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転生聖女は自由に生きたい  作者: 辻 壱
91/102

91.マザー

 ベリンダールの北に広がるアジリア連峰。そこは深く険しい岩山が広がっていた。

 ベイダルさんの痰を拾った場所よりももっと北に行くと、岩山の向きが変なことに気が付いた。

 今までは空に向かって伸びていた岩山だが、だんだんとベリンダール側に向いてとがっているのだ。


 その岩山を抜けた向こう。魔境は、どこまでも豊かな森が広がっていた。


「暖かい。」

 上空からだとわからないが、さっと索敵するに、たくさんの動物や魔物たちも生息しているようだ。


 魔境に入ってしばらくするとピナさんが止まったので、私も止まる。

「あそこよ。」

 ピナさんが指さす方向を見ると、小さな池と開けた場所があり、その中央には大きな木のツリーハウスが見える。


「あそこにいるんですね。」

「えぇ。」

 そう言って、じっと見下ろすピナさん。


「行かないんです?」

 しばらく動かなかったので、声をかける。

「行くわよ。」

 そう言って、ピナさんはそちらへ降りていく。

 私もチラリと後ろを振り返ってから、降りて行った。



 広場に降りると、思っている以上に大きなツリーハウスだとわかる。

 根本のうろを利用した家もあるし、枝の間にもちらほら建物が見える。

「でっかいですねー!」

 というか、こんな建物を建てる魔族がいるのだと思うと面白い。

 だが、魔族の住処だからかなのだろうか?この大きな木に精霊が全然いない。

 ぱっと見周辺の木々にもいないので、警戒して距離を取っているのだと思う。


 この世界は、色んなものに精霊が宿っている。

 そこら辺の木でも当然のように複数の精霊が住んでいたりする。それによって成長が助けられるのだ。

 今のところ、精霊の宿らない木を見たことがなかったので、こんなこともあるかとびっくりはするが、地球の木だって精霊が宿っていないと思えば、そんなもんなのかもしれない。

  

 横のピナさんを見ると、私をチラリと見た後に、そこに跪いた。

「聖女を連れてきました。」

 家の前を見ても誰もいないので、私はどうしたらとオロオロしてしまう。が、声が聞こえた。


「よく連れてきてくれましたね。あなたを育てたのが、ようやく実りました。」

 声はどこからというわけでもなく、その場に広く響いて、私はさらに混乱した。

 魔素が強いだけあってなのか、魔力の流れがこの場所一面に広がっており、どこが出どころかわからないのだ。


「聖女、私はマザーです。こんなところまで来てくれて、ありがとう。」

 そう聞こえると、ツリーハウスの扉が開いた。でも、そこにも誰もいない。

「さぁ、おはいりなさい。お茶でも出しましょう。」

 そう聞こえると、ピナさんがこちらを見てから家の中へ歩き出す。

 私もよくはわからないが、その中へ入っていく。



 家の中は、木のうろのままといった印象だ。

 板材を組み合わせた建物ではなく、表面の外皮は削られているものの、この大きな木がうまい具合に部屋になっている。

 うまく窓もはめられているし、中には人間の家と同じような家具も揃っており、暮らしやすそうになっている。


 ピナさんがテーブルのある椅子に座ったので、私もならってそこに座る。

 すると、隣の空間から、何かが入ってきた。

「お茶よ。変なものは入っていないから安心して。」

 そう言いながらお茶を目の前に置いてくれたのは、私たちと同じくらいの大きさの木の人形だった。


「ありがとうございます。あなたがマザーさん?」

「えぇ。でも、これは私の一部。この木全体が私なの。」

 そう言われたので、思わず天井を見上げてしまった。天井も滑らかな一枚板のように見えるが、この木の一部なのだろう。

「木の魔族なんて初めて見ました。」

 精霊がいないのも納得である。


「木の魔族……。正確には違うのよ。この形態が一番いいと思って、これに落ち着いたの。」

 よくわからないが、変化できる魔族とかそういうものなのだろうか?

「そうなんですか。それで、私に何か用が?」

 凄く穏やかな空間なのだが、あれほどいる精霊が全くいないとなると、なんとなく居心地が悪い。要件をさっさと終わらせよう。

「そうね。聖女とずーっと会いたかったの。でも、聖女って珍しいじゃない?」

 珍しいも何も、前回は八百年前だしね。

「先代の聖女を見たって聞いたんですけど。その人とは話さなかったんですか?」

「残念だけど、話したいと思ったのはその聖女が死んだ後だったの。」

「あぁ。」


「私はね、この地でもう何千年って生きているけれど、もうすぐ終わりが来るのよ。」

「終わり?」

「そうね。魔力が弱くなっているの。多分これが死ぬってことなのね。」

 重い話だ。


「魔境はね、すごくいいところ。でも、魔族の数に対して狭すぎるの。全部誰かの縄張りなのよ。

 何千年もの間、この縄張りを維持するのに色んなことをしてきたわ。

 ほかの縄張りの主が死ぬときも見てきたわ。その後は空いた場所を巡ってまた争いがおこる。

 たくさんの魔族を殺してきた。でも、次から次に魔族は生まれる。そしてまた争う。

 ずーっとそれの繰り返し。」

 穏やかに話しているが、内容が穏やかではない。

「私はもう飽き飽きなの。バカみたいに争いたくない。だから、木になった。周りの木々も私の魔力で改良して。

 魔族や精霊を食わせることにしたの。私が手を出さなくてもいいじゃない?」

 精霊がいない理由が分かった。顔には出さないが、こいつは私の敵だと認識した。


「これはね、魔王を見本にしたの。私たちと魔王は本質は同じよ。だから、アレにできるなら私にもできる。そう思ってやったら当たってた。

 だから縄張りが増えたわ。でも、維持するにはもっと食わなくては。なのに、私の縄張りの森には誰も来なくなってしまったの。うじゃうじゃいる精霊も近づかなくなってしまった。

