3話 黄黒の君
はぁそれにしても長い…
初めは真剣に聞いていたものの、同じ話の繰り返しに完全に飽きてしまった私。
校長の話は右から左へと通り過ぎていく。
俯いたまま、ただただ時間が過ぎていくのを待っていた時、体育館が大きく揺れるほどの黄色い歓声と人々の熱気で包まれた。
突然の出来事に大きく体を飛びあがらせた。
一体何事?そう思い視線を上にずらす。
そこには校長の横に佇む1人の男子生徒の姿があった。
「鬼崎燈夜です。よろしくお願いします。」
そう簡単に挨拶する彼の声は、女子生徒の黄色い声にかき消されることはなく、一言一句真っ直ぐ耳に届く。
絹を撫でるような、なめらかで艶のある声が風に乗って静かに響いた。
挨拶とともに軽く頭を下げた彼の姿に、まるで時間が止まったかのように目が釘付けになった。
噂通りの高身長に水底に沈む金糸のような、黄黒色の髪をしていた。
目にかかった前髪を少し庇うように顔を上げた彼とピタッと目が合った。
彼の瞳は漆黒に微かなる藍色を宿していた。遠く離れているのに、まるで目の前に巨大な渦潮ができたかのような、全身を吸い込まれそうな圧に襲われ、思わず後ずさってしまう。
吸い込まれてしまいそうなほど澄んだ瞳の奥には、彼が放つ圧倒的な存在感とは裏腹に、どこか寂しげな影が揺れていた。その時私は、年相応の男の子とは掛け離れた、彼の中に秘められた違和感を感じとった。
そんな事を考えているうちに彼は舞台袖へとはけていく。
「ねぇ!椿!すっごいイケメンだったね!
私腰が抜けちゃうところだったよ」
私の肩に手を乗せて前のめりに話す夏鈴。
本当に綺麗な人だった、と私も思う。
「そうだね。これから女の子達の人気の的になっちゃうね」
「もう充分既に人気者だからね〜。鬼崎くん何年生なのかな?」
「確かに自己紹介の時学年言ってなかったね」
「うん!でも雰囲気見てると先輩ぽいよね!
なんだか大人びて落ち着いてたし!」
やはり彼の雰囲気が年相応に感じなかったのは私だけではなかったのか。
不思議な人だな。
それからあっという間に始業式も終わりを迎えた。うちの学校では始業式が終わったあとにクラス替えの一覧表がホワイトボードに張り出されていく。みんなの楽しみはここからが本番。
夏鈴と共にホワイトボードへ足を進める。
1年生は夏鈴と同じクラスだったけど今年はどうなるんだろう。友人のいない私にとっては夏鈴の居ないクラスはかなり致命的だ。
人だかりに近づくにつれてあちらこちらから、
「ねえねえ鬼崎くん何年生なんだろ!うちらと同じクラスになれるかな!」
「やばいマジで一目惚れしたんだけど!ねぇ後で声掛けに行こーよ!」
と鬼崎くんの話題で持ちきりだった。
「鬼崎くんも人気だけど椿も中々だねえ?」
「え?なにが?」
夏鈴の言っていることが分からずにいると張り出された紙の前で両膝を着いて祈っている生徒達を見かけた。
「今年こそは!結城さんと一緒のクラスになるんだ!!神様俺に御加護を!!!」
「俺たちこの日の為に、春休みボランティアをして徳を積んだんだ!!」
「「こい!結城さーん!!!」」
……。
この2人を真似たように後ろにざっと5、6人が横並びに並んでいた。先頭の2人の肩にはピンク色のタスキが掛かっていた。なんだあれは?目を凝らすと、そこには白色の文字で「YUISHIRO♡LOVE」と書かれていた。
絶句だ。さすがに言葉を失う。
タスキをかけたこの2人は九条くんと吉沢くん。
中学3年生の頃、結城椿を愛でる会とよく分からないファンクラブを発足させた会長と副会長だ。
発足されて約3年こんなにも知らぬうちに信者をつけたとは末恐ろしい。
「いや〜!流石ですな!相変わらずの椿愛で溢れてるよ!」
「からかわないで」
「からかってない!からかってない!」
「ほら」
夏鈴がポケットの生徒手帳からゴソゴソとなにかを取り出した。
「……夏鈴、それ」
思わず言葉を失って、呆然とカードを見つめた。ホログラム加工されたそのカードは、光の加減でキラキラと怪しく輝いている。見覚えのある、でも見たくない文字がそこにはあった。
それは【結城椿を愛でる会 No.4】の文字
「そう!これ! 私も入会してたんだよ!」
夏鈴は得意げな顔で胸を張る。
「は、はあ!?」
「だって、椿が愛でられる会だよ?そんなの私が入らなくちゃ何も始まらないよ〜!
