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CASE7 被験者5の場合

レポート5


 救う者と救われたい者。両者の関係は対等であるように見えて、実はその天秤は片方に重く傾いている。そのことに気づくのは大抵が救う側だ。

 救われたい者は救われることが当たり前になってしまって、その天秤を大きく傾けていることに気づきもしない。そして、最後の審判が近いことも。


 被験者5(以下5とする)は少々、いや、かなり特殊だった。他の被験者と同様に病室で5に会ったが、他の被験者たちとは全く違う人間性を私は垣間見た。精神分野の治療や研究では常連とも言えるかもしれないその思考パターンは、一般的にはなかなか受け入れられないことが多くても誰もが陥る可能性を持っている。

 5は全身に強い衝撃を受け、怪我は治るとしても以前のように自由に体を動かせるかどうかは保証が無いという状態で入院していた。交通事故だった。しかし事故の内容は決して5を完全なる被害者とは呼べないものだ。私は5に声を掛けた。


「あれ、あたし・・・・・・えっと……確か横断歩道を……」

「君は横断歩道が赤だったのに構わず飛び出したんだよ」

「そうそう。それで……え!?」

「それで車に轢かれて、今意識を取り戻した」

「あんた誰!?」

「私は・・・・・・そうだな、医者さ。ただし体を治す医者ではなく、専ら研究に明け暮れてるタイプのね」

「研究?」

「そう。君みたいに、命や心を壊してしまう人たちの研究をして、その結果を未来に託す。そういう医者さ」


 5は私の言い方に、「ふん。あたしの何を知ってるって言うの」と不服そうだ。私は今までの5の生い立ちや暮らしぶりについてはしっかりと下調べをしてある。生い立ちに同情こそすれ、今回の事故に関してはその余地は無い。


「まぁ君は目が覚めたばかりだし、また後で改めて話しに来るよ。君にある実験の協力を頼めるかどうかを確認しにね」


 私はそう言うと、少し微笑んでから病室を出た。5の体力がある程度回復するのを待つ必要があったからだ。

 1週間後、私は改めて5の病室を訪れた。最初に会った時よりも顔色が良くなっている。点滴もしていないし体に巻かれていた包帯もかなり減っている。医療の発達のお陰でほとんどの怪我は驚異的なスピードで治るようになったし、病もこの頃には多くのものが治せる病に変わっていた。だというのにとても不機嫌そうな顔をしていた。


「随分とお怒りのようだね」

「あぁあんたなの。夢かと思ってたけどほんとに居たの」

「どうかしたのかな?」

「どうもこうも、ここの看護師と医者は態度がなってないのよ! あたしは事故に遭った被害者なのに、無愛想にしか喋らないし、まるであたしが悪者みたいに言うし! 体に障害が残るって言われるわ、勝手に人の荷物を漁って年齢を見るわ。おまけに警察にまで嫌な態度取られて!」

「ご不満のようだね」


 「当たり前じゃない! あたしは被害者なのよ!」と5はヒステリックに叫ぶ。5のような人間にとっては、『なぜそういう結果になったのか』はさほど重要ではない。『今自分は可哀想な人間なのだ』という状況が大事なのだ。

 可哀想な人間だから優しくされるべきで、優しくしない奴は全て敵。そういう極端な思考基準を持っている人間は、昔も今も多かれ少なかれ存在する。


「周りの態度が気に入らないのか。それはしょうがない。自殺しようとして失敗した患者は嫌な患者トップ3には入るからね。それに、患者の意識が無ければ持ち物から身分がわかる物を探すのは珍しくないよ。後で治療費を請求しなくちゃなんだし」

「あたしは自殺なんて!」

「そうだね。君は『可哀想な自分である為に』わざとそうしただけ。思ったよりも怪我が大きくなってしまったのかな。それを世間は、自殺未遂と言うんだよ」

「あんた・・・・・・見てたの!?」

「見てはいない。見てきたのさ」

「意味がわからない・・・・・・」

「全部見てきたよ。なかなかに興味深い人生だ。両親からの虐待。幼い頃に施設へ。他者へ依存する性格は直らず、どこに就職しても長続きしない。子どもの頃からトラブルまみれ。だから友だちも恋人も長続きしない。で、今度は事故に遭ってまで誰かに構ってほしかったのか。いっそ清々しいな、その頑なな他者依存性は。ま、そんな君だから私はここに来たんだが」

「・・・・・・い、一体なんなの! 人を、ば、馬鹿にして。あたしは! 可哀想な子供だったんだから愛されて当然だし周りが優しくするのは当然なのよ! なのに最近は誰も助けてもくれない。若い頃はみんなチヤホヤしてくれたのに」


