表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/3

1話 雨と声

薄闇の部屋に、カーテンの隙間から差し込んだ光が、一瞬にして部屋を白く染め上げる。少し間を置いて、遠くで落雷が響き渡った。

その音を聞く度に大きく心臓が跳ね上がる。

そこに圧をかけるかのように忙しなく雨風が強く吹きつけ窓をカタカタと揺らしながら色んな音が部屋中にこだまする。



雨なんて大っ嫌い。



眉間に精一杯の力を入れながら両耳を枕でこれでもかというくらい押し付ける。

物心着いた頃から雨や雷が大嫌いだった。

ただの子供っぽい理由の【嫌い】だったはずなのに、いつから雨は私の大切なものを次々と奪っていった。……まるで呪いのように。



悪天候を嫌う人は私だけではない。ただ私にとっては一生過去に縛り付けて離さない呪いの様なもの。



一瞬で心臓を鷲掴みにされるような不安感と焦燥感に押しつぶされそうになる。そして荒れた天気の日には決まって見る夢がある。

それは決して悪夢ではない。

ただその夢を見たあとはぽっかりと胸に穴が空いた様な酷く寂しい気持ちになる。



だから天気が荒れる前に嫌な事を思い出したくなくて、少しでも早く眠りに着きたかった。急いで布団に入ったというのに焦る気持ちだけが大きくなって目が冴えてしまう。そんな私を大雨と何度も落ちる雷が追い打ちをかける。



溜息をつきながら枕元で充電しているスマホを手探りで探し画面をつける。画面の明るさに視界をできるだけ細めながら時刻を確認すると午前1時38分と映し出されていた。


布団に入ってから早2時間を経とうとしている。

春休みが終わって寝て目が覚めたら新学期が始まると言うのに起きれるのだろうか。


ただただ雨が通り過ぎるのを秒針の微かな音と重たくなる瞼を感じながら天井を見つめ続ける。



どのくらい経っただろうかどこからか声が聞こえてくる。気がつくと当たりは深い闇で覆われていた。




「……き……っ、……っ……」




どこからか微かに声がする。

耳に意識を向けようとした途端微かに体を左右に揺らされる。

突然の揺れに驚いてハッと息を吸おうとしたが何故か上手く空気が吸えない。肺に酸素を上手く取り入れられなくて息苦しさを覚える。




「……っ!……ば…………きっ……」




その声は少し低く、私の耳に心地よく響く。

ずっとこの声を聞いていたい。まるで深い闇に沈む私を現世に引き戻してくれる命綱のようだ。



そんな私らしくない考えが浮かんで驚いた。


声と揺すられる感覚はまだあるのに、ただ変わらず漆黒が広がっているだけの空間に少しずつ不安が増していったその時、




「…っ…ば………………椿!!!」




バサッ!!

被っていた布団を思いっきり剥ぎ取り肩で呼吸を整える。



「ハァ………ハァ……ッ。」



またいつもの夢だ。

先程まで吸えなかった酸素は今ではしっかりと肺まで届いている。

額には汗でぴったりくっついた前髪。

目から一筋の涙が手の甲に滴る。



いつもの男性の声。最初は微かになにか聞こえる程度の声量が段々と大きくなるに連れて明確なものに変わっていく。



「またあの夢だ。泣きたくないのに涙が止まらない……」



私の感情とは裏腹に涙が絶え間なく溢れ出す。

何故かその声に呼ばれる自分の名前が愛おしく感じて仕方が無い。



幼い頃から何度も見る夢なのに今回はいつもと違った。

今までは微かに聞こえるだけだった男性の声が今日初めてハッキリと聞き取れた。初めて彼に名を呼ばれた。

あの息苦しさも体を揺すられる感覚も初めてだったのに。目が覚めても怖いと感じることはなかった。



ただ涙だけが止まらない。



目元にたまる涙に反射して光が瞳の中に差し込んでくる。


眩しい。


ふと窓に目を向けると昨日の雷雨が嘘のように太陽のあたたかな光で部屋を満たしていた。それと同時に私の五感が朝6時台の空ではないことを訴えかけてくる。



「え……、今何時!?」



スマホを手に取り画面をつけると7時21分を指していた。本来起きようと設定していたアラームの時刻を大幅にオーバーしていた。

夢に浸ってる場合ではなかったみたいだ。




前日のうちに姿見にかけておいたクリーニング上がりの着慣れた制服に袖を通して、スリッパをパタパタと鳴らしながら勢い良く階段を駆け下りる。


朝ごはんは始業式だけだし抜いちゃおう。

洗面台の鏡には泣きはらして酷い顔の私がいた。冷水で顔を冷やし簡単なスキンケアとメイクをすませる。寝癖まで直す時間のない私は時短も兼ねて毛先だけをヘアアイロンで巻いて誤魔化してしまう。


顔周りだけでも巻いていればそれ相応な高校生の女の子に見えるはずだ。


階段をおりてすぐの和室の襖を勢い良く開けてスリッパを脱ぎ捨て数歩歩いて畳に座り込む。



チーーンッ……


何度も嗅いでも慣れない白檀の香りが鼻を通り抜けていく。




「お父さんお母さんおはよう。

昨日の雨すごかったね。

でも今日はすっごく天気いいんだよ!

それにね今日から私高校2年生になるの。

お母さんたちってば私の仕立て上がった制服姿見て『まだまだ幼くて似合わない』って笑ってたけど、そろそろ制服姿も様になってきたでしょ?

2人にもちゃんと見せたかったな…。」



「なんてね!

それじゃ遅れるから行ってくるね。」



通学バッグに生徒手帳と今日提出するための課題を詰め込む。その横で短く立てた線香から静かに煙を上げている。全ての用意を終え、燃え尽きた線香を確認すると私は立ち上がって静かに襖を閉じる。玄関を出て通い慣れた通学路を進んでいく。




このたびは、数ある作品の中からこの物語を手に取っていただき、心より感謝申し上げます。


物語の主人公である椿が経験する、不安と希望の葛藤が、少しでも皆様の心に響くことを願っています。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