71.ソフィアの王都物語3
「どうしたの?」
ぼんやりと棚を見ていた私に、アデラが声をかけてきた。
「うーん、持ってきた化粧水が無くなりそうなの。でも、さすがにこれは買えないから、どこかで買わないとなーって。」
そう言いながら、棚にあるきれいな瓶に詰まった液体を見た。
この基礎化粧品シリーズはうちの主力商品の一つだ。
一通りの試供品をもらったから使い心地はわかっている。本当にいいにおいで、つけた時にすごく特別な気分になれる。
でも……。
「安くていい化粧水知ってる?」
「そうねー。広場にある店知ってる?あそこの商品ならそこそこよ。でも、これ使った後だとやっぱりね。」
「そうなのよね。私も結局これを買っちゃう。」
二人がそんな風にいうものだから、びっくりする。
「こんなに高いの買ってるの?」
「流石に毎日は使えないから、安いの使ってたまにって感じよ。」
値札よりはかなり値引きして買えるが、それでも高い。いいお給金をもらっているとはいえ、庶民は庶民。流石に常用はためらってしまう。
アデラとヨンナは子供までいたので、私よりもお給金の使える額が少ないだろう。それを考えると、かなり思い切った買い物になる。
王都に来て二ヶ月。色んなものを見聞きして、生活というものが簡単ではないと思い知った。
前回のお給金は結局四分の一だけ渡すことになった。しかし、残った額では私が一から暮らせる額には届かないだろう。
村とは違って自給自足ではないのだ。何もかも買う必要がある。都会には都会の、田舎には田舎のいいところがあるのだと、ため息が出る思いだ。
それにしても、この化粧水はやっぱりかなりいいもののようだ。
においは本当に凄くいい。でも、使い心地でいえば、持ってきた化粧水の方がよかった。
こういうものは個人の肌によって合う合わないがあると知ったので、そういうことなのかもしれない。
それだとやっぱり持ってきた化粧水が私には合ってるのだ。家に帰ったら、メリルに化粧水を取りに帰れないか聞いてみよう。
一生懸命に勉強したかいがあって、商品の事はだいぶ覚えた。
こういうところで働いていると、肌の調子が悪いのは許されない。ここの商品を使っているわけではないのに、私たち自身が美しくあれば、勝手に商品の良さと取ってくれるから。
若干詐欺っぽいけど、使ったことがあるのは間違いではない。
二度目のお給金もすぐ目の前だ。前回は夏服を買ったが、今回は何を買おう。
正直、帰りの道中は屋台なんかが出ているから誘惑が多い。でも、負けてはいけない。だって、本当にご飯がおいしくて、すぐに太ってしまいそうなんだもの。
メリルは運動しているのか全然太っていないし、一年で背が結構伸びていた。私は成長期なんてとっくに終わっているし、横に伸びるばかりだからうかうかしていられない。
アデラとヨンナも同じように美容に対してかなり貪欲である。
二十歳そこそこなんだと思っていたが、ヨンナは二十五歳でアデラは二十八歳だという。
うちの村の女たちも肌はきれいだったが、二人はやはり洗練された美しさがある。そう考えると、私ははたから見ると田舎娘感があるのだろうな。
「ねぇメリル、化粧水って取りに帰れないかしら?」
「化粧水?」
「お母さんが作ってくれてたでしょう?お店でいいものを分けてもらったけど、私には持ってきたやつが合ってたのよ。もうなくなりそうなの。」
「あー、私の分けるよ?」
「え?あるの?」
「うん。まぁ、私が作ったやつだけど。中身は同じだよ。」
「そんなことまでできるの?!」
私はびっくりした。メリルは本当に何でもやっている。私はお料理なんかは習っておいたが、そんなことは考えもしなかった。思えば、村から出るだなんて最近までは考えもしなかったのだから、お母さんからもらえばいいってどこか思っていたのだろう。
「ねぇ、私にも作り方教えて。」
「いいけど、ちょっと問題があって。」
「何?難しいの?」
「ううん。中身は同じだって言ったよね?それって、私も村から持ってきてる材料で作ってるからなんだ。だけど、こっちの材料で作ったら同じようにはならないかも。」
