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CASE8 被験者0の場合ー試作実験ー

 この装置にも試作品があった。正確には試作品ではなくきっちりと完成させた最初の装置だったが、最初の装置を使った実験を元に改良した物が、今ここにある被験者1から被験者5に使った装置だ。なので便宜上0に使った物を試作品と呼ぶ。

 試作品を使った実験には最も重要な人物を被験者として選んだ。当然だ。私の研究の成果を見極める最初の実験なのだから。もしかしたら君ももう気づいているかもしれないが、タイムマシンの存在はこの実験にとってさして重要ではない。この実験の目的は別にある。

 そして被験者0(以下0とする)は私の実験の目的において最も意味のある人物となった。と同時に、最も罪深い実験となってしまった。0の実験後、私はこの装置を使う際のルールを設けた。


ルール1、過去の自分と決して会ってはいけない

ルール2、この装置のことを人に言わないこと。もちろん、未来から来たと過去の人たちに言うことも禁止する

ルール3、この機械を使えるのは一度だけ。その後どんな未来になっても受け入れること


 0の時はルールを設けておらず、その結果、多くの犠牲を出してしまった。それは私が背負う業であり、大罪である。0のレポートを読んで君に幻滅されても文句は言えまい。

 しかしこれだけは信じてほしい。私は、ただ1人の女性を幸せにしたかっただけなのだ。



レポート0


 0との出会いも病室だった。中学を卒業したばかりの0は、暴漢に襲われ、明日ともしれぬ状態の中、順調に意識を回復させた。しかし流石の医療技術でも、0の負った傷は肉体的にも精神的にも深く、今後『普通の女性』として生活することは困難だろうと言われたということだった。

 この時の私は正直まだ迷っていた。こうして私が時間を旅して過去を変えることは当然倫理に反する。しかしその背徳感を押して勝るほど、0からの強い怒りや憎悪に惹きつけられてしまった。この年頃の少女であれば嘆きや自暴自棄の方が強いだろうに。その強さに、私はタイムマシンを使って過去を変えないかと、無意識のうちに0に持ちかけていた。


「これをどう使うか、使わないかは自分次第。これを力と思うか救いと思うか、君次第だ」

「その話を信じろと?」

「君の今までを考えれば、ましてや私のように得体の知れない男の話など信ずるに値しないだろう。だから約束する。君がこれをどのように使おうと私は止めない。君がどうするのかを見させてもらえればそれでいい。あくまでこれは研究だからね」


 0は私を無言で睨みつけて、私の手から装置を受け取った。


「目には目を、歯には歯を」


 0は小さくはっきりとそう呟いたが、私は聞こえなかった振りをした。0は体の回復を待っている間に綿密な計画を立て、退院後、名前を変え、高校も変え、復讐計画をスタートさせた。0のターゲットは3人。

 私は、最初に0が人の道を外れた時、本当なら止めるべきだったと今でも思う。しかし最初に約束した以上、私は黙って0の復讐を見ているしかなかった。0はまず、最も強い憎しみを向けているターゲットである、塚本征史へと近づいた。

 0はこの復讐の為に名前を変え、塚本の情報を集め、塚本と同じ高校に入り直した。そして完璧に彼の好みの女子になりきった。その執念は蜘蛛の糸となって張り巡らされ、見事に彼の恋人という最も近しい位置を確保した。あまりに見事な役者ぶりに、私は興奮さえ覚えていた。これが、復讐の始まりの合図だったのだ。


「なぁ! このニュース見たか!?」


 学校からの帰りしな、塚本の友人である高谷が興奮しながら携帯の画面を塚本に見せる。彼らの跡をそれとなくつけながら、私の時代の物よりも古いタイプの携帯を見て懐かしく思った。

 この日常がもうすぐ0の手によって壊れてしまう。彼らはそれを知らないのだ。


「ニュース見てる暇あったら彼女とイチャイチャしてるっつうの」

「塚本の彼女、あの渡瀬さんだもんなぁ。羨ましいぜ。でも気をつけてやれよ? またあの事件が起きたらしいから」

「あの事件?」

「なんだよ本当に知らねぇの? ほら、どっかのJKが行方不明になっただろ? んで、しばらくしてJKの住む町で身元不明の女子小学生が保護されて、一言も喋らないまま衰弱死したってやつ。同じようなことがまたあったんだってよ!」

