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CASE4 被験者2の場合

レポート2


 次に協力してもらった被験者2(以下2とする)を通して、私は人の感情そのものを目の当たりにしたと思う。尊敬と軽蔑はちょっとしたことでひっくり返ってしまう。人の感情の脆さを目の当たりにした時、周りはどうなるか。実に興味深い実験だった。


「あの女だけは。白石彩だけは許さない」


 まるで鬼の顔のようになった2は、私から受け取った装置を強く握りしめて光に包まれた。

 それから2は周到に準備を始めた。まず白石という女の近辺を探偵顔負けの根気で洗っていく。


『いつも有難うございます』

『いえいえ。こちらこそ、ゆきさんは教え甲斐のある優秀な子ですので、私も毎週この時間を楽しみにしているんですよ』

『先生のお陰であの子の成績も上がって、表情も明るくなりました。噂通りの素晴らしい先生で大助かりです』

『そんなことありませんよ。ゆきさんの努力の賜です』

『先生またねー』

『はーい。また来週、今日の続きを勉強しましょう』


 白石は家庭教師をしている。生徒宅の駐車場に停めた白石お気に入りの赤い車は、彼氏からの贈り物だ。技術が発達したとは言え、全自動運転機能付きでホバリング走行も可能な車は、今でこそ幾らか安くはなったと言っても、この年代では簡単には買えない。

 白石が近づくと主の乗車を喜ぶように高級車が自動で鍵を開け扉を開ける。生徒の親から貰ったらしい土産を助手席に放り投げ、形だけの運転席に白石は腰を下ろす。


『ホント、ちょろくて楽な仕事』


 白石のカバンに仕掛けられた小型のAI追尾式カメラ――通称蜘蛛カメラ――で全て筒抜けだ。この機械はこの年代には違法ロボットとして規制が敷かれたはず。機械いじりが趣味というのは事前調査でわかっていたが、改造してステルス機能までを付けているとは。ここまで2が本気とは予想外だった。


「あいつは僕の同僚でもあるんでね。こういう小細工はいくらでもチャンスがあるんですよ。と言っても向こうは僕のことなんて気にも留めてないでしょうけど」


 白石と2は押井学習塾という塾の家庭教師部署を担当していた。この地域ではなかなかに大きな学習塾で、塾に通う方法と家庭教師をつける方法、オンラインで授業を受ける方法とを選べるところが売りだ。先生たちのレベルも高いと親からの評判も良かった。

 そんな大きな塾の先生をしている白石は、お金には困っていない。正直働かなくても、資産家の彼氏が白石の欲しい物はすべて買い与えていたのだから。

 見た目も華やかで美しい女性だった。しかしその実態は欲にふしだらな女で、その見た目と聞こえのいい言葉を使って、家庭教師をしている家の夫との不倫を楽しんでいたのだ。今出てきた家の夫もその火遊び相手の1人。


『そろそろこの家も潮時かしらね』


 蜘蛛カメラの向こうで白石が言った。次の日、会社から過去の2(以下2βとする)に、『白石が辞めたので担当していた生徒宅へ代わりに行ってほしい』と連絡が来たようだった。2によるとここまでは記憶の通りらしい。そして生徒宅へ行って、白石と生徒の父親の不倫に気づいてしまう。そういう流れだったと。

 白石が『先生』の仕事を辞めて3週間経った頃、2はすべての準備を済ませて「動きます」と宣言した。

 まず手始めに白石が最後に担当していた生徒に協力してもらい、「明日、ご相談したいことがあります」と白石を呼び出してもらった。もちろん2は、2βの振りをして協力を依頼している。場所は白石の彼氏の自宅近くのカフェだ。私と2も軽い変装をして2人の席の近くに陣取り、様子を見守る。


