朝起きたら、かの有名な悪役大佐の左腕になっていた
朝、起きたら世界が変わっていた。
俺……、誰だっけ? と首をひねる。
馬飼野車畜男27歳、ただのよくいる会社員だったはずだ。
ただの板にシーツだけ敷いたようなベッドから身を起こすと、周りでは物騒な爆撃音のようなものが響き渡っている。
どーん……
グワッシャァーン!
ひゅるるるる……
「なんだ、ここ?」
俺は寝ぼけまなこを擦りながら、誰に聞くともなく呟いた。
「夢……? にしても、なんかおかしいぞ、これ」
何を見ても現実感がない。
VRゲームの中に入り込んだように、すべてのものがアニメチックだ。
コンピューターで着色されたような木の壁は──しかし触れることができる。
しかし、その壁に触れる自分の手は、まるでアニメキャラの手のようにポップなデザインだった。
「参謀長!」
そう叫びながら、血相を変えて黒メガネをかけた男が部屋に飛び込んできた。
「ムジカさまがお呼びです! 早急に甲板へ!」
その男の姿も、どう見ても2Dのアニメキャラだった。
男の背中について甲板へ行くと、そこに臙脂色のスーツに身を包んだ紳士が立っていた。
「……来たか、メガネ」
そう言って振り向いたその顔に、見覚えがあった。俺のことを『メガネ』と呼びながら、そいつもお洒落な赤メガネをかけていた。
確かこれ、有名なアニメ映画に登場する悪の大佐だ。名前は……なんだっけ。
そうだ黒メガネが言ってたじゃないか、ムジカ大佐だ! そのアニメじつは観てないからよく知らんけど……でも有名だからコイツの顔ぐらいは見たことある。
どうやら俺はアニメの世界に入り込んでしまったようだ。しかも悪役側の参謀長だなんて……なんてやられ役確定なポストだ。
空を飛ぶ船の甲板から見下ろすと、戦闘機による空中戦が繰り広げられていた。
赤いのと青いプロペラ機がたくさん飛び交っていて、激しく機銃掃射をやり合っている。
俺には赤と青、どっちが敵軍で、どっちが味方なのかわからなかった。
しかし見た感じ、というよりどう見ても、赤軍が優勢だ。青い戦闘機が煙をあげながらじゃんじゃん落ちていく。それを大佐が満足そうに見てるということは、我が軍が赤のようだ。
大佐がニヤリと笑いながら、俺に言った。
「見ろ、人間が、まるで……」
考えてるようだ。
歴史に残るような比喩を。
俺は知っていたので、助け舟を出してあげた。
「人間がまるでゴミクズのようですね」
「フハハハ! うまいことを言うな、おまえ!」
大佐は大笑いすると、急に不機嫌になった。
「私のセリフを取るんじゃない!」
「すみません」
大佐はしばらく沈黙すると、またニヤリと笑いを浮かべ、言った。
「人間がまるで……殺虫剤を噴きかけられたハエのようだな」
自分の言葉で言おうと、しばらく沈思黙考してたようだ。ひどいたとえだと思ったけど、黙っておいた。
でも俺……これ、何をすればいいんだろう?
参謀長らしいが、戦争の知識なんてまるでないぞ? 無能がバレたらこの悪の大佐に始末されるんじゃないか?
そうだ! 現代社会の知識を駆使して活躍を……! って思ったけど俺、与えられた仕事をただこなすだけのサラリーマンだったからなぁ……。趣味も特にないし、何のスキルももってなかった。
……ま、いいか。脇役だし。
大佐をヨイショさえしてれば問題はないだろう。楽なポストだ。
俺にとって何よりの問題は、現世に帰れるかどうかだ。早く会社に帰ってやり残したあの書類、片付けなきゃ部長に叱られる!
「ムッ……?」
大佐が見下ろしていた視線をさらに下に向ける。
「あれは……なんだ?」
俺も見下ろすと、船の真下あたりに巨大な何かがふわふわと漂っているのがわかった。あれは……
巨大なミジンコだ!
「ちょーん……」
そんなミニマムな声で鳴くように言うと、ミジンコの黒目が、赤くきゅぴーん! と光った。
「お……、怒っています!」
俺は思わず声をあげた。
「あ、あれは危険だ!」
きっと自然を破壊する愚かな人間に怒っているのだと思った。
「怯えることはない。ただのミジンコだ」
そう言うと、大佐のかけているメガネもきゅぴーん! と光った。
大佐がメガネをはずした。
大佐の目に赤い光のエネルギーが充満していた。
ゴォォッ!
X-◯ENのリーダーのように、あるいはホームラ◯ダーのように、大佐の両目から滝のような真っ赤なビームが発射され、ミジンコを襲う!
「ミジンコを舐めるなよ」
幼女のような声でそう言うと、ミジンコも目から真っ赤なビームを、天を衝く龍のごとき勢いで発射する。
二つのビームが空中でぶつかり合う!
俺が聞いたこともないほどの爆音が響いた。
「ハハハハ! 3分だけ待ってやる! 消えろ!」
大佐はそう言うと、ほんとうは3分も待つつもりはないようで、さらに目から発射してるビームの威力を強めた。
「トラウマになりまちた」
ミジンコがタラちゃんみたいな声を出す。
「万華鏡写輪眼ビーム、出しまちゅね」
ミジンコの出すビームもめっちゃ強くなった。
ヤバいな、これ、俺、死ぬかも?
でも大丈夫。大佐は強いから、べったりくっついていれば──
あるいは俺は『メガネ』としか呼ばれないただの脇役キャラだから、べつにここにいる必要はない。逃げればいいんだ、こんなとこ。そんなことを思ってた頃が俺にもあったな〜。
どっかーーーん!
世界が吹き飛び、エンドロールが流れだした。
俺の名前を探すと、『メガネ』の文字はちゃんとそこにあった。
しかしこのアニメ作品、メガネキャラがとにかく多いらしく、次々と『メガネ』『メガネ』『メガネ』ばっかりで、俺の存在は塵のように消えてなくなったのだった。
まぁ……、いいか。
たかがアニメの出来事だしw