60.アルバーニ商会からの使者
ドラゴン兄弟が帝国に行っている間に、年を越した。
冬の間はなんだかんだありながらも平和だった。ギルドで仕事を受けても、問題になるほどの依頼は出ていなかった。
冬は獣型の魔物が冬眠をするが、亜人種型の魔物は食料を求めて人間を襲うこともある。ギルドから依頼されてその対処を各地でこなすことが多かった。
実際、私たちは移動時間がないので、緊急の事態に重宝されるのだ。シュレインさんが騎士として各地に行っていたから転移をできるのが大きい。
そんなわけで、春になる頃にはアマンダさんちに旅行で使ったお金を返してもなお、懐がずいぶん温かくなることになった。
春になり私はうっきうきで鍬をふるっていた。懐も温かかったので、庭の畑を温室に改造したのだ。
これで王都では手に入れにくい薬草も育てられる。
お金は更にお金を呼び込む。それを期待して私は高級な薬草を植えることにした。精霊王の加護がある私にとっては、育てることは他愛もない。
植えた薬草は薬草といえど、単体で何かをできるものではない。この薬草で作った液を使うと、効果が上がるのだ。
とはいえ、いわゆる上級ポーションとかそういうのではない。この世界にはそれが無いのだ。
摂取量が少量で済み、効果もそこそこ上がる程度だ。だが、それがとても重要だったりする。
ポーションは大抵がまずい。色々試してみたのだが、どうにもこうにもまずい。
それを飲むのが少なく済むならそれに越したことはないのだ。
そんなわけで、この薬草は調合師の間ではかなり重宝されている。
その内この家のお金も返せるといい。かなりの高額だろうけれど、最悪ベイダルさんを倒したことにしてギルドから大金を巻き上げ……ギルマスにバレちゃうかなー?
自分の小さな畑を世話した後は、田植えのお手伝いだ。
私たちはまたもトウワで田おこしに参加することになった。
大まかな田おこしは牛を使ってやっているのだが、端っこや牛の入れない場所は人力でやる。
農作業は総じて足腰にくる。鍛錬も兼ねてディアとシュレインさんが参加するとのこと。
ディアは冬の間も何度もこちらに来ていた。
彼は彼なりに自分の場所を見つけたのかもしれない。トウワに住むというのなら、快く送り出したい。
シュレインさんたちが田おこしをしている間、アマンダさんと私は美代さんに食材の事を色々教えてもらっていた。
冬前にも保存食を作ったし、一月には味噌もつけた。なんだかんだいって私たちもトウワでお世話になっている。
美代さんは二十代半ばといった見た目なのだが、長い時間生きてきた分たくさんの事を知っているし落ち着きもあるので、おかーさんのようでもある。
私もアマンダさんも、美代さんが大好きになってしまった。
「もうすぐベリンダールとの交易が再開するんです。その時に多分正式な婚約の打診があると思うんです。私に母や美代さんのように、大勢をまとめて夫を支えることができるのか心配で。」
アマンダさんがそう漏らすと、美代さんはアマンダさんの背中をさすった。
「私だって今でも至らないところがありますし、主様や村の方に支えてもらうこともたくさんあります。
人生ってなるようにしかならないものです。自分が全てやるのではなく、できることをやればいいんですよ。気楽にいきましょう?」
「そうはわかってるんですけど、相手が相手なので。」
「王族だと、気が引けてしまいますよね。たくさんのしがらみもあると思います。癒しになってあげたいって気持ちもあるでしょう。でも、今それを心配したところで、何もできないでしょう?ちゃんと話し合って、お互いの意見を尊重してすり合わせなくては。
一方的な献身では、望まれないこともしてしまうかもしれません。きちんと言葉にして、相手のことを聞いていかなくては。それをするには、結局は一緒に過ごしてからになるでしょうから、今は何も考えなくてもいいと思いますよ。」
「うぅ。」
「私なんて、自分を食べてくれと願ったんです。でも、それはただの迷惑に終わりました。
