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転生聖女は自由に生きたい  作者: 辻 壱
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09.刺繍

「色々とすみませんでした。」

 と言うシュレインさんのおごりで一緒に食事をとり、昼までの約束を、無理言って午後の治療も手伝わせてもらい、城に帰る頃には夕方だった。


「今日はとてもいい勉強になりました。ありがとうございました。」

 おじーちゃん先生にも何度もお礼を言って、帰り道でシュレインさんにもお礼を言った。

「いえ、ばれてしまうだなんて思いもせず。」

「別にそんなのいいですよ。ばれていい人とダメな人がいます。あの方はいい人でした。」

 また手伝いに行きたい。

 おじーちゃん先生を気に入ったのもあるが、あそこにいると人々の暮らしを感じられた。

 私からすれば、王都はどこまでも華やかだが、スラムに関しては、私が生まれた頃の村よりももっとひどいのではないかと予想できた。


「スラムにも行ってみたいですね。」

「正直、私は賛成しません。」

「治安が悪いくらいなら別に大丈夫ですよ。私、こう見えてもシュレインさんよりも強い自信がありますよ。」

「そうではありません。なんていえばいいんでしょうか・・・・・・。自分の無力さを痛感させられる場所ですかね。」

「そんななんですね。」

「そうですね。手を差し伸べるには規模が大きすぎますし。王都であるというのもまた難しいのだと思います。

 希望を持つ者、希望を砕かれた者。人々の明暗がくっきりしていますし、歳をとればとるほど無気力になっていく傾向があると思います。」

 そう聞くと、なんとなく想像がついた。


「ゲルステンビュッテル伯爵がスラムの中に治療所を作らなかったのも、その辺があるのではないかと勝手ながら感じます。

 食べる物以外に使えるお金がないのが現実ですから。」

 何とも言えない現実である。


 特に聖女として人々を救いたいとは思っていない。私の仕事はあくまで魔王を倒すことだ。

 でも、人々を救う力があるのも事実だ。

 おじーちゃん先生が言っていた、取捨選択とはこういうことなのだと思う。

 自分が納得できる線を引けるかどうか。それはとても見極めが難しいだろう。


「そうですか。じゃぁ、止めときます。」

「はい。」

 それ以降は無言のままだった。



 乗馬と刺繍の日々が、更に一週間がたった。ついに馬で街中や街の外に出るとこまで行ったので、とても順調なのだ。

 すっかり平和な日々に、学校に行かないという決断をしてよかったと感じる。


 未だに丁寧に話すのを止めてはいないが、我々三人の距離は結構縮まったと思う。

 アマンダさんははじめこそ話を振らないと話してくれなかったが、今では普通に会話に入ってきてくれるし、今も横に座って一緒に刺繍をしている。

 シュレインさんも今は向かいでお茶を飲んでいるのだから、座らせるのもやっとだったのを考えれば、かなりこの環境に慣れてくれているだろう。

 職務を優先すると、私が逆に反発するというのもわかっているのかもしれない。


「できたー!いいじゃなーい!最高傑作の予感!」

「え、見せてください。」

 アマンダさんがのぞき込んできたので、絵柄を見せる。ん?という顔になったので、何を縫ったか耳打ちすると、「ぶっ」と、盛大にふき出した。いい反応ありがとうございます。


「シュレインさーん。」

 私は刺繍したハンカチを後ろ手に、シュレインさんの元へちょこちょこと歩み寄った。

「なんですか?」

「えへへー。いつもシュレインさんにはお世話になってるからぁ、心を込めて刺繍してみましたぁ。使ってください!」

 小首をかしげて見つつ、もじもじとしながらハンカチを差し出す。そのぶりっ子ポーズと刺繍の絵柄を思い出し、アマンダさんが笑うのをこらえている気配が後ろでする。

 そんなアマンダさんと私を胡散臭そうに見つつ、嫌なものでも見るように刺繍に目を落とすシュレインさん。


「・・・・・・これは何ですか?」

「怒ってるシュレインさんです。ほら、ここが目で、ここが口です。牙と角も生やしときました。」

 真顔になって説明してあげた。

 刺繍というより、七センチ四方のワッペンレベルの絵に見えるやつを縫ってみた。この世界にはアニメなどないので、こんなデフォルメの絵柄がない。そのため、パッと見では分かってもらえないのだ。逆に言えば、パッと見では何が縫ってあるかわからないので、使いやすいだろう。私の優しさである。


「それはどうも。」

 はー、そういう手に出ましたかー。こういうのには反応が薄いのが一番利くのわかっちゃってるんですねー?

