみるような視線が集まった。それでいい、俺は聞こえるように説明する。
「ここで一芸を披露して、俺が面白いと思ったら結界の中に入れてやる」
水も、畑の食べ物も木の実も好きなだけ取って結界を出て構わない、と言えば騒めきが大きくなる。一人の男が他を押しのけて前列へ出てくる。
「一芸ってなんだ?!入ったら好きにしていいのか?!」
「なんでもいい。入って、出たら終わり」
さぁ誰かいないか、と周囲を見回すが、俺を中心にぽっかりと円が描かれるばかり。お前行けよ、と押し合いへし合いしているのが見える。文字も読めなさそうな貧相な人間たちだ。民度は推し量る必要もない。俺を無視して結界をバンバン叩いている五月蠅い奴らをチラッと一瞥するが一発芸が披露される様子はない。
くそぉ~目の前ににんじん垂らしても誰も必死にならんのかよぉ~
「おらっ行けよ!」
「きゃっ、なんなの最低!」
男たちに押し出された女がたたらを踏んで転がるように俺の目の前へ来る。女は少し怯えたように立ち上がり、周囲を見つめ、座り込む俺を見下ろした。そして彼女を差し出した男どもは囃し立てたり、にやついたりするものが目立った。まるで生贄だな。
「・・・お、踊るわ」
怯えを瞳に湛えたまま、キッと勝気に睨みつけてそう言った。
囃し立てる下品で卑怯な男どもを前に闘志さえ感じられる。
だんっと足を踏み出し、腰を振ってスカートを揺らす。
最初は緊張で堅かった動きも、だんだんと滑らかになり、身体全体でリズムをとって、歌を歌いだす。
覚悟の決まった女は強い。好印象だ。
俺は久々に歌を聴いて、妖艶な女の踊りにご機嫌になった。
歌に歌詞はないが女の声はよく伸びて綺麗だった。踊りは上手いのか下手なのかわからないが、異国情緒が楽しい。そもそもいつもはスカーフで頭を隠して俯いている女と視線が合うこと自体が心を浮つかせた。
時間にして、そう長くはなかった。くるりと回ってお辞儀をした女に、俺は拍手をして結界を指差した。
戸惑う女は恐る恐る、俺を遠巻きにしつつオアシスへ近づいて結界へ触れようとした。だが手は素通りして、するっとオアシス内へ足を踏み入れる。
周囲から一斉に歓声があがった。慌てる女はじわじわと実感が湧いたのか飛び上がって全身で喜びを表した。大声を上げて振り返ったのを、俺は手を前にして押しとどめる。
「一回結界を出るともう入れん」
「・・・!」
女は神妙に頷いてオアシスの池へ近づき水を掬って飲んだと思えば、座り込んで泣いていた。俺はそこまで見届けて前を向いたが、周囲の人間も女に注目がいっていて、次の演者は現れない。
(今のベリーダンスっぽいのだけで満足しねぇぞ~)
はよ次、と思うが視線をやっても肩をそびやかして逃げてしまう。小心者すぎないか。お前行けよ、なんて押し付けてるジェスチャーも見えたが女のように覚悟を決めるものはいない。まるで期待ができないな。俺はため息を一つして、もう一度女を見た。
水を持ち出すのは諦めたらしいが、畑の野菜やら果物をかたっぱしからもいでスカーフやらスカートやら、とにかく全部を駆使して持ち出そうとしていた。この世界にはない俺の記憶で作られた日本産品種改良済み野菜と果物だ。女にはどういう食べ物かもわかってないだろうに、逞しいものだ。
結界から出てきた女に群がろうとする男たちだったが、俺はさらに結界を張った。
「強奪は許さん」
俺の声はよく響いた。騒いでいた男たちは手を引っ込めて女のことも遠巻きにした。それでも女の後をつけたり脅迫めいた言葉をかける者には雷を落としておく。
かなり局所的な雷鳴に絶句した後、悲鳴を上げる周囲に、俺は満足して一旦引き上げようと思った。オアシスへ入ろうと踵を返したが、ふと死んでいないと思うが、一応治療しておくか、と雷に打たれて倒れている男たちを振り返った。
女が跪いて俺へ頭を下げていた。
「か、神のご加護を・・・感謝いたします」
「・・・・・・・・・・良きに計らえ」
そういや神様ムーブしに来たんだったわ、とそれっぽい尊大さを醸しつつ俺は逃げるように結界内に入った。入った後は結界を不透明にしてしまえば見られる心配はない。まだたった一人の芸しか見れなかったが、明日ぐらいには流石に挑戦者も増えるだろう。
俺は結界内でのんびりと過ごした。
◇
