06.怒涛のアマンダさん
学校のない朝は、清々しかった。
時間に追われるとかいうわけではない。気持ちの問題が十割である。
ベッドから起き上がるとカーテンを開け、ご飯くださいの呼び鈴を鳴らす。
ご飯が運ばれる前に身支度は自分で済ます。
ここに来た初めての日は、全部メイドさんがやってくれようとして、焦ったものだ。
まぁ、ドレスは一人では着れたものではないので、アレを着るならメイドさんに手伝われるのも納得である。
もう着ないけど。
ただ、毎日出かけるとなると、ワンピースが二着なのは心もとない。
ギルドで得た報酬で買えるといいが、王都ということもあって、安い服屋を見つけなくてはいけないだろう。
それがダメそうなら生地を買って縫うまでだ。
身支度も終わり、のんびりと待っていると、アマンダさんが朝食を持ってきてくれた。
朝食から夕飯までアマンダさんが持ってきてくれているところを見るに、メイドさんの仕事も大変そうだと思う。
「アマンダさんはこの後何の仕事をするんですか?」
「聖女様の言いつけがないようでしたら、前に担当していた仕事に入ります。」
「え、じゃぁ、私がお願いしたら、一緒に行動してくれるんですか?」
「はい、大丈夫です。」
「えー!じゃぁ、お願いしたいんですけど!」
私はアマンダさんの手をがっしりと握ったのだった。
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
街中で人にもまれる騎士さんの顔は、無表情を通り越して、虚無顔だった。多分、私も同じ顔をしている。
「次はあそこですね。」
アマンダさんのてきぱきとした案内に、私たちはついて行くのが精一杯になる。
予算内で服が買えるところを教えて欲しい。何ならついて来てくれるとありがたいと伝えたところ、アマンダさんは快く了承してくれた。
のだが・・・・・・。
いくつかピックアップされた店舗を、「まずは全て見ます。気に入ったものがあったら教えてくださいね。ちゃんと試着もしましょう。ただし、買うのは最後まで見てからですよ。」と、にっこり笑ったと思ったら猛スピードで物色し始めたのだ。
しかも、気に入ったものを見せると、生地の良さや柄の着色具合と値段があっているかなど、細かいチェックが入る。
試着に関しても、様々な動きをさせられ、ひきつっている場所が少しでもないかと目を光らせる。
「何でこんなに目の色が変わってるんですか?やっぱり女性ってこういものなんですかね?!」
「・・・・・・。」
虚無顔の騎士さんは素数でも数えているのか、反応がない。我々は、女性の買い物欲というものをなめていたのかもしれない。
しかも、買い物が終わるまで、この勢いは衰えなかったのである。
ようやく全ての店を周り、アマンダチェックをパスした商品が提示された。その中から一番気に入ったものをアマンダさんが値切りに値切り、ようやく購入して休めた頃には、私と騎士様は虚無顔に宇宙を背負っていたのだった。
今は騎士様が案内してくれたお店の個室なのだが、アマンダさんは何かをせっせとメモしている。
私はとりあえず頼んだジュースを飲みながら、そのメモについて聞いてみた。
「それは何を書いているんですか?」
「お店の傾向ですね。最近の流行も見えましたし、今日はいい勉強になりました。」
そう満面の笑みで答えるアマンダさんに、私は何か恐ろしいものを見た気がした。なんて言うんだろう。多分思ってるのと桁が違う。
「お洋服が好きなんですか?」
「いえ、特には。」
そうあっさりと答えるので、何もわからなくなった。
「聖女殿、エスカルパ嬢のご実家は、有名な商家なのです。」
訳が分からないとなった私に、そっと騎士さんが耳打ちしてくれた。
そう聞いたら、この行動も納得である。
料理が運ばれてきて、その食事についても何かを考えているようだ。
「アマンダさん、この食事はどうですか?」
「この店は上級貴族御用達なだけあって、良いものを使ってますね。スパイスなんかもちゃんと選ばれてますよ。」
おいしさの評価ではなくて素材の評価なのが商売人だ。
そして、良いものと悪いものが分かるくらいには、食べ慣れているというか、味で判断できるのだと思うと、アマンダさんてすごい人なのでは?
「そういえば聖女様はあまり食事なさりませんが、王都の食事は口に合いませんか?この国の中でも、地域差がありますし。」
「あーそうですね。今まで味の濃い物ってあまり食べてこなかったので。」
うちの村は稼げていたし、二年ほど前に養鶏も始めたので、狩りに行かずとも肉をコンスタントに食べる余裕があった。
しかし、味付けでいえば、せいぜいが塩だ。コショウはさすがに買うことができなかったし、精霊王に出してもらうこともやめておいた。
それを考えると、あっさりしたスープとパンが食事の事が多い。
こちらに来てからは様々なスパイスに加え、バターや牛乳でこってりした味付けになる。
確かに前世ではそういう食事も多かったが、それ以上に和食が多かった。
記憶でも体でも、濃い洋食ばかりって受け付けないんだよね。
ステーキとか出されても、ご飯で食べたことしかないし。私は焼き肉屋でも白米頼むタイプでした。
「白米が恋しい。」
私の小さなつぶやきに、アマンダさんが目を光らせた。
「はくまいって何ですか?」
「えっと、イネ科の植物で、田んぼっていう水を張った畑で育てるんですよ。麦みたいではあるんですけど、小麦みたいに粉にしてそれを成型して食べるんじゃなくて、実のまま煮て食べるんです。
精米具合にもよりますけど、白米っていうのは白くてもっちりして一見無味のようなのに、嚙むと甘い味がほんのりする食べ物なんです。」
日本の白米を説明するのって難しいなぁ。インディカ米だと違うだろうし。
「それは聖女様の村で育ててるんですか?」
あ、しまった。コショウは我慢できても、白米は一時期育ててみようとはしたんだけど、あきらめたんだよね。
「いや、そうじゃないんですよ。むかーし食べたことがあって・・・・・・どこで食べたかも、どこの食材かも覚えてないんです。でも印象には残ってて。あはは。」
「そうなんですか。他には?他には何かありませんか?」
そう聞かれたので、懐かしの調味料を何個か言ってみた。醤油やみそ。鰹節や日本酒だ。
なんだか懐かしい気分になって、窓の外を見た。
私は別に突然死したわけではなかった。
三十二で天寿を全うしたのだ。
特に病弱ではなかったんだけど、残念ながら癌が見つかって、その時にはすでに手遅れだったのだ。
だから、日本に戻りたいとかは特にない。
皆元気にしてるかな?とは思うが、私はもうここでの生活もなじんだし、自分の手でお金も稼いでいる。
かわいく生まれてむしろラッキーくらいの気持ちだしね。
でも、やはり日本の暮らしを知っていると、この世界での不便さが目立つし、食生活も変わって懐かしさがあるのは仕方がない。
和食は何でもおいしかったしなぁ。もう食べることができないのは残念だが、ヨーロッパに移住したと思えばどうってことないだろう。・・・・・・多分。
「午後はどうなさりますか?」
「ちょっと疲れちゃいましたし、かえって刺繍をしますよ。刺繍は提出する約束なんです。」
「刺繍ですか?!でしたら、見本としていいものを見ておいた方がいいのでは?!」
アマンダさんがまたも食いついてきた。
「あー、まぁ、確かに。」
納得してしまったのが運の尽き、午後もアマンダさんに連れられ、刺繍の名店をまわらされたのだった・・・・・・。
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