デスゲームのススメ
デスゲームという言葉を聞いたことがあるか?
出処はインターネットが一般化し始めた頃、その前後かで発売されたゲームもしくはWEB小説だと言われている。細かい所を話し始めると未だにその手のオタク達が白熱するので割愛するが、デスゲームとは簡単に言えば創作物であるゲームをプレイしていて、アバターの死が現実にまで及ぶものを指している。
その中でも特に一般化したのが、フルダイブ式のゲームにプレイヤーを閉じ込め、殺し合い、あるいはゲームクリアを目指せとするものだな。
アバターの死は現実の死と直結するという環境に加え、現実にはない魅力的な世界観を、緊張感を持って旅する物語は多くの人間を魅了したと言える。
さて、時は二十一世紀から流れて二十三世紀。
かつて想像上の産物だったフルダイブ技術は、一般人がバイトして購入できるほどにまで安価となり、世界中へ広まった。
そうしてまさか、本当にやって見せる奴が現れた。
かつてある創作物では、アバターの死に合わせてプレイヤーの脳を電子レンジ同様にチンして殺害する方法が取られたという。まさしくそれをやってのけた。メーカーが死に物狂いで対策したってのにさ!
あぁ、因みに電子レンジってのは、電子の力で主に食品を温める装置のことだ。
今でこそボタン一つで暖かな料理がプリントアウトされるけど、当時は作り置きなんていう非効率な、当時にとっては効率的な手段を取っていた。
とにかくこの事件での総被害者数は世界で二十万人を超え、しかも実際のゲーム画面があの手この手で動画サイトへアップロード、ライブ配信されるというおまけ付き。
当局がどれだけ規制しても、アングラサイトはゴキブリの様に湧き出て配信を続けた。
この出来事に世界は恐怖し、同時に熱狂した。
少し話は変わるが、二十二世紀後半、エネルギー技術と食料問題が解決された。
それでも世界から戦争は無くならなかったが、技術を持つ先進国では戦いなんぞとっくにAIに放り投げ、全自動戦争継続装置と化したフロートを二十機以上も浮かべて後進国を封じ込めていた。
更には医療レベルの向上によって平均寿命が五百歳にまで伸びた、なんて大口を叩く医者まで登場して、最早世界(技術と富を独占する先進国のみを刺す爆笑必死ギャグ)から貧困と飢餓は消え失せ、人道的措置によって無償奉仕される医療で強制的に生かされ続けることとなっていた。
なんなら死体からだって!
連中遂にマイクロマシンで壊死した脳をプリントアウトの要領で復元できたって話があるんだけど、これが騒がれた途端にゾンビだなんだと大騒ぎされ、情報の出所も真偽もネットの海に沈んじまった。
あると思うんだけどさあ、俺は。
まあそんな訳で溢れかえる生にうんざりした人々にとって、死を感じられるデスゲームは旧世紀の薬物並みに珍重されるものとなった。
我々は死ぬ権利を奪われた、そんなことを叫んで自殺を図ったある国家元首は、今もパワードスーツみたいな生命維持装置に入って元気一杯働かされている。たしか、今年で七十年くらい元首をやってる筈だ。
次々と模倣犯が生まれ、フルダイブ技術の規制も進められたが、そこらの雑貨店を漁れば簡単にプリント素材が手に入る以上、自主的な制作物を封じ込めるには至らず。
また規制が出れば裏物が出回るのは世の常で、どうあったってデスゲームの被害者は出続けた。
どころか、だ。
どんどんとフルダイブ技術は向上していった。
かつて人々が目指した、現実通りの感覚で動けるゲーム、それすら通り越した。
人間の感覚は普段、殆どが死んでいる。脳は機能を抑制し、感覚は磨かないと雑な受け取りしか出来ない。それを強制的に拓かせて、極一部の天才しか知り得なかった神の如き感覚を与えてくれるようになった訳だ。
現実以上に鮮明なゲーム。
そうして全てはひっくり返っていった。
この世界で最初にデスゲームを始めた者『Team.D』。
