86.ピナさん
フィアルさんとの結婚説を否定したことで、二人の態度が軟化すると思っていた私は甘かった。
今度は何やら二人とも挙動不審になったのだ。
面倒くさいのでそれぞれに聞いてみたが、そんなことはないとそろって否定してきた。
コツコツと積み上げてきた二人からの信頼が壊れるので、自白魔法も唱えられずにこちらももやもやしているが、どうしようもないので話してくれるのを期待して待っていることにした。
そんな時、ギルドから呼び出しを食らった。
シュレインさんとギルドへ行くと、ギルマスの部屋にはギルマス、サブマス、ビレートさん、そして、知らない女の子がいた。
「わざわざ来ていただいてありがとうございます。」
そう言って一番最初にお辞儀をしたのは、サブマスターだ。
「はぁ。」
よくわからずに説明を求めるつもりでギルマスを見ると、無表情で何も言わない。
その異様な空気と席の配置に私は困惑した。
ギルマスは自分の机に座っている。
そして、応接用の席には、女の子、サブマス、ビレートさんと座っており、その向かいに私とシュレインさんが通された。
女の子は茶色の髪に茶色の瞳で、とてもかわいらしい顔立ちだ。歳の頃は私と大差がないように見える。
その子の素性もわからないし、なんでこんな席順なのかもわからない。そして、ビレートさんの表情も険しい。
「あの、今日はどういった内容で呼ばれたのでしょうか?」
私が聞くと、ようやくギルマスが口を開いた。
「まずは、紹介しよう。この世界にはSランクの冒険者が二人いるんだ。その冒険者、ピナ・ヴァスカマスと、ディダ・ヴァスカマスだ。」
「へ?」
ギルマスの発言に、素っ頓狂な声をあげてしまった。
ちょっと待って欲しい。えっと、ビレートさん以外が紹介されたと考えると、女の子とサブマスがSランクの冒険者?同じ苗字だし、何ならビレートさんもそんな苗字だった気がする。ってことは……。
「あー、えっと、もしかして、ビレートさんのご家族ってことですか?」
「そうだ。祖母と父だ。」
ええええええええええええええええええええ?
いや、確かにサブマスター強キャラ感あったけど、ビレートさんのお父さんなの?!目が細すぎて似てないけど??
「あ、あの、一応聞きますけど、サブマスターですよ……ね?」
「はい。いつもはここでブールノという名で働いています。」
私の問いに、サブマスターはあっさりと答えてくれた。
答えてはもらったものの、なんだか急展開過ぎてついていけない。宇宙を背負って呆けていると、ついにビレートさんのおばーちゃんが口を開いた。
「今日呼んだのは、あなたを連れて行きたいとこがあるからよ。」
そう言って、ビレートさんのおばーちゃん……ピナ……ちゃん?さん?はにっこり笑った。
「連れて行きたいところ?」
「えぇ。一緒に魔境に来て欲しいの。」
「魔境。」
魔境はベリンダールの北にあるって教わったあれだ。
地図を見たが、多分地球で言う北極みたいな感じの場所にあると思う。なので、ベリンダール以外にも近い国はあるのだが、陸続きになっているのはベリンダールだけらしい。
魔物や魔族にとってはベイダルさんがいるベリンダールの岩山を通るメリットはないように感じるのだが、魔境を警戒しているのはベリンダールだけだと聞いた。
空を飛べたり、海を渡ったりする方が辛いのかもしれないが、そこはよくわからない。
「すまないが、これはギルドからの招集になる。なので、断らないでほしい。」
無表情のギルマスがそう言う。
「別にかまいませんけど、魔境って行くのにどのくらい時間がかかるんです?私、秋から冬位に外せない用事があるんですけど。」
すでに季節は夏だ。ゲーム的にいえば魔王復活は最後のイベントのはずだ。早くて秋、遅くて冬には聖女の仕事をせねばなるまい。
まぁ、ここに帰ってこなくていいと考えれば、三ヶ月位は余裕があると思う。きっと多分。
「聖女って、飛べるでしょ?」
ピナさんが小首をかしげて私に聞いてくる。
「はい。」
「じゃぁすぐよ。難しいこともないから。」
こともなさげにそう言われたので、なんとなくシュレインさんを見ると、私の目線に気が付いたシュレインさんは眉毛を少し下げた。まぁ、ついてこれそうにないよね。
その考えを見透かしたのか、サブマスターがシュレインさんに話しかける。
「今回はあなたは外してください。立場上ついて行こうと思われるとは思いますが、はっきり言えば足手まといなので。」
バッサリと言われてしまって私は気まずい思いになるが、シュレインさんは一拍開けて頷いた。まぁ、頷くしかないよね。
「ただ、今後のギルドを担う人材として、メリルさんがいない間、私とビレートがあなたを鍛えます。」
サブマスターがそう言ってにっこりと笑う。元から目をつぶっているので、にっこりと笑ってもあまり変化がないが。
「え……いや、私は仕事がありますし。」
サブマスターの提案に困惑し、そう返答するシュレインさん。どこか救いを求めてギルマスを見るが、ギルマスは未だ無表情だ。
「それも大丈夫です。話はこちらでつけておきますから。せっかくですし、今年の武闘大会で優勝を狙いましょう。」
「は、はぁ……。」
「それもギルドの招集だと思えばいいでしょ。実際そういう扱いになると思うし。」
困惑するシュレインさんに、少しイラだったようにビレートさんが言う。はじめから表情に出てはいたが、今日はご機嫌斜めのようだ。やはりグレンド分が足りないからだろうか?
