CASE5 被験者3の場合
レポート3
白か黒かで物事を判断したり、行動したりすると必ずどこかに歪みが生じる。0か100か、有るか無いかでしかないことも、生きているとその間を上手く取らねばならない。それは本当の意味での救いになるのか。被験者3(以下3とする)を通して、私はその問いの答えを探していたように思う。
3と最初に会った場所は病室だった。3の首にはくっきりと刻まれた太いロープの後が生々しく浮かび上がっている。発見が早かったお陰で命は取り留めたが、3はこれからのことを考えて絶望の底に居た。
「愛する人とも結ばれず、先輩にも騙されて、借金背負って、おまけに自殺も失敗するなんて・・・・・・僕はどうしたらいいんだ」
仰向けのまま泣き崩れる3に私は実験の協力を申し出た。実験に参加するルールを聞いて、3は少し黙って、それから私の目を見て、「参加させてほしい」と言った。
3は私から装置を受け取るとすぐに数字を選んだ。しかし実行ボタンは押さず、違う数字をカウンターで入力し直した。1週間前の数字を入力して、3は今度こそ、実行ボタンを押した。
長く続く田園風景。旧式電車の形をしたエアレールの影が収穫を待つ稲穂を一瞬だけさらう。私と3はその影に溶けるように運ばれていく。
この世界から見れば人間は小さくて、存在の意味すらあやふやで、溶けて居なくなってもきっと何も変わらない。それでも私たちはここにいる。存在の輪郭がぼやけているのに、私たちはなぜ生きているのだろうか。この実験を始めてからそんなことばかり考えさせられる。
無人の発着場を出ると、視界に広がるのはどこまでも続く田んぼと輝く稲穂だ。ここは3の故郷らしい。昔ながらの風景が残る貴重な場所だ。
「おぉ! おかえり!」
「……ただいま」
私たちを出迎えたのは3の母親だった。
「そちらさんは誰だい?」
「えっと・・・・・・僕の主治医なんだ。実家に帰りたいと言ったら、一緒に行くと言ってくれて」
「なに、お前どこか悪いのかい!?」
「ちょっと仕事で疲れちゃって、先生に愚痴を聞いてもらってるだけだよ。体は元気」
「そうかい。都会の先生は熱心なんねぇ。まぁまずはご飯にしましょ。お父さんも待ってるよ」
3の母親は車の中でも愚痴や近所の様子を豪快に話す。こちらを詮索もしなければ3が帰ってきた理由も聞かない。2世代前と思われるクラシックな車は、随分と年季が入っていた。
「お父さんただいまー! 勝己が帰ってきましたよー!」
「おぉ。まずは風呂入ってこい。ビール冷えてるぞ」
どこか懐かしい家庭がそこにはあった。
「仕事はどうだ。弁護士事務所なんて大変だろう」
「お父さん! そういうのはあけすけと聞いちゃいけません!」
「なぁんで」
「守秘義務とかあるじゃないですか。それに勝己だってもう大人ですよ。プライベートは土足で入るもんじゃありません」
「親が子供の近況を聞いて何が悪い。なぁ先生。大体、医者が一緒に田舎に来るなんてよっぽどのことなんだ」
「もう。そういうのは自分から話してくれた時に聞くもんなの!」
「まぁまぁ、仕事はぼちぼちだよ。でもやっぱりしんどいこともあるよ。親父の大変さがよくわかったというか」
「なんだこいつ。口は達者になりやがって。ほら、もっと飲め!」
父親は早々と酔い潰れて眠ってしまった。母親が父親に布団を掛けながらポツリと会話を引き継ぐ。
「お父さんね、久しぶりに勝己が帰ってくるって言ったら張り切っちゃって。アルバムまで引っ張り出してたんだから」
「それは重症だな。上京するって言った時も大変だったもんな」
「勝己は遅くに生まれた子だからね。可愛くてしょうがないんだろうよ」
「俺もう26なのになぁ」
「親にとっては死んでも子供は子供だからねぇ」
「・・・・・・そっか」
「仕事、しんどいんならこっちに暫くいればいいよ。稲刈りも始まる。勝己がいればご近所さんも喜ぶし」
「稲刈り要員に勝手にしないでよ」
「え!? それで帰ってきたんかと思ったのに!」
「勘弁してよ~」
ひとしきりの歓談の後、私と3は、3の自室へ行った。部屋に入って、使っていた当時のままとわかる学習机を、3は愛おしそうに撫でた。