昨日と同時刻・・・・より少し早い時間。
俺は暇を持て余して昨日と同じ場所に立った。結界は不透明から透明にしてご褒美であるオアシスを見せつける。
ざわっと人々の動揺が伝わってくる。大声で人を呼ぶ声がした。まばらな人間たちは俺を囲むようにして集まる。小さな村だ、おそらく全員集まっているはずだろう。
「昨日とは違う芸がみたい」
昨日踊っていた女は前に出されていたが、俺のそんな言葉に肩の力を抜けたのか、勢いよく頭を下げて、集団の中へ戻っていった。
代わりに押し出されてきたのは背の高い男だった。
「へ、蛇男です」
気弱そうに引き攣った笑顔を浮かべる男はマントにしっかり包まっていて、いかにも何かを隠していそうだ。さぁ何をしてくれるかな、と見つめたが蛇のようにうねうね身体を動かしたと思ったらマントをずるりと脱ぎ捨てて、その身体に両手がないのを見せつけた。
(・・・あー、フリークスってことか?)
見世物小屋の演目?と首を傾げて蛇の脱皮ごっこを見終えた。周囲の人間が両腕のない男に悲鳴を上げたので、これはこれで出し物として成立しているらしい。とはいえまだまだ現代のモラルを捨てていない俺には身体障碍者の見世物は正直反応しにくい。良し悪しがどうというか、植え付けられた価値観が笑うのを許さない。
どうせなら口だけで煙草に火でもつけてくれれば素直に凄い!と言えたのにな。
あまり俺の反応がよくないのはわかっただろう、怯えた様子で男は地面にうずくまって謝罪をした。何故そんなに怯えているんだ、と思いながらも手を振って下がるように言う。
そうすると涙目になっていた男は随分安堵した様子でまさしく蛇のように這って去っていった。どうやら仲間らしい他の人間に肩を叩かれて慰められているようだった。
(・・・失敗したら命でもとられると思ってたのか?)
おそらくそうなのだろう。
失敗しても命は取られないと分かった途端に我先にと手をあげる男たちが出てきたのだ。
「俺は計算ができる!」
「俺はめちゃくちゃ皮剥きがはやいぜ!」
「まて、俺は逆立ちしたまま歩ける!」
どれも大したことない一芸ではあるが、真剣に披露していく姿は中々新鮮だ。一気に活気がでてくることが俺には面白かった。それにしょうもない一発芸でもたまに笑ってしまうものがある。
「笑っちまった、いいぜ。入れよ」
「神に感謝を・・・!」
何人かが挑戦した動物の鳴きまねの中で、やたらと上手だった上にコミカルな表情が面白かった男。結界内に入る許可を与えればその場は盛り上がった。後に続けと我先に手を上げるが、こんな小さな村だ。同じ奴が何度も挑戦しにきたし、なんなら子供も含めて皆一回はチャレンジしたのではないか。
俺は悪くない暇つぶしになったな、と全員に参加賞程度に飴を一つずつ配った。
「よし、本日終了~」
結界内に入れば外の音も聞こえない。賑やかだった場所からの落差に楽しかったなぁと全身をほぐしてその日を終えた。
様子が変わったな、と思ったのは半月も経たない内だった。
結界から出ると、歓声があがった。
明らかにこの村の人間でない奴らがいて、興味深そうにこちらを窺っている。
「あ?これは・・・誰が作った?」
「こ、コイツです!大工のアッツ」
いつも俺が座り込む地面に何やら立派な椅子が出来ていた。木製だが、高さが丁度いい。座面にもちゃんともみ殻か木くずか何かをいれているらしく、座れば柔らかかった。この世界にしてはかなり良品ではないだろうか。
「うん、入っていいぞ」
「えっ、お、俺がですか・・・!感謝を・・・!」
前へ押し出されていた青年が全身を震わせて感動していた。
「おおっ椅子でもいいのか」
「おい、演者のための台座を作らねぇか?」
「木じゃなくて石でつくるべきじゃねぇのか」
そそくさと結界内に入っていった大工の青年を見送り、俺はえらそうに椅子へ腰かけて足を汲んだ。気分は王様、酒池肉林。だが現実には目の前におっさんが何か漫談のようなものをしている。これが意外と面白いので馬鹿にできない。
「西の街はなんと石板で道が整えられ、建物も砂と石で作られた美しい街です。ここと比べようもない程度に発展していますが、なによりの違いはラクダがない事です。なんとこの砂漠でラクダがない!私はラクダを引き連れて歩いている自分が奇妙に目立っていることが途端に恥ずかしくなりました」
