07.シュレインさん
「騎士様騎士様ー!お願いがあるんですけどー!」
扉を勢い良く開けると、無表情の顔がこちらを向く。
「なんでしょうか?」
「乗馬が習いたいです!」
「乗馬ですか。」
「えぇ、乗馬。」
村にも馬がいたが、子供には乗らせてくれなかった。
「いいですが、それは報告しないといけませんよ。馬の許可や服の新調があるでしょう。」
あ、そっか。
「報告はして大丈夫です。この前のは出かけた時に変なことしててもチクらないってことですよ。」
「変なことはなさらないでください。申請はしますので、今日か明日には可否が分かると思います。ただ、服のことがありますので、すぐに開始することはできないと思いますが、ご了承ください。」
「えー。別にズボン持ってるんで、それでいいです。」
「慣れるまでは乗馬用のものを履いた方がいいと思いますが。」
「でも時間かかるんでしょう?」
「オーダーではなく兵士用の練習着でよければ、こちらで大体の大きさのを揃えますよ。」
「えっ!いいんですか?!」
「普通の生地でよければ。」
「うわぁ!ありがたいです!あ、でも、それもらうと何かしろとかありますか?」
半目で聞くと、向こうも半目で答える。
「練習着でそんなこと言いませんよ。いや、もう少しおとなしくなさっていただけるのならそうしていただきたいですが。」
「無理です。」
「わかっていますから、特に私からはありません。私の個人費用から出しますから、もちろん国からどうも言われません。」
「え、騎士様のポケットマネーなんですか?!超イケメン!お金持ち!最高か!」
私のわかりやすいおべっかに、騎士さんは今日も絶好調のクソデカため息をついたのだった。
「それにしても、乗馬など習ってどうされるのですか?」
「私はいつか旅立たないといけませんからね。馬くらいは乗りこなしておかないと。なんなら、その内ドラゴンに乗るのを試したいくらいで。」
「ベリンダールには飛竜に乗る騎士がいますが、聖女殿がそのようなことをする必要はないでしょう。城でおとなしくなさっていてください。」
騎士さんは聖女の事情を知らないのだろう。そんなことを言う。哀れなババ引き騎士さんだ。
「嫌ですよ。私は旅立つのです!」
「どこへ行かれるのですか?」
「え、バカンス。」
即答したので、一瞬時が止まった。
「・・・・・・馬車に乗っていくくらいでちょうどいいと思いますよ。」
あきれてそんなことを言うが、確かに馬車にも乗れた方がいいかもしれない。
「んじゃ、馬車の操縦も教えてください。」
「それは聖女殿のなさることではありません。御者にお任せください。」
「えー。もしかしたら村に戻る未来だってあるかもしれないじゃないですか!その時に役立つんですよー。」
「駄目です。乗馬だって譲歩してるんですから、我慢してください。」
「ケチケチー。」
「練習着はいらないようですね。」
騎士さんがぼそりとつぶやく。くっ!この人私の扱いを覚えてきた!
「ぐぅ。騎士様はイケメン金持ち最高の騎士様です。」
恨めし気にそう言った私の事を、半目で見ている。お前はチベットスナギツネか!くっそー。
そして、そんなやり取りを、お茶を持ってきたアマンダさんがあきれたように見ているのだった。
お茶を持ってきてくれたアマンダさんを刺繍へ誘い、二人でせっせと縫っていると、ノックをされた。
「合言葉は?」
「何を言ってるんですか。」
私が扉の外の人に聞くと、聞き慣れた声が聞こえた。やっぱり騎士さんだ。
扉を開けると、袋を持った騎士さんが立っている。
「乗馬の許可が下りたので、いくつか服を持ってきました。サイズを見てください。」
そう言って、袋を渡してきた。
「はやいですね!ありがとうございます!」
アマンダさんと入れ替えに、申請をしてきてくれていたようだ。仕事のできる騎士さんである。
早速中身を確認して、試着してみる。あ、騎士さんは部屋の外にいます。
動きやすいサイズを選んで決めると、そのままそれをくれた。
「時間はかかるかもしれませんけど、代金はちゃんとお返ししますね。」
騎士さんにそう言うと、なんだか変な顔をする。
「返していただく必要はありません。」
「いやいや、そういうわけにはいきませんよ。」
「特に何も望んでませんよ。」
あぁ、引き換えに何かするとか無しだからね!って意味だととられたのか。
「違いますよ。お金はとても大切です。この服だって、騎士様がこうやってやりたくもないお守りをしている時間と引き換えに得たお金から買うわけじゃないですか。
お金や物をもらうって、人の時間をもらうことだと思うんですよ。迷惑ばっかりかけてるだろうに、更にその対価までもらったらだめですしね。」
「でしたら、もっとおとなしく・・・・・・。」
「無理です!」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
騎士さんだけでなく、アマンダさんまで残念な子を見る目で見ないでほしい。
「まぁ、聖女ですからね!チャチャッと稼いじゃいますよ!」
そう言ってシュッシュとシャドーボクシングをして見せると、アマンダさんは苦笑して、騎士さんはまた変な顔をした。
「前も仕事がと言ってましたが、働こうとしていらっしゃるんですか?」
騎士さんが毎度のことながら鋭い。
「いやぁ・・・・・・。」
目をそらすと、騎士さんはクソデカため息をつく。
「治療院や教会で、治療師の真似をなさるつもりなのですね?だから聖女だとは言うなと。言ったらお給金をもらうなんてできないでしょうし。」
おっと、外したぞ!
