85.アマンダさんとシュレインさんの心労
毒やらクレアライトやらを盛られることもなく無事に帰還したと思っていたが、平和なんていうものはなかった。
アマンダさんとシュレインさんが、ものすごくピリピリしているのだ。
「あの二人、どうしちゃったの?」
恐る恐るディアに聞くと、ディアは半目になった。
「お前の心配をして、何かしてるらしいぞ。」
「へ?」
「やってることは俺は知らん。本人たちに聞け。」
ディアはそう言って、さっさとリビングから出て行こうとする。
「あ、ちょっと待って。」
私が声をかけると、面倒くさそうにこちらを見る。巻き込むなと無言で言っているのがありありとわかる。
「ファムさんの事で話があるの。」
半目だったディアだが、私の言葉で厳しい顔にかわる。
「なんだ?」
「この前心配していたでしょ?彼女ね、亡くなったんだって。」
「は?」
「彼女、騎士団を解雇されて、表面上は町で暮らしていたみたいだけど、案の定教会とつながりがあったんだって。」
「……。」
「それで、いざこざがあったみたいで、亡くなったと。詳しくはわからない。第二王子に聞いただけだし、彼も詳しくはわからないけど、そうなったそうよ。」
第二王子とは話して、そういうことにすることにしてある。最後以外はそのままだから大丈夫。何ならいざこざだって教会ではなく私達とあっただけで嘘ではない。
呪いの事も確認をしてもらっている。彼女に近づいた人が、ディアに呪いをかけたと楽しげに話していたと報告したそうだ。
「それこそ表面上なのでは?」
ディアはそれでも安心できないのだろう、眉をしかめて聞いてくる。
「大丈夫よ。ちゃんと確かめたから。」
「は?」
「私は会ったことがある人ならどこにいるかは探れるの。ファムさんは絶対にいない。」
索敵で確認してるので絶対だ。
ちなみに、おっさんの方は国の端で存命している。しかし、第二王子はおっさんの方も処刑したと言っていた。
これだけは見過ごせないので、申し訳ないが第二王子に自白魔法をかけてもう一度聞いた。が、処刑したと答えたので、第二王子は知らされていないのだ。ならば私は干渉しない方がいいだろう。知らなくてよかった……。
「そうか……。」
ディアはそうつぶやいて、深く息を吐きだした。
「結局、本人から詳しい話は聞けなかったね。」
「知らなくていい。」
「そうかもね。」
ディアは頷くと、今度こそリビングから出て行った。
これで追われるという恐怖から抜け出せるといい。真相を知る必要もない。第二王子も私を敵に回すのがわかっているので、絶対に言わないだろう。
聖女としてはやってはいけないことだっただろうが、これでよかったと思う。
私は聖女ではあるが人間だ。自分の身内がかわいいのである。
きっと、ファムさんにも護りたいものがあっただろうし、ファムさんを護りたいと思っている人もいただろう。
死ぬ必要があったかといえば、そうではなかったかもしれない。
しかし、あれだけの呪いをかけたのは彼女自身だ。力でねじ伏せようとしたら、更に巨大な力にねじ伏せられただけ。
殺そうとするのなら、殺される覚悟をしなければならないってやつだ。
私はお茶を一口飲むと、小さくため息をついたのだった。
二日後、おねーちゃんとディアが出かけた後、アマンダさんがお茶を入れてくれてから、目の前に座った。
その横にシュレインさんも座るし、二人の表情が硬いので、お説教タイムが来たのだと悟る。
「メリル様、おいくつになられましたっけ?」
構えていたのに、変な質問をされて拍子抜けする。
「え?十七だけど……。」
「ご結婚をお考えですか?」
アマンダさんの質問があまりにも唐突且つ自分の人生において一番縁遠い内容だったので、おもわず変な顔になる。
「いや、あの……考えてませんけれど。」
そうとしか言いようがない。気迫に気おされて、つい丁寧語になるわ。
「では、ジュディアル帝国のゴーディア様のところへ嫁ぐつもりはないと?」
あ、そういう?私は気が抜けて、乾いた笑いが出てしまった。
「あはは。なーんだ。そんなこと心配してたの?ないない。絶対ないわ。」
私の返答に、二人はちらりと視線を交わす。え、不穏なんだけど。なんかまだあるの?