「あーヤダヤダ。そんな反応してちゃモテないですよ。」

 そう言いながら、次の刺繍に取り掛かる。今度は小鳥と花の柄とかにして、売りやすいものを作るのだ。

 余った素材は好きにしていいというので、いつかどっか離れたところで売ろうと企んでいる。


 ふとシュレインさんを見ると、まだ刺繍を見ている。気に入ったのだろうか?それとも、己を顧みて打ちひしがれているのだろうか?

「なんですか、感動の涙でも流してます?」

 私が声をかけると、はっと顔をあげた。

「いえ、別に。ただ、なんだかんだといって器用だな・・・・・・と。このようなことができるとは思っていませんでした。」

 馬鹿にしてた子が割とまともな(絵柄は抜きにして)技術を持っていてびっくりしたということか。

 この人の中で私は不出来な娘のようになってるんじゃないだろうか・・・・・・。

 二十代そこそこで、こんなでっかい娘持ってかわいそうに。そいやこの人、結婚してたりするんだろうか?なんとなく独身臭を感じるが、この世界でこの年齢ならもう子供もいるかもしれないな。


「なんですかもう。娘に刺繍もらって嬉しい父親みたいになってますよ。仕方ないですね。そんなお父様にはいいものあげますよ。」

「別に要りませんし、そんな心境にもなっていません。」

「まぁまぁ。そのハンカチ貸してくださいよ。」

「何なら返しますが。」

 素直じゃない男は放っておいて、ハンカチに守護魔法を付与してあげる。

「はい、できました。危なくなった時に多分助けてくれますよ。」

「多分・・・・・・。」

「テケトー聖女のテケトー守護付きハンカチですからね。多分くらいでちょうどいいんですよ。」

「そうですか。ありがとうございます。」

「お父さん、お仕事これからも頑張ってね。」

「・・・・・・。」


 半目のシュレインさんが視線を送ってくるのを無視しつつ、前に縫ったハンカチを取り出して魔法をかけ、アマンダさんにも渡した。

「アマンダさんもテケトー守護ハンカチもらってください。」

「えっ!私ももらっていいのですか?」

「もちろんですよ。いつもありがとうございます。」


 アマンダさんは、実のところかなり優秀で、私の好みを色々聞きだしては料理長に報告していたらしく、私の食事が私好みに変わったのだ。


 そして、なんと!ついに!!日本食に当たる食材を探し出してきてくれたのです!!!ぱんぱかぱーん!!!!


「これ、トウワ料理というらしいんですけど、聖女様がおっしゃってたものに近いので、持ってきたんです。」

 そう言って出されたのは、魚の煮つけと白米だったのだ。私が懐かしい醤油の味と白米に雄たけびを上げたので、二人がびっくりしたのはつい二日前である。

 しかもそのトウワ料理の材料はアマンダさんの家が取り寄せているようで、今は鰹節と味噌相当の食材を取り寄せてくれると言っている。

 とはいえ、この白米たちはたまたま持っていた商船があったとかで、そっちの方はまだまだ先になるとのことだ。

 

 私の立場では冗談でもアマンダさんちの子になりたいと言おうものなら大変なことになるので、それをぐっと呑みこんだのだが、トウワという国がどこにあるかは聞いたので、その内そちらに行こうと思っている。

 そんな話をしていた時のシュレインさんの冷たい視線が怖かったけれど・・・・・・。


「私の方こそ、ありがとうございます。」

 アマンダさんにそう言われ、私は首を傾げた。

「あの、罵倒される心当たりはあっても、感謝される心当たりがないのですが。」

 そう言った時、シュレインさんが若干顔を背けたのを見逃さなかった。貴様、笑ったな?


「いえ、私はあの時にお茶をお持ちしましたが、お二人がお部屋に帰ってる時にたまたますれ違いまして、その時にハルドリック様にお茶をと声をかけられただけで、本来はこのような仕事についているわけではないんです。」

 え?!初耳だ。

「確かに私の家は爵位を持っていますが子爵ですし、ほとんど商家であって、家柄が良いとは言えないのです。なので、城でも雑用をしていました。」

 成金みたいな扱いだろうか?爵位がどうとかよくわからないので、何とも言えない。そもそも地球での爵位が当てはまるかわからないし。

 だが、口ぶりから、あまりいい思いをして来なかったのだろうとは思う。

「ですので、あの時がきっかけで聖女様の給仕がメインの仕事になって、嫌な思いをすることも無くなりました。ありがとうございます。」

「そうなのですか。今まで全然気が付きませんでした。でも、私はたまたまだろうが、来てくれたのがアマンダさんでよかったです。お茶はおいしいし、ご飯もとても好みになりました。本当に感謝してます。これからもよろしくお願いしますね。」

「はい!」

 笑顔が眩しい。アマンダさんにはいい人生を送ってもらいたい。そして、アマンダさんに声をかけたシュレインさんもグッジョブである。




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