76.ソフィアの王都物語8
ディア君に連れられ、私は集落のはずれの森の中にいた。
少し開けた場所で止まると、ここで待つという。
「ここで何かするの?」
本当にただの森なので、何をするのか予想がつかず不安になる。
「すまない。今相棒が来るから。」
ディア君がそう言ったので、さっき会った人たちの中には相棒さんがいなかったと今知った。
「ここに?どんな人なの……?」
私は恐る恐る聞いてみる。
「来たよ。怖い見た目だけれど、危なくないから、じっとしていて欲しい。」
そう言って、ディア君は私を自分の方に引き寄せた。ディア君は上空を見ている。私もつられて上を見ると、何かがこちらへ飛んでいくシルエットが見えた。
結構大きいものが来ていると知り私が息をのむと、ディア君は私の肩を抱き寄せ、耳元で大丈夫だからと囁く。
ものすごい恐怖を感じていたのが瞬間的に飛んでいき、今の自分の状況に赤面する。
村にも仲良くしてくれた男の子はいた。いつかこの中の人と結婚するのだろうと漠然と思ってもいた。
時には今のように近い距離になったこともある。でも、こんなに切なくも甘い気持ちになったことはなかった。
あぁ、私ディア君の事、本当に好きなんだな。
ディア君と居れば、怖いことなんてない。絶対に護ってもらえるという安心感がある。
それに、状況なんて関係なくうっとりとしてしまう。
そう思ったら、こんな状況だというのに、まぎれて抱き着きたくなってしまう自分の破廉恥さに顔を手で覆った。
私ってば何を考えてるんだろう!あまりの恥ずかしさと自己嫌悪に体を固くしたので、ディア君は恐怖してると取ったのだろう。
「怖い思いをさせてごめん。危害を加えたりはしないから見てやって欲しい。俺の相棒のディードだ。」
「ひゃっ!」
そう耳元で言われたので、私はブルリと体を震わせた。ゾクゾクしてしまうのでやめて欲しい。というか、顔が真っ赤になってるのであまりこっちを見ないでほしい。
それでも言われた通りに恐る恐る目だけを指の間からのぞかせると、目の前に大きな生き物がいた。
「と、トカゲ?」
トカゲやヤモリに似ているが大きくて羽が生えている。
私は農村で育っているので爬虫類もよく見かけるし、害虫を食べてくれるので大切にしている。
蛇だって毒があるものは近くに居ないので怖くない。それでも、自分どころかディア君よりも大きい体には驚く。
昔話で聞いたことがある、ドラゴンだろうか?そう思ったら、ディア君が教えてくれた。
「ワイバーンだよ。ベリンダールの北の山にいる生き物だ。」
「わいばーん。ベリンダールってディア君の故郷よね?」
「そうだ。」
「ディア君て……。」
私はぽかんとしてディア君の顔を見た。
「なんだ?」
「同じ歳くらいに思ってたんだけど、違うの?それとも、若い子でも飼えるくらいにベリンダールにはわいばーんがたくさんいるの?」
私の素朴な疑問に、一瞬間を開け、ディア君は笑い出した。
「ははは。そんなにいないよ。前に騎士をやっていたと言ったろ?ベリンダールにはワイバーンに乗って戦う竜騎士っていうのがいるんだ。それをやっていた。」
「りゅうきし。」
「あぁ。」
そう言われてよく見ると、ディードちゃんは馬につけるような鞍や手綱がついている。
「乗るって、空飛ぶの?」
「そうだよ。それにしても、あまり怖がっていないな。」
なんだか苦笑気味でそう言う。怖いは怖いけれど、ディア君に抱き寄せられているので安心感がすごいとは言えない。
「村にもトカゲや蛇がいたし、何なら兄弟たちが捕まえてきたりしたから。大きさにはびっくりした。」
恥ずかしさがよみがえって、ちょっともじもじしながら答える。あーもう!意識すると普通にできない!
「そうか。乗ってみるか?」
「へっ?」
予想しなかった提案に、ぎょっとしてディア君の顔を見る。
「ここは虫も多いし、ちょっと移動しよう。」
確かに虫が多い。空を飛ぶのは怖くもあるが、ちょっと好奇心もうずく。
「落ちない?」
「落とさないよ。」
「絶対よ?」
「あぁ。」
「じゃぁ、お願いします。」
そうはいったものの、ディードちゃんを見ると鞍は高い位置にある。乗れるだろうか?
