森の出口にて
朝、薄暗い森の中で目を覚ます。
少々明るくなっている景色で、朝になったのを感じた。
「上手く寝れなかった……」
林間学校のキャンプで寝たときよりも、眠りは浅かったと思う。
寝不足になっているのは確実。
悪役令嬢そのものだったら、屋敷の高級な寝具で寝ていた。
それが数日後には、森の中で寝ていたなんてね。
あの魔王軍の女戦士がつけた火はまだ残っていたが、ここを後にするから消していく。
火事にならなくて良かった。
結構残るのね。
「お腹が……きゅるる……やだ、追放翌日にこんなの……」
思わずお腹を押さえる。
昨日の朝から何も食べていない。
「行かないとね、こんな森の中にいても仕方ないし」
私は森の出口に向かって歩いていく。
空腹と雨に濡れたドレスのせいで、本当に動く度に体力が減っていく気がした。
あんなリリィみたいな存在が何人も居たら、私はすぐに八つ裂きにされるだろうから。いくらチートがあっても難しいかな。
表示されているマップと、青い線を頼りに歩いていく。
「あのスカウト、もしも受け入れたら本当の悪役令嬢になったのかしら」
魔王軍の悪役令嬢、グローリア。
雑魚の魔物をどんどん王都へ。私を追い出した王国に復讐。
王国を支配できたら、ワインでも持って王国の人間を傅かせる。
気に入らない人間は粛清。
面白そうだけれども……私の正義としては拒否するかな。
人間と敵対するのって。
王国と敵対する……それだけはもうしているのかな。どっちかっていうと、王家かもしれないけれど。
ただ王国と敵対したら、あの娘とも敵対するのかな。
あの奉公人と。
それだけはイヤだな。何とかしてこっちに引き込めたらいいのに。
ああ、今ごろあの娘はどうしているのかな。心配してくれているのかな。
戻りたいけれども、もう戻れないから無理だよね。
徐々に朝の景色がはっきりと見えてくる。
どうやら森の出口に近いみたいね。
「やっと出られる……長かった」
そう思っていると、出口付近で何かがある。
「何なんだろう……」
近づいてみると、それは人間だった。
リリィのような魔王側じゃない。
生きているのか死んでいるのか判断するため、顔を見てみる。
「大丈夫……って、フローレ!?」
倒れていたのは、王都で貴族令嬢として過ごしていたはずのフローレ・ザグレブだった。
彼女の家は没落気味で私の家が支援していた。
だからお礼代わりに家へやってきて、奉公人として働いていた。かつての私も色々と仕事を与えていたんだっけ。
そんな彼女を私は抱きかかえて、状態を確認する。
「脈はある……息もしている……」
するとポップアップが出てきた。
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◆フローレ・ザグレブ
状態:衰弱/軽傷
危険度:中
ーーーーーーーーーー
「これも分かるのね。ただ危ない状態……助けないと」
意識は無かったけれども、見る限り擦り傷や打撲の跡以外の大怪我はしていなかった。ステータス通りね。
(……これって仲間候補には自動で診断が出るの? それとも”助けたい”って思ったから?)
