88.魔族
真っ暗な闇の中、私たちは猛スピードで飛んでいく。
ピナさんは私がついてこれるとわかったようで、徐々にスピードを上げていったので、今ではかなりの速さになっている。
夜が明けてきて下を見ると、景色がものすごい速さで過ぎていく。多分新幹線くらいは出てると思う。もはや弾丸だ。
私もピナさんも自分の周りだけ空気の膜で覆っているので、そのスピードでも辛くはないが、流石に会話はできない。
なので、黙々と飛んでいく。
「お腹空いた。」
夜が明けてすっかり明るくなっても、飛ぶスピードは緩まなかったので、ついそうこぼした。
しかし、当然ピナさんには聞こえていない。
正直、今どこを飛んでいるのかも皆目見当がついていないので、村が見えたら降りようなんて悠長なこともいっていられないだろう。
だって、お腹もすいたけど、トイレにもいきたいのだ。
仕方ないので、スピードを緩める。流石にピナさんもこちらに意識をむけたので、下を指さし、私はさらにスピードを緩めた。
会話が可能なスピードになると、ピナさんは険しい顔でこちらを睨む。
「何よ。もう無理なの?」
「いえ、お腹空いたし、トイレ行きたいです。」
「はぁ。人間って面倒くさい。」
「この近くにご飯買える人里ってあります?」
「はぁ?無いわよ。街道なんてはるかに向こうよ。」
あ、やばい。これ、自分には必要ないから人里に行かないやつだ。
「魔族って、ご飯とかトイレとかないんです?」
「あまり必要ない。」
「あまりってどの程度?」
「ご飯は基本摂らなくても大丈夫。水も週に一度くらい。だから、トイレもほとんど行かない。」
うわー。人間とそっくりに見えても、まったく別の生き物なのだ。ドラゴンみたいだ。
「とにかく、ちょっとトイレだけでも。待っててくださいね。」
そう言って、私はピナさんから離れて茂みに入っていった。
振り返り、ピナさんがまったく見えなくなったとこで、岩山の自室に転移。トイレを済ませて、冷蔵庫をあさりに行く。
何でもありである。
そのまま食べられそうなものをひっつかんで、また転移しようをする。
転移の際は、その地点の索敵をするのだが、すぐ近くにピナさんがいるのがわかって、慌てて別れた地点の方へ転移する。
「あれぇ~?ピナさーん?」
などと、白々しく声をあげて呼ぶと、茂みからピナさんが出てきた。
「あれ?ピナさんもトイレ?」
さらに白々しく聞くと、ピナさんはいぶかしげな顔でこちらを見る。
「どこに行っていたの?」
「え?そっちでトイレを……。」
「いなかったじゃない。」
「入れ違えになったんでしょ?」
「……まぁいいわ。逃げるんじゃないわよ。」
なんだか不穏な発言だ。
「逃げるつもりはないですけど、そういえば、どこに何をしに行くかちゃんと話してくださいよ。できたら、ご飯も食べたいんで、どっかにいきません?」
「……思っていたよりも距離が稼げてるしいいわ。一時間くらい飛んだら町があるからそこに行きましょ。」
そう言って、すっと飛び立つピナさん。もちろんついて行く私。
目的をちゃんと話してくれるか不安だが、とにかくご飯にはありつけそうだ。
にしても、さっきは危なかった。
正直、こんな風に飛ぶ必要はない。
ベリンダールまでなら転移で行けるからだ。
だが、サブマスターはピナさんに私が転移できることを言っていなかったのだろう。ということは、私も隠しておいた方がいいと判断した。
ピナさんは魔族でこんなに我が強い。となれば、今後も何かと利用される可能性がある。それは嫌だ。
一時間飛ぶと、本当に町が見えてきた。
行ったことがない町だったので、街道沿いにあるものではないようだ。
ピナさんがそちらをさして降りていくので、それにならう。ちゃんと降りてくれてよかった。
そんなわけで、遅くなってはしまったものの、お店でご飯を頼めた。
そこで、ようやくちゃんとピナさんと話すこともできる。
「この調子だと、もしかして町によるの想定してませんでした?」
「そんなことないわ。ここは寄る気だったし、後二個所は直線上に村と町があるから。」
「……何日飛ぶの予定してます?」
「五日くらい??」
馬車でベリンダールの王都までは一ヶ月。直線距離だとしても、六分の一かぁ。そして、五日で三か所かぁ……。
若干気が遠くなった。
「でも、この調子だと三日もあれば大丈夫そうね。」
「それ、休憩や宿泊考えてます?」
「三日くらいなら寝なくたって大丈夫でしょ?」
やばい。この魔族やばい。
「人間は毎日七時間くらいは寝るものですよ。今日だってほとんど寝てないんですけども?」
「そんなこと言うけど、本当に寝なくたって大丈夫でしょ?私知ってるのよ。」
どういうことだ?