「単なる偶然だろ? 行方不明も衰弱死も別案件じゃねぇの?」


 塚本は話半分だ。当たり前だ。JKの失踪と小学生の衰弱死など、一見すると無関係にしか感じられない。


「実は妙なことがわかったんだってよ」


 急に声を低くして顔を塚本に近づける。塚本は高谷のそのわざとらしい様があまり気に入らなかったらしい。


「なんだよ急に」

「なんとその衰弱死した小学生、行方不明になったJKが小学生の時の顔と、瓜二つだったんだって!」

「で?」

「なんか怖いだろ!?」

「どこが?」

「いや、顔がそっくりだったんだぜ!? JKと小学生!」

「顔が似てる奴なんてこんだけ人間がいりゃあ、あちこちにいるんじゃねぇの? それともJKが子供の姿になったってか? アニメじゃあるまいし」

「まぁそうだけど、なんか怖くね? 顔が同じってさぁ。なんか恐ろしい陰謀を感じる・・・・・・」

「大体その情報源はどこだよ」

「・・・・・・ネット」

「お前なぁ、鵜呑みにしてあんま考えすぎんなよ。それより今度の土日はどっか遊び行こうぜ! 久しぶりにカラオケとかどうよ?」

「・・・・・・そうだな、俺なんかが考えてもしょうがねぇし。久しぶりに発散しに行くか!」


 ここで2人は別々の道へと別れた。塚本は迫る夕暮れの闇の中、人気の無い道にぽっかりと現れる廃れた公園を突っ切る。ここは彼が通う塾までの近道なのだ。0はもちろんそれを把握している。隠れていた0は容赦なく塚本の首にスタンガンを当て、よろめいたところを鉄パイプで昏倒させた。塚本は誰にやられたのか悟ることもできないほどの早業だった。

 塚本が目を覚ました時、私たちは廃屋の中に居た。塚本は椅子にくくりつけられ手足すら身動きが取れない。その彼の前には、小学生らしい男子が1人。同じように椅子にくくりつけられ、口にはガムテープが貼られている。とっくに目を覚まして、言い得ない状況に怯えきっていた。


「痛っ。こ、ここは・・・・・・俺、確か殴られた、よな。え、なんだこれ。取れねぇ!」

「よかった、目が覚めて」

「え。あ、よかった、助けに来てくれたのか? 早くこれを解いてくれ!」

「ダメよ。だってこれから始めるんだもの」

「は? 始めるって何を」

「復讐を」


 0は様々な前時代的な拷問道具を塚本の前にぶちまけた。小学生の方は必死に逃げようとしてもがく。


「ダメよ。貴方もそこに居てくれなきゃ」

「な、なんだよこれ。どういうことだよ!」

「わかんない? あたしが味わった苦しみを、手っ取り早く貴方に教えてあげるって言ってるの」

「は? なんのことだよ! 大体女のくせに俺をこんな目に遭わせてただで済むと思ってんのか?」


 塚本のその怒鳴り声には応えず、代わりに彼の足の親指の爪を何も言わずに剥いだ。廃屋を絶叫が満たす。


「いくら叫んでもいいよ。ここ、誰も来ない山の中だから。ふふ。女はみんな自分の言いなりになると思ってる塚本君。言うことを聞く女を侍らせて、王様気取りの塚本君。自分の命令に従わない女には敵意を越えた殺意を剥き出しにする低脳な塚本君。何人の女の子が被害に遭ってるのかな」

「な、なんなんだよお前! なんでこんなことするんだよ! 彼女にしてやったのに!」


 塚本が泣きながら喚く。


「それはね、私が愛川ゆりかだから」


 その名前を聞いた途端、塚本から表情が消え、血の気が引いた。小学生の方も顔を真っ青にしている。


「思い出してくれた? 塚本君」


 ガクガクと塚本の体が震え出す。


「お、お前、入院したんじゃ・・・・・・」

「したよ? 貴方が・・・・・・貴方たちが流した根も葉もない噂のせいで暴漢に襲われて、あたしは入院した。でも、あたしは執念で戻ってきた。協力者も居たし」

「は? 協力者? ていうか俺が噂流したって証拠はあんのかよ!」

「もちろん。それに証拠なんて無くてもわかる。小6の時、転校して来たあたしに、あなたは他の女子と同じように、『俺の言うことを聞け。押井とは関わるな』と言った。あたしはそれを断った。次の日から、そして中学生になっても執拗なまでにあたしをいじめた。ううん、あれはいじめじゃない。犯罪よ。もちろん貴方は手を下さない。あなたが侍らせてた喜美子と雪菜を使ってね。あたしは一瞬たりとも忘れてない。あれこそ生き地獄。でもね、神様はあたしの味方だったみたい」