文字通り命を懸けても、迷惑は迷惑です。一切の意味をなさなかったどころか、逆に悪いことをしたことになったわけです。
それからは、ちゃんと何をしたらいいか聞くようにしました。望まれないことはしません。食事だって本当はいらないんですけれど、話し合って皆が作ったものを味わうことを選んでくださった。
龍であっても私たちに合わせてくださるんです。きっと、アマンダさんのお相手も、アマンダさんに合わせてくれますよ。」
「そうでしょうか。」
「そのためには、ちゃんとアマンダさんもお願いをしましょうね?自分の中にため込んでいるだけでは相手に伝わりませんから。
それを遠慮してしまうと、一見うまくいっているようにはなりますけど、確実に溝ができていきます。」
「でも、相手は王族なんです。私の意見を言ってもいいものなんでしょうか?」
「それを受け入れるだけの器がないようなら、それまでだと思います。王族だって、商人だって、いろんな意見を取り入れて良いものにしていくことが大切なのではないのですか?」
「確かに。」
こんな感じで、結婚に向けての話をしている。
全く関係のない第三者という目線で言われることによって、素直に受け入れたり納得できることもあるのだろう。
というか、相談事って第三者にしたほうがしがらみもなくてだいぶ楽なんだよね。占い師とかってそういう部分あるし。
私に言うと、結局国をぶっ潰すからで締めくくっちゃうし、年下にそんなこと言ったところでって感じだろうし。美代さんは本当にいい立ち位置にいると思う。
三日ほどで田おこしは無事に終わり、次回は田植えを手伝うことを約束して私たちは家に帰る。
稲刈りの方が辛かったと二人が話しているのを横目に、田植えのやばさはきっと想像できないだろうとほくそ笑んだ。
そして、ついにベリンダールとの交易路が再開した。
「ど、どうして……。」
「貴女に会いたかったから。」
アマンダさんの家に行ったがアマンダさん本人がいなかったので、こちらにやってきたというアルバーニ商会の使者……ではなく、第二王子本人。
「あの、誰かおつきの人とかは?」
「一人だよ。人数が増えれば足が遅くなるだろう?」
王子とは思えないふるまいだが、その通りだと思う。この王子の軽さはフットワークにも適用されているようだ。
「本当は冬の間にこちらに来ようと画策していたんだけれど、どうしてもワイバーンを使うことを許されなくてね。」
「は、はぁ……。」
「そんなことよりも、ご両親に会う日取りを決めたいんだけど、どうしたら?」
「えっと、お迎えの用意などありますし、数日かかってもよろしいですか?」
「そんなのいらないよ。」
「そんなわけにはいきませんから!」
「いや、一介の商人として扱ってほしい。」
「それでもです!」
こんな会話を繰り広げているが、アワアワするアマンダさんと対照的に、王子はニヤついている。わかってていじってるようだ。
私が呆れて見ているのに気が付いた王子が、咳払いをした。
「おっと、これ以上は聖女様が怖い。これをお父上に渡して欲しい。宿の場所なども書いてあるから。」
王子はアマンダさんに封筒を渡し、さっそうと去っていった。当のアマンダさんは、封筒を見ながらぽかんと口を開けていた。大混乱のようだ。
「なんだかすごい人だねぇ。」
私がそういうと、アマンダさんは口を開けたままこちらを見る。まだ混乱中のようだ。
「で、受けるんだよね?早く持って行かないと、また家に行っちゃうんじゃない?」
私が苦笑してそういうと、やっと我に帰ったアマンダさんは、すっ飛んで家に帰っていった。アマンダさんはこれから大変そうだ。
アマンダさんが家に行ってからしばらくすると、門番の人が来訪者を告げる。今度は誰だ?と思っていると、シュレインさんが困った顔でやって来た。
「あの、ベリンダールのベルザリオ殿下が聖女殿に用があると来ていますが、どうされますか?」
「え?ベル??誰?」
「エスカルパ嬢の婚約者殿です。」
「あ、第二王子?え?帰ってきたの?行くわ。」
正式にはまだ婚約者ではないがそこはどうでもいい。何しに来たのだろう?
