開かれた扉
カチリ。
ドアノブが動いた。
開いている。隣人の部屋に——鍵がかかっていなかった。
宮原悠の手は、震えていた。
だがその震えが恐怖によるものか、それとも期待か、自分でも判別できなかった。
隣の部屋を、確かめなければならない。
自分の耳が正しかったのか。
あの声の主が、本当に“そこ”にいるのかどうか。
もしかすると誰かが、助けを待っているのかもしれない。
悠はそっと、扉を押した。
きい……
ゆっくりと開くドアの隙間から、薄暗い部屋が見えた。
——異様だった。
カーテンは閉じられたまま、空気は生温かいのに、部屋の中にはまるで人の体温が存在していないような冷気が漂っていた。
家具はほとんど置かれておらず、ベッドも、棚もない。
ただひとつ、部屋の中央に壊れた椅子が転がっていた。
その背もたれには、細いロープの切れ端がぶら下がっていた。
そして——壁。
悠は愕然とした。
壁一面に、爪で引っかいたような傷跡がびっしりと刻まれていた。
「うそ……」
壁の中から聞こえた声。
それは、この部屋からだった。
「……たすけ……」
また、声が聞こえた。
悠は思わず後ずさった。
音源は、クローゼットの中からだった。
古びた扉の取っ手に手をかける。
ギイ……。
——中は空っぽだった。
だがその奥、床板の一部が不自然に浮き上がっているのが見えた。
悠がそっとその板を外すと、そこには狭い地下への階段があった。
まるで、誰かが「隠していた」かのように。
足元から、かすかに風が吹き上がってくる。
生臭く、カビと錆の混ざったようなにおい。
そのとき、背後の玄関扉が、バタンと勝手に閉まった。
悠は驚いて振り返った——だが誰もいない。
沈黙の中で、彼は意を決して階段を降りはじめた。
カツ……カツ……カツ……
降りるごとに、階下の闇は深くなっていく。
携帯のライトを点けても、数メートル先はもう見えない。
——その先に、何かが待っている。
悠の足音だけが響いていたが、次第にそれと重なるように、
もうひとつの足音が、背後から聞こえはじめた。
カツ……カツ……
……いや、違う。
その音は、天井の上から響いている。
四足で、壁を這うような音。
——“何か”が、悠を追ってきている。