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転生聖女は自由に生きたい  作者: 辻 壱
73/102

73.ソフィアの王都物語5

 夕飯を終えしばらく歓談した後、各自が部屋に帰っていく。


 腕の痛みはもうない。仕事中に挟んでしまったということにして、メリルに治してもらったのだ。

 魔法は便利だ。でも、体の痛みは消えても、心はまだ完全ではなかった。

 一人で部屋にいると、怖さが戻ってきたのだ。

 部屋の明かりを消すのが怖い。でも、ランプの明かりも薄暗くて怖い。


 メリルの部屋にでも行こうかと思ったが、あの事は話していない。

 過保護なメリルのことだ。私が客の関係者に襲われただなんて言ったら、仕事もやめさせられてしまうかもしれない。

 だから、良い言い訳が思いつかずに結局は部屋にいるしかなかった。


 村にいた頃は、皆知り合いで名前も顔も一致した。悪い人なんていなかったし、もめごとすらなかった。

 家族も仲が良く、兄弟の喧嘩だってたかが知れていた。


 だから、今日の事は人生で初めての怖い体験だった。


 きっと、怒鳴られたりするのは怖いと思う。

 でも、話が全くかみ合わずに意思疎通ができないことの恐怖は、気持ち悪さも相まってものすごい衝撃だった。


 あのまま連れて行かれたら、どうなったのだろう?


 私は見たことがないけれど、他の国には奴隷というものがあることは知っている。そうなったのだろうか?それとも、殺されていたのだろうか?