 0が、私が渡した装置を制服のポケットから取り出した。


「これね、タイムマシンなんだって」


 不気味な静寂が私たちを包む。0は歪んだ笑顔を塚本に向けた。


「まだ気づかないの? この子、小6の頃の貴方だよ」


 塚本と小学生の顔が絶望の色に染まった。普通に考えればあり得ないと思うはずだが、この状況だ。2人はどういうことかすぐに察したらしく、小学生の方は盛大に小便を漏らした。ガタガタと塚本の体が震え出す。


「なんで、なんであたしがあんな目に遭わなきゃいけなかったの! なんでお前らは全部忘れてのうのうと生きていられるの! そう! そんな絶望の中に希望の光が差し込んだの! 退院してからあたしは名前を変えて高校も入り直した! そしてあなたたちのことを調べながら機会を待った。より絶望的に裏切ってあなたたちに復讐する機会を!」

「じゃ…じゃあ……行方不明のJKって……」

「そう。喜美子と雪菜」


 当然だと言わんばかりに、あまりにも淡々と返さた塚本は、急に「あ!」と大きな声を出した。


「JKの小学生の頃にそっくりの小学生が衰弱死したってのも・・・・・・」

「そうそう。よくできました。今みたいに高校生の方を目の前で拷問して、散々いたぶって、小学生の方の精神がもう限界ってなったら、血がいっぱい出るように貴方の首を切るの。死体は子供時代に捨ててくる。そして代わりに子供のあなたを現代に置き去りにするってわけ。素晴らしいでしょ? 子供の方はショックで喋れなくなるし、あの2人なんかは最後には同じことを言うの。『もう許して』って。本当面白い。許したところで人の性根は変わらないのに」


 0が一歩、また一歩と塚本に近づいていく。とうとう塚本も盛大に漏らしてしまった。


「あーあ、汚い。でもあたしは学校でこの辱めを受けたから、それに比べたら貴方は全然平気よね。あぁ! これで吐き気がする恋人ごっこも終わらせられる。全部が終わった時、きっと清々とした気持ちであなたたちのことを許してあげられるわ!」


 0の顔が塚本の顔に影を落とす。


「仲直りは地獄でしましょ?」


 塚本と小学生の塚本に復讐を果たした後、0は廃屋に残り、何かを待っていた。


「先生?」


 0に声を掛けられて、私は廃屋の隅から、日の光が照らしている0のそばに立った。


「何かな?」

「研究の足しになりました?」

「そうだな。思うところはあったが」

「ふふ。約束を守ってくれて有難う」


 そこで光に照らされた0の体が透け始めていることに気がついた。


「君、体が!」

「あーやっぱり。こうなるだろうと思った」

「え?」

「確かにあたしは過去を変えた。あいつらを過去のあたしの前から消した。でも思ったんです。未来はある程度決まっているんじゃないかなって。だとしたら、あたしがこんなことをしても、結果はあまり変わらないんじゃないかって。それどころか、悪くなることもあるのかなって」

「つまりどうあっても同じような運命を辿ると?」

「そう。だからあたしは今消えかかってる。きっと過去のあたしが死んだのかな」

「そんな。だって彼らは・・・・・・」

「あいつらが死んでもいじめは世界から無くならない。別の誰かが理由を付けて引き継ぐだけ。そうなったら、あたしはもっと酷い目に遭うかもしれない」

「君は・・・・・・それもわかった上で。だから地獄で、と」

「・・・・・・自分の手で、ケジメをつけたかったから」


 0の姿はもうほとんど向こう側の景色と同化していた。0はこれを待っていたのだと、私はようやっと理解した。私に向けられた笑顔が、とても晴れやかだったから。


「先生、有難うございました」


 お辞儀をした0は顔を上げることなく私の前から消えた。残されたタイムマシンを手に取って、私は少し迷った後、自分の生きている時代に戻った。過去の変わった0がどんな末路を辿ったのか、私には確かめる資格が無いと思ったからだ。

 私の時代に帰ってきて、私の頭の中は0の言った『どうあっても同じ運命を辿る』という説でいっぱいになった。幸い他の候補者についても下調べは済んでいる。

 もう人の道を外れた私に残っているのは、この実験をやり遂げることだと自分に言い聞かせ、装置の改良を始めた。そして件のルールを設けたのだ。

 そうして私は全ての候補者に会った。そして0の唱えた説が正しかったと、後に証明されたのだ。




『CASE9 菊埜寛志の場合』に続く

次話もお楽しみに!

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