「え?どういうこと?」
言ってることは理解できるが、意味は何もわからなかった。
「うんとね、うちの村で作る薬草って、品質がかなりいいんだ。それに、水もね。だから、こっちで同じ薬草買っても、品質が下がっちゃうんだよね。」
「あぁ……。」
意味は理解できたら納得できるものだった。でも、うちの村の薬草が高品質だなんて知らなかったのでびっくりしてしまう。
王都に来て色んなことを学んだと思ったが、私はそもそも自分の村の事すらほとんど知らないのだ。メリルが何でもできるんじゃなくて、私が何にもできないのだ。
「それでもいいわ。教えてくれる?」
「うん。もちろん。」
私はまだまだ学ばないといけないことがある。与えられていたものをそのまま再現し、維持することはできないだろう。それでも、それに近づける努力をすることはできるはずだ。
「頑張るわ。」
私はそう小さくつぶやくのだった。
にぎやかな広場の噴水に、私はぼんやりと座っていた。
横を見れば、見慣れたきれいな横顔が見える。
「そろそろ一人で大丈夫だと思うのよ?」
私はそう言うが、きれいな顔は無反応だ。私は小さくため息を吐く。
「メリルは心配症だと思うの。流石に私もいい歳だし、王都にも慣れたわ。あなたからも言ってくれない?」
その言葉にも、無反応だ。私はさっきより大きくため息を吐く。
王都に来て三ヶ月。なんと、私は未だに一人で過ごすことはほぼない。
毎日、ディア君が送り迎えをしてくれるのだ。何度か断ったのだが、メリルが許してくれない。
「ディア君もメリルの命令なんて聞かなくていいのよ?やりたいことだってあるでしょう?」
私がそう言うと、やっときれいな顔がこちらを向く。
「命令をされているわけじゃない。俺がやらないならアマンダがやるだろう。だが、俺の方が暇だからな。」
全然答えになってないと思う。
「暇とかじゃなくて、やりたくないとは思わないの?面倒でしょ?」
「別に。」
簡潔に答えるので、私は一層ため息が大きくなる。
「私は面倒だわ。」
正直に言えば、ディア君がいることで行けない店だってある。
そこまでではなくても、喫茶店だって気軽に入れない。今だって、私は広場に出ている屋台のジュースを飲んでいるものの、ディア君は腰につるした水袋から水を飲んでいる。
気にするなとは言われているが、気にしないわけにはいかないだろう。私はもう一つため息を吐いた。
「じゃぁ、お昼にお給金全額使うほどの高級店でも入ってやろうかしら?」
「好きなように。」
私は意地悪で言ったが、言われた本人はケロリと答えた。
「外で待ってるってこと?」
「飯を食うのなら一緒に入る。」
その答えに、私は眉を下げた。そんな私の心の声を読んだように、ディア君はこちらを半目で見つつ言葉を続ける。
「金なら持ってる。」
「無駄遣いしちゃダメよ。」
「飯なら無駄にはならないだろ。」
「確かに身につくって意味ではそうだろうけど、そうじゃなくてぇ。」
私が困ったようにそう言うもんだから、今度はディア君がため息を吐いた。
「どこか行きたいところがあるか?」
「え?」
「飯でも店でも。」
「特には。」
「じゃぁ、ちょっと付き合え。」
そう言って立ち上がったかと思うと、私に手を差し出し立ち上がらせてくれる。
その上、私が持っているからのカップをさりげなく取り、屋台に返しに行ってくれる。こういうとこ、微妙にくすぐったい。
思えば、いつも私にくっついてくるだけだけど、ディア君がどこかに行くのに私がついていくことはないし、いつも何をしているのかも知らない。
なんだかいつもと違う展開にちょっとドキドキしながらついていくと、大きな建物の前で止まった。
「ここに入る。」
「うん。」
なんの店だろうと思ってドキドキしながら入るが、中には人がたくさんいるものの、商品が並んでいるわけではないし、ご飯を食べる感じでもない。
「ここは?」
「冒険者ギルドだ。」
「え。」
なんだか裏切られた感じがする。いや、別に期待していたわけじゃないけど、行きつけのご飯屋に連れてってくれるのかなとかそういう感じで……。
