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地下の底で待つもの

カツ……カツ……


それは人の歩く音とは違っていた。

どこか関節が狂ったような、無理に這いずるようなリズム。


悠は振り返れなかった。


ただ、背中にじっとりと張り付くような視線と、気配だけが追いかけてくる。


階段は異様に深く、まるで地上から切り離された別世界に続いているようだった。


数分かけてようやく、階段の終わりが見えてきた。


ライトの先には、コンクリート打ちっぱなしの空間が広がっていた。


部屋——いや、地下室だった。


その中央に、ひとつだけ置かれていたもの。


木製の椅子。

そして、その上に座る女の姿。


ぐったりとうなだれ、髪で顔は見えない。

手足はロープで縛られ、動く気配はない。


悠は喉を鳴らした。


「……綿貫さん、ですか?」


返事はなかった。


そっと近づき、彼女の肩に手をかけようとしたその瞬間——


ビクッ。


女が小さく身を震わせた。


生きている。

助けを求めていたのは、やはりこの人だ。


「大丈夫です、助けに来ました。今、縄を……」


悠がロープに手をかけたそのときだった。


彼女の顔が、ゆっくりとこちらに向いた。


……口が、縫い合わされていた。


目も、耳も、荒い糸で縫い閉じられていた。


しかしその顔は、確かに「助けて」と叫んでいた。


そして——


真後ろから、何かが天井から落ちてくる音がした。


バシャッ。


悠は振り返った。


そこには、人のような、そうでないような“何か”がいた。


裸の女のような体。

だが関節が逆についていて、両手両足を使い、蜘蛛のように這いながらこちらに近づいてくる。


目も口もなく、顔面にはただ、耳だけが異様に肥大化していた。


「……き、聞いてる……?」


悠は一歩、二歩と後退する。


その“耳の怪物”は、ぴたりと動きを止めた。


次の瞬間、女の口からこぼれた、わずかな嗚咽の音が——


耳の怪物の全身を震わせた。


ギャアアアアアアアアアア!!!


爆発するような咆哮とともに、それは女のほうへと飛びかかる。


悠は無我夢中で逃げた。


暗い階段を、転げるように駆け上がる。

背後では、女の呻き声と肉が裂ける音が響いていた。


助けられなかった。

いや、最初から助けるなんて——不可能だったのだ。


あれは、“ああなる”ために、ここにいた。


ようやく地上に戻り、隣人の部屋を飛び出す。


廊下に出た瞬間、背後から何かがぶつかる音がした。

扉を振り返ると、中から激しくノックされていた。


「ドン……ドン……ドン……」


いや、違う。


これはノックではない。


内側から、誰かが“爪で引っかいている”音だ。


悠は部屋に戻り、扉に鍵をかけ、全ての明かりをつけた。

録音アプリを削除し、携帯の電源も切った。


しばらくして、ようやく呼吸が落ち着いてきた。


しかしその時——


自分の部屋の天井から、カサ……カサ……と音が聞こえてきた。


逃げ込んだはずの場所にも、

すでにそれは入り込んでいた。


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