第2章:「追う者、追われる者」
電話の向こうから、低く抑えた男の声が聞こえた。
「宮原さんか。私はジャーナリストの佐伯と言います。
あなたの隣の部屋の女性、綿貫の行方を調査しています。
もしよければ、話を聞かせてもらえませんか?」
悠は驚きつつも、内心ほっとした。
自分だけがこの異変に気づいているわけではなかったのだ。
「はい……よろしくお願いします」
電話を切ったあと、悠は部屋を見回した。
壁の向こうからの囁きは、さらに強くなっていた。
翌日、佐伯は悠のアパートを訪れた。
彼は冷静な表情で資料を広げ、綿貫の過去の記録を見せた。
綿貫は数年前にも謎の失踪を繰り返していた。
しかも、その時期に近隣で複数の行方不明事件が起きていたという。
「この地域には、音にまつわる古い伝承があります」佐伯は言った。
「“静寂の檻”——音を出す者が捕らわれる呪いの場所だと。」
悠は胸がざわついた。
自分が囚われつつあるのは、まさにその“檻”かもしれない。
だが、彼にはまだ希望があった。
“耳の怪物”に立ち向かう覚悟を決めたのだ。
佐伯の訪問の翌日、悠は決心して隣の部屋へ再び足を踏み入れた。
彼は携帯のライトを手に、地下へ続く扉を探した。
壁の一角に、不自然に浮き上がった床板があった。
そこを押し開けると、狭い階段が暗闇へと続いている。
階段を降りると、コンクリート打ちっぱなしの地下室が広がっていた。
薄暗いその空間には、あの壊れた椅子が中央に置かれている。
悠はその椅子に目を凝らした。
その上には、薄く埃をかぶった小さな木箱があった。
箱を開けると、中には手縫いの糸と古びた写真、そして紙切れが入っていた。
写真には綿貫が映っていたが、その表情は苦悶に満ちていた。
紙にはこう書かれていた。
「音を出す者は、静寂に囚われる。
聞く者は永遠に捕らわれる。」
その瞬間、階段の上からカサッという音がした。
悠は振り返った。
そこには、耳の怪物の影が薄暗い階段を這い下りてきていた。
「逃げろ……!」悠は叫び声を上げることなく、必死に階段を駆け上がった。