 だからね、家を建てたの。ね?」

 そう言って、マザーはピナさんを見る。ピナさんは無言だ。


「魔境に生まれた弱い魔族たちは私たちのような強い者にすぐに殺されてしまうわ。

 でも、殺されない場所があったなら、皆ここに来るでしょう?だから、ここを弱い魔族の安息の地にしてあげることにしたの。」

 名案でしょ?と言わんばかりの口調だ。


「いうことを聞けるいい子は護ってあげる。そう言ったら皆従ったわ。逆らうやつは吸収した。

 そこで、色んな子を育てたわ。ここから動かない私のために働く子たち。皆かわいい私の子。

 リリーナは人間に似た姿だから、人間の世界に送り出したの。人間の中で確固たる地位を築いてきなさいって。

 他にも何人か送り出したけど、ちゃんとできたのはリリーナだけだったわね。よくやったわ。

 これで、ようやく実ったわ。

 言いつけ通り、ちゃんと聖女を連れてきたんだから。」

 うっとりと語るマザー。ピナさんと私の無反応など目に入っていないのだろう。

 リリーナという名前もだが、引っかかることはいくつかある。だが、聞き返す意欲がわかない。こいつ嫌いって全身が言ってる。

 私と会いたかったというが、これを聞かせて称賛を浴びたかったとでもいうのだろうか?


 そう思っていると、マザーは私の方をちゃんと見た。

「さっきあなたが言っていたけれど、私はリリーナたちと前の聖女と魔王が戦うところを見ていたの。

 それでね、戦いが終わった時にドラゴンが来たのよ。そして、聖女を食べた。

 私、震えたわ。」

 フィアルさんだ。

「私とあのドラゴンは同じことをしようとしたのだってわかったの。私は魔族や精霊の事は考えたけど、人間の事なんて考えもしなかった。

 だって、人間てほとんどゴミみたいでしょう?あんなものを吸収したところで、何にもならない。

 でも、聖女なら?聖女は魔王と同じくらい強いもの!そして、愚かさは人間なのよ!」


 マザーがそういうと、床から細かい枝が伸び、あっという間に私を取り囲んでしまった。

「ね?!ほら!こんなに簡単に捕まえられる!あんなに簡単に食べられちゃうんだもの!思った通りよ!」

 大興奮といったところだ。


「あの、捕まえるのはいいですけど、私を食べてどうするんです?」

 私がそう聞くと、マザーはバカにした顔を向ける。

「そうね。その魔力をもらうわ。聖女の魔力が手に入れば、私の力も戻るし、まだ生きて行けるでしょう。」

「そうですかねー?あなたの力が衰えたのって、ちゃんと理由があるんじゃないですかね?」

「は?」

 マザーはイラっとした顔つきになる。

「あなたたち魔族って殺されることで命が尽きるみたいなんで知らないのかもしれないですけど、生命って大抵老いっていうものがあるんですよ。」

「おい?」

「老化って言ってわかりますか?永遠の命なんてそうそうないじゃないですか。大抵は老いて死ぬんです。」

 とはいうものの、ドラゴンやら精霊王やらを見ているので、永遠に生きそうなのも普通にいると思う。

 ましてや、魔族も魔王と同じような生まれ方。何千年も生きたというし、永遠の命かもしれない。

 まぁ、はったりなんでそこはどうでもいいや。


「老いるからって何?力を吸収したら治るでしょう?」

「うーん、わかってないみたいですね。そういうものじゃないんです。あなたの限界値が、どんどん下がっていくんです。これから成長したり若返ることはないです。ずっと衰えて、やがて死ぬんです。

 あなたは人間の中で暮らしたんだから、知ってるでしょう?」

 あえて名前を呼ばずにピナさんの方を向くと、ピナさんは少しためらった後に口を開いた。


「確かに、動物や人間は成長しきった後は緩やかに力を失って死んでいきます。ベルバはそれを寿命だと言っていました。それ以上に人は生きれないのだと。」

 ピナさんは言いづらそうにマザーに伝える。

「何を言ってるんだか。じゅみょう?そんなもの聞いたことないわ。でもまぁ、吸収したらわかるでしょ?」

 マザーはそういうと、にたりと笑った。

 その時、私を囲んでいた木の枝が伸びて、私の手足にぐるぐると巻き付いた。

 そして、その枝から魔力を吸い取られる。

 こんな奴の栄養になりたくないので抵抗をしようと身をよじると、マザーがまたにたりと笑った。


「抵抗はしない方がいいわ。リリーナ、ちゃんと手は打ったのよね?」

 マザーがピナさんにそういうと、ピナさんは頷いた。

「抵抗しないで。私の命令で、ディダがあなたと一緒にいた騎士を殺すわ。」

 シュレインさんの事だ。そういえば、ヴァスカマス父娘とつきっきりで修行しているはずだ。

「そのためにシュレインさんを息子さんたちと一緒に?」

「えぇ。」

 ピナさんは顔をそむけながら肯定した。


「うふふ。私が人間と子供を作るように言ったのよ。言うことを絶対に聞く存在を作るために!子供なら母を裏切らないでしょ?ね?リリーナ。」

「……ディダは私のいうことを聞くわ。それに、こっからでも意思の疎通ができるの。」

 そう言われたら、ため息しか出ない。


「そ。なら好きなだけ吸えばいいわ。あとで後悔しても知らないけど!」

 私が投げやりにそう言うと、マザーは笑った。

「あはは!これで私は安泰だわ!魔王だって吸えるかもしれない!魔境の土地全てを手に入れてやるわ!」

 あたりには、不快な高笑いが響くのだった。

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