 わめき散らす5に対して私は肩をすくめて見せた。一度深く呼吸した後、着ている白衣のポケットから携帯のような端末を取り出す。サイドのボタンを押すと画面が明るくなって今日の日付が表示される。


「何それ。昔の携帯?」

「これは携帯じゃない。タイムマシンさ」


 5が鬼のような顔で私を睨む。


「これ以上馬鹿にするなら人を呼ぶから」

「まぁまぁ。この話は一度きりだ。最初に言ったろう。『ある実験に協力してもらうかどうか確かめに来る』と」

「誰が協力するもんですか。あんたみたいな頭のおかしい奴になんか!」

「そうか。それなら仕方ない。これを使うと、一度だけ『今』と『過去』を行き来できて、君は過去の自分に干渉することもできるのだがな」

「待って待って。それ信じろって?」

「信じなくてもいい。でも事実しか言ってない。変えたい過去は無いのかな?」

「待ってよ・・・・・・えっと・・・・・・そりゃあ・・・・・・変えられるなら。そうか、ようやっとあたしにも奇跡が巡ってきたのね。それ、あたしにちょうだい!」

「おっと。忠告があるんだ」

「何よ」

「例え過去を変えて今が変わっても、その先の未来で同じことを繰り返すかもしれない。もっと悪い未来かも。それでもいいかい?」

「ふん! そしたらまた過去に戻ってやり直せばいいじゃない! とにかくそれを寄越しなさい!」


 飛びついてきた5は私を掴み損ね、ベッドから転がり落ちた。まだ体の自由があまり利かない5はベッドに上手く戻れずもがいている。私はその姿を冷たい心持ちで見ているだけだった。


「ちょっと! 助けなさいよ! あんた医者でしょ!? あとそれも! 早く寄越して!」

「君は本当に何もわかっていないし、人の話を聞かないんだね」

「え?」


 5が静かになった。私は敢えて5に畳みかける。


「君は何一つ学んでもいなければ考えてもいないと言っているんだよ。そもそも君がそうなったのはなぜだ? 他者に助けてもらうことを当たり前だとふんぞり返り、迷惑も考えずに我を突き通す。助ける側がどれほどの重荷を背負うかなんて考えてもいない。それに言っただろ。一度しか行き来できないって。つまり、次は無いんだよ」


 5は顔を真っ赤にして体を震わせている。怒りが頂点に達した猿のような顔になった。歯を剥き出しにして5が叫ぶ。


「何言ってんの! あたしにはそれを貰う権利が有るんでしょ! だってこんなに辛い人生を生きてきたんだから! あんたもさっき言ったじゃない!」

「あぁ言ったよ。こうも言った。『実験の協力を頼めるかどうかを確認しに来る』って。これを君にあげるとは言ってない。君がこの実験にふさわしいかどうか、そして私の仮説が正しいかどうかを確かめに来たのさ。で、君と話して答えが出た」

「答え?」


 私たちの間に刺さるような緊張が走る。5は今にも飛びかかってきそうだ。


「どうやら仮説は正しいらしい。君にこの実験をお願いする必要はないみたいだ」


 私が言い終わるや否や、5は動かないはずの体を跳ねさせて飛びかかってきた。しかし重傷を負った体だ。思ったようには5の体は動かなかったようで、1歩飛び退いた私に5の指は掠めもしなかった。

 

「いやよ! 折角過去を変えられるのに! それ寄越しなさいよ!! こんな体になってまで奇跡を願ったのに!」


 最早5は泣きわめいていた。ここまで騒いでいても誰も来ないことを考えるに、よっぽど関わりたくない患者として病院内に知れ渡ってしまっているのだろう。5にとっては良い薬か。


「君では実験にならないと言っているんだ。言った通り、『今』は変えられても結局同じことが未来で起こる可能性もある。それでも運命に抗う可能性がありそうな人に協力をお願いしてる。君ではダメだ。君は他責思考を直す気も無いし、自分の力で這い上がろうとする覚悟も無い」

「うっ・・・・・・うぅ・・・・・・」

「泣き落としは効かないよ。君は、君がすがった人ごと、自分で自分をどん底に引きずり込んでしまう。まるで幽霊のようだ。人を溺れさせて自分と同じ場所に連れて行こうとする、悪霊だ。では、失礼する」


 私は装置が発生させる光に包まれながら、病室の床に這いつくばり、ただ泣いている哀れな5を見下ろしていた。こんな状態の5の姿を看護師が見たら、またひんしゅくを買うのだろうな。

 私の体が光と共に足先から消えていき、目から上もあとほんの刹那という時に病室のドアが開いた。


「橋田さん、検温を・・・・・・」



『CASE8 被験者0の場合ー試作実験ー』へ続く

次話もお楽しみに!

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