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CASE6 被験者4の場合

レポート4


 希望とは、己が変わることで初めて得られる新たな選択肢だと私は思う。己が変わらなければ、やって来る未来は同じなのだ。私はこの実験を通して、嫌でもそれを目の当たりにしてきた。


 咥えたままになっている煙草を口から離し、男は一息に煙を吐き出す。紙煙草を吸っていると時代遅れだと今や周りに言われるが、この時流行っていたスモークスティックは男の好みじゃないらしい。

 SSと呼ばれるそれは、形は紙煙草そのものだが、煙は出ない。咥えた時の唾液の成分によって内部の装置が快感ガス濃度を調整、それを吸い込む仕様だ。脳に適度に心地良さを与えられるという代物で、健康に害は無いし周りにも影響が無い。

 あっという間にSS愛好家が増え、SS以外の煙草を吸っている人間は周りから白い目で見られるようになった。吸える場所も減って肩身も狭いらしい。私が今居るのは、そういう禁煙か乗り換えかの決断を迫られる喫煙者が一気に増えた年代だった。


『先輩、またタイムマシンの考え事ですか?』

『なんだお前か。会社では話しかけてくんなって言ったろ』

『いいじゃない別に。誰も見てないですよ、先輩♡』


 ゆるふわという言葉がぴったりの女が男に密着しながら甘えている。カメラで撮られているとも知らず、2人はそのまま続ける。


『美琴にバレたら俺もお前もタダじゃ済まないんだから、もっと慎重にだな』

『婚約者って社長の娘さんだもんねぇ。お金と出世の為だけに結プロポーズしたって噂が本当だったなんて、びっくりー』

『棒読み辞めろ』

『でもみんなの前では仲良しカップル。なんだか妬けちゃうなぁ。うちもタイムマシン欲しいー』

『別に俺はそういう意味でタイムマシンが欲しいわけじゃないけどな』


 女がこうやって男に詰め寄る時は、『今日一緒に居たい』のサインだ。そして男はそれに必ず乗る。


『今日そっちに行くよ』

『え!? ホント!? やったー! 美味しいご飯作って待ってるね。ダーリン♡』


 わざとらしく喜んでルンルンと仕事に戻って行く女の後ろ姿を見る男は、悪い気はしていないようだった。会社に仕掛けられたカメラを通してこのようなやり取りを見るのは3度目だ。

 男は仕事もできて、婚約者は社長令嬢。彼女思いの優しい人物だとなかなかに評判上々だった。実際は、週2~3の頻度でさっきの女の家に行っている浮気男だ。この男は嘘も上辺も上手かった。よく聞く話だ。

 とは言うものの、最近の男はどうやら女との関係に悩んでいるようだった。シャワーを浴びた後の一服中に、考え込んでいることがよくある。家にも仕掛けられた隠しカメラに、悩む男の様子は映っていた。