「まさか!そんなことしたらすぐに聖女だってバレちゃうじゃないですか!絶対しないですよー。」
疑いの目で見る騎士さん。表情が豊かになってきた気がする。まぁ、大抵いい表情ではないわけだけども。
「本当ですって!というか、本当なら農業がしたいんですけどね。私は村で薬草を育てて売ってたんですよ!」
「さすがにそれは無理でしょう。」
「ですよねー。」
まぁ、そりゃそうだよな。王都に土地をくれって言うようなもんだもんなぁ。
「とにかく、別に聖女っぽい事で稼ごうとしてないですよ。」
将来的になるかもしれないけど、とりあえずはそういうつもりはない。
確かに人の為にもなるし、やりがいもあると思う。助かる人も多いだろう。
でも、今やるのは駄目だと思うのだ。
きっとすっごく盛況で、その内さばききれなくなるのもわかるしね。
そしたら貴族だけとか金持ちだけとかになっちゃうかもしれない。
国に囲われている間には、そんなことしたら不公平だと思うんだよ。
それだったら、薬草を作って売った方が、庶民にも手が届いて絶対に良いと思う。それに・・・・・・。
私はここからいなくなるかもしれないから、ずっとは責任をとれないんだ。
ここに来れば聖女が治してくれる。
それは人に希望をかなり与えるだろう。だけれど、私がいなくなった時の消失感が大きいと思うのだ。
そのためにお金をためたり、遠いところから来たりした時に、私がいなかったら辛いだろう。
これはただの言い訳だとわかってる。それまでの間に助かる人がいるわけだから。
でも、自分が病死したからこそなのか、その感覚が強いんだ。
助かると思って光にすがったら、その光が消えた時の悲しみと恨みの強さ。私はそれを背負う勇気がない。
魔王と戦う方がずっと重くて難しいだろうに、だ。
「別の何かで稼ごうとしているんですね?何をするんですか?」
騎士さんが食い下がってくる。
「今は内緒です!その内・・・・・・ね?」
多分この騎士さんなら大丈夫だろうとは思う。でも、もうちょっと様子を見てからギルドで仕事をしたい。
薬草採取くらいだから、別に今すぐでもいいんだけどね。なんならこの騎士さんと討伐に出てもいいだろうし。
「騎士様、乗馬はいつから始められますか?」
「明日からですね。」
「おおお!じゃぁ、お願いします!」
乗馬は前から興味があったので、とても嬉しい。
「聖女殿、騎士様とおっしゃっていただいていますが、私の事はシュレインとお呼びください。覚えられないようでしたら、ねぇとかおいでも構いません。」
おいは酷い。さすがの私でもそれはない。
「メイドにもですが、敬称はいりませんし、丁寧に話していただく必要もありません。」
それを聞いて、アマンダさんも頷いている。
「そんなこと言ったら、私の事はメリルでいいですよ。
私は聖女ではありますが、今のところ聖女らしい何かをしているわけではないです。
ということは、今現在の状況は、城に寄生しているただの村娘ですよ。庶民なので、皆さんが言うような上下関係はわかりません。
私は庶民だろうが王様だろうが、親しくなければ丁寧に接しますし、親しくなればタメ口になりますよ。ただそういう理由なだけです。なので、お二人は友達ではないので丁寧に接するわけです。
丁寧に話してほしくなかったら、仲良くなってくださいね。はい、この話終わり!」
そう言ってお茶を飲む私を、何とも言えない顔で二人は見ていた。納得はできないと思うので、付け足してみる。
「大体、お二人から見て、私が敬意を払うべき聖女に見えます?」
その言葉に、そっと二人が目をそらしたのを私は見逃さない。いや、正直すぎるだろ。
「まぁ、仲良くしていきたいと思いますし、シュレインさんとアマンダさん、これからもよろしくお願いしますね。」
私がそう言うと、アマンダさんはにっこりと笑って頷き、シュレインさんは目を見開いた。
名前を呼んだからって、びっくりするのやめてくれませんかね?そう呼べってあなたが言ったんでしょ!
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