その連中を神と祀り上げ、現実を偽りと主張し、全ての人類は真世界へ旅立つべきだと主張する、超過激派テロリスト『アステリズム』。
なにせゲーム内の方が世界を確かに感じられるんだ。
そいつを知った者にとって、ログアウト時の自分の鈍さが耐えられない。
俺はもっと優秀だった。俺は天才だった。そういう全能感の後に知る、現実の憐れで醜い自分。バーチャルドラッグなんて呼ばれもしたが、それでも人々はゲーム世界を求めた。
クリエイターは文字通り山を成し、川を作り、海を満たした。世界を創造する神となった彼らは、世界のルールを定め、人の生死すら操った。
そこまでいけばもう神話の神々と何も変わらない。
人は信仰する生き物だ。
まして、自分に力を与えてくれる存在ともなれば尚更。
世界にデスゲームは溢れかえり、年間で何十万人も犠牲者を出す、一つの法則と化した。
だが。
だが、とある島国ではこれの画期的解決策が生み出された。
さあそろそろ説明にも飽きてきただろう。
お決まりの台詞だが、まずは景気付けと言っておこう。
「さあ、ゲームを始めよう」
※ ※ ※
『Welcome to true world』
赤黒い背景に浮かび上がった、大昔の謳い文句を弄った一文。
まさしく『Team.D』の仕事だ。
それが風に吹かれた砂の様に剥げていって、俺の身体は自分の居場所を知る。
空だ。
見渡す限りの青空の中に俺は居た。
遠くに見える火山、雪山、海、川、そして町々。
すべてこの世界を構成する真実。
古い言葉で言えばオープンワールド。
その上空から神の手を離れた俺は、一直線に地上へ落下していた。
視界は動かせるが手足が動かない。
というか無い。
ただ圧倒的な風の存在感を受け取りながら落下していくだけだ。
そうして緑豊かな山村が見えてきて、ふわりと、ある筈もない鼻腔に土と草葉の匂いが沁み込んで、そのまま――――広場に立つアバターの上に落下した。
そうして俺は世界に立った。
豊かな山村、青い空、先ほどまでは無かった手足。
ここに居るという、圧倒的なまでの確信が胸を満たす。
「っっっ、~~!! いいねえっ、今の最っ高じゃん!!」
デスゲームのシステム上、ログイン演出を感じ取れるのは一回だけ。それをどこまでこだわり抜けるかでゲームの質が読める。
一番最初に世界の大半を見せてくれる上空からの視点、落下の感覚、そしてログイン前に用意したアバターが落下地点で待っていて、そこへ憑依するという演出。
何もかも素晴らしい出来だった。
「っははー! しかもなんだよ、ワールド構成は生谷圭吾とアーシェ=レビントンじゃねえか! 音響は誰だろうなぁ、個人的にはジャン=ベイディックかチェン=ユウだと最高なんだけど!」
クリエイターにはそれぞれ癖がある。
大本のコンセプトが違えば差は生まれるが、かつてピラミッドの制作者が自分の名前を刻んだみたいに、敢えて残した癖を感じ取れれば、誰がこの世界における神なのかが想像できる。
「っとぉ、まずはパラメーターの確認だな。メニュー画面は撤廃型、ってことは何か道具類で視覚的に判断できる形式か? 初期装備にそれらしいものはないし、特定動作が連動してる系かな。それなら村人相手に聞き込みすれば分かるか?」
既にアバター制作時に分かっていたことだが、世界観は中世ファンタジー。
独自言語で表記された謎のパラメーターを弄らされるという、クリエイターのエゴたっぷりの仕様から、説明は期待するな、自分で切り拓けって思想が強い。
監督は『Team.D』創設者の一人、槇原士郎が務めてるって話だから、理不尽なだけのバランスは絶対にない。
行くか、退くか、常にその判断を迫られるゲームだと理解すべきだ。
なにせ死ねば、死ぬんだからな。
「初期ログイン地点に他プレイヤーの姿無し。ってことは、当然PKありだな。対抗可能レベルになるまでチャンネルを分けられてる。けど切り替わったら一気に難易度が跳ね上がる訳だ。つまり」
