74.ソフィアの王都物語6
あの後、仕事へ行く時間はどうにも気まずかった。とはいっても、そんなのは私だけ。
ディア君はいつも通りで、もうちょっと意識してくれてもいいのにと思ってしまう。
それに、アデラの旦那さんに言われた通り、ディア君は私の半歩後ろを歩いている。
これが目の前を歩いていたら色んなことを妄想しただろうが、視界にいないことにはそれも捗らないのである。私は想像力も貧相だった。はぁ。
そんなわけで、気まずいのはすぐに元通りになった。
まぁ、その方がよかっただろうと思う。寝る前なんかにふと思い出しては、のたうち回ってるのだから。あんな状態は見せられない。
そして、ついに休日がやってきてしまった。
前日の夜からソワソワしてしまい、あまり寝れなかった。
お昼を食べに行くので、早起きはしないでいい。メリルが朝ご飯に呼びに来たが、悪いけど寝かせてもらった。
そんなわけで遅くまで寝ていたら、またもノックで起きた。
時計を見ると、そろそろ起きないといけない時間だった。
「ふぁ~い。メリル?お昼はいらないって前に言ったでしょう?」
そう言いつつ、目をこすりながら扉を開けると、メリルはいなかった。
「びゃっ!」
目の前にいる人物がディア君だと認識したら、眠気もふっとび、何なら自分も若干飛んだ。
ディア君は目をそらし、口元を手で覆ったと思うと、反対の手で扉を閉めた。
「だから、すぐに開けるなと……いや、俺もすぐに俺だと言わなかったのがいけなかったが。」
扉の向こうからそのように聞こえ、またもやってしまったと顔を手で覆う。しかも、あの時は服だったが、今は寝間着だ。恥ずかしすぎる。
「ご、ごめんなさい!」
「いや、それより、今日は大丈夫そうか?休みたいなら寝てていいが。」
「ううん!これから用意するね。待っててくれる?」
「あぁ。」
「すぐ行くね!」
「いや、まだ時間じゃないから、ゆっくりでいい。」
「あ、はい。」
そう返事して、ちょっとほっとした。だって、これから髪を編み込んだりしたら結構かかる。
服はどうしたって手持ちが少ないからいつも通りになってしまう。だから、髪形くらいはいつもよりもかわいくしたい。
髪形はアデラとヨンナに教えてもらった。
服も貸そうかと聞かれたが、そこまでしてしまうとあからさますぎると思ったので、髪形だけでとどめておく。
だって、私だけが浮かれてる感じがして恥ずかしい。
ディア君は優しいけれど、その優しさがどこからやってくるのかは何とも言えない。
私はディア君の事も、ディア君とメリルの関係も知らないのだから。
考えを吹き飛ばすように、私は頭を振った。これはあまり考えてはいけない。
用意をして部屋を出ると、玄関にディア君がいた。
「そこで待っててくれたの?リビングにいてくれてよかったのに。」
「さっきまでいたよ。あいつらがうるさいからこっちに来ただけだ。」
リビングの方を見ると、メリルがこちらに満面の笑みで手を振っている。シュレインさんとアマンダさんも微笑んでいる。
「何かあったの?」
「何でもない。ほっとけ。」
「え、えぇ。」
お店は日曜が休みだ。なので、今日は広場に活気がある。
こういう日にお店をやっていた方が儲かるような気もするが、客層を考えるとそうでもないらしい。
大体、気に入った物は定期購入してくださるそうで、それは配達しているのだとか。
まぁ、庶民が入ったところで簡単に買える値段ではない。そういう人に門戸を開ける意味がないのだろう。
私も庶民だから、入ってしまっても気まずく出るしかできないと思うし。
「うわ!並んでる!」
気になるお店に来ると、すでに長蛇の列ができていた。
ここはかわいいと評判のお店で、メニューも内装も女の子向けである。
平日は女の子たちが並んでいる印象だったが、今はカップルが多いので、若干気まずくなった。
「他に行く?」
ディア君にそう聞くが、ディア君は首を振った。
「ここに来たかったんだろ?」
「そうなんだけど、平日はこんなに並んでなかったの。」
とはいえ、お昼時に来たのは初めてだ。お昼はいつもこんな感じなのかもしれない。
「いいよ。それともソフィアが待てそうにないか?」
「ううん。じゃぁ、並んでいい?」
「あぁ。」
こうして、私たちは列の最後尾についた。
「ここね、パンの形がかわいいんだって!味もおいしいってヨンナに聞いたの。あと、オムライスっていう食べ物が人気なんだって!」
「パンがかわいい?」
想像ができないのか、首をかしげているディア君。そんな仕草を初めて見たので、かわいいと思ってしまった。
「私もわからないから、楽しみだね。」
「そうだな。」
秋になり、涼しくなったとはいえまだ日中は暑い。
私は日傘をさしているので、傘を差し出した。
「暑いでしょ?」
「気にしなくていいが、でも、ありがとう。」
ディア君はそう言うと、傘を持ってくれた。影が私をすっぽり隠しているのに対し、ディア君は半分くらい出ちゃってる。
なので、一歩近づいた。触れるほどに近寄ってしまうが、列を並ぶにはちょうどいい。前のカップルなんて、彼女の腰に彼氏の手が回ってるし。
「ありがとう。」
私に真意に気が付いたのか、ディア君はそう言って微笑んでくれる。
か、かっこいい……。
私の家族は顔がいい。シュレインさんも顔がいい。店長のベルントさんも顔がいい。
そんなわけで、かっこいい人というのは見慣れている。
でも、ディア君が一番かっこいいと思う。きれいなのにどこか影があるのも良い。
いつもそっけないのに、実は優しくてこうやってたまに笑ってくれるのも、なんだか自分が特別になった気にさせる。
本当に特別ならいいのに……。
そう思えば思うほど、心の奥にあるもやが濃い霧となってその思いをかき消しに来る。
こんなに近くにいるのに、手を伸ばせない。甘美な思いと切ない気持ちが隣り合わせになる。
いつの間にこんなに好きになってしまったのだろう?