ベ、別にデートっぽいなんかだとかそういうのを期待したわけじゃないんだからね!と、誰に対していってるのかわからないことを考えながら後ろについていくと、紙のたくさん貼ってあるところの前で止まった。
「これ。」
そう言って、腰につけた小さなカバンからカードを取り出す。そこには名前と記号が書かれている。
私が首をかしげてそれを見ていると、ディア君はそうかと小さく言った。
「この記号はこれだろ?」
そう言って、カードに書かれた丸が二つ付いたような記号を指してから、紙に書かれている記号を指した。私は首を縦に振った。
「俺が受けることができる仕事はこれなんだ。報酬を見て見ろ。」
そう言われたのでよく見てみると、そこには私の一か月のお給金よりも高い金額が書かれていた。
「嘘……。」
「わかったか?俺は別に金に困ってはいない。」
ぽかんと口を開けてみている私を諭すように。ゆっくりと言うディア君。
「仕事してないって言ってたから……。ごめんなさい。」
「あれから二ヶ月もたってるだろ。」
それはそうだが。他にも同じ記号のものがいくつかあるが、それも軒並み報酬がいい。どれも退治と書いてあるので、魔物を倒すのだろう。
「これって、危ないのよね?」
「まぁ。」
「一人で行ってるの?」
「……いや、メリルたちと行ったり、そうじゃなかったり。」
なんか歯切れが悪い。というか、メリルもこんなことをしているの?私の心配よりも、自分の心配をしてほしい。
「それでもきっと大変なんでしょう?やっぱり家で休んでいた方がいいんじゃない?」
「別にこれくらいは大丈夫だ。」
元王宮騎士だというのだから強いのだろう。腕だって私とは違って筋肉質だ。よく見れば、たくさんの傷跡があった。
「辛くないの?」
私がそう聞くと、眉をハの字にしてこちらを見る。
「痛い思いをするでしょう?大丈夫なの?」
「ずっとこんな生活だしな。」
そう言われたら、なんだか胸がきゅっと苦しくなった。よくわからないが、焦燥感のような感覚が襲ってくる。
「どうした?」
私がうつむいてそわそわしているのをいぶかしんだのか、ディア君が聞いてきた。
「あの……。なんていうか……。」
なんて声をかけていいのかというか、何を考えてこうなってるのか私自身よくわからない。戸惑う私の言葉をディア君は待ってくれている。
「あまり危ないことしないでね。」
「は?」
つい口について出た言葉に、ディア君は呆れたような声を出す。その声に、私ははっとした。
「強いだろうってことはわかるのよ?でも、腕とか傷だらけだし……。やっぱりそういうの見ちゃうと心配だから。」
「あぁ、そうか。」
ディア君は気まずそうに顔をそむけると、自分の腕を手でつかんだ。傷を隠そうとしているのだろうか?
「変なこと言ってごめんなさい。こういったことをしてくれる人のおかげで、私たちは安心して暮らせるんだもの。感謝するべきだったわ。」
「いや、そんなことは思っていない。金を稼ぐ手段なだけだ。」
「それでも、ありがたいことには変わらないわ。ありがとう。」
「……あぁ。」
顔をそらしたままのディア君を見て、自分は何を言ってしまったんだろうと思う。あまり考えずに話してしまった。そのタイミングで、おなかがグゥと鳴った。
顔が真っ赤になるのがわかる。なんで今なのよ!
「ははっ。やっぱり姉妹だな。」
「えっ?」
「前にメリルもお腹を鳴らして真っ赤になってた。」
ディア君はそう言って、ニヤリと笑う。
「に、人間だもの。お腹くらい空くわよ!」
もうめちゃくちゃだ。穴を掘って入りたい気分だ。
「おごるよ。飯食いに行こう。」
「えっ?」
「高い飯食おう。」
ディア君は私の背中をポンと叩き、歩き出す。ぽかんと見てるとディア君はくるりと振り向いた。
「また鳴るぞ?お前の腹の方が音が大きかった。」
「ちょっ!なによもう!一番高いの頼んでやる!」
「ははっ。」
私は広い背中を小走りで追いかけたのだった。
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