この村はせいぜい木造の家が並んでるレベルだが、確かに西の方にはきちんとした石造りの街が出来上がりつつあったな、と俺は男がいう話の正確性に驚いた。身なりも悪くないように見えるし、商人だろうか。
「よそ者であることもあり、私のラクダは街の中心に入ってはいけませんと近くで放すことになりました。大事なラクダです。名前を呼べば帰って来るでしょうが心配ですし、私は大層嫌な気分にされたので悪戯をしてやることにしました」
身振り手振り大げさにいう男に、俺は少し前のめりになった。
「西の街から近くの村までラクダに乗れば半刻もかかりません。その村にはラクダだけでなく馬もいました。そこで少し交渉して大量の糞を引き取り、運んだのです。ラクダで運べば楽々、なんて便利な生き物なんでしょう!その糞を夜の間に街へまき散らしました。美しい石畳を糞で埋め尽くしてやったんです。街の奴らは朝になって驚いていました!悪戯大成功です。もちろん私のラクダが疑われましたが、私のラクダは一頭です。一晩でこんなに脱糞しませんと言えば、街の奴らははてさて神の御業かと皆首を傾げるのです!」
「う~ん・・・・参加賞」
そこそこ下らない、というよりそれを神の所業と思われるの最悪だ。と思って俺はペラペラと口のよく回る男へ飴を一つやった。男は手の中に突如現れた小さな飴を不思議そうに見ていたが、近くの子供に何か教えられて口へ放り込んでいた。
「お前、面白いなぁ~うちの店の宣伝とかしねぇか」
「もちろん、もちろんですとも!」
男はそんな風に勧誘されて、嬉しそうについていった。最近はオアシスへの入場ができずとも、芸を見ていた他の奴がおひねりや仕事などの誘いをすることも多くなった。
そもそもこの場所も、今は広場というにふさわしい。周囲に屋台を出すやつらが現れて、なんとオアシスで取ってきたものの買い取り、加工、販売とその場でするのだ。中々効率的でうまい商人だ。
一度結界内に引っ込んだと思わせてから、一般客のフリをしてオレンジジュースを買ってみたが美味かった。そりゃ材料は現代基準の俺のオレンジ、潰して飲むだけなら美味いだろう。だがこの世界でジュースにされたのだと思うと中々悪くなかった。
最近は複数人が組んで演目を披露することも多くなってきた。
人海戦術でオアシスから取れるものは全部持っていくぞという心意気があった。
もちろん代表一人だけを俺が指名した。
まぁ、でかい籠や革袋なんかを持ち込むのは不問とした。一人で運べるなら構わん。
派手な衣装の女が五人ぐらい踊って、楽器を弾く男たちがいて、もはや俺に見せるというより単純に皆でお祭り騒ぎをしている光景だ。それはそれで俺はまるでこの世界の一員になれたようで、楽しかった。
見世物はどんどんレベルが高くなっていって、俺だけでなく観るのを目的にする人間も増えた。出る人、見る人、スカウトする人、商売にする人、この貧しい世界での娯楽の発展。
神様の出す不思議な水と食べ物がある場所。
M‐1みてぇだなぁとか呑気なことを考えていた俺の思惑を大きく超えて、この村は・・・いや、この街は大きく発展していく。
「貴族がくる、場所を空けろ」
「舞台をちゃんと整えろ」
「神様がいるのに貴族?!なんだってそんな・・・」
俺は周囲の声を拾いながら、面倒が来てしまったと思った。どれだけ貧しい文明であろうと、人間が集団になれば上下関係が発生する。王国という体裁の整う前でも村長や荘園の貴族みたいな存在はある。
どうやら俺の椅子の隣に立派な椅子を作るらしい。お貴族様の観戦席か。
「・・・」
あまり気分がよくないな、と思った。
俺はごく普通の庶民感覚を持っているが、その庶民とは平成の日本。
(汚いおっさんが勝手に隣に座るの嫌だな)
新幹線や映画館で隣のおっさんが靴を脱いでいるような嫌悪感だった。貴族が汚いおっさんかどうかわからない。だが、この場を俺は年末の隠し芸大会ぐらいのつもりでやっているのに、すっかり名誉、名声なんてものがついて回るものになりつつある。
遺憾の意。
ご褒美のはずのオアシスの価値も下がっている気がする。オアシスの果物や野菜の種などを栽培できないか頑張っているらしいし、万が一栽培に成功するとさらに価値が下がりそうだ。
(この世界の発展にはいいことか?)
