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散漫で愚かな僕の話

秋の気配はあっという間に過ぎ去り、気づけば風が冷たく吹きつけてくる。

カフェで語らうカップルを横目にクリスは元婚約者のマリーを思い出していた。


クリスは伯爵家の嫡男、マリーは2歳下の伯爵家の次女。

父親同士が貴族学院の同級生だったことから、幼い頃より交流があった。

クリスもマリーも父親たちと同じ貴族学院に入学し

それぞれ多くの学友と交友を深めながら学院生活を楽しんで過ごした。


クリスが18歳になった数日後、マリーの元へクリスの伯爵家から婚約の打診がきた。

マリーにとってクリスは身近にいる異性であり、初恋の人でもあったので

嬉しさに飛び上がらんばかりに喜んだ。

クリスにとってもマリーは身近にいる異性で、恋愛感情ほどのものは抱いてなかったが一緒にいて心地よく年下の彼女はいつも庇護の対象で、彼も結婚をするならマリーだと婚約を受け入れた。


婚約者となっても日常が大きく変わるわけではなく、今まで通り一緒の馬車で学院に通い、放課後はたまに街でお茶をする。変わったことと言えば、試験前の勉強を図書館ではなく、互いの家で勉強をするようになったことや、エスコートされ観劇に行くようになったことぐらい。

婚約して最初の誕生日にはお互いの色の品を贈り合った。

マリーが卒業したら結婚するのだと穏やかな変わりない日々を送っていた

………つもりだった。




学院を卒業した僕は騎士団に入り、近衛騎士を目指し訓練に明け暮れていた。

マリーからの手紙にはいつも僕を案ずる気持ちが書いてあり、早く近衛騎士になることが彼女のためにもなると信じていた。近衞騎士になるのが僕の夢だと知っているマリーは、忙しくてなかなか時間が取れず手紙も贈り物も何もよこさない僕に文句ひとつ言わなかった。卒業時に約束していた、月一回のお茶会でさえも訓練や仲間と出かける事になったと言って断り、会うことがなかった。

もちろん初めはマリーに悪いと思い謝罪のカードや花を贈っていた。でも、

マリーなら分かってくれる。

出世はマリーのためだ。

マリーなんだから言わなくてもいいだろう。


次第に散漫な僕が顔を出した。



久しぶりにマリーとカフェに行った時、マリーは僕の話をそれは嬉しそうに聞いてくれた。訓練の話も同僚の話も「マリーにはわからないだろうけどね」と言って、僕は僕の話だけをした。

マリーの話はどうせ学院のことだろう。成人した僕には幼い話に違いないと聞きもしなかった。マリーがどんな表情で、どんな気持ちで聞いていたかなんて見てもいなかった。気にも留めていなかった。


わざわざ時間を作ってカフェに行ってやったんだ。

僕と会えて嬉しいだろう。

近衛騎士になる婚約者がいて鼻が高いだろう。


散漫で愚かな自分に反吐が出る。


時間なんていくらでもあった。カフェにだって、観劇にだって、夜会にだって、どこにだってマリーが望む場所に連れて行くことができた。手紙だっていつでも書けたし、書くよりも直接マリーに会いに行くことができたんだ。自分の色の宝石とドレスを自分の給料で買って贈り、一緒に夜会に出てダンスだって楽しめたはずなんだ。

でも散漫な僕は「マリーなんだから」と何もしなかった。

それが「当たり前」になっていたから。


マリーが卒業する時、婚約者の僕がエスコートをするのだと思っていた。休みを申請するのが億劫だなと思っていたが、いつになってもマリーからも彼女の家からもエスコートを依頼する手紙が来なかった。マリーの5歳上の兄がエスコートするのか、伯爵がエスコートするのか。それならそれでいいかと愚かな僕はそのままにし、休みを取ることも、卒票の祝いを贈ることもしなかった。


卒業式の翌日、騎士団に行くと同僚からいつの間に婚約破棄したのかと問われた。一体何を言っているのか詳しく聞くと、卒業式後の夜会でマリーは家族ではない誰かにエスコートされて出席していたらしい。

どういうことだ。マリーは僕の婚約者だ。

すぐにマリーに手紙を出したが、なぜか父上から話があるから家に帰ってこいという手紙が来た。休みをとって実家に戻ると、父上の待つ執務室へ呼ばれマリーとの婚約が解消になったと告げられた。


は?解消?マリーと??