『もし過去に戻れるなら、俺は俺の浮気を止めるだろうか。いや・・・・・・』


 携帯に着信が入る。名前を見て男は慌てて出た。


『京也くん』


 携帯画面上に電話相手の小さな立体映像が立ち上がる。


『美琴? もしかしてプロポーズの返事を』

『ううん。違うの。ちょっと京也くんと話がしたくて。ねぇ、浮気してるよね』

『え。なに、なに言って』

『今はっきりと言ってたもんね。ちゃんと聞いてたよ。相手は職場の後輩の浅田さん』

『え・・・・・・聞いてるって』


 男が周りを大げさに振り返る。隠しカメラには気づかない。


『全部知ってる。バレないと思った? 勿論このことはあたしのお父さんにも伝わる』

『いや、その、ご、誤解なんだ! あいつから誘ってきて』

『楽しそうに腕を組んでホテルや浅野さんの家に入っていく写真もあるけど、見る?』

『あ・・・・・・』

『他にも色々あるけど、まだ言い逃れする?』

『す、すみませんでした! つい、つい出来心で! 愛してるのは君だけなんだ!! だから許して・・・・・・!』

『許してほしい?』

『なんでもするから!!』

『なんでもって言ったね?』

『え?』

『貴方の理想の未来、それが代償』

『は? それってどういう・・・・・・』

『さよなら』

『え!? 待って! 美琴!』


 残された男は茫然自失としていた。私の隣の被験者4(以下4とする)が携帯を握りしめたままカメラの映像を見守り続ける。間髪入れずにまたけたたましく携帯が鳴った。


『美琴!?』

『やっほー! 今日はもううち来れる?』


 携帯に現れたのは男の浮気相手の立体映像だった。あからさまに落胆する男。それを見て女は大声で文句を言う。その文句をかき分けるようにして男は言った。


『すまん、バレた。もうそっちへ行けない』

『あぁ! 私が前にちらっとね! 匂わせたから! やっとかぁ』


 男は携帯を震えるほどに握りしめて唇を噛んだ。


『消えろ』


 それだけ言って、男は携帯を投げ捨てて叫んだ。


「完璧な工作、完璧な未来、完璧な生活だったのに!」


 そしてぶつぶつと、「代償って?」と呟きながら家中を歩き回る。男は突然家を飛び出し、美琴の実家にやって来た。


『・・・・・・ごめんください!』

『はいはい。あら、須田さんじゃありませんか』

『夜分にすみません』

『ちょっと待ってくださいね。あなたー!』

『なんだ? お? 須田くんじゃないか』

『夜分遅くに申し訳ありません』

『どうしたんだ? 何かトラブルか? それとも美琴に何か用か?』

『えっと・・・・・・あの、すみません。ちょっと、彼女の顔を見たくなって・・・・・・。えっと、ちなみにプロポーズの返事って・・・・・・』

『そう急かすな。娘にも何か考えがあるんだ。ま、今日は帰って寝たまえ。それじゃあ失礼するよ』

『はい・・・・・・失礼します・・・・・・』


 男は家の外できょとんとして動かない。しきりに首を捻って唸っているが、結局夜の闇の中へと消えて行った。家の中のカメラの映像を追う。


『美琴。さっき須田くんが訪ねて来たぞ。まだプロポーズの返事をしてやらんのか』

『うん・・・・・・。実は、断ろうと思ってて』

『それはまたどうして』

『彼、いい人だと思ったんだけど。男性社員の評判は悪くないんだけど、女癖悪くて自惚れ屋で、絶対モラハラ旦那になるって女性社員の間では有名だったみたいなの』

『ふん! やっぱりな。だから反対してたんだ。そんな男に大事な一人娘を任せてはおけん。一応社内でも聞き取り調査をして、その結果次第では次の役員会議で彼の今後を決めるとするか』

『その調査なら私がこっそりやっておいた。後で調査結果を渡すね』

『仕事が早いな。お前がそんなに早く動くということはよっぽどなんだろう。わかった、すぐに目を通す』


 私の隣に居る4、すなわち未来から来た美琴が気持ちよさそうに伸びをした。


「やっと終わったぁ。これであいつを地獄に落とせる。でも本当なんだなぁ。過去が変わると未来も変わるって」


 4は結婚してわずか1か月で夫の不倫に気づいてしまい、証拠を集めたものの調べれば調べるほど真っ黒な事実と、親の反対を押し切って結婚したこともあり、どうしようもできなくなって倒れ、入院したということだった。

 まだ新婚1か月かそこら。それなのに顔を青白くして病院のベッドで横になっている4に、私は実験の協力を申し出た。


『この実験に協力する為のルールは3つ。どうかね? やってみるかい?』

『もちろんやります』


 4は即答した。そこからプロポーズを受ける2週間前に戻り、証拠を集め、過去の4(以下4θとする)に匿名でその証拠を送った。結果、プロポーズを受けた4θは返事を保留にして独自に調査を始めた。私たちはこっそりと仕掛けた隠しカメラを通して一部始終を見ていた。

 ここは4の会社が管理しているマンションの一室で、別宅のような物だそうだ。と言っても普段はまったく使っておらず、荷物置きにしているから誰も来ないらしい。そこに機材を運び込み、2人でセッティングをして、監視できるようにした。


「ドラマみたいに、昔の機械を使った探偵ごっこ、やってみたかったのよね」


 少し前まで病室のベッドで顔を青くしていた人物とは思えないほどに、顔色の良い笑顔で4はそう言った。

 社長令嬢本人が自室に入ろうが会社に行こうが誰も気にも留めない。私たちは4θ本人にばったり出会さないようにだけ気をつければ良かった。

 そうして4θが返事を保留にして調査を始めたことで、本来なら男と結婚していたはずの未来が変わった。文字通り、男は理想の未来を代償にしたのだ。それをしっかりと見届けて、次の日には全てのカメラを回収。諸々を片付けてから4と私は元の時間へと帰ってきた。

 帰ってきた場所は病室のままだった。しかし左手薬指で輝いていた指輪は無くなっている。

 病室の前で話し声がしたので私は問診の振りをした。4も上手く合わせてくれる。


「入るぞ。ん、誰だね君は」

「美琴さんのカウンセラーです」

「カウンセラー? そんな話は聞いてないぞ」

「私が頼んだの。その方がいいかなって」

「そうね。今回のこと、やっぱりショックだったと思うし。お母さんもショックだったし。一緒に倒れるかと思ったわ。先生よろしくお願いしますね」

「はい。できる限りを務めます」

「それにしてもあそこまであいつがクズだったとはな。まったくけしからん」

「京也くん、どうなったの?」

「どうもこうもあるか! 叩けば叩くほど出てくるぞあいつは!」

「そっか・・・・・・。私、見る目無かったね」

「そう落ち込まないで。ゆっくり休んでね。それでね、言いにくいんだけど・・・・・・」

「なに? 怖いんだけど・・・・・・」

「実は、美琴とお見合いしたいって言ってきてる人が居るの」

「え!?」

「いや、最初は断ったんだがな。その・・・・・・会社の得意先がな、仲人で、どうしてもと言われてどうにも断りづらくてなぁ」


 私は父親の不自然などもりに気づかない振りをして病室を出た。そして次の被験者の元へと向かった。



『CASE7 被験者5の場合』へ続く

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