シュレインさんにはあんなにも簡単に言えた言葉が、のどに引っかかって出てこない。
たくさん知りたい。でも、怖くて聞けない。
「凄い!パンが猫になってる!なんだか食べるのがかわいそうになっちゃうね。」
「……?」
バスケットに入って運ばれた小さなパンは、それぞれが違う形になっている。私が取ったものは猫の形になっており、目や口などがチョコレートで描かれている。
そして、何より柔らかい。
「村ではこんなに柔らかいパンなんて食べたことなかった。こういうの、メリルが出してくれるじゃない?初めて食べた時は王都の凄さを感じたわ。」
「いや……。」
「お待たせいたしました。こちら、クマちゃんのビーフシチューオムライスです。こちらはうさちゃんのシーフードシチューオムライスです。」
「わぁ!すっごいかわいい!」
運ばれてきたオムライスは、ぬいぐるみのような形になっている白いお米が寝っ転がった状態になっており、その体部分の上にトロトロの卵がかかっている。そして、卵の上にはエビとホタテが入ったシチューがかかっている。
私は山育ちなので、海産物を食べたことがなかったが、こちらへきてその独特なおいしさにすっかり魅了されてしまった。
ディア君の方は赤っぽいお米に、卵、そしてビーフシチューがかかっている。
「きゃーかわいい!これ、形は違うけれどメリルもたまに作ってくれるやつよね?オムライスって名前だったのね。」
「……。」
ふと見ると、ディア君はなんだか変な顔をしている。そういえば、パンの時から変な反応だった。
「どうかした?」
「ここの店のオーナーがわかった気がしただけだ。」
「え?」
「いや、何でもない。いただきます。」
「いただきます!」
食べるととても幸せな気持ちになる。
メリルが作るものもおいしいが、こちらもかなりおいしい。
「こうやって考えると、メリルって本当に凄いわね。こうやってお店で出されるものを作ってるんだもの。」
「いや、まぁ、そうだが……。」
「最近は余裕もできてきたし、そろそろ本格的に家事もちゃんとやらなくちゃ。」
「あまりそういうの気にしなくていいと思うがな。」
「ええ?でも、オムライスだって作り方知りたいもの。あそこを出ても食べれるじゃない。」
「……そうだな。」
ぼそりと相槌を打ってくれるが、浮かない顔をするディア君。料理が来てから変な気がする。
「おいしくない?」
「え?あ、いや、おいしい。ただ……。」
そう言うと、まっすぐこちらを見てくる。
そして、何かを言いかけるけれど、言葉を飲み込むようなしぐさを数度した。
「何?どうかした?」
「すまない。勝手に言うことができない。だが、近い内に機会が来るから、その時に話したい。」
「う、うん?」
よくわからないが、なんだか悲しそうな表情で言うから、どんな内容なのかと不安になってしまう。
それが顔に出てしまったのか、ディア君は微笑んだ。
「連れて行きたいところや、会わせたい人たちがいるんだ。」
「そうなの?」
なんだか話に脈絡がない気がするが、これはこれで気になる。
「あぁ。そしたら、オムライスの秘密もきっとわかるさ。」
「?」
よくわからないが、表情が戻ったので、よしとする。
さて、ご飯を楽しんだら、お礼を買いに行かなくては。
せっかくなので、二人で見て選びたいと思って何を買うかは決めていない。いいものが見つかるといいな。
いいね、評価、ブックマークしていただけると喜びます!