言葉の出ない僕に父上は「お前には失望したよ」とポツリとこぼした。


「父上、なぜ、なぜ解消なのですか?マリーも望んでいるのですか?僕はマリーと結婚するのだと。卒業を待っていたんです!」

「クリス、お前は卒業時のマリーとの約束を覚えているか?」

「もちろんです。月に一度、二人で会う約束でした。」

「騎士団に入ってからの二年。お前はいったい何度マリーと会ったんだ?」

「それは……騎士団の仕事や訓練が忙しく、なかなか時間が取れず…でも

「この二年で二回だよ」

「っ!」

「たった二回だ。マリーの誕生日にも贈り物どころか手紙一通も寄越さず、自分の誕生日に贈り物をもらっても受け取ったかさえ知らせもしなかったな。」


マリーから誕生日の贈り物は騎士団の寮に届き、封も開けずにそのままになっている。マリーの誕生日を忘れていたことを思い出した時に本当はすぐに手紙を書いて詫び、二人で出かけた先でマリーの好きな物を買ってやるつもりだった。ずるずると後回しにした結果、マリーから自分宛に誕生日の贈り物が届き、居た堪れなくってそのままにしてしまった。


「マリーがね、クリスが騎士団で頑張っているんだと話していたよ。だから『私は騎士団で頑張るクリス様に相応しくありません』とね。」

「それは…?」

「自分ではクリスが不在の伯爵家を守ることができない、とね。」

「そんな…」

「だってそうだろう?一切連絡のつかないお前とどうやって暮らすんだ。ことが起こった時、どうやって伯爵家を守るんだ。すでにマリーを顧みないお前が結婚した後、彼女を大切にするとは私も思えない。マリーを下に見ているのは分かっているよ。マリーもマリーの家族もお前には失望しているんだ。」


目の前が真っ暗になった。

それからのことは覚えていない。いつの間にか騎士団の寮に戻っていて、仕事にも訓練にも行っていた。

ただ毎日の繰り返し。

婚約していた頃と同じ毎日の繰り返し。

なのに何が違うというのだろう。


季節が移ったことも、自分が歳を重ねたことも、夢であった近衛騎士になれたことも、全てが色褪せていて、なんの感情も動かなかった。


あぁ、マリーに会いたいな。そう思った。

季節の移ろいも、歳を重ねることも、近衛騎士になれたことも、全てマリーとなら一緒に喜べたのに。婚約解消と告げられた時にも出なかった涙が溢れた。

あぁ、僕はマリーが好きだったんだ。

マリーはいつも僕のそばにいて、僕の物で、何があっても離れていかないんだと散漫にも思っていたんだ。彼女にも感情があって、夢があったはずなのに。僕はそれさえ知ろうとしなかったんだ。

マリーに愛想を尽かされたのだとようやくはっきり分かった。婚約解消は父親同士が勝手に決めたことだと思っていた…そう思いたかった。

こんな散漫で愚かな男はマリーにふさわしくない。マリーはいつも穏やかで優しく努力家で。幸せになるべき人だった。僕から離れられてよかったんだ。そう思いたいのに、諦められない。彼女を、マリーを幸せにするのは僕でいたかった。


そんなこと許されない。マリーをひどく傷付けたのは僕だ。

マリーが好きならマリーの幸せを祈るべきなんだ。

分かってる。分かっているけど、まだ心にマリーがいる。

納得するまで、心の中でマリーを想っていさせてほしい。

散漫で愚かだな、僕は。






























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