レベルを上げない限りは他プレイヤーからの妨害を受けずに進められる。
当然一般モンスターは居るだろうし、行動にも制限が掛かるだろう。
だがこの手のデスゲームで必ず沸くPK、人殺しを愉しむ連中は超が付くほど厄介だ。そいつらを避けたままマップを把握し、改めて攻略に取り掛かる方法もあるにはあるが。
「『アステリズム』の連中は間違いなくおっぱじめてるだろうしな、もうサービス開始三日目だし。けど、出来るなら『バーター』連中とは渡りを付けたい」
過激派テロ組織『アステリズム』は一部じゃ熱狂的な信者を抱える世界の問題児だ。
数多くのデスゲームを渡り歩いてきた俺も、連中とやり合った数は結構なもんになる。与えた貸しも、受けた借りも、うんざりするほどある。フルダイブゲーム大好きな俺にしては珍しく、うんざりとな。
対して『バーター』とは、この手のデスゲームを予め察知した上で自主的にログインしてくる連中の事だ。
医療が無料奉仕される時代とはいえ、労働の義務は残った。
国民から労働を取り上げた、無労働国家主義国は今や片っ端から後進国に落ちているからな、なんにだって多少の負荷は必要だ。死ねない世界で、死を求めるみたいに。
話はズレたが、そういった労働からも逃げ出したい連中がわざとデスゲームへログインすることで医療機関からの保護を受ける。古くは軽犯罪を繰り返して刑務所暮らしをする人間が居たように、今は憐れな被害者となって生き続けている訳だ。
『アステリズム』と顔を合わせるのは御免だが、『バーター』は総じてゲーム内の情報に異様な程詳しいのが居る。
自身じゃゲームクリアを目指さないのに、ゲームプレイそのものは楽しむから、賑やかし要員としての価値があるんだな。
どうせ今回も何人か知り合いが居るだろうから、早速情報屋共と渡りを付けて、ゲームクリアを目指して動きたいもんだが。
「っ、痛てえ!?」
早速村へ向かおうと一歩を踏み出した所へ、頭をツルハシでかち割られたみたいな激痛が走った。
強制介入装置だ。
『――――聞こえますか、レンジ。聞こえますか、応答してください。レンジ?』
「聞こえてる! 聞こえてるから出力下げてくれ!! 頭が割れそうだ!」
『あぁ失礼。良かった、ログインから十七分も経過して連絡が無かったので』
「ファースト・ログイン・インプレッションは大切だっていつも言ってるだろお! 雰囲気壊すから最初は好きにやらせてくれよ!」
通常、デスゲームに捕らわれた人間は外部との自主的な連絡手段を持たない。
だけど例外、深く脳と連結するフルダイブ技術に対して、同じく脳に予め枝を付けておくことで、限定的ではあるけど相互の連絡が可能になっている。
危ないから、真似しちゃ駄目だぜ?
噂だけ聞いて試した奴らが次々と廃人化してパワードスーツのお世話になってるくらいだ。
『ですがレンジ、貴方との契約書には定期的な報告義務が記載されており、それにはログイン後十五分時点からともあります』
「はいはい、分かったよ。二分も大目に見てくれてありがとうございますーっ。ナオさんにはいっつも感謝しておりますーっ」
あーーーー……F・L・Iを堪能するべく、しばらく放置していたが仕方ないので説明する。
とある島国で生み出された、デスゲームへの画期的解決策。
それがコレだ。
インターセプターじゃない。
彼女、俺の専門サポーターことナオさんは政府直属の人間だ。
そして俺はそこに雇われた超天才ゲーマー。
つまりどういうことかと言うと、
『では早急なゲームクリアを期待します。レンジ、次の提示報告は二時間後ですので、忘れないように』
「はいはーい」
政府はゲーマーを雇い入れ、デスゲームそのものを早期クリアすることで被害者減少と事件解決を目指している訳だ。
全く、AI政党ってのは柔軟だよな?
