05.チーム聖女
報酬をもらって王城へ帰ると、制服に着替えて王城の外に転移する。帰ってきましたよアピールである。
「おかえりなさいませ。」
お、この低い声は。そう思ってよく見ると、イケメン眼鏡騎士さんが立っていた。今は城門を護っているのか。
「お疲れ様でーす。」
私はニコニコ頭を下げつつ通り過ぎようとした。が、首根っこをひっつかまれた。
「どこへ行ってらしたんですか。」
どうやら城門を護っていたわけではなく、私を待っていたようだ。
「いやぁ、良い街ですねぇ。散歩のし甲斐があります。」
私がそう言うと、騎士さんはため息をついて私を地面におろした。
「あなたは聖女なのですから、護衛をつけていただかねば。」
「いえいえそんな。騎士様のお手を煩わせるわけにはいきません。お忙しいでしょうしね。」
「私の仕事はあなたをお護りすることなので、常にご一緒させていただかなければ処罰されるんですよ。」
「まぁ!そんな恐ろしいことになるくらいなら、転職なさるべきですわ。もっといい職場がきっとありましてよ。」
「この仕事に誇りを持っておりますので。」
そんな白々しい会話を、本当に門を護っている兵士さんたちが白い目で見ている。
「そうですか。では、お気になさらずお部屋で寝ていてください。私は元気でやっていますので、お仕事大失敗にはならないと思いますし。」
「大失敗でなくとも失敗にはなるので駄目です。」
やっぱりダメなようだ。
「まぁ、とりあえず部屋に帰りましょう。ここで立ち話してると皆さんに迷惑ですよ。ちゃんと気をつかってくれませんか?本当に困った騎士様だこと。」
と、私が話をそらして責任転嫁したので、騎士さんは盛大なため息をついたのだった。
特に話をせぬまま、私たちは部屋の前までやってきた。
「んじゃま、ここで。お疲れ様でしたー。」
そう言って部屋に入ろうとすると、また首根っこをつかまれた。私を猫かなんかだと思っているのだろうか?声位かけたまえよ。
「話は終わっていません。ちゃんとご一緒させてください。」
「・・・・・・今日の事、どこまで話を聞いていますか?」
私がまっすぐ見て聞くと、騎士さんの表情に、若干の歪みがあった。
「・・・・・・途中から消えたと。」
「そうですか。私はもう学校へ行くつもりはありません。だから、もう送り迎えはいらないですよ。」
「・・・・・・そうですか。力が及ばず、申し訳ありません。」
騎士さんは私から手を放し、深々と頭を下げた。でも、謝るのはこの騎士さんではないはずだ。
「騎士様が謝る必要はありません。でも、他の子にとっても、私はあの場にいない方がいいと思うんです。だから、別の事をしようと思いますよ。」
「別の事ですか?」
「私は恥ずかしながら、村の外の事はよく知りません。この国やこの世界がどんなところなのかわからないんです。だから、色んな場所に行ってみてもいいですか?」
「遊学ということですか?」
「えっと、そんな大層なことではなくて・・・・・・。」
そんなことをくっちゃべっていたら、メイドさんがお茶を運んできた。いつもは扉の前に置いてくれるのだが、我々が扉の前にいるので、どうしようという感じになっている。
「まぁ、中に入りましょうか。お茶いただけます?」
「は、はい!」
急に話しかけられて、メイドさんが飛び跳ねた。
私は二人を中に招き入れた。この結界、私が入っていいと思えば通れるのである。
鞄を置いて椅子に座ると、騎士さんは斜め前に立ち、メイドさんは私の分のお茶を入れてくれる。
それを見て、私はベッドの横に置いてあるカップを取った。のどが渇いた時に水を飲む用に取っておいたやつだ。
「これにも入れてください。」
「はい。」
メイドさんはリクエストに応えてちゃんと入れてくれた。なので、私の目の前にはカップが二つある。一つにはソーサーがないけれど。
ソーサーがある方を向かいの席に置いて、騎士さんに座ってどうぞしてみた。
