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転生聖女は自由に生きたい  作者: 辻 壱
70/102

70.ソフィアの王都物語2

 お仕事一日目。連れてこられたお店にびっくりした。前面がガラス張りで中が見えるのだが、キラキラとした内装だ。棚なども装飾がされており、豪華に見える。

「雑貨屋とかそういうのだと思ったのに……。」

 私のそのつぶやきに、メリルはなんてこともなさげにこう言った。

「ここ雑貨屋だよ!まぁ、お客の層がお金持ちってだけで。お客の質が一定以上って保証があった方が安心でしょ?ここならガラの悪い区域からも離れてるから大丈夫だよ。」

 いや、そういうことじゃないから。

「私、こんな立派なお店で働くなんて難しいよ?だって、私は店ってものをろくに知らないんだよ?!」

 王都に来て何軒か入ったけれど、村にいた頃は入ったことがなかったのだ。村には店なんかない。村長たちが町に買い出しに行って、皆で分けていたのだ。


「……そういえば、町って行ったことあったっけ?」

「一回しかないわよ。」

「あー……。」

 しまったという顔になるメリル。

 確かに、メリルは何度も町に行く大人について行っていたけれど、私はついて行かなかった。一回町に行って懲りたのだ。


 町に着いた時まではすごくワクワクしていた。

 王都とは比べ物にならないが、町は村とは違って建物が密集して建っていた。

 中心の道にはたくさんの品物が並び、人々が行き交う。

 初めて見る華やかさとにぎわいに浮足だったが、それはすぐに収まった。


 臭いのだ。


 色んなにおいがある中に、糞尿のにおいが混じっている。そして、行き交う人々の中にはすえたにおいを放っている人がちらほらいる。

 よく見ると、服も小汚い人が多い。

 食堂に入ってもおいしくご飯を食べれなかった。お店のトイレを借りたが、においと汚さに今さっき食べたものを吐きだしてしまいそうになって慌てて出てしまった。

 町はこんなに華やかに見えるのに、村よりも不潔なのだ。私はそれに気が付き、それ以来町へは行っていない。

 王都に来たら清潔な人が多くて安心した。それでもたまに臭い人はいるのだ。村の凄さがよくわかる。


「商品についている値段をもらって商品を渡すっていうことは理解できているよね?」

「大丈夫。」

「だったら多分大丈夫。」

「多分ってつけないでよ。」

「ダメそうならもうちょっとランク落とすから!」

 そう言って頭を下げるメリルにため息が出た。

「……頑張ってみるわ。」



 メリルは雑貨屋だと言っていたが、お化粧品を中心に、女性が好きそうな小物を扱っているお店だった。

 店長は初老の男性だが、お店には二十歳前後の女性が二人いた。

「店長のベルントです。」

「私はアデラ。よろしくね。」

「私はヨンナよ。よろしく。」

「私はソフィアです。今日から働かせていただきます。よろしくお願いします。」

 ぺこりと頭を下げると、三人はクスクスと笑った。

「そんなに緊張しないで大丈夫ですよ。」

「そうよ!明るく楽しくやりましょ!」

「私たちがちゃんとフォローするから、のびのびとやっていきましょ!」

 三人は笑いながらそう言った。裕福層向けのお店だと言われたが、どうやら気さくそうで安心した。

 ただ、自分がここに連れて来られたのはなんとなくわかった気がする。三人とも容姿がいいのだ。


 うちの家族は皆容姿が整っていたので、そこまで特別には思っていなかったが、一応村では一番かわいいとは言われていた。

 アデラさんはきりっとした美人で、ヨンナさんは愛くるしい。そして、その中間くらいが私の顔立ちな気がする。

「ソフィアは肌がきれいね!何か使ってるの?」

「いいえ。特別なものは何も使っていません。一応母手作りの化粧水は使ってますが、農村の出身なので特別なものが入ってるとは思えません。」

 アデラさんに聞かれてそう答えると、二人してまじまじとこちらを見てくる。

「その化粧水何が入ってるの?本当に特別なものがないの?」

「髪もとってもきれいね。」

 二人の真剣な顔にたじろいでいると、ベルントさんがコホンと咳払いをした。

「美容の秘密の探求はそこまでにして、店の準備を始めましょう。」

「はーい。」

「今日もがんばるぞー。」

 話がそれて、私はほっとしたのだった。



 初日はお店の中を表も裏も見せてもらった。

 雑貨屋なので商品が多岐にわたる。それをちゃんと覚えなくてはいけない。在庫の場所なんかも含めれば、覚えることは膨大だ。しかも、見たことがないものが多い。

 ハンドクリームと言われても、ピンとこない。手を美しく保つのに、私は母の化粧水一本でやってきてたのだ。

 実際に商品を使わせてもらったりもした。どれもうっとりするようなにおいがするが、とてもじゃないけれど買えるような金額ではない。

 きれいなガラスの容器も多く、手に取るのに緊張してしまう。


 アデラさんとヨンナさんの接客もすごかった。聞かれたことにはすらすらと答え、商品の提案などもしていく。

 お客様が裕福層というだけあって、気に入った物があれば飛ぶように売れていく。その金額にめまいがしてしまう。

 世界が違う。私はちゃんと働けるのだろうか?