正直、俺という存在を無視して芸を披露している人間も多いし、練習といって別の場所で芸を披露して集客している人間もいる。街全体がサーカスみたいな状態になりつつある。
(・・・でもやっぱ貴族が観客席独占とかも気に食わんし)
この場でえらいのは俺だけであってくれ~という、ちっさいプライドのために俺は貴族用の椅子に雷を落とした。舞い上がる炎を蛇のように空へ飛ばして周囲の観客共に見えるように舞わせる。
(どやっ、火の龍中々美しいじゃないか)
俺は龍という伝承がこの世界にないのもすっかり気づかず火の粉をまき散らしながら炎の龍を一周させて、最後は地面に沈んでいくようにして消した。
息を吞むような沈黙があった。
「おっと、やりすぎたか?」
俺がもう何もしない、と両手をあげていつもの椅子へ深く座れば、それを合図にコソコソとした話声がさざ波のように広がった。まごうことなく、畏怖。
どうやら隣で鑑賞する予定だったらしい貴族は、腰を抜かして地面に尻をついている。じゃらじゃらと金ぴかのアクセサリーがいくつも連なっていて、高そうな布をいくつも巻き付けている。俺は一瞥にとどめて、さっさと芸を始めろと舞台へ向き直った。
「・・・・一番手行くぜ、大酒飲みのルチビだぁ」
誰もが居心地悪そうにしていた中、空気を読まずに飛び込んできたのは赤ら顔の大男。宣言した通り酒を既に呷っていた。
おお、最近じゃ珍しい類だ。
俺は貴族のことなど頭から押しのけて目の前の男に夢中になった。大酒のみの芸はただ樽酒を飲む、ではあったが面白かったのはそのあと千鳥足で周囲と喧嘩を始めて、それがまたやたらと強い。
酔拳だ、酔拳。
俺は面白かったので笑って殴り合っている男をオアシスの池へ叩き込んでやった。
そんなことをしながらどれ位経ったか。
どれだけ楽しくて面白くても、飽きというものは来るので、俺はテレビを消すようにして、自分の席を空けた。
「私は一度この地を去ろう。オアシスの池は残しておいてやる」
指をぱちんと鳴らせば結界は消えた。
畑や果樹も残しておくが、そのままではいつか枯れて消えるだろう。
ざわつく民衆は俺の話を聞くものと、我先にオアシスへ入っていくものとに分かれた。
俺は立ち上がって、椅子を撫でた。
「この椅子に誰かが座ることは許さない。私の席だ。また気が向いたらこの席へ座りに来る」
そう言って俺はとっとその場から離れた。
仰々しく土下座をされて喜ぶ人間ではないのだ。
久しぶりの砂漠の砂を踏みしめて、次はどこに行くか考えた。
「さぁて、と・・・向こうに街はあったかな」
そろそろ楽しいことを怠惰に待つばかりではなく、探しに行くか。
◇
こうして、神様は
次の街では美味しい料理が食べたいと我儘を言って美食の街に。
次の街では魔法以外のものが見たいと言って科学の街に。
次の街では格好いい服が欲しいと言ってファッションの街に。
世界を一つずつ暇つぶしのようにして塗り替えて発展させていく。
神様は、世界を作り直していく。我儘に。傲慢に。