「ゆきちゃんどうしたの? もしかして新しい先生と何かあった?」

「いえ、新しい先生とは順調です。急に先生が辞めたって聞いて驚きましたけど・・・・・・」

「それはホントにごめんなさいね。母が骨折してしまって、落ち着くまで世話をしなくちゃいけなくなって」


 もちろん嘘だ。白石の母親は元気なことも調査済みだ。


「先生も大変なんですね。あの、実は・・・・・・母が倒れてしまって」

「え!? お母様が?」

「はい。ストレスでってことだったんですけど」

「まぁ、あんなにお元気そうだったのに。きっと人には見せない心労がお有りだったのね」

「そうですね。母は強い人ですから。それで、先生は母ともよく話してましたし、何か心当たりが無いかなと思ったんです」


 鋭い視線が確信を持って白石を射貫く。この生徒、子どもながらに随分と演技が上手い。


「さ、さぁ。ゆきちゃんのことはよく話していたけど、ストレスを溜めていらっしゃるようなことは聞いてなかったかな・・・・・・ごめんなさいね」

「いえ・・・・・・そうですか」

「早く快復なさると良いわね」

「・・・・・・あの、良ければ叔父の家に遊びに行きませんか? ここから近いですし、叔父は結構お金持ちなので、お時間作って頂いたお礼に美味しい物を出してもらいます!」

「でもそんな、悪いわ。私はなんにも役に立てなかったし」

「何言ってるんですか。実はもう叔父には言ってあって、準備はできてるんです!」

「まぁそうなの? それじゃあお言葉に甘えようかしら」


 白石は下品な笑みを隠さなかった。大方、お金持ちの叔父がいたなんてラッキーとでも思ったのだろう。次のターゲットになるかどうか、もう頭の中は算段を始めているのかもしれない。

 私たちは先回りしてその叔父の家へ急ぐ。確かにすべての準備が整っていた。そこへ白石と生徒がやって来る。


「どうぞ、ここが叔父の家です」

「へ?」


 2人が玄関でやり取りしているのが聞こえる。そう、ここは白石の彼氏の家だ。ついさっきまで白石が居た場所なのだから、驚くのも当然。ここに居る全員が2に協力的だった。

 リビングのドアが開かれた。その瞬間白石の体は完全にフリーズした。


「な、なんで・・・・・・」

「どうも、白石先生。僕は今、ゆきさんの家庭教師をしています。他の方たちのことも、よくご存じですよね」


 眼鏡をかけた長身の2が不気味に笑う。さっきまで快適に過ごしていたリビングに、今まで白石が『先生』をしてきた家の母親たちが待ち構えていたのだ。


「あ、あの、一体・・・・・・」

「僕が呼んだんです。皆さん貴女に会いたいと仰ったので」

「説明してもらうぞ、彩」


 鬼の形相となった彼氏が白石の後ろに立っていた。

 2時間後、さっきまでの緊張はすっかり消えて、目の前の大きなパフェを満面の笑みで食べ尽くさんとしている生徒、ゆきの前に私と2は座っていた。


「さっきの今でよく甘い物が入るね」

「だって嘘交えて話すのすっごい緊張したし、すっごい修羅場だったし、うちまだ中学生だし」

「若いってのは素晴らしいね」

「先生だって若いでしょ」

「そんなことはないよ。君のお母さんと同い年だからね」

「え、そうなの?」

「僕は結婚しなかったから、君のお父さんみたいに老け込まなかっただけさ」

「ふーん」


 ゆきは急に手を止めて、声を低くして言った。


「有難う。あの女をとっちめてくれて」

「いや、むしろ巻き込んでしまって済まなかった。君のお陰で叔父さんともコンタクトが取れたし、準備する時間も作れたのは助かったが・・・・・・」

「いいのいいの! うちもスカッとしたし! けどなんで先生が? ていうかお母さんの知り合い? そもそも先生の隣のそのおじさん誰?」

「質問が多いな。この人は先生の恩人だ」

「どうも、おじさんです。私のことはそうだな、彼の主治医兼友人だとでも思っておいてくれ」

「ふーん。ま、白衣だもんね」


 話しながらも巨大なパフェはみるみるうちに減っていく。恐るべし、女子中学生の胃袋と言ったところか。


「君のお母さんとはね、高校の同級生だったんだ。彼女はマドンナ。私のような目立たない男子には手の届かない存在でね。でも彼女はそんな私にも平等に、優しく接してくれた。だから」