「いえ。」
そう簡潔に断られた。
「いやいや、長い話になりますし、どうぞどうぞ。」
「このままで結構です。」
「これは命令です。」
そう言うと、一拍おいて大きな溜息を吐き、座った。
「見ました?!こんな態度なんですよ!クビにできますかね?!」
メイドさんに聞くと、凄く困ったような反応をする。悪いことをした。
「あ、冗談です。変なこと言ってすみません。ついこの騎士様が私のこういう感じにも付き合ってくれるのでメイドさんにもしてしまいました。」
「い、いえ!頭を上げてください!!」
私が頭を下げたので、慌てて許してくれた。というか、目上の者が目下の者に頭下げちゃいけないとかあるんだろうな。メイドさんめっちゃキョドってるし。まぁ、こういうこともあるよね。うん。
「で、何の話でしたっけ?」
「外出の話です。」
私たちが話し始めたので、メイドさんは帰るのかと思いきや、入口のところにスッと立っている。
「もしかして、未婚の男女を二人きりにしちゃダメ的なそういうやつですか?」
「え、あ、はい。」
メイドさんに聞くと肯定されたので、確かにそういうのあったよなーと思った。しかし参った。カップがもうない。
「あのーじゃぁ、二人でもう何組かカップ持ってきてくれませんかね?」
「そうやって追い出すつもりですか?」
騎士さん鋭い。
「いえいえ、そういうつもりでしたけど、見破られたのでちゃんと入れますから。」
「そもそも私にもメイドにも紅茶は必要ありません。」
スルーかい!
「いや、これは大切な会議なので、必要なんです。あーもうそうじゃないと話せないなー。」
「・・・・・・わかりました。お待ちください。」
そう言って騎士さんは外に出ていく。それについてメイドさんも下がった。
ドアが閉められたので、そっとドアへ行き外を覗くと、そこに騎士さんだけ残っている。
「なんですか?」
「いや、いるんだろーなーと思って。」
その言葉を聞いて、黙っている。当然だということだろう。
ほどなくしてメイドさんが帰ってきた。
「んじゃ、三人でお話ししましょうか。」
私と騎士さんとメイドさんの三人でお茶会の様相だ。メイドさんの居心地の悪そうな顔よ。
「えっと、まず自己紹介からにしましょうか。私はメリル・クラージュという、ただの村娘です。十五歳です。特技は農業です。」
そう言うと、白々しい空気が流れる。突っ込んでくれとは言わないけれど、続こうよ?
「んもう、ノリが悪いですね。ほら、騎士様も自己紹介どうぞ。」
「一度しているんですが。」
何の感情も乗っていない目でまっすぐ見るのはやめていただきたい。名前なんて忘れたわい。
「メイドさんにもしなくちゃですからいいんですよ。」
「私は王宮騎士第一部隊のシュレイン・ハルドリックです。今は聖女の護衛としての任を受けております。」
突然立ち上がって挨拶するとこ生真面目すぎやしませんか。ちょっとびっくりしたわ。
「んじゃ、次メイドさんどうぞ。」
「あ、わたくしはアマンダ・エスカルパと申します。」
アマンダさんも立ち上がって挨拶をする。なんとなく私だけしつけがなっていない感じする。その通りなんだけどね。
アマンダさんをよく見ると、オレンジ色の髪にオレンジの瞳で活発そうながら、髪はつややかで肌もきめが細かい。お手入れが行き届いている感じがすごくする。きっと貴族の娘さんとかなんだろう。
「アマンダさんは覚えやすい名前で助かります。」
私がついぽろっと言った言葉に、騎士がちらりとこちらを見た。私はその意味を察し、頷いて見せた。すると目をそらされた。
今、我々は心が通じ合ったのだろう。
「お前、さては私の名前を憶えていないな?」
「その通りでございます。」
「・・・・・・期待などしていなかった。」
こう会話がなされたのだ。・・・・・・多分。
そんな以心伝心があったのだが、空気が冷えているので、私が話題を振らなくてはいけない。