「でしたら、どんな方が好みとかありますか?」
「え……。」
「男性の好みです。やはりお金があるとか、強いとか。」
やはりって何だやはりって。
「いや、別にそんなのが好きとかはないですし、好みも特にはないですけど。」
「そうですよね。殿下の婚約ですら断ったんですし。」
そこまで言って、なぜか二人ともほっとした表情になった。
訳が分からないので、真意を問いただそう。
「なんでそんなことを?」
「ゴーディア殿下と深い話をされていましたので。」
「深い?あれが?あっさあさの表面上の会話しかしてないけど???」
「それは、メリル様がゴーディア殿下を好いていらっしゃらないからですよね?ゴーディア殿下は、メリル様の事が好きなのでは?」
「はぁ?」
すっごい嫌な顔しつつ、変な声が出た。
でも、確かに城で話している時も誰にも聞かれてないし、そもそもフィアルさんが私を実験動物のように見ていることを知っているのは、ギルマスだけなのだ。
そんな状態で結婚やら子供やらの話をしていれば、フィアルさんが私を好きだと勘違いしてもおかしくはないのだ。あああ。
「あのね、あの人ドラゴンだよ?わかってるんだよね?」
「はい。」
「ないないない!ドラゴン人間に興味一切ない!」
このままいけば魔王を倒したら好きにしていいという約束は無効になるだろう。私も自分が助かる道をきちんと考えてある。
しかし、うまくいかなかったらフィアルさんのもとに行くことになるのは変わりがない。
この前の会話でも出たが、私はフィアルさんにとっては邪神の魔力を取り込めるかもしれない触媒のような扱いだ。ただそれを狙っており、私の意思どころか生死すら興味がないとはさすがに言えない。
「ゴーディア殿下を調べましたけれど、評判がすごくいいのです。
地位も名誉もお金も民からの信頼もある。顔もとても美しいですし、多くの女性が求める最高の男性だと思います。
まぁ、歳がメリル様に対しては取りすぎではあるとは思いますが……。」
そうやって改めて言われると、フィアルさんのスペックはいいけどね。殺すこともやむなしなサイコパスってだけで全部吹っ飛ぶんだよなぁ。
「正直、フィアルさんに嫁ぐくらいならまだこの国の王子の方がマシですよ。
それに、私は王族は嫌ですって。地位なんて面倒なだけですもん。庶民でいいですよ庶民で。
っていうか、こんな話のためにこの数日ピリついていたんですか?」
これ以上は理由を言えないので、話をそらしにかかることにする。
「ゴーディア殿下の評判やジュディアル帝国の情勢なんかを調べていました。遠いですから、数日で分かるようなことは古い情報ではありますが、先日見たことと合わせると、差異はそうないかと。
ハルドリック様には城からの情報と調整を頼んでいました。」
「調整?」
「ゴーディア殿下は城でお会いになるでしょう?ジュディアル帝国って、片道で数か月かかるんですよ。なのに、毎月会いに来ている。
そして、国境を越えた記録がないんです。なので、城は国のどこか。何ならこの王都のどこかにゴーディア殿下がいるのではないかと考えているんです。」
あー……ドラゴンだからそこらへん大雑把そう。
「私たちはゴーディア殿下がそういう手間を省いて自分でここへやってきていることはわかっていますが、国はそうではないので、結構問題になっているんです。
そして、いつか口説き落として、メリル様を国に連れて帰るのではないかと。
その疑惑に対して、メリル様が拒否なさっていることなどは伝えているんですが、まぁ、色々とややこしくて。
私たちも先日の会話でそうとれる内容を知ったので、今回ちゃんと動くことにしたんです。私たちは真っ先に色々と疑われますから。」
あー、国からせっつかれてピリピリしていたのか。
「なんだかすみません。」
「さっきの質問は、もう国には拒否してると伝えてますが、一応の確認だったんです。」
結局、身分があるとややこしいのである。だから嫌なんだよ。
「万が一、私がフィアルさんについて行くって言ったら、どうなったの?」
意地が悪いが、つい聞いてしまう。
「私たちには止める権利はないですし、国としてもジュディアル帝国との軋轢は好ましくないので、何かしらの取引ができるようならして、手放すしかないでしょうね。」
聖女は我が国が育てたとかそんなこと言って、金やら物やらをもらうってことだろうか?
でも、そんなもんなんだと思えばそんなもんなんだろう。私が王子の婚約をめいっぱい拒否した段階で、私をつなぎとめる最大のカードが効かなかったことになる。
それならば、無理に聖女を手放さないよりも、自分たちに最大のうまみが出るように利用する方がいいのだろう。
にしても、王族とはそういったおごりがあるのだと思う。自分たちが尊ばれるのは当然の事なので、自分たちが切り札となるのを信じて疑わない。
私にとってはアマンダさんやシュレインさんの方が大切なので、王族がそう思ってくれていたら安心できる。
だが、騎士団長はわかっていたし、第二王子も真っ先にアマンダさんを取り込んだ。
第二王子は私が聖女だとわかる前からアマンダさんに粉かけていたが、それは聖女から聖水をもらうほどの商会の娘ということを瞬時に計算したからなのかもしれない。
アマンダさんの事だから、そこらへんはすでに考えているだろうけれど、そうなるともう少し警戒した方がいいのだろうとは思う。
まぁ、すでにファムさんの事でも借りを作っているので、アマンダさんを護るという点でだけは全力を出すけれどね。
それにしても、王都にいる疑惑は面倒くさいな。今度機会があるなら、その辺自重してもらうようにフィアルさんに言っておこう。
私は心で大きくため息をついたのだった。
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