それに九条くんたち、すっごく真剣にやってるんだもん。これは入会するしかないでしょ!」
「いや、そもそもそんなものあってたまらないと言うか。ちゃっかり4番目に入会してるし……。2人が勝手にやってるだけじゃないの?」
「えー?他にもメンバーたっくさんいるよ!ほら裏にちゃんと規約も書かれてるし、会員限定のグッズもあって。これとか!」
そう言って、夏鈴はカバンからピンク色のハンカチを取り出した。ハンカチの隅には、先ほどのタスキと同じ「YUISHIRO♡LOVE」の文字が刺繍されている。
「……ほんと信じらんない」
こんなものまであるなんて頭を抱えたくなる。
夏鈴は満面の笑みで
「入会、おすすめだよ!」とまで言ってくる。
一方、九条くんと吉沢くんは、まだホワイトボードの前で祈りを捧げている。その姿はまるで、真剣な宗教儀式のようだ。その横で、面白がって真似て跪く生徒たちも増えていき、もはやちょっとした集会になっている。
「もう早く行こう」
人だかりをかき分けて夏鈴の手を引きホワイトボードの前にたどり着く。自分の名前を探すため、視線を紙の上に滑らせる。
「「あった!」」
同時に目線がぶつかり合う。お互いが刺した指先は逆方向を指さしていた。
「2年C組、結城椿」
「2年D組、横山夏鈴」
お互いの名前を見つけてため息を漏らす。
「椿クラス離れちゃったよ!」
私の腰にうずくまって抱きつく夏鈴。
「そうなる予感はしてたけどやっぱり悲しいね」
ポンポンと夏鈴の頭を撫でながら、大丈夫大丈夫と励ます。
「離れてても遊びに行くよ!それにほらE組に同じ部活の子達いっぱいいるよ」
「……え?」
夏鈴はまだ自分の名前以外見ていなかったのだろう。暗かった顔が一気にパッと明るくなった。
コロコロと笑いながら「ほんとだ〜!よかった〜!」と喜んでる姿を見て私も自然と嬉しくなったその時、ホワイトボードの前がさらにざわついた。
「嘘だろ……」
「マジかよ……」
落胆と驚きの声が聞こえる。何事かと思って目を向けると、九条くんと吉沢くんの姿が。
「もう俺は確信したぞ!これは教師の陰謀に違いない!!」
「九条!同じことを思った!何故こんなにも思っているのに思いが届かないんだ!」
なんてわーわー叫んでる2人にギャラリーから笑い声が飛び交う。
「逆だろ逆。そんな必死にファンクラブ作ってるやつと一緒にするわけねぇだろ。あぶねーよお前ら」と笑って言う男子生徒が1人。
彼の言う通り、教師が野放しにするはずはない。そうだそうだ。と心の中で頷く。
そう言われぐうの音も出なかったのか2人は
「は、はは……」
と乾いた笑いが口から漏れていた。
この人たち、一体どこまで本気なんだろう。
そして、ふと、視線が同じ紙の別の場所に止まった。