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アメリの足跡  作者: 月花
第2章 きらきら光る
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第9話 行き場のない想い



 しばらく歩き続けていると、洞窟の向こうが眩しくなってきた。二人で並んで外に出る。


 水に光が反射して、キラキラと瞬いていた。

 アメリが感嘆のため息をついたのがわかった。水場が広がっていて、それを囲むようにランプが並べられていたのだ。


 夜の暗がり、色ガラスの中に火が揺れていて、これは確かに幻想的だとノエも思った。


みんな靴を外側のタイルに置いて、水場を歩き回っている。ノエたちも持っていたランプを隣り合わせになるように置いた。すると代わりに麻紐を一本ずつ渡された。いくつもの色の糸が編みこまれているそれは、指で撫でるとざらりとした。


 安泰に過ごせるおまじない──。

 気休めだな、とノエはつまみあげた。


 こんなものを腕に巻くだけで無事に生きていけるなら、誰も不幸になんてならない。この国に来る前のノエなら、ポケットに入れてそのまま忘れていただろう。


 けれど今は願うくらい自由なんじゃないかと思ったり、思わなかったり。


「アメリ」


 灯りを見つめている彼女がこちらを見る。緑色の瞳には何色もの光が反射して、きらきらと輝いていた。ノエは彼女の手首をそっと取った。女性にしては骨感のある華奢な手首だった。じんわりと温い肌に触れると、体温が少しうつるような気がする。


「じっとしていて」


 ノエは自分の分を彼女に結び付けた。

 落ちてしまわないように結び目をきつく引っ張って。


「俺よりあんたの方が必要でしょ」


 そうしたい、と思ったときには自然と身体が動いていたのだ。いつもみたいな緊張感はなくて、むしろ不思議と落ち着いているくらいだった。


 砂の国に自由はないし安全も約束されていない。明日何が起こるかもわからない。それでもアメリが笑っているならそれでいい。どんなことが起きたって、彼女がいつもみたいに笑ってくれるならそれで──。


 ノエはわずかに目を伏せた。


 たぶん嘘だ。

 自分はきっと、彼女の何かになりたいと思っている。


 彼女のなかで特別な一人になりたい。彼女から特別な感情を向けられたい。彼女に選ばれたい。そんな想いが日に日に強くなって、自分でも混乱してしまうときがあるのだ。


 今だってそうだ。この美しい景色とともに、ノエがしたことを忘れないでほしい。

 この先も一生。

 こんな気持ち、彼女は気付いてもいないだろうけれど。


 彼女は静かに手を持ち上げて、月明りに手首をかざした。麻紐のはしが風に揺れる。


「あなたの気持ちはとても嬉しいわ」


 彼女はゆっくりと手を下ろして、今度はノエの手を握った。くるりと手首を返して、ノエがしたのと同じように、自分の分をノエに結び付けていく。手元がよく見えないのか指先はおぼつかない。手先はとても器用なはずなのに、もたつきながら、紐を交差させて結び目をつくる。


「あなたは本当に優しい子なのね」

「それは」

「けれど忘れないで。ノエが私を守ってくれるみたいに、私だってあなたを守りたいと思うのよ」

「…………だから俺は仕事なんだって」

「それでも」


 彼女はノエの両手を優しく包みこんだ。


「いつかそのときが来たら、私があなたを守るから」


 その言葉は慈愛であったし、決意でもあった。

 

 ノエは少しだけ笑う。やっぱり自分は子どもだと思われているのだ。そんなことでいちいち傷つきたくはなかったのに、思えば思うほど惨めになる。もしかすると一生このままなのかもしれない、と想像してしまうから。ノエが何歳になっても一生──。


 触れているアメリの手は温かった。ほんのわずか力をこめて握り返す。ぼんやりとした明かりに照らされて、彼女の頬が赤くなっていることに気が付いた。


「アメリ?」


 思わず彼女を呼んでいた。手を引っ張ってぐっと身体を寄せる。顔が近づく。

 わずかに漂う甘い香り。


「アメリ、もしかして──酔ってる?」


 嫌な予感がして、短く訊く。彼女はわざとらしく目を逸らした。


「…………なんのことかしら」

「酔ってるよね?」


 もう一度はっきりと訊く。アメリは白々しく「ほら見て、あっちもランプの灯りが綺麗よ」と指差した。


「あれは街灯だし、めちゃくちゃ虫がたかってる」


 ノエは白い目を向けた。さっきから足元も手元もおぼつかないし、やけに手が温かいなと思ったら、アルコールが回っていたのだ。仕方のないものを見るような目で見ていたら、アメリが「違うの!」と声を上げた。


「お店の人が勧めてくれたし、とても甘くて美味しかったの」

「とりあえず何が違うのか説明してもらっていい?」


 ちょっと目を離した隙にこれだ。のんきなのは構わないけれど、少しくらい自分の立場に危機感を持ってもらいたいものだ。今のところ、とてもじゃないが軟禁されている人間の態度とは思えなかった。ノエは大きなため息をついて、大時計を見やる。


「もうじき刻限だ。そろそろ帰るよ」


 アメリは名残惜しそうにしながらも、水場を出ていく。足を拭いてから靴を取ろうとして、けれどその手がピタリと止まった。


「あっ」

「なに?」

「……靴、片方落としてきちゃった……」


 ノエはそろそろキレてもいいんじゃないかと思った。


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