応接室に行くと、第二王子がにこやかに笑って片手をあげる。
「さっきぶりですね。ちょっと聖女様にお願いがありまして。」
「なんです?」
「その前に、ディアはどうしています?迷惑をおかけしていませんか?」
ディアは昼間はトウワにいることが多い。今も行ってしまっているのだ。
「ちょっと用事を頼んでいまして。とても役に立ってくれてますよ。」
「そうですか。でしたらよかった。
で、本題ですが、アマンダには聖女様と居て良いと言ってあるんですが、残念ながら私はベリンダールの第二王子です。あちらが生活の軸になります。」
それは当然だろうと思う。
「結婚してからしばらくはどうしても色々とあって、あちらで雑務をこなさねばなりません。すぐに終わらせようとは思いますが、その間アマンダはあちらにいなければならないでしょう。」
というか、こっちで暮らすこと自体が無謀なんだよなぁとは思っていた。王族になってるわけだし。
「その間、ベリンダールにお越しいただきたいんです。」
その発言に、斜め後ろに立っているシュレインさんから冷たい空気が流れてきたのを感じ取って苦笑する。
「理由を聞いても?」
「正直に言えば、私は今のベリンダールが嫌いです。」
そう言って、第二王子はシュレインさんの方を見た。目線をそらさないので、下がってほしいということか。
「シュレインさん、席を外せる?」
「……わかりました。」
渋々ではあるが、下がってくれる。王子の発言的に、国にかかわることを話そうとしているのを察してくれたのだろう。
ちなみに、日本とは違ってドアも壁も厚い。外に出たら話は全く聞こえなくなる。
シュレインさんが出ていくと、第二王子はいつもの表情を全く感じさせない、真剣な顔つきになる。
「すみません。……聖女様も薄々感じているのではないかとは思いますが、ワイバーンの件は王家も絡んでいました。」
「貴方も知っていたということですか?」
「本当に知りませんでした。私はあの国にとって邪魔者です。王家の体制を変えたいと行動していましたから。」
ディアがなんかそんなことを言っていたかもしれない。
「我が国はどうしても魔境の脅威を常に感じながら暮らさなくてはいけません。そして、国を存続させることへの執着心がとても強い。
なので、国の利益になることは何でもやります。
しかし、民たちはとてもぞんざいに扱われる。正直に言えば、少し減るくらいがいいと思っているんです。その方が操りやすく、強固に守れますからね。
だが、それではいつか衰退するのは見えています。独裁的であれば楽ではあっても、本当に有能な者が潰れてしまう。そうであってはいけないんです。」
ここら辺はもう私レベルの一般人が考えるようなことではない。第二王子も大変そうだ位の気持ちだ。
「で、そんな考えの私は国にとって邪魔なわけで、しかも国外から自由な女性を妃に迎えるとなると、彼女も邪魔なわけです。」
あー……。
「国にいる間……いえ、できたら今後もずっとアマンダのことを護っていただきたい。彼女はそうとは思わなくとも、好意から聖女様と共にあろうと考えるでしょう。それを受け入れてほしいのです。
もちろん依頼ですので、謝礼も払います。国ではなく私個人から。」
「いやいや待ってください。ずっとって言いましたよね?無理ですよ!ずっと一緒なんて現実的じゃないでしょう?」
「わかっています。できればうちの国が代替わりするぐらいはお願いしたいところですが、聖女様の可能な限りで構いません。」
「それだって難しいですよ。あの、私の仕事って、そちらの国の人たちも知ってるんですか?」
「魔王……ですよね?」
知ってるようだ。まぁ、どの国に出現してもいいようになっているのだろう。
「はい。いつ出現してもおかしくないですし、私はそれで死ぬかもしれませんから。それが今日かもしれない。そうなったら約束なんてできないです。」
「……そうですね。申し訳ありません。」
王子は目を伏せる。私はその様子にため息が出る。
「もちろんそれまでの間はアマンダさんが望むなら手助けしますよ。私は彼女に恩がありますからね。」
「それだけでもありがたいです。」
そう答える第二王子にもため息が出た。
「しかし、それを期待して、彼女に私を思い通りにさせようとしたり、彼女を人質に私を思い通りに動かそうとするなら、私はあなたを排除します。
自分が足枷になるのを、アマンダさんが望むとは思いませんし、貴方と私なら、私を取るという自信があるからです。」
長い時がたてばそれは難しいだろう。でも、浅い間なら私の方を取るのは多分合っている。まぁ、時間がたった時は第二王子をアマンダさんが舵取りしているだろうと予測する。
彼女は私が思っているよりも強いし賢い。自分が足枷にならないように立ち回れると思う。それくらい信頼しているのだ。
「そうですね。心にきつくとどめておきます。」
そう言うと、王子の表情がいつものものに戻った。
「で、ディアですが、本当にどこかへ行っているのですか?死んでいたりはしませんか?」
「は?」
あまりの発言に、私は変な声が出てしまった。
そろそろ読み込みが浅くなってきています。誤字脱字などありましたら指摘くださると助かります。
いいね、評価、ブックマークしていただけると喜びます!