旧世紀なら固定観念に囚われて絶対に可決なんてされなかった。
だけど実際、この方法が取られ始めて、国内のデスゲーム被害者は三分の一にまで低下した。
下手をすれば十年以上も継続するデスゲームに対し、クリアするというのは最大の解決策だ。
連中は、クリエイターは、デスゲームそのものをゲームとして捉えている。
永遠にゲームへ捕らえて人質にしようなんてのはゲームじゃねえ。
真世界を求める『アステリズム』からすれば業腹だろうし、だからクリアを妨害して世界を永遠にしようってのは分かるけど、クリアされてこそのゲームだ。
だから殆どのデスゲームは、定められた目標のクリアと同時に人々を開放する。
そのまま民間企業に売り払われてサービスが継続する場合もあるし、消え去るを良しとする場合もある。
因みに延々とクリア条件を変更したり、クリア目標そのものが無かったりするクソゲークリエイターは世界中から嫌われている。
そういうデスゲームが開催されたら、怒り狂ったゲーマー達が必ず居場所を特定し、例外無く衛星兵器による照射を与えて蒸発させてきた。
俺、レンジも元は動画配信サイトで自分のデスゲームプレイ動画を生配信する売れっ子ゲーマーだった。
だがまあ、ちょいと派手にやり過ぎた。
デスゲーム配信は違法だからな。
ゲームクリアを成し遂げ英雄の凱旋だって目を覚ましたら、青い髪をした美人のお姉さんことナオさんがにっこり出迎えてくれた日には、流石にもう終わったかと思ったさ。
そこから紆余曲折を経て、というか、ナオ姉さんに一目惚れした俺は忠実なわんこと化して命懸けの人命救助に明け暮れる国家公務員になった訳だ。
「ねえねえ、これがクリア出来たら、デートしようよ」
『はいはい。待ってますから早く戻ってきてくださいね』
つれない態度もまたいい。
「おっし! それじゃあ張り切っていきますかあ!!」
※ ※ ※
生命維持装置に横たわる少年を横目に、珈琲ライクの苦みを喉の奥へ押し込んで、息を付く。
人がAIに政治まで委託し始めて半世紀、一方で昨年ようやく完全なペーパーレスを達成した矛盾した社会の中で、彼の存在は群を抜いて異質に思えた。
「死んじゃ駄目よ、レンジくん。貴方はまだ――――」
人を死地へ送り出す。
死が遠のいた社会において、これほど過酷な仕事があるだろうか。
いや、旧世紀にも同じようなものは山とあった。
軍人、時に警察、あるいは消防隊。常に危険が付き纏う仕事であり、彼らの完璧な代行が出来る機械は未だに完成していない。
この仕事だって、本来ならAIにやらせるべきものだ。
なのに私はこんなにも年若い少年を。
「槇原レンジ、九歳。父母共に登録無し。自主申告によると、フルダイブ初体験は三歳、その後五歳でデスゲーム配信を始め、三年間で七つのゲームクリアを達成、その手のサイトでは英雄視する声もあり、けれど一年前、配信ミスによって一瞬だけ映り込んだ自宅映像をAIが捉え、逮捕された」
フルダイブ技術は人の脳を開発する。
凡人が天才と同等の感覚を得ることが出来、設定次第では超人じみた運動さえ可能となる。後者は、ログアウト後に加減を失って肉体を損傷する危険があることから、保護された者は一年以上も経過観察を受けることになるけれど。
前者は、既に私達の世代では理解不可能な程の影響を子どもらに与えている。
大人ですら得る事の出来ない感覚を、莫大な成長力を有する幼少期に受けた場合、脳がどこまで進化するのか。
彼の言語能力は既に成人以上、プレイ中に独り言が多いのは配信時の癖だけど、好き勝手話しているようで常に聞いている人間の反応を探っている。
他にも、生命維持装置が取得している脳波や各種肉体の細かな変化など、到底九才の少年には見られないものが起きている。
スポーツの分野でも、現代の選手達は自らの肉体を使うよりも、フルダイブ技術を用いた訓練時間の方が長いとさえ言われる。
「彼だけじゃないわね……」
別室では他にも大勢のゲーマー達が司法取引を経て人命救助に当たっている。
レンジのようなゲームクリアを目指す実行部隊、通称『バーター』に紛れ込んで情報収集・提供を行う補助部隊、そして、ある意味異質なのが、彼の言葉を借りれば『ファーマー』と呼ばれている子達。
『ファーマー』はゲームクリアを目指さず、『バーター』のように情報収集に明け暮れたりしない。
ただ、デスゲームへログインして、ひたすらに平和的なプレイをし、その様子を配信する。
過酷な戦闘へ身を投じることはなく、村や都市で当たり前にNPCやプレイヤーと交流し、生活をする者達。
強制的に与えられる生が人々を苛烈な死へ駆り立てるのなら、その中でも地に足を付けて生きる方法があると示す為のイメージ戦略。
ゲームは、自身ならこうやる、こうやってみたい、という想いがあるから追従者が生まれるのだ、とレンジは言っていた。
きっとそうなのだろう。
誰かの姿に憧れて、そうなりたいと願うのは自然な感情だ。
それをAIはしっかりと汲み取って、この歪とも言える配信に踏み切らせた。
結果は全て数字に表れている。
デスゲームだから、死のある世界だから、殺し合わなければいけない、死へと向かわなければいけない、なんていうイメージを払拭した。
真世界を標榜する『アステリズム』が支持を表明してくるのは鬱陶しいことこの上ないけれど、人はもっと穏やかで、死を厭うものだから。
「皆、ちゃんと生きて戻ってくるの。そうしたら、美味しいケーキを食べさせてあげるわ」
少なくとも、私を構成するパラメーターは、その数値を示している。