「だからずっと好きだった? いやだー! 純愛!? ドラマみたーい! それでそれで?」

「ませた子だなぁ。まぁいいか。辞めた白石の代わりに僕が君の家に行った日、まさか君の母親が彼女だったなんてと思ったよ。でも君のことや旦那さんのことを聞いて、幸せにしてるんだって思った。僕はそれで良かった。家族写真を見て・・・・・・あの女と・・・・・・腕を組んで歩いていたのが君のお父さんだったと知るまでは」


 2人の会話が途切れた。2は下を向き、両の手の拳を強く握りしめている。すべて終わったのに、まだ怒りは収まっていないらしい。ゆきがパフェを食べる手を止めて、静かに会話を繋いだ。


「それであの女を調べたってわけね。それにしてもすごい数の写真だったよね」

「僕も驚いた。君の叔父さんには悪いことをしたかな」

「叔父さんのあんな姿は初めて見た。でも、プロポーズする前でよかったと思う」

「同感だね。さて、あの女がすべてを失うところも見られたし、僕はそろそろ帰ろうかな」

「え、帰るの?」

「うん。君もお母さんが家で待ってるだろ?」

「そうだった! 今日は離婚記念パーティーやるって張り切ってたんだった! パフェご馳走様でした! またね!」


 残り数口分だったパフェを飲み込むようにして口に入れ、頬をぱんぱんに膨らませてリスのように駆けて行く少女。それを見て2は小さく笑った。私は横のボタンを押す。光の輪が2人を包んだ。

 光が消えると、私たちが出会った公園のベンチに戻ってきていた。私は黙って2の言葉を待つ。


「これで、良かったのだろうか」

「というと?」

「白石のせいで愛する女性が心を壊し入院したというのに僕は何もできなかった。心配だったが臆病だったせいで、ただ彼女の周りをうろつくことしかしなかった。挙げ句ストーカーと思われ、警察が来て、僕は咄嗟に暴れて呆気なく逮捕。接近禁止令が出て釈放される頃には、彼女は遠くへ引っ越してしまった後だった。ここで打ちひしがれて座るだけだったそんな僕に、貴方は希望をくれた。しかし」

「戻ってきて、何か変わったのだろうか、と?」

「えぇ。結局彼女の今はわかりませんし」

「・・・・・・そうでもないようですよ。では、私は失礼します」

「え?」


 私が身を翻して去るのと同時に、2を呼ぶ女性の声がした。


「加賀屋くーん! ごめん、待った?」

「え、え。君は・・・・・・」

「なぁに? 遅れたから怒ってるの?」

「いや、怒ってなんて」

「色々お世話になったし、片を付けるまで時間が掛かっちゃったけど、お礼も兼ねてデートしてほしいって言ったの、私は本気だよ?」

「ま、参ったな。ははは。未来は変わったというわけか」

「え? なに? なんの話?」

「なんでもない。こっちの話」


 楽しそうな2人の会話は唐突に止む。


「し、白石・・・・・・なんでここに?」

「あんただけ・・・・・・あんただけ幸せになるなんて許さない!」


 その後、どすっと勢いよく刃物が肉に刺さる音が聞こえた。2が訳のわからないことを叫んで、白石がケタケタと大声で笑っている。マドンナの声は聞こえない。私は振り返らず、装置のスイッチを押して次の被験者の元へと向かった。



『CASE5 被験者3の場合』に続く

次話もお楽しみに!

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