森の奥の少女
薄暗い森をさらに進んでいく。
マップの青い線を頼りに。
太陽はあまり見えず、明るさを感じられない。
夕方になっても気がつかないかもしれない。
ここはどれくらい歩けば、抜けられるのだろうか。
そう思っていた。
「早くどこか村にでも着きたい……」
「それは無理じゃない?」
「えっ……?」
私の呟きに答えるように、居るはずのない少女の声が聞こえてくる。
声の方向を見てみると、明らかに私よりも幼いであろう少女が立っていた。
腰まで伸びた銀色の髪をしているが、肌が白すぎて普通の人間ではありえないような感じだった。
耳は尖っていて、エルフみたいな感じ。
目は紫と赤のオッドアイ。
「貴女は誰?」
「名前くらいは教えてあげる、あたしはリリィ・ノックス。魔王軍の一員。よろしくね、グローリア・ルイーザ・ネウムちゃん」
「なっ……なんで私の名前を……!」
目の前の少女は明らかに敵意を持っていて、私はすぐに警戒する。
この子が魔王軍の一員なんて。
短剣を握りしめ、戦いに備える。
「命令されているの。あんたを”殺せ”って」
ふっと風が吹いた瞬間、リィリエの姿が消えた。
するとポップアップが表示された。
ーーーーーーーーーー
◆敵の行動予測
【次:背後へ高速移動→爪撃(急所狙い)】
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(速い!)
反射的に身体をひねる。
さっきの狼より遙かに鋭い気配が背中を掠めた。
バシュッ!
ドレスの背が裂ける。
「おお、避けたんだ。”無能令嬢”って聞いてたけれど、全然違うじゃん」
「勝手に無能扱いしないでちょうだい!」
短剣から杖を構えるが、手が震えている。
今のは避けられたんじゃない、”予測ウィンドウが無かったら死んでいた”。
リリィは舌を覗かせ、にやりと笑う。
「次は当てるね?」
空気が張り詰める。
予測ウィンドウが瞬く。
ーーーーーーーーーー
◆敵の行動予測
【次:上空飛躍→着地と同時に回し蹴り】
ーーーーーーーーー
「……上!?」
見上げると、木の枝を蹴ってリリィが落ちてくる。
(どうする……受けたら終わる……!)
私は気がついたら初めてなのに杖へ魔力を流し込んでいた。やったことはないのに。
使い方なんて知らない。でもーー
「届いてっ!!」
杖の先が一瞬だけ光る。
リリィが驚いた顔をしている。
「は?」
衝撃波のような風が前に押し出され、リリィの身体が横へ弾かれた。
木に激突する音。
落ち葉が舞う。
「……嘘でしょ、今の……」
私自身が一番驚いていた。
こんなのが出てくるなんて。
何で魔力を杖へ流し込めたんだろう。
分からない事ばかり起きている。
でも、リリィはすぐに笑いながら立ち上がる。
「へぇ、やるじゃん。やっぱりさ、”噂通りの悪役令嬢”じゃなかったね」
「あなた……!」
私に対して悪役令嬢なんて言葉、この世界の人物は知っているはずがない。
なのにどうして知っているんだろう。明らかにこの世界の存在なのに。
「残念だけど、今日はここまで。”殺せ”って言ったけれど、本当は魔王様から”試してこい”ってしか言われてないし」
リリィは指をひらひら振って後ろへ下がる。
「殺すのはーー次。もっと面白くなりそうだもんね」
そして、風のように森の奥へ消えた。
残されたのは、鼓動と震えだけ。
「……なんなのよ……あの子……魔王軍って、あんなのばっかりなの……?」
私はへたり込み、消えていったリリィを思った。
でも胸の奥で小さく灯る感情が起こる。
(強い。怖い。でも……負けたくない)
少しして私は立ち上がって、森の出口へと進んでいく。
既にドレスはボロボロ。
髪は泥にまみれている。
でも、既に辺りはより暗くなっていて、夜になろうとしている。
「ここで野宿するしかないのね」
私はその辺りにあった折れた枝を使って、たき火を作る。
地面は湿っているから、枝も同様かなと思ったけれども、幸い乾いているのもあった。
とりあえず、石を使って火花で火を起こそうかなって思ったけれども、難しい。
マッチでもあれば良かったけれど。
確かによく何時間も試しているのを見たことがあるけれど。
「これ、朝になりそう……」
そう思っていると、急にたき火に火がついた。
この様子に驚いていると……
「えっ……?」
どうして急に火が……
そう思っていると、銀の甲冑をまとった女戦士が現れた。
頭からは角が出ていて、明らかに人間じゃない。
「ひっ……!?」
さっきのリリィと同じなのかと思った。私を殺しに来た。
私は震えながら短剣を持つ。
「安心しろ。我は……今は殺しに来たわけではない」
ぞっとする声。
安心できるわけない。
「先程はリリィが大変失礼した」
と言っても、頭を下げてはいないけれど。
「それにしてもグローリア嬢、そなたは王国に捨てられたか。ならば我らが拾ってやる。力も、居場所も、衣も食も……全てだ」
はっきりとこの女戦士は私の名前を言っていた。
おそらく、いや確実に魔王軍の一員なのかも。
「な……なによ、悪の組織みたいな勧誘は……!!」
「悪か。グローリア嬢も悪と言えるのでは?」
「ち、違うから……!」
リリィだって、私のことを悪役令嬢って言っていた。
確かに私が悪役令嬢っていうのは合っているけれども、この世界の存在が知っているはずないのに。
「しかし王国の方がよほど残酷だろう? こんな場所で夜を明かす事になるのだから」
確かにそれは言えているけれど。
この女戦士が居なかったら、たき火だって出来なかったのだから。
「選べ、グローリア嬢。死ぬか、生きるか」
私を魔王軍の一員にしようとしている。
確かに魅力的なのかもしれないけれど、死ぬよりは何倍も。
でも……
「……お断りするから。私には逆ハーレムを作って、魔王を倒したいのよ」
完全な悪役になんてなりたくない。
「そうか。では好きにしろ。ただし覚えておけ、王国はそなたを”二度と守らない”」
確かにフィリップ王子は私の言うことを信じなかった。それにアレクサンダー公は事実上、私から爵位を奪う署名をした。
それに対してこの女戦士は、たき火に火をつけてくれた。
でも、私は……
「私は……王国に戻って見返したいのよ!」
はっきりと言い放つ。
それを見て、この女戦士は笑っていた。
「良い。望む道を進め。いつでも我らは歓迎しよう。”裏切られた者”は特にな」
笑いながら女戦士は去っていった。
こんなスカウトが来るなんて……
私はたき火の前で色々と考えながら、夜を明かしていったのだった。




