75.ソフィアの王都物語7
九月の終わりから、家の中がそわそわし始めた。
メリルやアマンダさんだけでなく、シュレインさんやディア君までそわそわしている。
「最近皆そわそわしてるけど、何かあるの?今日は特にそんな感じだったけど。」
仕事に行きすがら、いつも通り送ってくれるディア君に聞いてみた。
「あぁ、稲刈りに行くんだ。」
「いねかり?」
「前に農作業を手伝ってるっていっただろ?それだ。」
「え?皆で行くの?」
「あぁ。」
「そうなんだ……。」
誰も何も言ってくれなかった。確かに私は役に立たないだろうが、なんとなく疎外感を感じた。いやいや、でも本当に役に立たないし、その農家の人も知らない。急になにもできない私が行くのは迷惑だから当然だ。
もやっとした気持ちを心の奥に押し込め、私は笑顔を作った。
「頑張ってきてね。」
「あぁ。」
ディア君は微笑んで頷いた。
帰りの時間になり、今日は一人で帰れるかな?と思ったけれど、ディア君はちゃんと迎えに来てくれていた。
「えっ?!農作業はいいの?」
「あぁ。迎えに来た。」
「あ、ありがとう。今日は一人だと思ってた。」
「……俺の相棒を紹介してもいいか?」
「え?」
「俺にはずっと一緒に過ごしてる相棒がいるんだ。」
私がディア君と会って四ヶ月。そんな人を感じたことがなかった。なんだか心臓がバクバクする。
「え、あ、そうなんだ?そう……。」
「今、向こうで皆と居るから。」
「え?」
「時差があるんだ。だからまだ皆向こうにいる。」
「じさ?」
何を言ってるかわからないが、どこかに行くのだろう。そう思ったのだが、私たちは家に帰ってきた。
「どこかに行くんじゃないの?」
「あぁ。こっちだ。靴をもってついてきてくれ。」
そう言って、ディア君は自分の靴をもって家の奥に入っていく。意味が分からないまま言われた通りについていくと、倉庫の前で止まった。
「今まで黙っていてすまなかった。」
「え?」
ディア君は返事をせずに倉庫の扉を開ける。すると、そこには倉庫ではなく見たことがない廊下があった。
「えっ?ここって倉庫じゃ……。え???」
私がびっくりしていると、ディア君が私に手を差し伸べた。
「行こう。」
ディア君の手を取り、廊下に入っていく。今までいた家とは違うにおいがする。
「ここは?」
「メリルが魔法で別の家と空間をつなげているんだ。あ、靴はそこの床においてくれ。」
「え?」
なんだかずっと同じ反応をしている気がする。私は混乱していた。でも、メリルの魔法だと言われたら納得せざるを得ない。
王都に来てからも、メリルの魔法を目にしたことはなかった。でも、私は瞬時に王都へと連れて来られた。それだけでメリルの凄さは決定的だった。
ディア君が靴を置いたところには他にもたくさん靴があった。ここは玄関なのだろう。
王都のメリルの家も靴を脱いで上がるので、わかった。
「あまり、ソフィアには見せたくなかったそうだ。」
「え?」
またも同じ反応になってしまった。
「メリルは人に対して魔法を見せびらかさない。できるだけ隠れて暮らしてる。王都でも、メリルを聖女だと知ってる人間はあまりいないし、口止めされてるようだ。」
「そうなんだ。」
「それに、俺たちは全員特殊だから、ソフィアを巻き込みたくなかった。」
そう言って立ち止まると、こちらをまっすぐ見てくる。その様子に戸惑っていると、ディア君は少し悲しそうな顔になった。
「ソフィアを仲間外れにしていたわけじゃないんだ。それはわかって欲しい。」
そう言われたので、どきりとした。私が感じた疎外感を気づいてくれたのだろうか?
