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希望の種子、星に咲く

作者: Osmunda Japonica

希望の種子、星に咲く

ヤシマの星は死にゆく惑星だった。赤茶けた大地に、風が運ぶのは砂と諦めだけ。かつて「青の星」と呼ばれたその面影は、もはや人々の記憶から消えつつあった。この星で生きる人々は、汚染された大地で細々と暮らす地上民と、高度1000キロの軌道上に浮かぶ理想郷「ハナサキ」に住む特権階級に分かれていた。


ハナゾノ・ケンは地上民の一人だった。彼の生活は、ジャンク品の修理と、祖父が遺した小さな温室の世話で成り立っていた。温室の中には、祖父が命を懸けて開発した遺伝子操作植物がわずかに生き残っていた。しかし、どれもひどく弱々しく、ヤシマの過酷な環境には耐えられそうになかった。


「おじいちゃん……」


ケンは、手帳に挟まれた古い写真を見つめていた。若かりし祖父と、満開の花畑に立つ祖母。祖父の研究は、この星の自然を再生させることだった。しかし、軌道都市ハナサキに本拠を置く巨大企業「イヌカイ・インダストリー」に研究データを奪われ、祖父は失意のまま亡くなった。


その夜、ケンは温室の片隅に隠された小さな木箱を見つけた。中には、まるで宝石のように輝く一粒の種子が入っていた。手帳には、祖父の震えるような筆跡でこう記されていた。


『これは、希望の種。ヤシマの生命のプロトコルを起動させる鍵だ。決してイヌカイの手に渡すな。』


その種子を手に取った瞬間、温室のセンサーが激しく点滅し始めた。不審に思ったケンが外を覗くと、無人のドローンが彼の住居を撮影していた。イヌカイ・インダストリーの監視システムだ。ケンは急いで種子を胸に隠し、ベッドに潜り込んだ。


翌朝、ケンの家の前に一台の重厚なホバーカーが停まった。中から現れたのは、イヌカイ・インダストリーのCEO、イヌカイ・ゴウだった。彼は冷たい目でケンを見据え、言い放った。


「君の祖父の研究データに、未登録の『希望の種子』の存在が示唆されていた。それを引き渡してもらおうか」


ケンは必死に否定したが、イヌカイは耳を貸さない。


「無駄だ。君の祖父は我々の研究を妨害しようとした反逆者だ。その遺産は、すべて我々のものだ」


その時、ケンは祖父の言葉を思い出した。「希望の種子」は、ヤシマを救う最後の手段。これを渡すわけにはいかない。ケンはイヌカイに背を向け、温室の奥へと駆け込んだ。


その日の夜、ケンは祖父の遺した古い宇宙船の残骸を見つけた。それはかつて、祖父が宇宙を旅するために使っていたものだという。ケンは残骸の中から、壊れた操縦桿と、錆びたエンジンを見つけた。


「これを直せば、ハナサキに行けるかもしれない」


ケンは、祖父の遺した修理ツールを手に取り、無謀な修理を始めた。


軌道都市への潜入

数日後、ケンの家はイヌカイ・インダストリーの部下たちによって徹底的に捜索された。幸い、ケンは修理を終えた宇宙船で脱出に成功していた。彼は荒廃した大地を離れ、宇宙へと飛び立った。


「ハナサキ」は、まるで夜空に浮かぶ巨大な真珠だった。内部に広がるのは、豊かな緑と清らかな水。地上の人々が夢にも見ることのできない、完璧な楽園だった。ケンは宇宙船をハナサキのメンテナンス用ドックに隠し、内部へと潜入した。


ハナサキの街は、遺伝子操作された植物が咲き乱れ、芳醇な香りに満ちていた。地上では絶滅したはずの蝶が舞い、鳥たちが歌を奏でる。しかし、ケンはそこに違和感を感じた。この完璧な楽園は、どこか空虚で、生命の躍動感が欠けているように思えたのだ。


ケンは、祖父のデータが保管されているはずの研究施設を目指した。途中で見つけたイヌカイ・インダストリーの制服を身につけ、監視システムをかいくぐりながら進む。


しかし、彼の前にイヌカイ・ゴウが現れた。


「まさか、ここまで来るとはな。だが、もう終わりだ」


イヌカイは、ケンの手に握られた種子を指差した。


「その種子は、我々が開発した『最終兵器』だ。ヤシマを滅ぼし、新たな生命を創造するための。しかし、君の祖父がそのプロトコルに不完全なデータを組み込んだ。そのせいで、我々の計画は中断された」