「母は、何も捨てずに取っておいてくれてたんですね」
「そのようだ。掃除はされているが、よくある私物の破棄はされていないらしい。実に優しい母親だ」
「そう、ですね・・・・・・。ほんとに、来てよかった」
3はボロボロと泣き出した。
「苦労して、親にも苦労を掛けて、やっと弁護士のたまごとして事務所に入ったのに。そこで親しくなった先輩に『一緒に独立しないか』って持ちかけられたんです。『資金さえ出してくれればお前は優秀だからすぐに売れっ子になれる』って・・・・・・。その人は確かに優秀だったし、すごく良くしてくれたので、俺、気を許してしまって。今なら新人がすぐに仕事を貰えるわけもないし、所長からしたら裏切り行為になるってわかるんですけど、ちょうどクライアントからもいい評価を貰い始めた頃だったので天狗にもなってて。馬鹿ですよね。もちろんバレて、全部俺が計画したように証拠もでっち上げられてて、そいつは金だけ持ってとんずらです。嵌められたんです。仕事もお金も失って、でかい借金だけが・・・・・・」
「・・・・・・死ぬ前に、どうにかしようとはしなかったのかね。弁護士ならどうとでも」
「どうにもできなかった! 俺はまだバッジを取り立てで、所長を怒らせたから後ろ盾も失って!」
「そういうものなのか」
「・・・・・・失礼しました。そうなんです。両親にも迷惑を掛けたくなくて・・・・・・だから俺は・・・・・・。でも間違ってました」
「ほう」
「ずっと、あいつが悪い、あいつさえ居なければって思ってました。でも、こういう時こそ誰かに相談しないと。親にも迷惑掛けるかもだけど、死ぬよりずっと迷惑じゃない。ここで、人から相談されやすい弁護士になるんだって勉強を頑張ってたのを思い出して、矛盾してるなって」
「そうだな。きっと死なれる方が苦しいだろう。どうやらご両親も気になっているようだ」
ドタドタと階段を上がってくる足音が迫ってくる。
「どうしたの勝己!!」
「勝己! 叫んでどうしたんだ!? やっぱり具合悪いのか!?」
「もうお父さん酔っ払って全然起きないんだもん!」
「うるさい! 息子が帰ってきたら酒くらい飲むだろう!」
同時に部屋に突進してきた両親を見て、3は泣き崩れた。3の背中をさする母親の手に、ただひたすら「ごめん」と謝る3。父親は私に詰め寄って来たが、3がそれを制した。
「ごめんなさい。助けてほしい」
3は両親にすべてを話した。それから私たちはもう一度装置を起動させた。
私たちを包んでいた光が消えると、元の病室に戻って来ていた。3の首筋のアザは無くなっている。
「なぜ、借金を背負わされる前に戻らなかったのかね?」
「俺は弱いんです。そこを変えても、きっとまた同じ事をする。だから・・・・・・」
「なるほど。十分だ」
病室のドアが開いて、どこかぎこちない両親がやって来た。
「あら先生、いらしてたんですね。勝己、もう退院しても大丈夫だって」
「まったく、ストレスで倒れる前に相談しろってんだ。こっちはずっと親やってるってのに」
「お父さん! 勝己だって私たちに迷惑かけまいとしてのことじゃない!」
「だからって倒れたら親の面目丸つぶれだ!」
「お父さんお母さん落ち着いてください。折角元気になったんですから」
「そうそう。先生の言う通り。あのね勝己。借金のこと、もう気にしなくていいからね」
「え?」
3の両親が顔を合わせて、真剣な表情になる。
「土地を売った」
「なんだって!?」
「これでお前の借金は全額返せる。だから安心しろ」
「そんな。そこまでしてもらうつもりは無くて・・・・・・。俺が悪いのに」
「いいんだ。お前はたまたま悪い奴に騙されたんだ」
「そうそう。勝己は悪くない。幸いまだ私たちも元気に働けるし、大丈夫」
「母さん、父さん・・・・・・ごめんなさい」
私は病室を後にしながら、母親が背中に隠していたカバンの中身をしっかりと見た。カバンには返しきれなかったであろう分の金の借用書が無造作に突っ込まれている。決して安くはない額だ。貸したのは押井金融。金利の高い個人金融会社だ。
私は何も言わず、そっと病室を後にし、次の被験者の元へと向かった。
『CASE6 被験者4の場合』に続く
次話もお楽しみに!