 正直、そういう知識すらない。悪い事とは無縁で生きてきたから。

 強く握られ引きずられただけであの恐怖だ。殴られたりなんてしたら声すら出せなくなっただろう。


 メリルがあんなに心配した意味が、やっと理解できたと思う。

 村の外では、怖い事は他人事ではないのだ。


 私が不安で震えていると、ノックの音が聞こえた。

 もう寝るような時間だ。自分の部屋に誰か来るなんてことがあるだろうか?そう考えていると、また控えめにノックの音が聞こえた。

「はい?」

 そう言いながらドアを開けると、ディア君がいた。なんだか変な顔をしている。


「どうしたの?」

「返事だけして誰か確認してから開けるようにしろよ。警戒心がない。」

「え?」

「ドア。まぁ、家の中だからいいが。」

「ご、ごめんなさい。」

「いや。それより、寝れそうか?」

 ディア君にそう聞かれて、私は首を振るしかなかった。

「むこうでもう少し話すか?」

「……あの、良かったら中に入らない?あっちにいたら、メリルとかが来てばれちゃうかもしれないし。」

 どうしても、メリルには言う気になれなかった。

「じゃぁ、少しだけ。」


 部屋にはソファーとテーブルもある。そこに座ってもらう。私はベッドに腰かけた。

「本当に、言わなくていいのか?言った方が楽なこともあるだろ?」

「心配のし過ぎで、外に出されなくなっちゃったらどうするの?最悪村に帰れって言われちゃうかもしれないし。」

「……そんなに帰りたくないのか?」

「そうね。私、ここにきて、自分がいかに恵まれた小さな世界で育ったかわかったわ。それはとても幸せなことよ。

 でも、私は外の世界を見てしまった。それでよかったと思ってる。私はもっと学びたいし、経験もしたいの。」

「そうか。」

 自分がここに来た理由は言わなくても、これなら追及されないっていう打算はあるものの、これも正直な気持ちだ。


「私、仕事を辞めたくないわ。

 でも、もっと気を付けないといけないということもわかったし、メリルやディア君の言うことをちゃんと聞かないといけないということもわかった。

 今日も、勝手な判断で一人で帰ってごめんなさい。」

「わかってくれたなら、それでいい。俺が遅くなったのが悪かった。すまない。」

 私が頭を下げると、また謝ってくる。

「ずっとこの話になっちゃうね。」

「そうだな。」

 私たちは苦笑した。


「あの、隣に座ってもいい?」

「……あぁ。」

 私はディア君の横に座った。

「私、世間を知らなさすぎるわ。メリルにあんなに怖いことがあるかもしれないって言われたのに、ちゃんと理解してなかった。

 ディア君が毎日送り迎えしてくれるのだって、正直困っていたの。」

「……。」

「男の子と行きにくいお店に行けないでしょ?自分一人だったら好きなとこに好きなように好きなだけ行けるもの。」

「……。」

「でも、今日の事があって考えを改めたわ。私は一人じゃ自分の身を護るなんて無理。

 今まで怖い目にあったことがないから、最初自分の状況がよくわからなかったわ。だから、助けを求める声が出た。

 なのに、ディア君の声を聞いたとたんに声が出なくなったの。

 安心したのよ?でもだからこそ、今まで感じてた不快感が心の底からの恐怖っていうことに気が付いたの。

 次は何も抵抗できないってわかるの。怖いことがわかってしまったから。そもそも抵抗する力もないし。」

 私がそう言うと、ディア君は少し困ったような顔になる。


「ディア君は、私の送り迎えが嫌だったりしない?今日だってそうでしょ?ディア君だってやりたいことを自由にできないんだもの。」

「俺は別に。」

「別にとかじゃなくて、嫌か嫌じゃないかはっきりしてほしいの。」

「嫌じゃない。」

 即答してくれて、私はほっとした。

「さっきは送り迎えを困ってるだなんて言って本当にごめんなさい。これからもお願いしてもいい?」

「あぁ。」

「ありがとう。」

 私が感謝すると、ディア君は頷いてくれた。


「ディア君を見た時、本当に安心したの。私、ディア君が強いかなんて見たことがないから本当は知らない。でも、もう大丈夫なんだってすごく思えた。

 私、ディア君の事を、護ってくれる人っていう認識はちゃんとしていたのね。」

「そうか。って、ソフィア?」

 私はまたも、ボロボロと泣き出してしまった。

「ち、違うの。これはね、安心したから出ちゃったの。ごめんなさい。」


 泣くつもりなんて本当になかった。でも、意識とは別に涙って出るものなんだな。

 そう思ってぐしぐしと涙をぬぐっていると、抱き寄せられた。


 あの男の人に腕を引っ張られた時はただただ不快だった。握られているところから鳥肌が立った。

 でも、今はどうだろう?

 なんて落ち着くんだろう。頭をなでる手は大きくて温かい。不快さなんてみじんも感じない。むしろ、心地よい。


「これからはちゃんと護るから。」

「今日もちゃんと護ってくれたよ。」

「ああいう状態になる前に排除する。」

「ええ?……今日の人、また来る?」

「もう来ないよ。」

「本当?」

「捕まったろ?」

「そっか。よかった。捕まえてくれてありがとうね。」

「あぁ。」


 ディア君が来るまで感じていた不安や恐怖はどこかへ飛んでいった。

 少し速い鼓動を聞いている内に、ふわふわとしてくる。ディア君が一緒にいてくれるなら大丈夫。

 ずっとこうしていられたらいいのに……。


 

 ふと目が覚めた。ベッドの中におり、もちろん一人だった。寝てしまったのだ!

 ということは、ベッドに運んでくれたのだろう。恥ずかしい。

 また警戒心がないって怒られちゃうかしら?でも、抱き寄せたのはディア君だし!

 それに、広くて逞しい胸の中は本当に安心しちゃうから仕方ない!夏で薄着とはいえ、筋肉質の体を感じ……って、私は何を考えてるの?!この後顔を合わせるのに!!

 私は顔を手で覆うのだった。



 リビングに行くと、とても眠そうにあくびをしているメリルがいた。ディア君がいなくて、ちょっとほっとしてしまう。

「おはよう。寝れなかったの?」

 もしかして、昨日話してた声が聞かれてしまったのではないかと思ってドキドキしてしまう。

「ちょっとね。」

 メリルはそう言うと、何だか変な顔をしてじっと見てくる。

「何?」

「いやぁ。あ、今日はシュレインさんが朝はいないんだ。」

「そうなの?お仕事?」

「うん。」

「大変ね。メリルもあまり迷惑をかけないようにね?いっつもわがまま言ってるんでしょう?」

「私はお城に帰っていいって言ってるんだけどねー。でさ、ディアを起こしに行ってくれない?私眠いし、アマンダさんは朝食の用意があるからさー。」

 メリルがそんなこと言うものだから、心臓が飛び跳ねる。

「え、あ、そう。いつもは起きてるのに今日は遅いのね。」

 私が遅くまでつき合せちゃったからかしら?

「最近忙しそうだからさ、優しく起こしてあげて。」

「わ、わかったわ。」

 なんだかメリルがニマニマしてる気がするけれど、ばれちゃってるのかしら?なんだか落ち着かないので、さっさとリビングを出ることにした。



「ディア君?朝よ。」

 私は遠慮がちにそう言いながら、扉をノックする。しかし、返事はない。まだ寝てるのかしら?

 このまま寝かせてあげたい気持ちも大いになるのだけれど、昨日の今日で送れなかったらディア君が責任を重く感じそうな気がするので、もう一度ノックをする。

「ディア君?」

 まだ返事がないので、恐る恐るノブを回す。扉を開けようと思った瞬間、内側からバンと力強く押し返され、扉はみじんもあかなかった。

「す、すまん。起きた!下で待っててくれ!」

「あ、うん。」

 びっくりしたが、起きたならよかったと振り返る。すると、階段のところからこちらをうかがうメリルと目が合ったので、もっとびっくりした。


「な、何?!」

 なんとなくディア君に聞かれたくなくて、小走りにメリルの方へと行き、小声で聞く。

「いやぁ、ちゃんと起こせるかなーって。にしても、気配で起きたかー。」

 そう言うメリルがにんまりとしているので、なんだかイラっとした。

「ほら!アマンダさんのお手伝いに行くわよ!」

「はーい。」

 正直、ちょっと残念だった。ディア君の寝顔も見てみたかった。

 そんな私の気持ちに気が付かれてしまったんじゃないかとひやひやしながら、私はため息をついたのだった。 

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