「で、これからなんですけど、まずは王都の人々生活がどんなものなのか見てみたいんですよね。スラムや教会や治療院とか行ったことないですし。」
パッと思いついた聖女っぽいところを言ってみた。特にそこで仕事をしたいわけではないけれど、村以外の暮らしぶりを見ておきたいってのは本当にある。
魔王を倒した後、何するか考えないといけないからね。聖女の力で治療するのとかは分かりやすいうえに食いっぱぐれのない仕事だと思う。
「そういうことでしたら、ご一緒させていただきます。」
「ありがとうございます。ただ、その内王都外も行きたいんですよ。」
「例えばどこへ?」
「うーん。とりあえずは周辺の町や村ですかね。そんなに栄えていないところの暮らしぶりを見る方がいいのかと。」
「わかりました。そのことは上に報告しておきますので、許可が出次第ご連絡いたします。」
「あー。まぁ、それはお願いしたいんですけど、いくつか約束してほしいんですよね。」
「なんでしょうか?」
「まずは、聖女としての事前連絡は一切しないこと。例えば治療院や教会に聖女が行くっていったら大変なことになりますし、向こうだって気をつかったり色々ととりつくろったりしちゃうと思いますし。
つまり、私は聖女としては活動しません。一人の女の子として現実を見たいんです。だから、護衛も騎士様一人でお願いします。
あ、教会は大聖堂はやめてくださいね。顔ばれてるので。」
その段階で、すでに渋い顔になっている騎士さん。
でも、会社見学して見せられたものと、いざ就職したら実態が全然違ったとかよくある話だからね。ブラック企業には勤めたくないんだ。
「次に、基本的に何をしていたか報告しないでほしいです。」
「それはできません。」
即答!
「大丈夫大丈夫、大きく見て悪い事はしないですから!」
「細かく見ると悪いことということですか。」
鋭い。
「いやぁ、悪い事はしないですよ。ただ、そちら側の皆様が良しとするかは保証できません!だって、例えば街で仕事するのは悪い事ではないけれど、あなたたちは止めろというでしょう?」
「当然でしょう。」
「ほら。そういう意味でいったら、私が危ないところに出かけることすら駄目だっていうことになるってわかってますからね。なので、それが守れないなら連れて行きません。私、抜け出すの得意ですから、一人で行きます。」
そう言ってまっすぐ見ると、負けじと見つめ返してくるが、やはり先ほどまでの眼力がない。
「善悪でいう悪い事はしませんよ。それを破ったら報告してもいいですけど、そうでないなら街を散策していた以外の報告はしちゃだめです。ここまで譲歩してあげましょう。」
「わかりました。それで手を打ちましょう。」
通らないのと思ったのだが、予想に反して騎士さんは同意した。
でも、信用するにはまだ早い。
「じゃぁ、それで契約成立ね。アマンダさんが証人だからね。」
「えっ。」
空気に徹していたアマンダさんがぎょっとこちらを見る。
「アマンダさんは今の話を誰にも報告しないでくださいね。いいですよね?」
私が威圧して見つめると、アマンダさんはコクコクと頷いた。
「はい、契約成立。」
そう言って、二人のおでこを指した。
「今契約魔法をかけたから、破ったら自動的に刑に処されますので、気を付けてくださいね。うっかりも許されませんから。」
その言葉に、アマンダさんがひゅっと息を吸い込んだ。騎士さんが無表情なのはさすがである。
因みに、刑の内容は「私は約束を破りました」と顔に一日張り付くだけである。だけど、日本語なので怪しい呪文だと思うだろう。
まぁ、別に言われても特に痛くはないからいいだろうし。ギルドの仕事についてはちょっと考えなくてはいけないが。
そんなこんなで、私は騎士さんと巻き込まれたアマンダさんを迎え入れることにしたのだった。
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