とはいえ、そこまで気にしていられないけれど。
ただ森の出口とはいえ陽が当たらないような場所、身体が冷え切っている。
このままでは低体温症で危ない。
私は重いけれども抱きかかえて、陽の当たる暖かい場所に連れていく。
「お願い……助かって……」
持っていたマントを使って彼女の身体を包む。
小川から水を水袋に入れて持ってくる。
簡単に傷口を洗って、破れているドレスの一部を包帯代わりにして、傷のある部分を巻く。そのままよりは多少良いはず。
前世の保険の授業やマンガとかで見た内容を思い出しながら、彼女の応急処置をしていった。
「まだ熱が残っているかな」
私はあの女戦士がつけたたき火の場所へ。
火は完全に消えていたものの、まだ温かさは残っていた。
私は熱が残っている薪を持てるだけ持っていって、彼女の所に戻る。
「ちょっと汚いかもしれないけれど、多少は暖まるから」
ハンカチやマントの一部を木に巻いて、即席のカイロっぽくする。
彼女の首やお腹に置いて体温を上げていく。
(こんな……奉公人相手に優しくしているなんて、悪役令嬢失格よ。でも……花奏としては……放っておけない……)
私はグローリア・ルイーザ・ネウムとしてより、野辺地花奏として動いていた。
時間が経つにつれて、徐々に彼女の顔色が良くなっていった。
「ううん……」
静かにフローレは目を開けていった。
「フローレ!?」
「……グローリア、様……?」
弱い声で私の名前を呼んでいた。
「無理しないで。あなた、怪我をして倒れていたのよ」
「あた、あたしは……あなたを……追いかけて……それで……」
フローレの目から涙が流れていた。
彼女は私を追いかけて、倒れていたというの。
もう戻れないし、王都から誰も一緒に来てくれなかったのに。
「馬鹿ね。あんな王都を出てくるなんて」
「だって……あなたが……一人で……」
フローレは弱々しく、さらに涙声で私に話しかけてきた。
こんなに辛そうなのに、私にはこれくらいしか出来なかった。
「あの……舞踏会の後……グローリア様が一人で宿へ連れていかれるのを見て……怖くて……止めなきゃって……でも……衛兵に止められて……」
彼女は私を守ろうとしたの?
でも、まだそれは”私”を思い出す前だったから、こじれるかもしれなかったけれど。
「私が悪いんだから。殿下から爵位を奪われるような私が」
「そんな事は……だって……」
「だから無理しないで、すぐに水を持ってくるから」
私はまた水を汲んでくる。
今度は飲み水として。
「ほら、ゆっくり飲んで」
「は、はい……」
フローレは喉が渇いていたみたいで、袋に入れた分を結構飲んでいた。
「とりあえず、近くの村か町まで一緒に行った方が良いけれど……もう少し休んだ方が良いわね」
ここで出来るのは本当に応急処置くらい。
本格的に休んだりするんだったら、宿とかに行った方が最善。
「そんな……あたしなんて、グローリア様のためなら……」
「ダメよ。また倒れるかもしれないから」
そういえば、まだあれがあったかな。
私は乾いたパンを取り出す。まだカビは生えていないから、食べられる。
カチカチに固まっているけれども、水を浸して少しでも柔らかくする。
「こんなものしかないけれど、食べられる?」
「良いんですか……?」
「うん、貴女の方が弱っているから」
昨日から何も食べていないけれども、仕方ないよね。
こっちもどこかで食料を調達しないといけないけれど……
「ありがとうございます……」
ゆっくりとフローレはパンを食べていた。
「美味しい……」
私に気を遣っているのか、それとも本当に美味しいのか分からないけれども、味わって食べているようだった。
「良かった」
私は微笑みながらフローレを見る。
食べ終わると、フローレに多少笑顔が戻ってきていた。
それを見ていると、空腹でも安心する。
(本当は私だってお腹が空いているのに……ま、いっか。フローレが笑っているなら)
「グローリア様、ご一緒に旅をしてもよろしいでしょうか?」
「わ、私と?」
確か彼女は私を追いかけてきたって言っていたけれども。
本気で言っているのかしら。
「はい。もうここまで来て、戻ったら同じ事になりそうですし、グローリア様を一人にはさせたくありませんので」
「でもより大変になると思うけれど」
あの森ですら大変だったのに、ここからより過酷になるのは確実なんだけれども。
リリィみたいなのが出てきたら、すぐに死ぬことだって有り得るから。
「構いません。グローリア様とご一緒出来るなら」
だた、フローレの目はさっきまでの弱々しいものではなかった。
はっきりとした覚悟を持っているのを感じた。
それに、彼女は一切嘘を言っていないと思う。何もポップアップが表示されていないから。
「……分かったわ。一緒に行きましょう」
「ありがとうございます!」
こうしてフローレ・ザグレブが、最初の仲間になった。
私としてはイケメンが仲間になって逆ハーのきっかけになってと思ったけれども、まあいいかな。