 それからの日々は怒涛のように過ぎた。

 覚えることが多すぎて、その他の事に全く気が回らないくらいに忙しかった。


「一か月ご苦労様でした。では、これがお給金です。」

 そう言って手渡された封筒は、色んな意味で重かった。

「まだ仕事に慣れておらず、皆さんにはご迷惑ばかりおかけしてすみません。これからも頑張りますので、よろしくお願いします。」

 受け取りながらそう言うと、三人とも声を出して笑うのでびっくりしてしまった。


「私だってちゃんとできるようになったのは半年とかよ。自分の全く知らない世界に来たんだもの。しょうがないじゃない。」

「そうよ。私なんて計算すらできなかったんだから!それに、ソフィアが頑張ってるのはちゃんとわかってるから、もっと気楽にやっていきましょ。」

「こちらこそ、これからもよろしくお願いしますね。」

 三人がそれぞれにそう言ってくれるものだから、私はなんだか泣けてきた。


「ちょっ。大丈夫?!」

「泣かないで!」

 アデラさんとヨンナさんは慌てて私にハンカチを差し出してくれる。

「私、何もない村で育って、世間なんて何も知りませんでした。やってきたことといえば家事の手伝いだけ。ここの商品はどれも初めて見たものばかり。

 仲良くしてくれるのが当然の人たちとしか付き合ってこなかったから、ここで働くことになったとき本当に何もわからないし不安でした。

 お客様どころか、皆さんにもちゃんと接することができるかすらわかってない状況で。なのに、本当に優しく迎え入れてくれてありがとうございます。」

 私が深々と頭を下げたら、アデラさんとヨンナさんが抱きしめてくれた。


「私とヨンナもそれぞれに田舎から出てきたわ。だから、あなたの気持ちよくわかる。だから、私たちは味方よ。」

「ソフィアがそう思ってくれて嬉しいわ。私もアデラも三人目がそういう風に思ってくれるあなたでよかった。仲良くやっていきましょ。」

「はい!」

 見れば、二人も涙ぐんでいる。彼女たちも色々と苦労したんだろう。本当に優しい。そんな私たちを見て、ベルントさんも笑顔で頷いている。

 本当にここで働けて良かった!



「これ。一か月お世話になりました。」

 私はお給金そのままの袋を、メリルとアマンダさんに差し出した。

「え、これ、封開いてないけど。」

 メリルが目ざとく気が付く。

「そりゃそうよ。急に来て居候させてもらった挙句、ほとんど手伝いもできなかった。仕事だっていいところを紹介してくれたわ。だから、今月分は迷惑料込みで全部渡すべきでしょ。」

「いやいやいや。それじゃおねーちゃん何もできないじゃん。」

「この一か月だって別に何もしてないわ。それどころか十八年何もしてないわ。ずっと与えられてきただけだって教えてもらえたから、それで十分よ。」

「えーっと、うーんと、じゃぁ、お給料の四分の一は受け取るね。それで、四か月それを続けよ。それでもらったことになるし。」

「ダメよ。これからも半分は渡すわ。私は居候させてもらってるんだから。余裕ができてちゃんとお手伝いもできるようになったらもう少し減らさせて。」

「いいって!なんでそんな変なとこでしっかりしてるのよ!」

 心底困った顔でそう言うものだから、私はため息をついた。

「メリルにたかりたくないからよ。私は自立をしに来たのよ。ここで結局メリルに生活費を出させてたら、自立だなんて言えないでしょ。

 出ていくことも考えなくちゃだし、お金は結局使わないわよ。」

 私がそう言うと、メリルとアマンダさんは顔を見合わせた。


「おねーちゃん。本当に王都で暮らしていくの?」

「そう言ったでしょ?」

「わかった。でもね、王都ってそんなに甘くないんだ。単身で住めるようなとこってほぼないの。」

「え?」

「あのね、スラム街なんかもちろんあるんだけど、普通に住むところって、入居の制限がすごく厳しいの。」

「私では無理なの?」

「女性の単身者は難しいです。」

 アマンダさんが申し訳なさそうに言う。

「アデラさんとヨンナさんは?」

「二人ともご結婚なさってますよ。」

「え。」

 知らなかった。仕事に集中しすぎて、二人の事を知る時間がなかったし、二人も仕事を覚えたいという私に合わせてずっと商品を説明してくれてたから。

「だから、結局自立するっていっても、ここに住むことになるんだけど、それはいい?」

「……皆さんが許可してくれるなら、お願いします。少しずつでも手伝いますから。」

「それはもちろんいいよ!今は忙しいだろうし、余裕ができてから手伝ってくれればいいから。私なんてほぼ家にいるしさ!」

 そういうメリルを見て、私は心の中でため息をついた。


 結局ここではメリルに頼って生きるしかない。いい人を見つけて出ていくか、王都から出るかしかない。

 しかし、あのお店で働けたことは本当に良かった。恩を返すためにも長く働きたい。

 ということは、やはり誰かと出会わなくてはいけないのだ。

 王都へ来てすぐ位はそんなことも夢見ていたが、今は何より仕事を優先したい。

 それに、仕事は裕福層の女性がターゲットなので、お客様には年頃の男性は来ないし、来てもパートナーが必ずいる。

 正直に言えば、裏で声をかけてきた人もいたが、皆金持ちを鼻にかけ愛人を欲しがる気持ち悪いおじさんだった。絶対に無理だ。

 お金を貯めようと思っていたけれど、街に出る回数を増やす方がいいのかもしれない。私は若干憂鬱になった。

 人生とは、ままならないものである。


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