再び手を引かれ、ある部屋に入っていくと、皆がいた。
「あー、ごめんね。ディアもありがとう。」
メリルはなんとなく気まずそうにそう言った。
「よくわかってないんだけど、ここはどこなのかは聞いてもいい?」
誰にだって知られたくないことはある。私だってメリルに話してないことがあるんだから、それには触れないでおこうと思った。
それに、結局はここに連れてきてくれたんだからそれでいい。
そんなことより、見たこともない家のつくりで知らない人がたくさんいるし、何よりもさっきまで暗かったはずなのに、ここはまだ日が明るい。意味が分からなかった。
「ここはね、トウワって国なの。私たちが住んでる国から凄く遠くにあるの。」
「とうわ……。」
「ディアンガさん、私の姉です。」
メリルが男の人にそう言って紹介したので、私は頭を下げた。
「メリルの姉のソフィアといいます。妹がお世話になっています。」
よくはわかっていないが、とりあえず失礼なことはできない。
「私はディアンガという。」
ディアンガさんはとても落ち着いた声で名前だけ名乗った。
「私はディアンガ様のお世話をしております、美代と申します。」
ディアンガさんの隣にいたきれいな女性がそう言って頭を床につかんばかりに下げたので、私はびっくりしてしまった。
「えっ!あっあの、そんな!頭をあげてください!」
焦った私の横で、ディアがくすりと笑ったので、思わずそちらを見る。
「あれはこの国のあいさつの姿勢だ。でも、俺たちも座ろう。」
「はい。」
まだ握っていた手を引かれ、私たちもメリルの近くに座る。
床はなんとなく柔らかく、平たいクッションが置かれている。皆その上に座っているので、私もそれにならって座った。
「よっ。俺はベイダル。こっちはグレンド。確かにメリルに何となく似てるな。ま、よろしく。」
「ソフィアです。よろしくお願いします。」
軽い口調であいさつしてきた黒髪の男性は片手をあげ、子供のようににっこりと笑う。その横のそっくりな顔の赤い髪の男性はこちらをちらりと見ただけで、特に言葉を発しなかった。
人はそれだけだったので、この中の誰かがディアの相棒ということだろう。皆美しいが、男性が多い。なんとなくほっとした。
「あ、あの、私も何かお手伝いを……。」
私がおずおずとそう言うと、メリルが少し笑った。
「ありがとう。でもね、もう午前の作業は終わったんだ。これからお昼ご飯になるし、こっちで食べていくから呼んだんだよ。」
お昼と言われてびっくりするが、外の明るさからいってそういうものなのだろう。深く考えるのは止めよう。
「そうなの。じゃぁ、ご飯を作るのを手伝うわ。」
私がそう言うと、メリルは首を振った。
「おねーちゃんはディアに付き合ってくれる?」
「え?」
私が横のディア君を見ると、ディア君は小さく頷いた。
「でも、まずは少し休んでください。お仕事をなさって来たんでしょう?」
そう言って、美代さんがテーブルにカップを出してくれた。
丸い筒のようなカップで、取っ手がない。中の液体が緑色なのだが、きっとお茶だろう。
ディアももらっているし、皆の前にも同じものがあるので、私は口をつけてみることにした。
が、取っ手がないのでどう持ったらいいのかよくわからない。横を見ると、指先だけで持っているディア君がいる。習おうと思ったけれど、触るとめちゃくちゃ熱い。それを察したのか、メリルがこちらにズリズリっとやってきた。
「はい。お茶冷ましたから。これで普通に飲めるよ。」
「え?」
もう何が何だかわからないが、目線で飲みなってしてくるのでカップを持つと、ひんやりとしていてびっくりする。思わずメリルを見るとメリルは頷いた。
お茶に口をつけると、冷めたどころか冷たい。まだ暑いのでありがたい。いつも飲んでいるお茶と違って苦みが濃いが、後味がすっきりとしていて癖になる味だ。
「緑茶っていうんだよ。」
「りょくちゃ。苦いけど、おいしいわ。」
私がそう言うと、メリルは満面の笑みになった。
「私ね、ここの食事が大好きなの!だから、おねーちゃんにも食べて欲しいんだ。」
「急に御呼ばれしてしまったけれど、大丈夫なのですか?」
私はメリルではなく、美代さんやディアンガさんを見てそう言った。すると、美代さんはにっこりと笑って頷き、ディアンガさんも頷いてくれた。
「では、お手伝いもできなくて申し訳ありませんが、お言葉に甘えてご馳走になります。」
「はい。ゆっくりしていってくださいね。」
美代さんはそう言って、にっこり笑った。歳はそう変わらなそうなのに、凄く落ち着いた雰囲気だ。
自分も十八になってずいぶんと大人になったと思っていたが、王都に来てから二十代の女性を見ると、自分が子供なのが実感させられる。
私もこんな風に人当たり良く振舞いたいものだ。
しばらくして、私とディア君は皆とは別行動になった。
外に出ると、家の周りには茶色い草が一面に生えている。麦と似ているが、なんだか違う。先の方がしなだれている。
「これは、稲っていうんだ。」
「いね。」
「これを刈り取っているんだ。数日かかるから、俺たちも手伝いに来てるんだ。ほら、この先についている粒があるだろ?オムライスの中に入ってるのはこれだ。」
「そうなの?色が違うけれど……想像がつかないわ。」
見ると、日の光に照らされて、いねが金色に光り幻想的だった。
「本当に別の国なのね。」
「オスカラートからずっと西にあるそうだ。」
「わかってはいても、信じられないわ。魔法って本当に不思議ね。」
なんだかふわふわとした気分になってくる。王都に来た時も初めて見る景色に驚いたが、あの時とは違う、ゆったりとした時間の流れを感じる。
それに、またつながれた手が、一層非現実的な空気を作っている気がする。
いつもは並んで歩いているだけなのに、今日はなんで手をつないでいるんだろう?
でもそのおかげで、突然知らない世界に連れて来られたのに、不安を全然感じない。
なんだかすごく蒸し暑いけれど、これはここの気候なのか、それとも繋がれた手の熱さなのか、なんだかよくわからなくなっていた。
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