69.ソフィアの王都物語1
ここから数話、ソフィア視点の話になります。
二人はそう思っていませんが、とても似た姉妹です。
「なんなの……本当に……。」
私は顔を枕にうずめた。ベッドは程よい弾力で気持ちがいいし、枕も堅すぎず柔らかすぎずでいいにおいまでする。
ここの調度品を見れば、装飾は無いもののしっかりしたつくりで物はいいのだろうと予測できる。
この家がメリルに与えられたものだという。
お城に住んでいると聞いていたが、王都に一軒家を構える方が絶対にいい。
でも、それはメリルにとっては当然なのかもしれない。だって、あの村から一瞬でここまでやってきた。その力がメリルにはあるのだ。
メリルが魔法が使えるということはなんとなくわかっていた。私たちの前では使っていなかったけれど、前から不思議なことはたくさんあったし、メリルが王都へ行った後には聖女だと聞かされたのだ。
聖女の物語は知っている。精霊に愛されしこの世界の宝。魔法を巧みに操ると言う。
おばーちゃんからおとぎ話だって聞いたことがある。
世界の調和を保ち、人々に生きる希望と勇気を与える優しい人。
かつての聖女はたくさんの人々を護り癒してきたと聞いていた。その聖女がまさか自分の妹だとは。
でも、村人たちはやっぱりという態度だった。皆もメリルの不思議さには気が付いていたのだ。
なんだか涙がにじんできたが、私はそれを枕で拭い、立ち上がった。
こうしちゃいられない。さっさとお金を稼がなくては!
「私、出かけたいの。王都の地図とかない?」
リビングでお茶をしているメリルに聞くと、困ったような顔をした。
「アマンダさんかシュレインさんなら持ってるかも。聞いてみるわ。」
「それならいいわ。近くだけ散歩してくる。」
「いやいやいや!危ないから!村と違って家も人も多いし、悪い人だっているんだよ?!ここら辺は貴族街に近いから、馬車にも乗らずに一人で歩いてたら、どこかの家の人だと思ってさらわれるなんてことだってあるかもしれないんだから!」
「私の服を見て、貴族の娘だなんて思う人はいないわよ。せいぜいが使用人。そんな女をさらう意味があるの?」
私がそう言うと、メリルはますます困った顔をした。
私が言うとおり、私のワンピースは田舎者丸出しの簡素な服。生地はメリルが買ってきてくれたものだから物はいい。でも、デザインはお察しだ。
母の手作りだし、私もフリルを付けたりしたので恥ずかしいとは思わない。でも、目の前のメリルのワンピースと比べれば明確な違いがある。それは事実なのだ。
「あなたの服、こっちで買ったものでしょう?貴族の服ではないって私でもわかるけど、やっぱり素敵だわ。それでもきっと使用人と思われるんでしょう?私ならなおさらだわ。」
嫌味を言いたいわけではないけれど、口が止まらなかった。そんな私を見ているメリルの目は悲しそうである。メリルが家を出てたった一年。それでも決定的な一年だ。
「おねーちゃんに今服を買うか聞いても嫌がられるだろうし、そういうことじゃないっていうのはわかる。だから、私から職を斡旋してもいい?」
メリルは少し間をおいてからそう言った。正直助かるけれど、迷う。
「例えばどんなお仕事?」
「商会のお手伝いはどう?アマンダさんの家だからコネだっていうかもしれないけれど、お店の売り子の仕事だし、そこのお店にはアマンダさんからの紹介だとかは言わないからばれないと思う。」
とてもいい条件だと思う。自分で探そうにも当てがないし、やれることも少ない。
「……私でいいの?」
「大丈夫。文字も計算もならったでしょ?」
「そうね。でも、実際には使ったことがないわ。忘れているかも。」
私たちは村長の教えで文字と計算を習っているが、村の生活でそれが必要なことはほとんどない。
村を出て働くと必要だろうが、村が豊かになったので、出ていく人はいないのだ。
「そこは思い出して。はじめはそんなに難しいことをさせないと思うから。」
「わかった。やってみるわ。ありがとう。」
こうして、私の職はあっさりと決まったのだった。
「あなたも王都の人なの?」
私が横に並んだディア君というきれいだがどこか影のある青年に尋ねると、ディア君は首を振った。
「俺はベリンダールの出身だ。ベリンダールはわかるか?」
「いいえ。どこらへん?」
こう聞き返しても、正直わからないだろうとは思った。私はこの国の地理を正確には知らないから。
「この国の北にある別の国だ。」
「え。」
国内どころか、国外だという。
「こちらに来て長いの?言葉がしっかり話せるのね。」
国によって言葉が違うというのは知っているが、そうとは思わせないほどに普通に話している。
「去年の秋からだ。言葉は国で習っていた。」
「そうなの。私、ベリンダールという国すら知らなかったわ。ちゃんと勉強を教えてくれるいい国なのね。」
私の言葉に、ディア君は反応しなかった。国を離れているのだし、色々と事情があるのかもしれない。
あなたはなんでメリルと一緒にいるの?