「知ってるって何をです?」
「私、聖女を見たことあるの。」
「えっ?」
「前回のね。」
そこからは凄く興味深い話だった。
「魔王の出現の近くに居合わせたの。それで、すぐに聖女が飛んできたのよ。そこから、戦いは四日ほど続いた。休みなんてなかったわ。」
「だから、聖女はそれができるということなんですか?」
「そうでしょ?あなただって同じように戦わないといけないんだから。実際飛べたじゃない。あのスピードで来れたってことは、あなた、今だって本気出してないでしょ?」
そう言って、ピナさんは私をまっすぐに見た。
そうは言われても、本気で飛んだことはないからなぁ。それに、前の聖女がベリンダールまで転移していたと思えば、今の速度でもそんなに難しくもなさそうな気がする。
「さぁ。でも、このまま三日も飛び続けられるかはわからないです。結構消耗しますよ?」
「どうだか。あの聖女があなたと同程度の強さだとしたら、あなたは魔族の私たちから見ても、化け物よ。」
まぁ、魔族の親玉みたいな魔王と戦うものなんだからその通りなんだが、面と向かって言われると辛いものがある。
「そういえば、魔王と魔族って近しいものなんですか?」
勝手に親玉だと思っていたが、それって地球でのイメージだよなぁ。
「そうね。魔族は魔王の出来損ないよ。」
「え?」
「私たちは、魔素の集合体って思ってくれればいいわ。だから、親とか家族とかいないの。魔族が色んな強さや姿なのはそうやって集まった魔素の量の違いがあるからよ。」
「でも、同じ姿の魔族って結構いるんですよね?」
ダクテオンは人に広く認識されるだけいるはずだし、翼のあるネズミの魔族もあの場所に数匹いた。全てが別の姿になるわけではないはずだ。
「そうね。私たち人型も、別の魔族からしたら似たような姿の魔族よね。
ただ、なぜそうなるのかはわからないわ。同じような魔力量だからなのかもしれないし、魔素が集まるきっかけだったりするのかもしれない。」
自分の事だが、わからないこともあるだろう。人間だって進化の事をすべて理解してないのと一緒だ。
にしても、面白いのは魔族は魔王が魔素の集合体なのを把握しているってことだ。
精霊王たちの方がはるかに長く生きているだろうに、魔素の量が多すぎると魔王が生まれるということがちゃんとはわかっていなかった。
それは、すっとぼけていたのか、はたまた興味がないから気にしていないだけなのか。
まだ色々聞きたいが、ご飯が運ばれてきてしまった。
店員が配膳し終わったところで、ピナさんが目の前に置かれた皿を怪訝そうに見る。
「私はいらないわよ。」
ピナさんの前にはサンドウィッチが置かれていた。
「店員さんがいなくなってから言ってくれてよかったです。それは私が持ち帰るためですからそのままでいいですよ。どうせ昼食も買えそうにないんで。」
「そう。」
「次の町って、どのくらいにつきます?」
「この調子だと明日の昼には行けると思う。」
丸一日ちょいか。
「寝ずに飛ぶんです?」
「そうよ。」
当然だというように頷くので心でため息をつく。
「それだったらもうちょっと買い物させてくださいね。夕飯と明日の朝ごはんも買っていきますから。」
「面倒ね。」
「人間なんで。」
食事を終え、別の食料を買うときに、ふと思ったので聞いてみた。
「お金って結構持ってるんです?ベリンダールのお金もあるんですよね?Sランクの冒険者って聞きましたけど、各地で戦ってるんですか?」
「全然。」
「え……。」
「ギルドの創設当初はいろいろとやったけど、最近は全然戦ってないわ。まぁ、お金はあるから大丈夫よ。各国のギルドでもらえるから。」
「今までのを預けているとかそういう?」
「それもあるけど、そもそもギルドはうちだから。」
「うち?」
「ギルドの創設者がディダの父親なの。で、今の総督がディダだし。だから、私はお金がもらえるの。」
いやちょっと待って?ギルドって魔物倒す人の集まりなんじゃないの?
そのギルドの創設者の嫁が魔族なの?
私が変な顔をしていたからか、ピナさんは別の意味にとったようだ。
「別に、ちゃんと働いてた分もあるわよ。好きなように集ってるわけじゃないわ。私、そもそもお金ってそんな必要ないから。」
「あ、や、まぁそれもあるんですけど、魔物倒す人たちのトップが魔族なんだって思っただけで。」
「あぁ。魔族って、基本は他者を排除したいものなの。もちろん色んな理由から協力をすることだってあるけど、表面上だけよ。
生きていくのに必要だから仕方なくするだけ。魔族にとっては、魔族が一番の敵なのよ。」
最後の方は吐き捨てるように言う。
「でも、魔境にいる人に会いに行くんですよね?魔族の方なんじゃないんです?」
「魔族よ。」
そう言ったピナさんは、無表情だった。
シュレインさんやギルマスの無表情は感情的な表情だったと思わざるを得ないほどに、何も感じさせない無表情だった。
「さ、待たせると面倒だから、さっさと行くわよ。」
そう言ったきり、ピナさんは口をつぐんだのだった。
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