そう思ったのがわかったのか、ディードちゃんが地面にぺたんと伏せたのでびっくりする。
「急に動いてごめん。大丈夫だから。」
「違うの!話が分かったの?何も言ってないのに乗りやすくしてくれたわ!凄い!」
「そうだな。とても賢いんだ。」
私がほめたからか、すごくうれしそうに笑うのでドキリとする。そんな無邪気に笑うのやめて欲しい。
「それでも乗れないだろ?ちょっと我慢してくれ。」
「え?」
私が状況を理解するよりも前に、ディア君は私を抱き上げた。
「えっ!あっ!ちょっ!」
お姫様抱っこというやつだ!あまりの事に驚いてあやうく暴れそうになったが、がっちりと抱きしめられており、身を固くしただけで済んだ。
「腕、しっかり首に回して。しがみつくくらいでいい。」
「ひゃっ?う……あ、はい。」
言われた通りおずおずとしがみつく。きれいな顔が目の前に来る。思わず息を止めて顔をそむける。息臭くないかしら?!そう思いつつもちらちらと顔をのぞき見してしまう。ううう、真剣な横顔がかっこいい!
そんなバカなことで心に暴風が吹き荒れている間に、ディア君はディードちゃんに私を抱えたままひらりと飛び乗った。
「えっ!凄い!」
思わず感嘆の声をあげると、ディア君は噴出した。
「前から思っていたが、ソフィアは見かけによらず胆力があるな。」
「えっ?」
「いや。ほら、スカートなのに悪いが前を向いて座れるか?」
「うん。」
またがることになるので恥ずかしいが、スカートはゆったりとしているので難しくはない。
メリルは村にいた馬に乗りたがっていたが、私は何を言ってるのだと内心呆れていた。でも、こうやってわいばーんに乗ってみると、なんだかワクワクする。
「落ちないように後ろから腕を回すがいいか?」
「ひゃっ!ひゃい!」
耳元でいうのやめて欲しい。変な声が出た。しかも、それに気を取られて内容を把握せずに返事をしてしまい、後ろから抱きしめられるように手綱を持たれたので、一瞬で顔が沸騰する。ああああああ!
「飛ぶぞ。」
そう言われたと同時に、ふわりと体が持ち上がる。
「わっ!」
「絶対に落とさないから。」
「ひゃん!」
だから!耳元で!ささやかないで!!
もう何が何だか分からなくなって意識が飛びかけたが、気が付くと空の中にいた。
凄い!と言いたかったが、風がすごくて口が開けられないし、目もあけてるのが辛い。
そう思っていると、風がやんだ。
ディードちゃんの羽ばたきの動きは感じるので飛んでいるはずだ。恐る恐る目を開けると、やはり空の中にいる。
「魔法ってすごいな。」
ディア君がそうつぶやくので顔がある方を目で追う。後ろから抱きしめられているので私の顔の後ろ斜め上にディア君の顔があり、表情なんかはわからない。
「魔法、使えるの?」
「いや。使えなかったし使ったこともなかった。」
「じゃぁ、これは?」
「ソフィアが苦しそうだったから風を止めてやりたいと思ったら、なんかできた。」
そんなこと言うのずるい。優しくされてるって思ってしまう。今までだってずいぶんとお世話になってるけど、なんか今日はすごく優しい気がするんだ。
手もつないでたし、今だって抱きしめられてるようなものだ。急にどうしたんだろう?でも、こんな風にされていると、期待してしまう。
ディア君も私のことを好きでいてくれたらいいのに……。
「魔法って急に使えるものなの?」
心の動揺を悟られたくなくて、話を続けてみる。
「いや。俺自身魔力は無かったんだ。だけど、ディードのおかげで使えるようになった。」
「ディードちゃんの?」
「ちゃん……。ディードは雄だよ。まぁ、色々とあってな。魔力を共有できるようになったんだ。」
「そんなことがあるんだね。」
「めったにないことだと思うけどな。」
ディア君は色んな経験をしてきたのだろう。私はそれを全く知らない。そう思うと少し寂しい。いつか知ることができるのだろうか?
自分から聞いてみればいい。でも、ためらいがあった。聞いたら教えてくれるだろうとは思う。でも、聞きたくないことがある。
なんでメリルと一緒にいるのだろう?
メリルともこうやって飛んだのだろうか?そう思うと、胸がぎゅっと痛くなる。
好きになってしまう前に聞いておけばよかった。そうすれば好きにならずに済んだかもしれない。
知りたいが知りたくない。恋をするってことは、こんなにも苦しいことでもあるんだ。
私はまわされた腕と背中に当たる温かさを甘美に感じながら、トウワの景色を見渡した。
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