正直、何が何だかわからない。後でちゃんとギルマスに確認した方がいい気がする。サブマスにばれないようにここに来ることができるだろうか?
私がそんなことを考えていると、ピナさんが立ち上がってこちらを見た。
「じゃ、行こ。」
「え?」
「魔境。」
言ったでしょ?バカなの?みたいな目でこちらを見ないでほしい。
「いやいやいや、用意とかあるんで、今すぐはちょっと!」
「何よ。すぐ終わらせたいんじゃないの?別に、持ってくものなんてなくていいから。必要なものは買ってあげるわよ。」
「家人に話もしていかないとですし。」
「それはその男がするでしょ?」
そう言って、ピナさんは顎でシュレインさんをさす。
「そうですけど、一旦帰らせてください。逃げたりしないですから。」
私の返答に、あからさまに不機嫌な顔になるピナさん。ゆらりと大きな魔力が揺らめいたので、すっとサブマスターがピナさんの腕をつかむ。
「母さん。別れの挨拶は人間には必要なものなんですよ。」
そう言われたピナさんは、ちらりとサブマスターを見る。その視線がものすごく冷たいのでゾワリとした。
「明日の朝出発よ。五時にはここへきて。」
ピナさんはそう言うと、部屋を出て行ってしまった。
扉が閉まって二拍ほどで、サブマスターが息を吐く。
「母がすみません。長い経験で人間らしい行動はできるんですが、未だに自分の欲優先で。」
「いや、別にいいですけど、何をしに行くんです?そういうのすら聞いてないんですけど。」
私がそう聞くと、サブマスターは眉を下げる。
「母の知り合いに会いに行くとは聞いているんですが、最低限なことしか言わないたちで。」
「そうですか……。」
魔境にいる知り合いとなると、きっと魔族だろう。まぁ、何があっても負ける気はしないので別にいいが、面倒くさい。
それに、ギルマスの態度や、ビレートさんのイラだちも気になる。あとで話を聞ければ良いが。
「じゃぁ、とにかく一旦帰ります。明日朝にまた来ますね。」
「よろしくお願いいたします。あ、ハルドリックさんは午後からで大丈夫です。城へは話しておきますので、午前だけ行ってください。」
「はい。」
私たちは明日の約束を交わし、ギルドを後にした。
「で、どう思う?」
「何もわからないですけど、なんとなく嫌な感じはします。気を許さずにいてください。」
家へ向かって歩きながら、そんな話をする。その間も索敵をし、サブマスとギルマスが離れないかを確認しておく。
ギルマスもサブマスもギルドにいるが、予想外の人物がこちらにやってきたので、振り返った。
眉間にしわを寄せたビレートさんがこちらにやって来る。
「なんかあんたに頼むのは癪だけど、私と父じゃ役に立たないの。祖母の事をお願い。」
前置きもなくそう言うビレートさん。
「何があるんです?」
「私は詳しくは聞いてない。というか、聞かせてくれないわ。
父や祖母にとって私は家族ではあるけれど、能力が足りなさすぎていないも同然なのよ。今日だって無理やり父に言って一緒にいれただけ。
でも、焦ってるのはわかるの。確かに祖母は自分の欲に忠実よ。でも、出発の時間を遅らせるだけであんなにピリついたりしない。何かやばいことがあるんだと思うの。もしかしたら魔王が関係あるかもしれないし。
とにかく、お願いよ。祖母を助けて。」
そう言うビレートさんは、ぐっと泣きたいのをこらえているように見えた。イラだって見えたのは自分のふがいなさを感じ、自分にイラだっていたようだ。
「父もそう思ってるんだと思う、だから、代わりにそいつを鍛えるだなんて言ったんだと思うの。お礼ってことよ。」
そう言って、シュレインさんを見る。なんかよくわからない感覚ではあるが、そういうことなら甘えておいてもいいのだろう。
私はシュレインさんの腕をポンと叩いた。
「まぁ、よくわかんないけど、お言葉に甘えとこっか。がんばってね。」
「はぁ。」
シュレインさんも困惑の中ではあるが、一応は納得したのだろう。多分。
その返答を聞いて、ビレートさんは少し笑った。
「厳しくしてあげるわ。人間で一番強くなりましょ。あ、あんたは人間枠じゃないから。」
最後に意地悪く私に言うと、手を振って去っていった。ビレートさんも変わった人である。
「今年は強制的に武闘大会に出ることになりそうだね。」
「そうですね。まぁ、そろそろ出たかったので。」
「お!いけそう?」
「ディアにさえ勝てれば。」
ディアはバランスが崩れたとか言っていたが、それでもやはり強いようだ。
「私も見るの楽しみにしてよう。」
「……はい。」
そう頷くシュレインさんの表情が少し和らいだのを見て、私もにっこりと笑ったのだった。
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