話題を変えようとそう聞こうとして、言葉を飲み込んだ。事情に引っかかるかもしれないし、答えによっては嫌な気分になるかもしれないから。
あれから数日メリルの家で厄介になっているが、あの家にはアマンダさんとシュレイン様、そしてこのディア君と門番をしている兵士二人がいる。
見ているとすぐに分かったが、皆メリルを慕っている。
アマンダさんは表に出ているし、無表情に見えるシュレイン様もメリルを優しい目で見ている。あまり会話をしている風でもない兵士ですら、メリルを尊敬の目で見ているのだ。
その中で、ディア君は一歩引いている気がする。
敬意を持っているのはわかるけれど、なれなれしくするわけでもなく、よそよそしいわけでもない。軽口も叩くけれど、メリルが中心という感じではない。
「あなた、お仕事は何をしているの?」
「……そう言われると、何もしていないな。」
「えっ?」
私の問いにしばらく考えた後、ポツリとこぼした内容が衝撃的だった。
「な、何もしていないの?」
「そうだな。知り合いの農作業を手伝ってはいるが、作物はもらっても賃金が出ているわけでもないし。狩りに出て肉をとるのは俺の仕事だが、それも俺の力だけではないから。」
「……。」
呆れた。顔はきれいだが、生活能力が乏しそうだ。
そう思ったのがわかったのか、ディア君はこちらをちらりと見る。
「まぁ、ベリンダールでは城で騎士をしていた。先日辞めてしまったので、最近では冒険者もしている。」
「えっ?なんで辞めちゃったの?城ってことは王宮騎士ってことでしょ?」
「いろいろとごたごたしてな。いいタイミングだと思って出てきたんだ。あの国に帰るつもりはもうない。」
もったいないとは思うが、事情があるのだろう。あまり深く聞かない方がいいと思ったのでまた話を変えなくてはいけない。私は心でため息をついた。
ディア君と一緒に行動しているのは、王都を案内してもらうためだ。
とはいっても、ここが何の店だとか教えてくれるわけではない。地理を教えてくれるという感じだ。それと、危ないから行かない方がいいところも教えてくれる。
これから仕事をするにあたって、馬車で送ってもらうわけにはいかない。そういう情報は大切だ。
「なんで働こうと思っているんだ?」
予想外に話題を振られてビクリとしてしまった。
「えっ、普通じゃない?」
「そうか?メリルと暮らすのならいらないだろう?」
今度は私が沈黙する番になってしまった。でも、気まずいのは困るので、ためらいながらも少しは話すことにした。
「私は……メリルと違って何の特技もないの。魔法なんて使えないし、ただの村娘よ。だから、働かなきゃやっていけないの。ずっと妹の世話になるわけにはいかないもの。」
「村で結婚すればよかったのでは?」
「嫌よ。」
「都会の男の方がいいか?」
「そういうわけじゃない。でも、村はダメなの。」
「なぜ?」
そう問われて、ディア君を見る。こちらは遠慮して話を切り上げたというのに、この青年は全然配慮も遠慮もない。
私は聞こえるようにため息をついた。
「メリルの姉だからよ。」
どういうことだという顔でこちらを見ているが、これ以上は話す気はない。私はプイっとそっぽを向いて、歩き続けた。
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