ケンの祖父は、ヤシマを滅ぼそうとするイヌカイの計画に気づき、密かにプログラムを改ざんしていたのだ。


「祖父は、ヤシマを救おうとしていたんだ」


「愚かな! ヤシマはもう手遅れだ。新しい星を創るしかない」


イヌカイは、ケンに襲いかかった。ケンは必死に応戦したが、イヌカイの攻撃は凄まじかった。彼はケンの体を打ち据え、種子を奪おうとした。


希望の種子、その真実

追い詰められたケンは、温室で見つけた古い工具を取り出し、イヌカイの腕に突き刺した。イヌカイは悲鳴を上げ、種子を落とした。ケンは種子を掴み、研究施設の奥にあるメインサーバーへと向かった。


そこには、巨大なコンピューターが置かれていた。このコンピューターこそが、ハナサキの生態系を維持し、ヤシマの生命のプロトコルを管理する「生命の母体」だった。


ケンは、種子を母体のスロットに差し込んだ。すると、母体のモニターに、祖父の顔が映し出された。


「ケンよ。この種子を母体に差し込んだ時、ヤシマの生命のプロトコルが起動する。だが、そのプロトコルは、ヤシマの星全体をリセットするものだ。ハナサキの生態系も、地上の生命も、すべてが消滅する。そして、ゼロから新しい生命が創造される」


ケンの祖父は、イヌカイの計画を阻止するために、すべてを消滅させるプログラムを組み込んでいたのだ。


「そんな……」


ケンは絶望に打ちひしがれた。このままでは、地上で暮らす人々も、ハナサキで暮らす人々も、すべてが消滅してしまう。


その時、ケンは温室で育てていた植物のことを思い出した。祖父が残した、弱々しい植物たち。彼らは、過酷な環境にも負けず、わずかに生命を繋いでいた。


ケンは、祖父が残した手帳を開いた。そこには、祖父の最後のメッセージが書かれていた。


『ケンよ。このプロトコルは、ヤシマの星を再生させるためのものだ。しかし、このプロトコルを起動させるためには、お前が育ててきた植物たちの遺伝子が必要だ。お前が育てた植物たちが、この星を救う鍵なのだ』


ケンは、祖父が残した植物たちの遺伝子データを、母体に送り込んだ。すると、母体のモニターに、新たなプロトコルが映し出された。


「希望のプロトコル」


それは、ヤシマの星の生態系を破壊することなく、新たな生命を創造するプロトコルだった。


最後の決戦

ケンは、希望のプロトコルを起動させた。すると、母体から眩い光が放たれ、ハナサキの街全体を包み込んだ。街の植物たちは、一斉に花を咲かせ、新たな生命の息吹を感じさせる。


しかし、イヌカイが最後の抵抗を試みる。彼は、ケンに襲いかかり、プロトコルを中断させようとする。


「愚か者! この星は、私が支配する!」


ケンは、イヌカイの攻撃をかわし、母体の制御盤に手を伸ばした。


「この星は、誰のものでもない! みんなの星だ!」


ケンは、イヌカイの攻撃を避け、母体の制御盤を操作した。すると、母体から放たれた光が、イヌカイを包み込んだ。


イヌカイは、光の中で苦しんでいた。彼の体から、イヌカイ・インダストリーの紋章が消えていく。そして、彼の表情から、憎しみと傲慢さが消え、穏やかな表情に変わった。


イヌカイは、光の中で、ヤシマの星の再生を見つめていた。そして、彼は静かに、ケンに頭を下げた。


「ありがとう……」


新たなヤシマ

光が消えた後、ハナサキの街は、以前と変わらぬ美しい姿を保っていた。しかし、そこにいる人々の心は、以前とは違っていた。


ハナサキの人々は、地上の人々と手を取り合い、ヤシマの星の再生を目指すことになった。そして、ケンは、ハナサキの指導者として、ヤシマの未来を導くことになった。


ケンは、イヌカイ・インダストリーの技術を使い、地上の再生を始めた。そして、彼の育てた植物たちは、ヤシマの星全体に広がり、美しい花を咲かせた。


ヤシマの星は、再び「青の星」へと生まれ変わった。人々は、ケンを「花咲かじいさん」と呼び、彼の功績を称えた。


ケンは、ハナサキの街を見下ろし、祖父の言葉を思い出していた。


『希望の種子。それは、君が育てた花々だ。』


ケンは、空に浮かぶ満開の花々を見つめ、静かに微笑んだ。

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